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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
陸ノ怪 人鬼殺界
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涼森螢助

 少し、昔話をしよう。

 ただ一人を救うために全てを犠牲にし、悪魔に身を売った少年の話。

 そして結局、ただの一人も救えなかった、馬鹿な魔術師の物語だ。


 涼森家は代々魔術師の家系だった。

 こう書くと大層なもののように聞こえるが、実際のところ、魔法生物を育てて売るだけのブリーダーのようなものだ。躾に使うための魔術以外はとんと駄目な三流魔術師の家系だ。

 涼森螢助は、涼森家の跡取りとして生まれた少年だった。

 家族は両親と妹が一人。魔術は一子相伝が基本なので、妹の風香は普通の人生を送る少女だった。一般的な家庭ではなかったが、螢助はそれなりに幸せだった。

 三流とはいえ、魔術師という特権的能力を持った家の跡取りであるという優越感、師としては厳しいが自分に期待してくれている両親、魔術とは無縁でただ兄として自分を慕ってくれている妹。すべてが充実していた。


 だが、終わりはあっけないものだった。


 両親が不在であった不運、あるていど魔術を使えるようになっていたことによる慢心、そして妹の好奇心を事前に察知できなかった迂闊。

 魔術に興味を持った風香が、両親や兄には内緒で、魔術工房に忍び込み、そこに保存されていた魔法生物の手で惨殺されてしまったのだ。

 実際のところ、誰が悪かったというわけでもないだろう。事故というのはそういうもので、その事件は正に事故だった。

 異変に気付いて螢助が駆け付けたとき、そこはペンキをぶちまけたように血まみれで、風香の肉体がバラバラになって散乱していた。

 螢助は半分に破壊された風香の首を抱きかかえ、慟哭をあげた。両親が帰ってくるまでの間、無数に散らばった風香の肉片をただただ集めていた。まるで、そうすれば風香が生き返るとでも言うように。

 涼森螢助の狂気は、そこから始まった。

 以前にも増して魔術に呑めりこむようになり、死者の復活という幻想に取りつかれた。

 両親はそれを諌めた。例え魔術師であっても、バラバラになった肉片から復活することなど不可能であると理解していたのだ。息子の人生を無駄にしないよう、何度も説き伏せた。

 あまりにもしつこいものだから、螢助は一度激昂して両親に怒鳴ったことがある。


「なぜ、死者の復活を願うのが駄目なんですか!父さんと母さんは、風香が死んだことが悲しくないんですか!?」

「螢助、確かに風香の死は悲しいことだ。だが、死んだのがおまえではなく、風香の方であったことは喜ぶべきことだ。あれは、魔術師としての才能はないからな」


 父はそんな螢助に対して、我儘な子どもを諭すような穏やかな口調で言った。母もまるでそれが当たり前であるかのように父に同調する。


「予備が死んでしまったことは嘆くべきことだが、涼森家にはまだおまえがいる。おまえには才能があり、涼森の魔術を高める義務がある。死者の復活の研究などという無駄な寄り道をしている暇はないのだ。弟や妹が欲しいのなら、また作ってあげるから、おまえは涼森の魔術を極めることだけを考えていなさい」


 自分の娘をまるで犬猫であるかのように扱う両親に、螢助は呆然となった。

 両親は決して、螢助に悪意があったわけではない。魔術師にとって魔術を極めることこそがもっとも大切なことであり、二子以上を残す場合は、才能のない方を『予備の後継ぎ』と扱うことは当然のことだった。

 風香が冷遇されていたというわけではない。螢助が想定外の事態で死んだ場合、家督を継ぐのは風香であったため、両親は風香にもきちんと愛を持って接した。……だが、彼女はあくまで『予備の後継ぎ』だ。風香を失ったことは、魔術師としては大した損失ではない。

 螢助の両親は、骨の髄まで魔術師だった。ただ、それだけのことだ。

 涼森螢助の魔術師としての才能は極めて優れていた。涼森家始まって以来の天才児であったと言っても過言ではないだろう。だからこそ、両親も彼には期待していたし、根気良く説得すれば、自分たちの思想を理解してくれるものだと信じていた。

 ただ一つ、両親に誤算があったとすれば、螢助は能力的には魔術師としての才能にあふれていたが、思想的には平凡の域を出ない普通の少年であったことに気付かなかったことだ。


 螢助は頭がよかった。よすぎたからこそ、両親の説得は不可能だと理解し、自分の研究を邪魔する要因として両親を殺した。

 その時点で、彼はもう正気を失っていたのだろう。風香と一緒に両親も蘇らせれば問題ない。実現できれば両親もわかってくれる。そんな思いで研究を続けた。

 両親の遺産を惜しみなく使い、密かに一般人をさらって実験台にし、来る日も来る日も実験室にこもり、研究を重ねた。実験台に使った人間や神話生物の怨嗟の声を、夢の中で聞かなかった日はない。魔術師になりきれない少年は、罪悪感を決して拭い去ることができず、日に日に精神を摩耗させていった。それでも、妹のためならばと思うからこそ耐えられた。


 そして、限界は訪れた。


 ケースケは、魔術師としては天才と呼んでいい部類だった。頭が良く、魔術への理解が深いからこそ気付いてしまう。自分では、風香も、両親も生き返らせることができないと。

 最愛の妹を亡くしてしまい、両親を自らの手にかけ、何の罪もない大勢の人間を実験台にし、無駄な研究に時間を割いて、螢助に何が残ったのか。

 だからこそ、彼は悪魔の誘いに耳を傾けてしまった。


『妹を生き返らせたい。それが君の望み?』


 奇怪な芋虫の問いに、涼森螢助は頷いた。

 わかりやすいほどの異形との契約。悪魔のささやきに耳を貸した者の末路がどうなるかなど、魔術師でなくともおとぎ話に詳しい者なら誰でもわかることだが、その時の螢助にはもうそんなことが判断できるだけの正気が残っていなかった。

 そうして彼は、悪魔から、知性あるショゴス――ショゴス・ロードの作成方法を教わった。

 ショゴス・ロードは、生まれて初めて食べた人間の脳を取り込み、擬態する。記憶と姿を完璧に模倣することができる。

 まさに、思考実験の『泥人間』。完全なる復活は無理でも、風香と同じ記憶と姿を持つ生物を作り上げることができるのなら、それはもう、死者の復活と言っていいのではないか?

 狂気に犯された哀れな少年魔術師は、自らの過ちに最後まで気づくことなく、人生最大の過ちを犯すこととなった。

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