使い魔
「…………使い魔?」
「あぁ、今の俺が差しだせる唯一のものだ。人間並の知能と魔術知識を持ったショゴス。あんたの助力を得る対価としては、十分だろ?」
「……魔術師の知識を持つ、今のあなたが、自分の言葉の意味を理解していないとは思えないけど、わかってる?私の使い魔になるって言うことは、私が死ぬまであなたに自由はなくなるっていうことなのよ?」
ケースケはうなずく。そんなこと、当然理解していた。
どれだけ優秀で強力な生物であっても、使い手に従順でなければ使い魔の意味がない。だからこそ、魔術師は何重もの魔術契約で使い魔をがんじがらめにする。
魔術師と使い魔の関係は対等ではなく、奴隷関係のようなものなのだ。一度契約を交わしてしまったが最後、それを簡単に解約することは不可能だ。
だが、だからこそ、意味がある。
この契約は和葉の協力を取り付けることだけが目的ではない。和葉と契約を結んでおけば、和葉とケースケは支配被支配関係になる。その状態ならば、風香による簡易支配魔術を受け付けなくなるのだ。
それで、ようやく対等の舞台に立てる。風香と対峙するにあたって、現状のケースケの立場でできる最善策はこれしかなかった。
「ただし、一日……いや、半日で十分だ。使い魔の契約をしたあと、自由に動く時間をくれ」
「無茶な要求もいいところね。その半日の間にあなたに死なれたら、私は赤字なんだけど?」
「あぁ。だから、俺が死なないようにがんばって助けてくれ」
「……あなた、意外と底意地が悪いわね」
和葉は溜息をつくが、断りはしなかった。ケースケのいうことは筋が通っており、珍種のショゴスを使い魔にできるなど、魔術師としては垂涎の提案だ。多少の冒険であっても、力を貸すには十分すぎる代価であった。
「初めに断っておくけど、私が直接手を貸すことはできないわ。ちょっとした誓約があってね。私の行動範囲は著しく制限されているの。あなたが期待しているほどの手助けはできないかもしれないけど、それでも契約を履行するつもり?」
「あぁ、構わねぇ。最悪、使い魔契約さえできればそれでいい。それに、和葉は俺の知る限りでもっとも誠実でお人好しの魔術師だ。使い魔契約を結ぶなら、あんたとがいい」
お人好しという言葉に、和葉はむっとした顔になった。ケースケとしては悪口で言ったつもりではなかったが、お気に召さなかったらしい。
「お人好しって、どういうことよ?」
「雨音は知らなかったみたいだが、魔術師ならわかる。シャッガイの羽に、大した価値なんてないだろう?それでも、あんたは雨音の依頼を受け、雨音が捕まった後も、約束を果たそうとしている。それに、俺の提案に対しても問題点をきちんと指摘してくる。そもそも、俺を使い魔にしたいなら、力づくでやる方法だってあるだろうに、それをしない」
論理立てて反論され、和葉はぐぬぬと渋い顔をする。
ケースケの知識に照らし合わせて考えると、彼女は魔術師としてはありえないほどに常識的で善良だ。本人は魔術師らしく振舞おうと努力しているようだが、根幹にある善人気質がまったく隠し切れていない。人を騙すことに慣れていない、実にわかりやすい性格だ。
だが、だからこそ、ケースケは和葉を生涯の主人とすることを迷わなかった。まだ知り合ってからほんの半日しか経っていないが、人となりを知るには十分だった。なにより、迷っている時間も選択肢も多くない中、この出会いは幸運であったと言える。
「じゃあ、早速だが、契約を頼む。雨音を助けるためにも、一分一秒が惜しいんだ。心当たりはあるが、風香と雨音がどこにいるかすらまだわかってないからな」
「……まぁ、待ちなさい。直接手を貸すことはできないけど、間接的になら手は貸せるから、一度博物館に戻りましょう」
「間接的?」
「展示物の中に、あなたでも使いこなせそうな物があるわ。焼け石に水かもしれないけど、ないよりは遙かにましでしょう」
「展示物なんて、持ち出していいのかよ?博物館の展示物として飾ってあるくらいなら、すげえ高いんだろ?」
「確かに値は張るけど、気にしなくていいわ。元々私の物じゃないし。それに、あなたの言う通りの契約を結ぶなら、あなたには生き残ってもらわなくちゃ困るからね。妥当な出費よ」
「和葉のものじゃない?」
博物館のことを思い出してみる。大きな博物館ではなかったが、維持費だけでもかなりの出費になることは想像に難くない。てっきり親から譲り受けたか何かしたものだと思っていた。
「まぁ、そのあたりは生きて帰ってきたら、話してあげる。だから、絶対帰ってきなさい」
「あー、その時はわかりやすい言葉で頼むな。……ありがとな、和葉」
やはり魔術師らしくないな、とケースケは思った。裏の世界を生きてきたにしては、和葉は優しすぎる。
ケースケの中でそのように評価されているなど露知らず、和葉は少し恥ずかしがるように顔を赤らめ、プイと顔をそらせる。
「あなたに死なれたら、私の使い魔にできないじゃない。別にあなたのことを心配してのことじゃないんだから、勘違いしないでよね」
「……おー、和葉、今のセリフ、怒ったような口調でもう一度」
「え?……あ、あなたに死なれたら、私の使い魔にできないじゃない!べ、別にあなたのことを心配してのことじゃないんだから、勘違いしないでよね!」
「おー、綺麗な天然つんでれだー」
頭にハテナマークを浮かべながらも、言われたとおりに復唱する和葉の言葉を聞き、ケースケはぱちぱちと気のない拍手を送る。
「つ、つんでれ?よくわからないけど、なんかバカにされてる気がするんだけど……」
「あー、一部の人間にとっては褒め言葉らしいぞ?つか、知らねえの?ツンデレ」
「え……も、もちろん、知ってるわよ。う、うん。ツンデレね。ツンデレ……」
明らかに知ったかぶってる様子の和葉を見て、ケースケはほんわかした気持ちになる。あぁ、ダメだ。こいつ、おちょくると楽しいタイプの人間だ。
「ところで、展示品をくれるって話だが、どういうのくれるんだ?役に立つものってことは、魔術道具の類か?」
「あぁ、うん。それも考えたんだけどね。記憶が人間の頃と同じでも肉体は人間とは別物なんでしょう?なら、魔術関連は使い勝手が人間のころと違うから、危険だと思うの」
「……あー、そうだな。魔術耐性の低いショゴスは、当然魔術回路も平凡以下で、魔術の扱いが下手だ。無理に魔術回路を酷使すれば、回路が焼けついて神経が壊れるだろうな」
「そう。じゃあ、やっぱり魔術道具は止めておいた方がいいわね」
その通りではあるが、魔術道具ではないもので現状を打破できる道具があるとも思えない。そんなケースケの不安を表情から読み取った和葉は、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。有名博物館ではないけど、風変りな品の数でいえば、国内有数なんだから。……うん。ちょうど、あなたにぴったりの品があるのを思い出したわ。玉虫磨穿っていう刀でね――」




