表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
伍ノ怪 奇剣『玉虫磨穿』
33/42

開戦

「へぇ、来たんだ。この場所がよくわかったね、お兄ちゃん」


 最初は驚いた顔をしていた風香だったが、その表情はすぐに笑みに変わる。

 ケースケが自ら姿を現したことは意外であったが、風香からすれば探す手間が省けたというだけのこと。この廃工場は、涼森屋敷や立体駐車場に代わる新たな拠点だ。手持ちのショゴスは全てここに移しているので、迎撃の手駒は十分すぎた。


「馬鹿なこと聞くなよ。この廃工場も、立体駐車場も、涼森螢助が用意した魔術工房だ。人が用意したものを再利用しておいて、理由を求めるなんて間抜けだぜ」

「あぁ、記憶が戻ったんだ。おめでとう、お兄ちゃん!……だけどさ」


 風香は視線をケースケに合わせ、魔力を込める。その瞬間、ケースケの身体が、電流を浴びたように跳ねた。

 ショゴスを自在に操るためには、対象となるショゴスの肉体を一部切り取り、腕にはりつける必要がある。だが、短い間操る程度ならば、視線を合わせるだけで十分だった。


「はい、終わり。間抜けはあんたのほうでしょうが。ショゴスのあんたが、ショゴス使いである私に勝てるわけがないでしょうが」


 身動きの取れなくなったケースケに、風香が歩み寄る。

 だが、ケースケとの距離が十メートルほどのところで一度足を止めた。風香は頭に血が上りやすい性格ではあるが、涼森螢助のことは熟知している。彼がこの場に現れたことは予想外だったが、現れた以上、無策でやってきたわけがないと警戒したのだ。

 風香はその距離から相手をじっと観察する。やはり気になるのは、ケースケの持つ刀だ。

 奇妙な刀だった。刀身が通常の刀より分厚く長いのはともかくとして、その色合いが玉虫色に輝いているのがなんとも不気味だ。柄には何本もの針が飛び出ており、これでは到底まともに握ることなど不可能だろう。実際、近寄るまで気づかなかったが、柄を握るケースケの手のひらを針が貫通していた。ショゴスであるケースケだからこそ血が出ていないが、握ったのが普通の人間ならば、手が血塗れになっていたことだろう。

 ケースケの持ち物ではないはずだ。少なくとも、風香にはあのような刀を見た記憶がなかった。となると、ケースケや雨音の協力者である和葉がケースケに与えたものだろうか?だが、無一文のケースケに和葉が無償で武器を与えるようなことをするだろうか?


 それはない、と風香は断じる。

 ケースケや雨音は和葉と知り合って間もない。共感や同情で力を貸すなどしないだろう。力を貸すならば、同等かそれ以上の対価を要求するはずだ。

 疑問の晴れない風香は、その刀をさらに仔細に観察する。

 その奇抜な外見から、なんらかの魔術道具かと思ったが、見たところ魔力の波長は感じられない。風香とて魔術師の端くれだ。魔術道具とそれ以外の区別を間違えることはない。となると、あの刀は、本当にただ外見が奇抜なだけの刀であることになる。

 虚仮脅し。風香はそう結論づけた。大方、風変りな武器をちらつかせて無駄な警戒をさせ、隙ができるのを期待したのだろう。

 だが、念には念を。風香はショゴスを操り、ケースケの四肢を狙うように命令する。ショゴスであるケースケは四肢を切断しても大したダメージにはならないが、再生には時間がかかる。そこを抑え込んでしまえば、こちらの勝ちだ。

 放たれた四本の触手が、狙いたがわずケースケの四肢に命中――する刹那、ケースケは身をかがめてそれを回避。豹のようにしなやかな動きで直進し、風香との距離を詰める。


「なっ!?」


 風香が驚愕で目を見開く。

 ケースケを拘束した魔術は簡単なものだが、それゆえに発動ミスなどありえない。刀への警戒はしていたが、ケースケ自身が魔術を破って突貫してくることは予想外だった。

 風香はショゴスを眼前に移動させ、刺突から身を守る肉壁とする。ずぶりと肉壁に潜り込んだ刀身は、風香に到達する直前でぴたりと止まる。とっさに作りだした肉壁だったので薄いものだったが、ぎりぎりのところで身を守るのに成功した。


「やれ!」


 風香の号令一下、周囲に潜んでいたショゴスたちが、一斉にケースケへと触腕を伸ばす。ケースケは肉壁に潜り込んだ刀を引き抜くと、迫りくる触腕の波を、紙一重の動きでかわす。

 それにあわせて下がった風香は、自分の周囲を分厚いショゴスの肉体で包みこむ。さらにそれを変質させて、強固な砦を自分の周囲に展開した。


「……ちっ」


 ケースケはそれを見て、思わず舌打ちする。

 最初の奇襲こそが、もっとも勝率の高い賭けだった。風香が、せめてあと一メートル近づいていたら、刃を届かせることができたというのに。

 しかし、舌打ちしたい気分だったのはケースケだけでなく、風香の方も同じだった。

 ショゴスの攻撃に反応できるだけの反射神経と肉体能力。奇抜な外見からは想像できないほどの鋭い斬れ味を持つ刀。何より解せないのは、魔術拘束をあっさり解かれたことだ。

 魔術による拘束は完璧だった。無理やり解かれたような感触もなかった。ということは、最初から効いていなかったのだ。だが、それほどの魔術抵抗力をケースケが持っているとは到底思えない。一応、支配の魔術を無効化する方法は他にもあるが、それは――

 そこまで考えて、風香ははっと思いいたる。


「おまえ、まさか……」


 風香は、ケースケから漂う魔力の流れを観察し、自分の考えが正しいことを確信する。


「てめえええええ、自分の身体を売りやがったな!?八城和葉の使い魔になりやがったな!?なに勝手なことしてやがんだああああああああああああ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ