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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
肆ノ怪 記憶の闇
29/42

時限爆弾

 気に入らなかったから、殺した。それも唯一の肉親を。

 雨音にはまったく共感できない殺害動機に、なにか言い返そうと思うも、ぐっとこらえる。共感はできなくとも、理解はできる。彼女はきっと、そういう人間なのだ。


「でさぁ、兄貴が残した魔道書を読んで、魔術を奪ってやろうと思ったんだけど、これがちんぷんかんぷん!最後のページに書かれてた内容だけ比較的簡単だったから、せっかくだし試してみようかなって。材料もちょうど揃ってたしね」

「……そして、できたのが、今のケースケくん?」

「せいか~い」


 ぱちぱちと感情のこもらない乾いた拍手が響く。


「ショゴスは魔術で操りやすくて、魔術師に人気の魔法生物なんだけどさ。液体生物だから脳がなくて、とっても頭が悪いのが欠点なの。そこで、ショゴスに人間の脳を取りこませ、知能の高いショゴスを作ることにしたの。と~っても、レアなんだよ?世界広しとはいえ、高知能のショゴスを作ることができる魔術師なんて、私くらいしかいないんじゃないかな?」


 雨音の質問に対し、隠すことなく、むしろ自慢するように話す風香。魔術師は自らの魔術を秘匿するのが常だが、それを惜しみなく話す風香に、雨音はかえって唖然とした。


「欠点は、脳を液体化できないから、その部分が弱点になっちゃうことと、人間だった頃の記憶に引きずられちゃうことかな。兄貴の姿をしたあのショゴスもさ、本当はもっといろんなものに変身できる能力があるはずなのよ。だけど、人間の記憶が強すぎて、人間の姿から大きく変えることができない。まったく、変身能力や液体化能力がなかったら、売り物にならないじゃないって話よね?兄貴がクソなら、研究内容もクソだったってことね」


 兄を殺して手に入れたものであるにもかかわらず、あまりに自分勝手な言い分だったが、風香の本性がわかってくることで、雨音は一つ納得する。

 病院や涼森邸での襲撃に対し、雨音はずっと疑問を抱いていた。事件を起こすに当たって、隠蔽工作があまりに雑すぎるのだ。雨音の知る限り、オリジナルの涼森螢助には、もっと理性があった。あのような悪目立ちするような事件を起こすようなタイプではなく、事実、涼森螢助が生きている間は、世間の目に触れるような事件はなかった。

 だが、ショゴスの扱い手が涼森螢助から風香に変わったとなれば、事情が大きく変わる。涼森螢助と違って、風香には魔術を秘匿しようという考えも周囲にばれないように密かに計画を実行しようという理性も存在しない。強大な力に酔い、むしろ自分の力を見せつけるように大規模な事件を次々と起こす。実に幼稚な思考回路だった。


「……じゃあ、売り物にならないケースケくんは用済みでやがりますよね?彼のことはもう、放っておいてもらえるでやがります?」

「あんた、バカね。所詮、虫頭ってことかしら。役立たずでも希少性があれば、買い手はいるものよ。それに、なにより――」


 にぃ、と実に楽しそうな笑みを風香は浮かべる。


「いくら知能が高くても、ショゴスはショゴス。涼森の魔術を使えば、自由自在に操ることができるのよ。兄貴の姿をした奴を、私の好きなように操れるなんて、想像するだけでも楽しそうだと思わない?」

「申し訳ないでやがりますが、欠片も楽しそうには思えないでやがります」


 また暴力を振るわれることを覚悟しながらも、雨音は吐き捨てるように言い切った。今までは怒らせないていどに適当に聞き流していたが、さすがに限界だった。

 案の定、同意を得られなかった風香はむっと膨れた顔になる。

 風香は屈みこんで雨音と視線を合わせた。この状況においてなお、雨音の瞳には光が宿っている。自らの運命を絶望し、命乞いをしてくる様を見て、笑ってやろうと期待していた風香はとても不服だった。


「ねぇ、あなたを屈服させるには、どうすればいいのかしら?抵抗できない状態で、犬に犯させる?その綺麗な顔を、二度と見れないくらいにぐちゃぐちゃにする?……あぁ、そうだ」


 そこで一度言葉を切ると、風香は口の端を吊り上げて、にぃっと邪悪な笑みを浮かべる。


「あなたにぴったりの、いい方法があったわ」


 風香は一度その場を離れると、蠢く肉塊を手に戻ってくる。今まで見てきたどのショゴスよりも小さいショゴスだ。大きさは、少女の片手に収まる程度しかなく、色合いも玉虫色というより赤に近い。


「珍しいでしょう?私のお気に入りよ」

「……なにをするつもりでやがります?」

「あなたの身体の中に埋め込むのよ。この子を」


 雨音の眼前にそのショゴスを突き出し、反応を楽しむ風香。聡い雨音は、風香の言葉と仕草で、自分にどのような運命が待っているかを察した。


「『エイリアン』っていう映画知ってる?人間に怪物を寄生させて、育ち切ったらお腹を食い破って出てくる奴。あれと同じで、この子は、ゆっくりゆっくり時間をかけて、あなたを捕食する。あなたはその間、死ぬこともできず、体内で怪物が育っていくのを感じられるわ。そして、成体となったショゴスはあなたの肉体を食い破り、新種のショゴスとなって誕生する。嬉しいでしょう?おぞましいでしょう?あなたは、新種のショゴスの母となるのよ」

「……本っ当に、悪趣味」


 風香はニッコリ笑って、雨音の口にショゴスをねじ込んだ。

 巨大なナメクジを口の中に押し込まれたような不快感と異物が胃に落ちて行く嘔吐感。雨音の身体がのけぞり、声にならない悲鳴を上げる。

 手のひらサイズとはいえ、少女の口と比べればショゴスの方が明らかに大きい。だが、液体生物であるショゴスは形を変え、ゆっくりと雨音の体内に入ってくる。噛んで阻止しようにもショゴスの体表はゴムのように頑丈で噛み切れない。

 時間をかけて胃袋に落ちていったショゴスだったが、異物感は払拭されず、腹部でなにかが蠢く感覚がダイレクトで伝わってくる。体型こそほとんど変わらないが、胃袋に無理やりぬいぐるみをねじ込まれ、縫合されたような感覚だ。

 雨音は覚悟を決めると、舌を歯で挟み、顎に力を込める。しかし、彼女が舌を噛み切るより早く、風香が雨音の口に手を突っ込んでそれを阻止した。


「あぁ、ダメよ。舌を噛み切るくらいならすぐに蘇生させることは出来るけど、面倒だからやりたくないの。それに、万が一あなたが死んだら、体内のショゴスも死んじゃうし、新しいシャッガイを仕入れるのも大変じゃない。だから、生きていてもらわなくちゃダメなの」


 聞き分けのない子どもを諭すように、風香は猫撫で声で雨音に語りかける。


「兄貴は実験動物を材料としかみない非道だった。実験動物の死に様には一切興味を抱かず、安らかに死ねるように手を尽くした。でも、私は違う。私は、実験動物を愛してるの。だから、あなたが苦しむさまを、じっくり愛をもって観察してあげる。絶対、簡単には殺してあげない」


 二度と舌を噛み切ろうとしないよう、風香は雨音にしっかりと猿轡を咬ませ、自殺できないようにする。常人ならば、発狂してもおかしくない所業。だが、雨音は反骨精神で恐怖を打ち消し、キッと睨みつけ、目だけで反抗する。

 だが、それはかえって風香を喜ばせるだけだった。反抗心の強い者ほど、屈服させたときの達成感があるというものだ。風香は、雨音がこれからどのように変わり、いつ屈服して死を願うようになるかが楽しみだった。


「さぁて、おなか減ったし、私はちょっとご飯食べてくるね。雨音お姉ちゃんには、犬の餌でも買ってきてあげる。あぁ、雨音お姉ちゃんは虫女だから、同じ虫でも食べさせてあげたほうがいいかな?やだなぁ、私、女の子だし、虫嫌いなんだよ。私がそんなの食べさせられたら、死んじゃいたくなるなぁ。うふふふ、あはははははははは!!」


 下品な高笑いとともに、風香は部屋から出て行った。

 一人取り残され、意地を張る相手がなくなった途端、押し込めていた感情の波が雨音を飲みこむ。彼女の瞳から、ボロボロと熱い涙がとめどなく流れ始めた。


(ケースケくん……)


 それでもなお、これほどの辱めを受けてなお、雨音は自分の選択に後悔はしていなかった。

 例え、時を巻き戻すことができたとしても、自分はケースケを助ける選択をしていたという確信がある。

 震えるほどに怖かった。何度も心が折れそうになり、風香に泣きついて命乞いをしようと思った。だが、そのたび、心の中に一人の少年の顔が浮かび、雨音の心を奮い立たせた。


(もう一度、会いたい)


 自分の心の弱さに、雨音はほとほと嫌気がさした。

 死を覚悟していたはずなのに、いざ生き残ると分不相応な願いを抱いてしまう。望んではいけないと思いつつも、雨音は胸の内から湧きあがる感情を抑えきることができなかった。


(死にたく、ないよぉ……)


 自分以外誰もいない室内、雨音は一人、静かに泣いた。

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