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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
参ノ怪 鈴森螢助
20/42

逃走

「(俺のせいだ。俺が、雨音や和葉の言葉を無視して、ここに来たから……)」


 ケースケがそう考えるのも無理はないだろう。ケースケが屋敷にやってきた直後に、タイミングよく発生した襲撃。自分が屋敷に入っていくところを、屋敷を監視していた誰かに見られたと推理するのはごく自然なことであり、ケースケが自分を責める要因としては十分だった。


「風香!?どこだ!?」


 敵に見つかることも恐れず、大声を上げながら廊下をひた走る。二階だけで部屋数は八室あり、一つ一つを見ている余裕はない。声を上げても誰も出てこないことを確認した上で、ケースケは一階へと駆け降りる。

 彼が一階に到達するのが早いか、廊下の突き当りにある玄関の扉が弾き飛び、ケースケの頬の真横を扉の破片がかすめ飛んで行く。


『てけり・り!てけり・り!』


 玄関の先から現れたのは、二体の子ども型ショゴスだった。顔と腹から触手が突き出ており、四肢で天井と床にへばりついた状態で這ってくる。

 獲物を追いつめる蜘蛛のようなその姿に生理的嫌悪を抱きつつ、ケースケは手近な扉に飛びついた。その先に風香がいるという確証はない。ただの運任せだ。


「え?お兄ちゃん?」

「風香!」


 ケースケはその運任せに勝った。リビングでカップの片づけをしていたのだろう。台所から顔を出した風香が、慌てた様子の兄をきょとんとした顔で見つめ返す。

 しかし、彼が風香に駆け寄ると同時、窓に影が差す。少女をケースケが抱えあげるのと、窓ガラスを突き破って異形の怪物たちが入ってくるのは同時だった。

 急ぎ、廊下に逃れると、ケースケは強烈な体当たりを食らった。

 玄関から入ってきたショゴスたちが追い付き、ケースケに襲いかかったのだ。とっさに風香をかばったケースケは壁に弾き飛ばされ、廊下に転がされた風香が小さな悲鳴をあげる。


「お、お兄ちゃん!?」

『てけり・り!てけり・り!』


 震え声で戸惑う風香に答えている余裕はなかった。二体の怪物はケースケに目標を定め、蜘蛛のような動きで飛びかかってくる。


「うっ、ぐ……」


 振り回される触手を間一髪で避ける。いや、正確には避けていない。たまたま運良く外れただけで、次はない。ケースケは無我夢中で怪物の一匹を掴み、もう一匹に投げつける。

 怪物たちは力が強いが、少年少女に化けていただけあって、体重は軽い。思いのほか勢いよく投げつけることができ、両者が衝突する。ダメージはほとんどないはずだが、頭が悪いらしく、ぶつかった者同士で激しく争いだす。


「風香、こっちだ!」


 怯える風香を抱き上げ、二階へと逃げる。

 本当は玄関から逃げたかったが、新手が侵入してきたのを見て、断念せざるをえなかった。先ほど窓から侵入してきたショゴスたちも、壁や天井を這いながら追いかけてきていた。中途半端に子どもの姿をしているのが不気味であり、触手の動きに合わせて、子どもの首が360度ぎゅるぎゅる回るのは完全にホラーだった。


「なに!?なんなの、あれ!?お兄ちゃん!?」


 こっちが聞きたいという言葉を飲みこみ、ケースケは2階の手近な部屋に入り、扉を閉め、鍵をかける。

 ベッドとクローゼットだけの簡素な部屋だ。両親のどちらかの部屋か。あるいは客人用の寝室か。考える間も惜しく、クローゼットを開けて風香をそこに押しこむ。


「お、お兄ちゃん!?」

「いいか、風香。ここに隠れてるんだ。何があっても、声をあげるんじゃないぞ?」


 会話は短く済ませ、クローゼットを閉める。

 バンバンと、大きな音がして部屋の扉が揺れた。思いのほか扉が頑丈だったのか、それとも連中の力が思ったより弱かったのか。どのみち、長くは持ちそうにない。

 ケースケは肘で窓を打ち、窓ガラスを割る。破片の中でもっとも大きいものを掴み、服の切れ端をちぎって巻きつけ、即席のナイフにした。

 ちらと窓の外に目をやる。勇気を出して窓から飛び降りた方がよかったかもしれないとも思ったが、今さら行動を訂正している余裕などない。一般家屋の室内錠の強度など知れたもので、すぐさま異形の怪物たちが雪崩れ込んでくる。


「くそったれがああああああああああああああああ!!」


 少年少女の姿を模した異貌の者どもが、床や壁や天井を這い、かさかさと近寄ってくる。まるで死体にたかるフナムシの群れだ。ケースケは恐怖に負けそうになる自分を奮い立たせるように大声をあげ、闇雲にガラスのナイフを振るった。

 ズブリ、と不快な感触とともにナイフが沈む。皮膚を斬り裂かれ、玉虫色の血を流す少年は、自分の腹部に突き立てられたガラスのナイフを不思議そうに見たあと、ぎょろりとケースケへと目を向ける。


『てけり・り!てけり・り!』


 もはや何度目からわからない奇怪な鳴き声をあげ、少年の穴という穴から玉虫色の触手があふれ出す。その人外たちの叫びは『殺せ!殺せ!』と呪祖を吐いているように、ケースケには聞こえた。

 あまりのおぞましさに一歩引いたケースケに、何体もの子どもショゴスが飛びかかり、押し倒す。身体がみしりと軋むように悲鳴を上げた。

 見た目は少年少女のものであるはずなのに、とてつもない力だった。必死にもがいて逃れようとするケースケの眼前に一体の少女ショゴスが顔を突き付ける。


『てけり・り』


 愛らしい口から放たれるのは、あの独特の鳴き声。少女の両目を突き破って生えてきた二本の触手が鎌首をもたげ、死神の鎌となってケースケへと振り下ろされる。

 直後、少女だったものが横殴りに吹き飛び、壁にたたきつけられる。少女の肉体にはいくつもの穴が開いており、そこからしゅうしゅうと小さな煙が上がっていた。


「雨音!?」

「伏せていて下さりやがりませっ!」


 ようやくケースケに追い付いた雨音が、素早い動きでショゴスたちに毒針を刺していく。

 地獄に仏とはまさにこのこと。雨音が実は化け物だとしても知ったことではない。今なら雨音のことを女神と崇め、その足にキスすることだってできると少年は思った。

 雨音が到着してからの戦闘はそれほど長いものではなかった。数が揃ってこその烏合の衆。狭い室内のせいで、一度に大勢で襲いかかれないショゴスは、各個撃破の良い的だった。数分立たずして、足元には幾体ものショゴスが積み重なることとなった。


「……ケースケ、くん、大丈夫、で、やがり、ますか?」


 室内のショゴスを一掃すると、雨音はぜえぜえと息を荒げながら、ケースケに問いかける。額には玉の汗を浮かべ、表情も疲労の色が濃かった。

 無理もない。この室内だけで五・六体。庭や階下で戦っていたであろう数も含めれば、少なくとも十数体と連続で戦っているはずだ。さしもの彼女とはいえ、体力の限界が近かった。


「あ、あぁ。雨音、ありがとう。雨音こそ、大丈夫か?」

「ちょっと疲れただけでやがります。それより、階下にはまだ連中がうようよいるでやがります。急いで脱出しやがりましょう」


 気遣うケースケに対し、雨音は気にするなといった様子で手を引き、窓辺に歩み寄る。先ほどケースケが考えたのと同じように、窓からの脱出を試みるつもりなのだろう。


「あー、ちょっと待ってくれ。風香を連れてくる」

「え?風香さんって、確か、妹さんでやがりましたよね?」

「あぁ、さっき見つけて、何とか保護できたんだ。元凶である俺が言うのもなんだけど、こうなっちまった以上、あいつも一緒に連れて行かないと」

「……ケースケくん、実は――」



『コ ロ セ』



 一瞬、妙な声が聞こえたような気がして、ケースケは振り返る。だが、室内を見回しても、記憶を掘り出しても、声の主にヒットする者はいなかった。


「雨音、今の声、聞こえたか?」

「…………」

「雨音?」


 周囲を見回しながら問いかけるが返事がなく、ケースケは不審に思って振り返る。雨音は顔を青ざめさせ、自分の腹部を見下ろしていた。

 自分の腹部から突き刺され、赤い血を垂らすガラスのナイフを。


「…………え?」


 本当に疑問の声を上げたかったのは雨音の方だったろうが、より混乱しているのはケースケであるだろう。


――なぜ、自分は雨音にナイフを突き立てているんだ?

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