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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
弐ノ怪 八城博物館
16/42

バカ

 一息ついてから、ケースケは自分の考えをそう結論付ける。結論に至るまでに婉曲な道をたどってしまったが、言いたいことは言い終えた。

 雨音はどう思ったのか。彼女は顎に手を当て、俯いたまま黙りこくっていた。その様子は思案しているようにも見えるし、怒っているようにも見える。あまりにも沈黙が長いため、ケースケは自分が頓珍漢な事を言ってしまったのではないかと不安になってきた。

 手持無沙汰になったケースケは、止まっていた手を動かし、バーガーを口に運ぶ作業を再開する。雨音の返答を待つ時間は、通信簿を返されるのを待つ中学生のような気分で落ち着かず、味を感じることができなかった。

 やがて、ケースケが3つ目の包みを開けた頃合いに、雨音が再び口を開く。


「ケースケくんは、私が人間でもシャッガイでもいいと思ってるんでやがりますか?」

「あ?どっちにしろ、雨音は雨音だろ?違いなんて、羽が生えてるかどうかくらいだろ」


 質問の意図が理解できなかったようで、逆にケースケの方が不思議そうな顔をする。事実、彼は素直に思ったことを口にしているだけで、裏表は一切なかった。

 そんなケースケの様子を見ていると、まるで自分が悩んでいることが、本当は悩む価値なんてないんじゃなかろうかとすら思えてくる。そんな思いの中、雨音はケースケにも伝わるように、質問の表現を変えた。


「……私が人間じゃなかったら、ケースケくんを食べちゃうかもしれませんよ?」

「あー、そいつは困るな。食われるのは痛そうだし、何より死ぬのは嫌だ」


 言葉の内容と裏腹に、ケースケが本気で困っている様子はない。少し考えた後、答えを捕捉する。


「でも、雨音は俺を食わねえよ。絶対に」

「……なんでそんなことが断言できるでやがりますか」

「俺が信じてるから」


 即答だった。迷う様子は欠片もないが、そう思える根拠を示すこともなかった。元より、物事を筋道立てて考えられるような頭の持ち主ではない。

 つまり、この少年は、明確な理由も根拠もなく、出会ってから一日しか経っていない怪物のことを心から信じ、理屈ではなく直感で、少女は自分を傷つけないと断言したことになる。


「…………本当に、バカ」

「あ?そんなの今さらだろうが。雨音だって、知ってるだろ?」

「そういう意味じゃありません!」


 雨音が拗ねたように顔を背ける。その頬は、傍目から見ただけでもわかるくらい赤く染まっていた。


「もういいです。ケースケくんに論理的意見を求めたのが私の間違いでやがりました。それより、ケースケくんの方こそ、どうなんでやがりますか?なにか思い出せました?」


 この話は終わりとばかりに、雨音は話題を強引に変える。とはいえ、今回の外出の目的はそれだ。ケースケも常に頭の片隅で考えてはいた。

 だが、答えはやはりノーだ。あちらこちらを歩き回ったはずだが、どこも記憶を取り戻す助けにはならなかった。

 やはり、家の近くまで行くか、風香に会うかしなければ、思い出せないかもしれない。しかし、それを雨音に提案しても、やはり拒否された。


「博物館でも話しましたが、今は家族や友人とは会うべきではありません。いつ何時襲われるか分からない状況でそういった人たちに会えば、巻き込んでしまう可能性があります。記憶を取り戻すことも大切かもしれませんが、焦る必要もないでやがります。もどかしい気持ちはわかりますが、今は我慢して下さりやがりませ」

「……おう、わかった」


 あまり納得できていない表情ながらも、ケースケはおとなしくうなずく。雨音が少し困った顔で口を開こうとしたところで、彼女の携帯の着信音が鳴った。


「和葉さんからですね。ケースケくん、私、ちょっと席はずしますので、うろついたりしないでくださいね」

「おー、ちゃんと待ってるから、さっさと済ませて来いよ」

「本当に大丈夫ですか?飴ちゃんとかもらっても、知らない人について行っちゃダメでやがりますよ?ちゃんと一人で待ってられます?」

「幼稚園児か!雨音、俺が幼稚園児並の思考回路しか持ってないとか思ってないか!?」

「………………………………………………………………電話してきます」

「おい、今の沈黙はなんだ。そして、なんで否定しないんだ、こら」


 足早に去っていく雨音の背中を見送ったあと、手持無沙汰になったケースケは窓の外に視線を向ける。消費されたバーガーの山は、すでにケースケの胃の中だ。街ゆく人々を眺めながら、追加のバーガーを頼もうかどうか悩み始める。

 ――――と、その時だ。


「あ……」


 視界の遠くで、小学生くらいの一団が通る。ハロウィンの参加者なのだろう。みなそれぞれ、思い思いの仮装をしており、手にはお菓子を入れるための籠を持っている。

 その中に一人。ケースケの記憶に残る人物が混じっていた。

 彼女は周囲の子供たちと違って仮装をせず、あまり楽しそうではない表情でとぼとぼと歩いていた。その様子を見ただけで、ケースケは胸を締め付けられるような苦しさを感じる。


「風香……」


 会いたい。会って話をしたい。狂おしいほどの思いが胸中を占める。どうしてそこまでの思いが湧いてくるのか、自分でも説明ができない。説明しようにも、記憶がないのだから。

 雨音が電話をしに行ったほうに目を向けるが、まだ戻ってくる気配はない。戻ってきたところで、風香に会いに行くことを許可などしてくれないだろう。そして、力づくで来られた場合、ケースケに抗うすべはないだろう。


「……幼稚園児扱いされても、反論できねえなぁ」


 迷っている暇はなかった。

 時間が経てば、雨音が戻ってきて機会を失い、風香も見失うことになる。

 風香に会えば、彼女を巻きこむことになるかもしれない。だが、せめて、遠目でもいいから、もっと風香を見ていたかった。その思いの正体はわからない。それを知るためのたった一つの方法は、奇跡的に目の前に提示されていた。

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