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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
弐ノ怪 八城博物館
14/42

ハロウィン

 日本人は、生涯で三度自らの宗派を変えると言われる。

 生まれたときに神道のお祓いをし、結婚するときにキリスト教の式を挙げ、死ぬとき仏教の墓に入る。宗教に対して、とりわけ柔軟な気風を持つ日本人は、他国の祭事を受け入れることに抵抗がなく、アレンジを加えて日本独自の文化にすることも少なくない。

 10月末日に行われるこのイベントも、もともとは古代ケルト人の祭事が起源とされている。九十年代にはまったく知られていなかった行事だったが、二千年代後半から活発化し、今では日本の恒例行事の一つとして定着している。

 地方都市布槌でもまた、地域活性化のため、市が援助して大規模なイベントが行われていた。


 そう、ハロウィンである。


 布槌市では、毎年十月末日に、市の協賛で三日間の仮装パレードが行われる。パレードの人員は一般公募で選ばれ、抽選漏れした人も仮装して街を練り歩く。商店街でもハロウィン商戦が盛んになり、街全体が浮かれた空気になる。

 ゾンビや吸血鬼の格好をした人々の中、祭典を横目に見ながらケースケと雨音が並んで歩く。急遽決まった外出であったが、和葉は二人分の羽織物も用意していた。ケースケはダッフルコート、雨音はピーコートで、誂えたようにサイズもぴったりだった。

 ケースケの顔は相変わらず包帯で包まれており、服の間から見える肌にも隙間なく包帯が巻かれているのが見える。だが、今この時に置いては、そのミイラのような様相のケースケの方が、普段着の雨音よりも街に溶け込んでいた。

 ケースケと雨音は、ケースケの携帯に登録されている彼の家の住所へと向かっていた。風香に会いたいというケースケの希望は断固として拒否されたが、しつこく食い下がった結果、家の近くまで行って様子を見るということで妥協した。

 目的の家は住宅街の真ん中にあり、パレードや商店街から離れていたが、仮装した若者がそこかしこにいたので、ここでもさして目立つようなことはなかった。

 祭りに関して、ケースケはあまり関心がなかった。怪物に仮装して騒ぐという行為の、何が楽しいのかが理解できない。彼にとって、この催事は自分の身を隠すのにちょうどいい隠れ蓑に過ぎず、それ以上でもそれ以外でもなかった。

 だが――


「あっ、ケースケくん!あれ見て!ちっちゃい子が魔女の格好してるでやがりますよ!かわいい~♪……あっ、あっちのケーキ屋さんの飾りつけ面白いでやがりますよ!ほらほら!」

「おー」


 冷めた心情のケースケとは逆に、雨音はとても楽しそうだった。監視兼護衛という立場を忘れているのか、何か見つけるごとに目を輝かせ、ケースケの腕を引っ張って大はしゃぎする。

 何がそんなに面白いのか理解できずに、ケースケは適当に相槌を返すが、雨音はそんなことも気にせず、終始変わらぬテンションで祭りを満喫していた。


「(こういうところは、普通の女の子だよなぁ)」


 はしゃぐ雨音の姿を見て、ケースケの頬が緩む。ハロウィンが楽しいと感じるような感情はなかったが、雨音が満面の笑みで楽しむ姿を見るのは面白かった。


「すっげえテンション高いな。雨音も仮装すればいいのに」

「こういうの初めてで、とっても面白いでやがります!あぁ、仮装衣装あればなぁ……」

「これ、毎年やってんだろ?雨音は参加したことねえの?」

「私は一月前に布槌に引っ越してきたばかりなので。私の故郷ではここまで大きなイベントはなかったですし、布槌でこんな催しがあるなんてことも知らなかったでやがります」

「へぇ、なんで引っ越したんだ?」

「んー、まぁ、家庭の事情というやつでやがります。それより、ケースケくんこそ、何か思い出しやがりませんか?このあたり、ケースケくんの地元のはずですよ?」


 電柱の住所表記に目を移すと、『城戸町三丁目』となっていた。携帯に入っていたデータに従うならば、このあたりはケースケの家と通学していた学校の双方から近い位置にある。この町に住んでいたのなら、見覚えがあるだろうし、ハロウィンイベントに参加した経験があってもおかしくない。

 だが、ケースケは黙って頭を振る。記憶の片隅にすら引っ掛かっていなかった。

 風香を一目見たときに感じた、狂おしいほどの郷愁を、この町からは感じない。そのことに若干の焦りを感じつつ、もう一度風香に会いたいという気持ちがケースケの中では強くなってきていた。


「まぁ、そんなに急いで思い出す必要もないでやがりますし、焦らずに行きましょう。何かのきっかけであっさりと思い出すかもしれないですし。……あっ、そうだ。ちょっと遅いけど、お昼ごはんにしやがりませんか?ケースケくん、お腹減ってるでしょう?」


 言われ、昨日から何も食べていないことを思い出す。

 せっかくのお祭りだし、ちょっと高そうな店に入ってみようという話になったが、値段を確認し、互いの所持金を確認し、戦略的撤退の後にごく普通のバーガー店に行くことになった。


「うぅ、貧乏は敵でやがります……」

「まぁ、俺は腹いっぱい食えればいいや」


 窓際の席に向かい合って座る二人の姿は、周囲の目を引いた。片や妖精のように儚げで美しい美少女、片やミイラ男のような風貌の醜い少年。美女と野獣と表現するのがぴったりなこの組み合わせは、一度祭りの空気から外れれば、とても目立つものだった。

 加え、二人の食事風景も対照的だった。雨音の食事量は一般的な女子高生と変わらないていどで、バーガーを両手で包みこむように持ち、小さな口で少しずつ食べていた。対して、ケースケの眼前にはバーガーが10個ほど山のように積まれており、両手にバーガーを持ち、大口を開けて次々と胃袋に落としていった。


「……そんなに頼んで、食べ切れるんでやがります?」

「んー?腹減ってんだから、仕方ねえだろ。雨音こそ、ゆっくり食いすぎじゃね?こんなの、そんなふうにちまちま食うもんじゃねえだろ」

「うっ……し、仕方ないでやがりましょう。子どもの頃からの癖なんだから。……友だちからも指摘されたことあるんでやがりますが、やっぱり変でしょうか?」

「いや、まぁ……メシくらい、好きに食えばいいんじゃね?」


 内心では、リスみたいな食べ方でかわいいと思ったが、さすがに恥ずかしいので口には出さないでおく。それに、食べかたが普通じゃないという点では、ケースケも変わらない。


「……あー、そういやさ」

「ふぁい?」

「普通にメシ食えるんだな。人間じゃないのに」


 シャッガイ。半人半虫の神話生物。博物館の魔女は、雨音のことをそう呼んだ。事実、病院でショゴスと戦った雨音の姿は昆虫人間のようだった。だがしかし、今、目の前にいる彼女は、どこからどう見ても普通の少女に見える。無理をして人間と同じ食事をとっているようにも、平静を取りつくろっているようにも見えない。


「本来の食事とは違いますが、人間の食べ物も問題なく食べられますし、栄養にもなりますよ。シャッガイは幼少期、自分がシャッガイであるとは教えられず、普通の人間として育てられるんです。だから、こういう食事の方が慣れてるんでやがりますよ」

「じゃあ、雨音も最近までは、自分が人間だと思ってたのか?」

「えぇ。……私がシャッガイとしての本能に目覚め、変身能力を手に入れたのは、ほんの一か月前です。先刻話した、『家庭の事情』というのはそういうことでやがります」


 思った以上に最近の出来事であったことに、ケースケは驚く。

 人間として育ってきたのに、ある日突然、自分が怪物であるということを知るというのはどういう気分なのだろう?少なくとも、優越感を持てるようなものではないということは、雨音の顔を見れば察することができた。


「でも、変身できるってだけで、人間と変わらない生活を送れるんだろ?じゃあ、人間と大差ないんじゃ――」

「ケースケくん」


 雨音がケースケの発言を遮る。

 雨音の髪が少し流れ、隠されていた金の瞳が露になっていた。月のように妖艶な光と色を内包する美しい瞳だったが、見つめられたケースケの背筋にぞくりと寒気が走った。

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