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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
弐ノ怪 八城博物館
13/42

シャッガイ

「雨音はシャッガイと呼ばれる種族の一人よ。シャンという巨大昆虫と人間の間にできた混血児。その末裔の血筋よ。あなたも見たと思うけど、半人半虫の神話生物ね」

「……やっぱ人間じゃなかったのか」


 予想できた答えではあった。だからこそ、ケースケもあまり動揺している様子はなかった。

 だが、その心中はわからない。ケースケの反応を見ていた和葉が尋ねる。


「あの子が人間じゃなかったのが残念?」

「あー?いや、別に。それより、ショゴス……だっけ?なんでそんなもんがいきなり病院に出てきたんだよ。そんな気軽にポンポン出てくるようなものなのか?」

「まさか。そんなわけないでしょ。ショゴスは絶対数が少ないし、ほとんどのショゴスは魔術師なんかの管理下に置かれているわ。野生のショゴスは極めて希少で……まぁ、つまり、病院を実際に襲撃したのは魔術師で、ショゴスはその使い魔として尖兵を務めたに過ぎないわ」

「魔術師ぃ?」


 先刻から何度も聞いているが、イマイチぴんとこなかった。ケースケは魔術師と聞いて、右手に包帯を巻いたり、左目がうずくとのたまう厨二病患者を思い出した。


「……あれ?そういえば、さっき、和葉も魔術師だって言ってたよな?じゃあ、あれ、和葉がやったのか?」

「そんなわけがないでしょうが!それだったら、こんなに悠長に話してるわけがないでしょう。……あなた、本当に頭悪いのね」

「おー」


 そろそろ自分でも諦めがついたのか、ケースケは特に反論しなかった。


ショゴス使い(ショゴス・トゥシャ)って言ってね。ショゴスの使役を専門とする魔術師がいるの。指先にショゴスの一部を取り付け、そこに魔力を流し込むことで操るの。病院の人間を全員食べてしまえるほどの珍しい個体は値が張るし、それを所持してたならショゴス使いで間違いないわ」


 馬鹿だ馬鹿だと言いつつもしっかりと噛み砕いて教えてくれるあたり、彼女はお人好しの部類なのかもしれない。最後は自らの貧乏に対する愚痴のようにも聞こえたが。


「あー、じゃあ、その魔術師ってやつが悪いんだな。……でも、なんだってそいつは病院なんて襲ったんだ?雨音も驚いてたみたいだけど」


 和葉が答えようとしたとき、ケースケの背後から、別の声がその疑問に答えた。


「狙ったのは病院じゃなくて、私ですよ。他の人たちは……ケースケくんを含め、巻き添えになっただけでやがります」


 その特徴的な口調に、ケースケははっとした顔で振り返る。そこには予想通りの人物がいた。

 よほど消耗が激しいのだろうか?雨音は生気を感じさせない青白い肌で、ゆっくりと近づいてくる。その足取りはしっかりしていたが、どこか弱々しげで覚束ない印象を受けた。

 和葉の話を聞いたせいだろうか?ケースケは今まで雨音に抱いていた感情とは、別の印象を彼女から受けた。それがなんなのか自分でもよくわからず、ただ黙って話の続きを聞いた。


「シャッガイっていうのは、結構レアな種族なんでやがります。神話生物でなければ、絶滅危惧種に指定されていてもおかしくないくらいに。……で、珍しい生物ってことは、それを収集したいと思うコレクターが存在するのが常でやがりまして。私を狙ってきたのは、そういう連中の一人でやがります」

「……話が長くてわからん。短く頼む」

「今のでもダメなんでやがります!?」


 雨音は額に指を当て、うんうんと考えこむ。


「えっと、私を捕まえたがってる人がいて、その人が病院を襲ったんでやがります」

「おー、なるほど。初めからそう言ってくれりゃいいのに」

「言いましたよね!?私、ちゃんと言いましたよね!?」

「どぅどぅ。落ち着いて、雨音ちゃん。あんまり興奮すると、傷に障るわよ。たぶん、彼、自分がなんで怒られてるのかも理解してないわよ。そういう子だって、受け入れなさいな」


 和葉になだめられた雨音は一息ため息を吐いて、壁に寄り掛かる。その額には薄く汗が浮いており、確かに体調が悪そうだ。


「和葉の言う通りだぞ。よくわからんが、落ち着けよ」

「……なぜでしょうね。正論なんだけど、元凶に言われるとイラッと来るのは。ともあれ、ケースケくんには、事態が鎮静化するまで大人しくしていてほしいんでやがります」

「大人しくって?」

「無暗に外を出歩いたりしなければ、それでいいでやがります。電話なんかは絶対使わないでください。あと、外に行きたい時は、まず相談しやがってください」


 事実上の軟禁宣言。頼むような口調であったが、雨音の言葉には有無を言わせない凄味があった。逆らえば力づくで取り押さえられるであろうことは、ケースケにも伝わった。

 実際のところ、ケースケと雨音の身体能力差は天と地ほどもかけ離れている。ゆえに、ケースケに選択の余地などない。

 そこまで考えてようやく、ケースケは自分が雨音に対して感じていた違和感の正体に気付く。立体駐車場や病院の時と現在の一番の違い。それが、ケースケの雨音に対する印象を変化させていたのだ。

 ケースケは、雨音を真剣な瞳を向け、その疑問をぶつける。


「なー、雨音。なんでジャージなんだ?」

「一体、誰のせいでやがりますかねえええええええええええええ!?」


 雨音は涙目になりながら、ケースケの首を掴んでがっくんがっくんと揺らす。これはこれで可愛いのになぁとケースケはぼんやりと思った。


「雨音ちゃん、落ち着きなさいって。だから、こういう子なのよ。あんまり暴れると、本気で傷が開くわよ?」

「ううぅぅぅぅ、だって、だってぇ……。全身包帯の女装男子とか誰得でやがりますかぁ。個人的には割とありだと思いやがりますが、私に合わせた服なのにウエストが普通に入ってるのが超悔しいでやがりますぅ」

「……あぁ、うん、ごめん。雨音ちゃんも雨音ちゃんで大概だったわ」


 何度目か分からない溜息を吐く和葉を、なんか苦労してそうだなぁと思いつつ、ケースケはぼんやり眺める。その苦労の半分は自分のせいだとは気付いていなかった。


「……なぁ、外に出るのはダメって、人に会いに行ったり、電話したりするのもダメなのか?」


 雨音と和葉が一瞬顔を見合わせて、きょとんとした顔になる。そう言えば、この二人に風香のことを話していないということに気付いた。


「それはもちろん、遠慮してほしいでやがりますが……誰か会いたい人がいるでやがります?」

「あぁ、俺の妹に、風香っていう女の子がいるんだ。小学生くらいの子で、見舞いに来てくれたときに会ったんだ。病院の件で心配してると思うから、一言話しておきたいんだけど――」

「その風香ちゃんに、私のことは話しやがりましたか?」


 それまでのふざけた空気はどこへやら、雨音はただならぬ様子でケースケに詰め寄る。

 その瞳は獲物を狙う蜂のように無機質で、ケースケの背筋に嫌な汗が流れた。


「お見舞いに来た時に会ったって言うことは、なにか話したんでやがりますよね?私のことは話しやがりましたか?他に、誰と話しやがりましたか?」

「いや、短い時間だから、ほとんど何も話してない。他に話をしたのは医者くらいで、雨音の話はちょっと話題に出ただけで――」

「本当でやがりますね?」


 ケースケがうなずくのを確認してから、雨音は和葉の方へと視線を投げる。和葉は本の角を顎に当て、何やら考えこむようにつぶやいた。

「……思ったより目を覚ますのが早かったみたいね。あんな事故の後だし、話をしてたとしても、担当医か看護師くらいのものだと思い込んでたわ」


 事故の後に初めて雨音と会ったのは、その日の夜中に病院のベッドで雨音に乗りかかられた時のことだ。女医のことはその時に話していたのでわかっていたようだが、見舞いに来ていた人間と出会っていたことは予想していなかったようだ。


「……それで、俺は風香に会いに行ってもいいのか?」

「えっと、それは……正直、難しいでやがります。服をまともなものに変えたとしても、ケースケくんは目立ちすぎます。ケースケくんも私も、今は公的には行方不明の状態でやがります。外を出歩いて警察に捕まったら、事情聴取とかで厄介なことになるでやがりますよ」


 女装していることを除いても、ケースケは全身に包帯を巻いている状態だ。現在は秋口であるため、腕や足は長袖で隠すことができるが、顔の包帯は隠せない。外を出歩けば通行人の目にとまってしまうのは目に見えていた。

 頭の悪いケースケにも、警察に見つかることのリスクは理解できた。自分が生き残っていることが警察に知れれば、間違いなく病院での出来事を尋ねられるだろうが、あの狂った状況をうまく説明できる自信がなかった。悪ければ精神病院に押し込められるか、最悪犯人扱いされるかもしれない。

 穏便に外を出歩くことができない以上、風香に会いに行くのは難しい。だが、ケースケはどうしてももう一度風香と会って、話をしたかった。口には出さなかったが、夜中に抜け出して、闇夜に紛れて会いに行くことはできないかと画策しつつあった。

 だが、そんな少年の悩みに対して、意外なところから助け船が入った。


「妹さんに会いに行くのはダメだけど、雨音ちゃんがついていくなら、外出くらいはいいんじゃないかしら?今の時期なら、その格好でも大して目立たないでしょうし」

「……いやいや、和葉さん。服はまともなものに変えるにしても、顔の包帯はとれないでやがりましょう?こんな姿で外に出たら、一発で見つかっちゃいますよ」


 ケースケですら考えつくような問題点に和葉が気付いていないはずがない。雨音は少し驚いた顔になる。

 そんな雨音の前で、和葉は指を一本立て、なんてことのないように言う。


「あら、忘れたの?今日は10月の末日よ?今の時期なら――」

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