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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
弐ノ怪 八城博物館
10/42

夢から目覚めて……

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い


 ただひたすらに、全身が熱かった。ケースケは夢の中で、業火に焼かれているかのような苦しみに暴れまわる。そうしなければ、気が狂ってしまいそうなほどだった。

 周囲はコンクリート。そして、何十台もの車が並び、破壊されている。その光景には見覚えがあった。忘れようにも忘れられない立体駐車場での光景。

 瓦礫の破片や車の残骸、そして人間の死体が散らばる中、ケースケの前に一人の少女が立つ。

 それは、雨音だった。彼女の腕からは、左右から一本ずつ針のようなものが生えており、その背からは服を突き破って一対の透明な羽が生えていた。その姿は妖精のようであり、怪物のようでもある。無機質的な金の瞳に見つめられると、背筋にぞくりと寒さが走った。

 彼女は、周囲の死体や瓦礫には目もくれず、針の生えた腕を振り下ろす。

 反射的に顔を庇った腕に、焼きゴテを押しつけられたような痛みが走り、声にならない悲鳴をあげる。ケースケは痛みと恐怖から、少女から距離を取るように転がる。

 傷口を押さえようと手を当てると、くしゃりと紙を潰したような感触がして皮膚が剥がれた。針を突き刺された部位からグズグズと煙が立ち上り、腕がどろりと溶け落ちる。頭がどうにかなりそうな状況だ。これが夢でなければ、とっくに気が触れている。


 だが、これは本当に夢なのか?


 この生々しい光景は、想像の中の産物に過ぎないのか?それとも、自分が忘れているだけで本当にあったことなのか?

 夢の中で雨音に問うても、答えることはない。彼女はケースケを侮蔑するでも嘲笑うでもなく、感情の篭らない瞳で見下ろしながら、ケースケへと脳天へと針を振り下ろした。


     ◆◆◆◆◆◆◆


 後味の悪い夢から、胸糞の悪い現実へと復帰する。寝起きのまどろみなどない。ベッドと机しか置かれていない簡素な部屋で、ケースケは目を覚ます。


「生きてる……のか?」


 昨夜の出来事と夢の内容を思い出し、風穴が空いたはずの胸と夢の中で溶かされた腕へと手をやる。そのどちらにも傷は見当たらず、怪我をした痕跡すらなかった。


「……あー?」


 不思議に思って服をはだけ、自分の身体をぺたぺた触ってみるが、やはり何もない。昨日の夜の出来事は夢だったのではないかと思えてくる。

 ふと、寝息を感じ、もう一つのベッドに目を向ける。そこには、うつ伏せで穏やかな顔で眠る雨音の姿があった。

 その寝姿を確認して、彼女が無事であったことに対する安堵と昨夜のことが夢でなかったことに対する恐怖が噴き上がる。同時に、先ほど見た夢のことを思い出した。

 異常な体験をしたことによる不安から、ありもしない妄想が夢として現れただけなら問題はない。だが、自分が忘れているだけで、もし、先ほどの夢が実際にあったことならば?


「……雨音は俺を救ってくれたんだ。ありえない」


 自分自身に言い訳するように独りごち、ケースケは自分のベッドからそっと立ち上がる。

 ケースケも雨音も昨夜の病院着ではなく、薄手の寝巻を着ていた。足元には靴もスリッパもなく、足裏にカーペットの感触を感じながら雨音のベッド脇まで移動する。

 聞きたいことはたくさんある。今すぐにでも起こして話を聞きたいが、天使のような寝顔で眠る彼女を見ていると、それはどうしてもためらわれた。

 少しばかりの葛藤の後、ケースケは机の上に置いてあった自分の携帯を見つけて手にとり、雨音の寝顔を数枚撮影する。ケースケはその出来を確認して何度もうなずいた。


「うし」

「……うし、じゃないわよ。なにやってるのよ、あなた」


 急に声をかけられ、ドキリとして振り返る。

 雨音に気を回していたため気づかなかったが、いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこには革装丁の本を脇に抱えた金髪の女性が呆れた顔で立っていた。

 新たに現れた女性は、雨音とはまた別ベクトルの美貌を持った美女だった。

 顔立ちは日本人らしい童顔だが、髪は麦穂のように美しい金髪で、それを側面で束ねている。サラリとした髪質を見る限りでは、染めているのではなくナチュラルのようだ。外国人の血でも入っているのだろうか?年上のようだが若く、二十に達しているか否か位に見える。だが、なによりの特徴は彼女自身が纏う空気。明日世界が滅びますと言われても、平然と紅茶でも啜っていそうな気高さを醸し出している。


「おはよう、ケースケくん。私は八城和葉。ここの家主よ。具合はどう?」

「……あー、大丈夫そうだ」


 ケースケは、もう一度怪我があったはずの部分をさする。痛みはもちろん、違和感の欠片もない。昨夜、玉虫色の怪物に突き刺されたのが嘘だったかのようだ。


「あー、八城……さん?治療してくれたの、あんたなのか?」

「和葉でいいわ。……まぁ、そんなところかしらね」


 和葉は雨音のベッドに近づくと、ずれていた掛け布団をかけ直してやる。雨音は少し身もだえしたが、すぐに再び穏やかな吐息を立て始める。


「ということは、俺や雨音を着替えさせたのも和葉さん?」

「そうだけど?」

「えっちー」


 ケースケが自分の身体を抱いて、うねうねとタコのような不思議なダンスをしだすのを見て、和葉はズルっとこけそうになった。


「あ、あなたねぇ。それが命の恩人に対する態度?治療なんだから、仕方ないでしょう」

「おー、それもそっか。あんがとなー」


 素直に感謝の言葉を返され、文句を言えなくなってしまった和葉は深々と溜息を吐く。


「……まぁ、それだけ元気なら問題はなさそうね」

「あー、俺は問題ないんだけどさ?雨音は大丈夫なのか?先刻から結構騒いでるのに、起きる気配ないんだけど」

「疲れていたのと、鎮痛剤を使った影響よ。昨晩はだいぶ重労働だったみたいだからね。治療は終わってるから命に別条はないけど、しばらくは寝かせておいてあげなさいな」

「……雨音、重症なのか?」


 途端、ケースケの声音が不安なものになる。

 考えてみれば、立体駐車場の時点で、雨音は大分弱っていたのだ。病院では軽快に動いていたように見えたが、無理をしていたのかもしれない。

 そんなケースケの瞳をじっと見つめ返した後、和葉は一拍置いて口を開く。


「あの子の怪我は、あの子の自業自得よ。あなたが気に病む必要はないわ」

「そんなことはねぇだろ?駐車場で何があったかは知らんが、病院で無理させちまったのは、どう考えても俺のせいだ。俺のことなんて放っておけば、雨音ならもっと簡単に脱出できたはずだ」


 病院で見た雨音の身体能力を思い出す。

 蜂を思わせる腕から生えた針に、妖精のような透き通った羽。人間では到底反応できない数の触手に、いとも容易く対抗してみせた反射神経。

 彼女が何者かはわからないが、自分を守ろうとしてくれたことには違いない。ケースケにとって、雨音は命の恩人だった。

 例え、彼女が人間ではなかったとしても。


「……なぁ、その、雨音って何者なんだ?」

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