序ノ一 布槌
始まりは彼女への愛であり、きっかけは一つの事故だった。
結末は最初からわかりきっていた。ただ自分は認めたくなかった。
全てを犠牲にし、自分を含めて誰一人救えない未来。
それがわかっていてなお、自分は愛を貫いたのだ。
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布槌について人に聞くと、地元の人間は「都会だ」と即答し、その他からは「あー、知ってる。……けど、どこだっけ、そこ?」という答えが返ってくる。分類でいえば都会に入るのだろうが、街の中に時折ぽっかり穴が開いたように自然林が出現したり、廃屋に迷い込んだりするため、いまいち栄えているように感じられない。
名物は齧ると絶叫をあげ赤い餡子をほとばしらすコケシ焼きと、青い体液がさわやかな口当たりと評判の布槌生虫てんこ盛り丼。町興しのために町民あげて開発され、媒体にも大いに取り上げられた特産品という話だが、どう考えても頑張る方向性を間違えているのは明白で、来訪客の評判はすこぶる悪い。その他に名産と言えるようなものはなく、名所旧跡があるわけでもなく、住人の味覚センスを除けば、世はこともなしと安寧を貪る普通の街だ。
だが、そんな街でも、人が住む以上は何かしらの事件が起こる。地方であるがために大新聞の一面には載らないが、猟奇的な内容のものも数多く存在した。
曰く、山寄りの小さな村の住人が、一夜にしていなくなった。
曰く、病院の屋上で、ミイラ死体が発見された。
曰く、白昼の街中で、首を切り落とされる辻斬り事件が起きた。
そんな、オカルト雑誌に載っていそうな内容の記事が、布槌の地方紙でには大真面目に掲載されていた。布槌の外からやってきた人間がこれを見ると、ゴシップ誌を間違って手にとってしまったという可能性をまず疑うほどだ。ごく一部のオカルトマニアにとって、布槌は神がかりな穴場と認知されているので、ある意味間違ってはいないのだが。
だが、そんなコアなオカルトマニアですら知らない数値的な事実がある。それは、この土地の未発見の年間行方不明者が二百名を超えるということだ。
もはや呪われているとしか思えないようなこの数値は、建前:住民を不安にさせるわけにはいかない(本音:警察や地方自治体の能力不足を指摘されるのが嫌)という、実に大人気無い大人の事情から隠蔽されていた。
しかし、全面的に、彼らの能力不足が原因と言いきれないのも事実。この土地では、あまりにも不可解な事件が多すぎた。
今回起きた事件の中心地である八城博物館も、もとよりなにかと怪しい噂の絶えない場所のひとつだった。駅からは言うに及ばず、国道からも遠く外れているので、ちょっとドライブがてらに立ち寄るなど努々考えられないほど最果ての立地に、その博物館はぽつねんと建っていた。
タウン誌に情報公開しているわけでもなく、地元の人間ですら(たまたま行き着いたとして)「あれ、ここって博物館だったの?」といった感じで意外がる二階建ての建造物は、やはりと言うべきか、常時閑古鳥が鳴いており、客が入ることすらまれである。
さて、そんな博物館に展示されているものといえば、摩訶不思議な品々と相場が決まっているものだが、その内容は不可思議を通り越して珍妙であった。
巨大な角を持ち、六本足で屹立する奇妙な犀のような骨を、『雪原で発見されたUMAの化石』と銘打っているのは序の口。人間の頭が入る程度の大きさの金属の円筒を置いて、ただタイトルに『異星の技術で作られたオーバーテクノロジー』と書いているだけのものすらある。
中には、時代を感じさせる装飾品やラテン語で書かれた古い書物などのまともそうな展示品もあるが、先のような品々のせいで、胡散臭く見えるばかりだ。
その例で言えば、『その刀』もまた、珍妙不可思議と言える一品だった。
まず、握り手であるはずの柄に、幾本もの棘がついていた。これでは、使い手の手に棘が突き刺さってしまい、まともに握れないのは明白だ。
また、これは実際に手に取ってみなければわからないことだが、この刀は異常なほどに軽い。それは、軽い金属を使っているというわけではなく、刀身の中にいくつもの空洞が存在するためだった。
刀というのは、大きく分けて二種類の鋼が使われている。中心に近い部分に比較的柔らかい鋼を使うことで衝撃を吸収する緩衝材として折れにくくし、外側に硬い鋼を使うことで日本刀特有の斬れ味を生み出す。刀を軽くするために、刀身に溝を掘ることはあるが、中心部に空洞を作ってしまうと、刀としての強度を保てない。その観点からいくと、この刀は、間違いなく、欠陥品だった。
そして、最後に、明らかに普通の刀と違う点がある。
その刀の刀身は、非常に鮮やかな『玉虫色』なのだ。
錆や光の反射を防ぐために、刀身に特殊な塗料を塗ることはあるが、これは明らかにそういったたぐいのものではない。玉虫色の鋼という、どのような技術でもって打たれたのかすらわからない金属で製作されているのだった。
この刀の来歴を知れば、刀に詳しいものは驚きを禁じえないだろう。
これが実際に使われたものであり、刃こぼれ一つない状態でここに展示されているということを知ったのならば。
そして、疑問に思うことだろう。
この刀は、一体どのような人物によって使われ、どのような用途に用いられたのであろうかと。
では、語ろうか。
総長三尺六寸。乱れ刃・重花丁子。銘を『玉虫磨穿』
その刀と使い手の数奇なる物語を。