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君への旅  作者: Ykiki
4/10

A man under the TREE.

「お父さん、この木のお話をしてよ。」

「またかい?本当に好きなんだな。」

「えぇ、大好きよ。いつか私に子供が生まれたら、この木の下に来て、祈るの。

皆で仲良く暮らせるようにって。たぶん実がなってもすぐに落ちると思うけど。」



男は一人で暮らしていた。

長年連れ添った妻は3年前に病気で息を引き取り、一人娘のアンナは10年前に家を出て行ったきり、帰って来ず、今はどこでどんな生活をしているのかもわからなかった。



男は娘が家を出てから毎日、街の外れの丘に行き、ある木の近くにおいてあるベンチに腰をかける。

もうすぐ春がくるせいか、今日は風もなく日差しが穏やかで、思わず空を仰ぎ見る。


「あぁ、俺の実はもぅ鳥にやられてしまったのか。」


男は落胆し、吐き出すようにつぶやく。

明るい空の色や暖かな陽気は男を全てから置き去りにされたようなさせる。


「サリー、俺はダメな父親だったのかい…?サリー、俺は一人ぼっちだ…。」




彼の妻であるサリーが生きていた頃は、毎日ここに出かける男を送り出し、肩を落とし帰って来る男を暖かく出迎えた。


「大丈夫、まだ実はあるわよ。あなたの実はきっと固いから、鳥だけじゃない、リスだって食べることなんでできないわ。」

「アナタは今日も誰かの願いが叶うのを見届けたのね、素敵じゃない。ひょっとしたらアンナの実かもしれないわ。」

サリーは毎日毎日、来る日も来る日も彼を励まし、元気づけた。



そんなサリーに男は苛立ちをぶつけることもあったが、サリーはそれさえも包み込み、男を支えた。

毎日丘に通うようになってしばらくすると、男の事が町で噂されるようになっていったのだ。

男とすれ違うたびに街の人は、からかうように声をかけた。


「おっ、今日も行くのかい?俺の実が落ちたら教えてくれよ!」

「もういい加減やめたほうがいいんじゃないか?」


中には心から気にかけて声をかけてくれる人もいたのだが、男の耳にはけなされているとしか聞こえなかった。


「街の奴らは噂してる。あんな物語は迷信だ、俺の頭はおかしい、狂ってると!」

「そんなことないわ、アナタと私は知っているはずよ、迷信なんかじゃないと。」

「しかし、しかし…、それさえも信じられなくなってしまうんだ!わかるのか!?お前にこの気持ちが!!」

「わからないわ、だって私は信じているもの。あの木のことを。」


サリーは男が不安になり、苛立つ日には必ずこう言った、

「ねぇ、思い出して。私達が一緒になった日のことを。私に話して聞かせて。そしたらもう一度信じられるわ。」




男がまだ若かった頃、母国は戦争の真っ只中だった。

そして男もまた、戦争に駆り出される事になった。


同戦争で父を無くし、兄もまた戦地に出向き、母と妹と3人で暮らしていたサリーは、男が戦争に行くことを酷く嫌がった。

これ以上失う人を増やしたくなかった。

愛する人がいなくなることを、恐れていた。


男は、そんなサリーに、

「仕方ないんだよ、行かないわけにはいかない。でもね、必ず、必ず生きて帰ってくるから。」

と伝えるしかなかったが、それではサリーの不安は拭えなかった。


そんな時、小さい頃に聞いたお話を男は思い出した。

「サリー、あの丘の木に祈ろう。再び僕らが出会えるように。」


二人は街外れの丘に行き、不思議な木の下に立った。

「戦争が終わったら、必ずここに戻って君に会うよ。」

男はサリーに、そして木に誓った。


「戦争が終わって、アナタが帰ってくるのをずっとここで待ってる。だから、必ず帰ってきてね。」

サリーは男に、そして木に祈った。


その祈りに応えるかのように、それまで空を覆っていた雲が流れ、月明かりが二人を、木を照らした。

次の日、男は戦地へと発った。


それから2ヶ月して、男からの連絡が途絶え、その3ヵ月後にお互いの国が和解し戦争は終わった。


しかし男は帰ってこなかった。

サリーの兄が帰ってきたときに、男が重傷を負い、生死の確認までは取れていないことを聞かされた。

サリーの兄もまた足に重症を負い、もうすこしで危なかったと言う話を聞き、男はもう死んでしまっているのではないかと街では噂になった。


それでもサリーは男を、木を信じて待ち続けた。噂には何一つとして裏付けるものはないと。



そして月日は流れ、季節も移り変わり、またあの夜がやってきた。

さすがのサリーも、もう男が帰ってこないのではないかという思いを振り切れずにいた。


「もぅ1年もたつのね。あの夜、ここで祈ったことが夢だったんじゃないかと時々思うわ…。」


サリーは疲れていた。

戦争が終わってから今まで、木の実が1つまた1つと落ちるたびに男の家に走り、鳥が食べるたびに知らせがあったらどうしようと振り回されていたのだから。


サリーがすがるように月を見上げた時、暖かな風がサリーを、そして木の枝を揺らした。

サリーがふと木を見ると、ぽろりと2つの実が落ちた。


「あっ」

「あっ」

2つの声が重なった。


「サリー?」

サリーが声のしたほうを見ると、そこには男が立っていた。


「サリー!!」

男は声も出せずに立ち尽くしているサリーのもとに駆け出し、そして抱きしめた。

こうして二人は再びこの木の下で出会った。




「アンナもこの話が好きだったわね。」

「そうだね、何回も何回も話してくれと言っていた。」

「アンナも信じていたのよ、この話。だったらアナタも信じなきゃね。」

「あぁ、そうだな。街の人の噂なんか気にすることはないな。」

「そうよ、アナタの時だって皆死んでるって言ってたんだから。」

そう言って二人は笑って、また朝を迎えた。



そんな日々は、やがて男の考えを変えていった。

アンナが出て行ってからは、ただアンナが帰ってくることを願っていた男だったが、サリーの彼とアンナを想う優しさとが、アンナへの気持ちを変えた。


男はアンナが連れてきた男、ロイが気に入らなかった。

何をするにも時間がかかり、力仕事なんてもってのほか。

何をするにおいても頼りにならない。

そんな男にアンナをやるわけにはいかないと考えていたのだ。


だからアンナが結婚したいと言い出したときには、男は反対し、他の男と結婚するように勧めた。

当然アンナは嫌がった。

ロイと結婚できないなら、誰とも結婚することはしたくないと。


男はそんなアンナを許すことができず、とうとうアンナはロイと家を出て行ったのである。



男は後悔した。

サリーの優しさに触れ、頭ごなしにロイを嫌っていた自分を責めた。


なぜあの時ロイともっと向き合わなかったのか。

そうしたらきっとロイの良いところを知ることができたはずだ。


男はアンナとロイへ詫びたい気持ちでいっぱいになった。



そして相変わらず毎日丘へ通っているある日、サリーが病気になった。

そして鳥が一つ実を食べた日、サリーが死んだ。

男は病床のサリーとアンナを最後に会わせる事ができなかったことを、申し訳なく想った。


あの時喧嘩なんてしなければ、ロイとのことを許していれば。

アンナの願いを叶えていれば。


そんな男の気持ちを察したのか、

「ありがとう、アンナによろしくね。」

そう言って微笑んだサリーの心はあまりにも深く、暖かだった。




男はサリーが死んでからは、夜遅くまで丘の上にいることにした。

かつてサリーがそうしたように。


アンナが出て行って10年。

今日も何事もなく1日が過ぎていくのだろうか。

そう思って木を眺めていると、丘の下から見知らぬ男がやってきて、珍しそうに木を見上げた。


「珍しい木だろ?」

思わず声をかけた。


ここに来る人はこの街じゃ今はほとんどいない。


「はい、はじめてみました。」

「これは不思議な木だからな…。何か願い事があるなら祈ってみるといい。」

「どういうことですか?」

「ははは、わからんよな、説明せんと。この木はな、願いや祈りを実にするんだよ。」

「願いや祈り?」

「そう、その願いや祈りが叶えられた時、その実が落ちる。本当さ、俺と女房はそうやって結ばれた。信じるか?」


見知らぬ男は、なんともいえなさそうな顔をしていた。


「ははは、まぁいいさ信じられなくても。だが、俺はそれを10年間ずっと見てきた。」

「10年も…。」

「時には鳥が食べたりしてしまう。だから実が落ちるのを見るとほっとするんだよ。」

「…僕の願いも見届けてくれますか?」


10年も見守ってきたという男の話に、心が動かされたのか、見知らぬ男はこの木に興味を持った。


「あぁ、木に聞いてもらうといい。俺はいつでもここにいるから見届けてやるよ。」


見知らぬ男は何か思ったことがあるらしい。

木に向かい何かつぶやくと、男に軽く微笑み、少し楽しそうに去っていった。


誰かとこうして話すのなんて久しぶりだ。もう少し話をしても良かったかもしれない。

男は少し清々しい気分で、今日は早く帰って少し豪華な暖かい夕飯でも食べようと丘を後にした。


男が家に帰る途中、誰もいなくなった丘で暖かな風が木の枝を揺らし、木の実が落ちた。


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