衰弱と崩壊
龍と人間の共存する、こことは違う異世界。
神にも等しい力を与えられし支配者"神龍"の治める世界。
この世界で、長い永い年月と共に築かれてきた平和は、ほんの刹那の出来事により突如として崩壊を始めてしまった。
その世界の中心、聳え立つは、淡い光を放つ巨樹。蛍のような光が枝々から滴れば、銀色の光を帯びた草原が揺れる。
昼も夜も判別のつかぬような、薄暗い暁の世界。それの一番奥深く、かの世界の支配者は床に伏せり、弱々しい声で呟いた。
『……最早、我もこれまでか…』
「そのようなことはございません!只今魔術師が全力を挙げて治療を…!!」
『…よいのだ。我の衰弱はこの異世界の衰弱。魔術でどうこうできるものではない』
「然しこのままでは、この世界のみならず貴方様も…!!」
人影は、焦る。幾重にも重ねられた夕霧のような帳の向こうで、床についている者の言葉に。
主の衰弱、これすなわち世界の崩壊。自分では決して抗うことのできない運命を今、目の前に突きつけられてしまったその者は、ただただその非情な現実に打ち据えられていた。
新たな発言も出来ず、唇を噛み締めて俯く。じわりと口の中に滲む鉄の味が、妙に強く感じられた。
もう、終わりなのか。
この世界の終焉は、最早決まってしまったことなのか。
そう絶望に浸っていた刹那、声が響いた。
『……悲観するな。まだ、手は残っている』
帳の向こう、起き上がった人影。その人影は、自らの家臣である者を労るように、言葉を放った。
精一杯振り絞った、凛とした声で。
『…我が家臣よ、頼みがある。
――とある人物を、我の元に連れてきてくれ』