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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第九十八話 続・かわいそうな少女

 

 翌日、十七番が目を覚ました時、相部屋にレナの姿はなかった。

 クマの浮いた目をこすり、寝床を這い出て部屋のカーテンを開けると、太陽の位置がだいぶ高い。見習い巫女の研修はもうとっくに始まっている。

 十七番は遅刻に気づいて焦ったが、机の上を見ると『今日は休んでください。フィロフィーには私から伝えておきます』というレナからの置き手紙があった。昨日の十七番の様子を見て、レナが気を利かせてくれたらしい。


「…………はぁ」


 レナの気遣いがチクチクと刺さり、十七番は大きなため息を吐く。


 昨日聴いたスミルス=セイレンとタイア=キイエロの会話の内容からして、彼女がレモナ=キイエロであることは疑いようもないだろう。ずっと気づかずにレモナを探し回っていたのだから、こんな滑稽なことはない。

 ただ、これについては十七番より兄の十番テンが悪いと思っている。レモナに関して、人当たりが良いとか胸の大きさはそれなりだとか、微妙な情報ばかりよこした兄には一言文句を言ってやりたい。


(……今日は体調不良で通しましょうか)


 十七番はノロノロと移動して、再び自分のベットに潜り込む。

 魔力切れの倦怠感はすでにないが、置かれた状況の厄介さ故か、食欲もほとんど出ないのだ。


 そう、十七番は自分の置かれた状況が二進にっち三進さっちもいかないことに困り果てていた。


 レモナに辿り着きはしたのだが……しかしあまりにも近づきすぎていた。

 はじめから騙すつもりで近づいたならともかく、そんなつもりもなく知らないまま傭兵団に出会ってしまい――そこから助けたり助けられたりしながら友好関係を築いてしまった。あの傭兵団の全員が十七番に好意的なのだから質が悪い。


 ただ、問題は感情的なことではない。むしろ、向こうが十七番を知っていることが問題なのだ。

 当初の予定では透明化を使うことで、正体を隠したままレモナから話を聞けるはずだった。しかしこうも自分の声から何から知られてしまうと、透明化しても声色を変えてみても、見破られる可能性は十分にでてくる。


 ――否、可能性があるどころではない。

 神院にあの少女がいる限り、まず見破られると考えていいだろう。


「天才の子は天才、いえ天災と言ったところでしょうか……」


 寒くて笑えないな、と十七番は自嘲する。



 タイア=キイエロとの邂逅は、十七番にとってそれだけショッキングな出来事だった。

 


 *   *   *   *   *



 昨日、十七番はタイアには接触せずに迎賓館から撤退した。

 別にレモナにこだわっているわけではない。目的はあくまで十番テンを殺した犯人を確かめることだし、タイアがそれを知っている可能性は十分にあった。

 ならばどうして撤退したのかと言うと……ただ単にタイアが怖かったのだ。

 十七番はタイアを前に、尻尾を巻いて逃げることしかできなかったのである。


 あの時、タイアは匂いで十七番に気づいていた。

 単に十七番が臭かった、ということはない。体臭が出にくい体質だとお墨付きを貰っているし、もちろん香水なんてつけてない。実際、スミルスや迎賓館の見張り達にはタイアよりも至近距離まで近づいたが、匂いで気付かれたりはしなかった。

 ――となると、タイアの方が人並外れた嗅覚を持っていることになる。それは十七番にとって、天敵と言ってもいい能力だ。今回は運よく見つからずに済んだものの、次はどうなるかわからない。


 それだけではなく、彼女が騎士に剣の稽古をしてもらうような武闘派というのも都合が悪い。

 レモナに関しては、戦闘力がほとんどないことはバーグラから聞いていた。なので透明化したまま拘束し、ナイフでも突きつけてやれば尋問可能だと踏んでいたのだ。

 ……が、タイアにそんな出たとこ勝負の作戦が通用するとは思えない。妙に野性味を感じさせる眼光を放ち、体格こそ小柄だったものの、相当筋肉質な体つきをしていた。下手するとあのスミルスに魔法を習っている可能性もある。

 そもそもタイアといえば、王女の中で唯一英雄ロアードの血を引いていることで有名である。最悪の場合、十七番では返り討ちにされるかもしれない。


 それ以上に意味がわからなかったのが……彼女がはっきりと「ジーナの匂いがする」と言ったことだ。

 あの言葉を聴いた時、十七番は全身に鳥肌がたって、危うく声を漏らすところだった。発狂して部屋を飛び出さなかった自分を褒めてやりたい。


 十七番ジーナの名前はスミルスから聞いていたとしても、どうして匂いまで知られていたのか。

 理由を考えれば考えるほど怖くなり、眠れぬ夜を過ごしたのだった。



 *   *   *   *   *



(ああ、彼女がターゲットの『賢者』なのかもしれませんね……)


 そうして一夜明けた今、十七番はそんな考えに行き着いていた。

 タイアはとても勉強熱心で、不思議な能力を持っている。賢者という隠語もぴったりと当てはまる傑物ではないか、と。

 それで匂いを知られていたことに説明がつくわけでは無いのだが……十七番はもうこれ以上、考えるのが嫌になってきた。


 タイアを拉致するのであれば、兄のことは拉致後にゆっくりと聞けばいいだろう。

 ただ、彼女の拉致はかなり厳しい気もするが。

 少なくとも透明化にはあまり期待しないでほしいと、バーグラにあらかじめ進言しておいた方がいいだろうか?



 そんな風に物思いにふけっていると、部屋のドアがこつこつと叩かれた。

 十七番がベッドを出てドアを開けると、そこに居たのはフィロフィーだった。


「ジーナさん、調子はどうですか?」

「おかげでだいぶよくなりました。あの、今日は勝手に休んですみません」

「気にする必要ありませんわ。見習い巫女の修業内容は最低限知っておけば十分ですから。ただ、タイミングは少し悪かったですけれど」

「タイミング、ですか?」

「はい。実は今朝方、お父様がセイレン領の方に戻りまして。ジーナさんによろしくと言って、もう行ってしまいましたわ」


 そういえば、そもそもスミルスがタイアに会いに行ったのは、出立の挨拶のためだった。

 スミルスとタイアは会話中、他にも色々と気になることを言っていた気もする。レモナとタイアのことが強烈すぎて、そこまで思考がいかなかったが……


(そう、確か領地をフィロフィーさんじゃなく、タイアに譲りたいとかなんとか…………)


「どうかしましたかジーナさん」

「い、いえ、なにも」

「うみゅう、やっぱりまだ具合が悪そうですわね。そこに掛けて待っていてください、食事をしてないと聞いたので、果物をもらってきましたから」


 そう言ってナイフで果物の皮を剥き始めたフィロフィーを、十七番はベッドに腰掛けてそっと観察する。

 

 昨日の会話を聞いた限り、スミルスがセイレン領の領主で、フィロフィーは次期領主候補らしいが――父親の本音を、この少女は知っているのだろうか?

 もしかしたら幼い頃からタイアと暮らし、ことあるごとに彼女と比べられは、辛い幼少期を過ごしたのでは?


 ……それと、自分がことを起こした後に、この少女はどうなるだろう。

 知らずにとはいえ、十七番という敵国の間者を引き入れてしまったのだ。タイアやレモナの身に何かあり、その犯人が十七番だと判明すれば、フィロフィーは王国からお咎めを受けるのではないか?


 だがまあ、フィロフィーは王国からヒドラの研究を依頼されるくらいに優秀な魔物の専門家らしいので、さすがに命を取られるようなことはあるまい。



 …………いや待て、本当にそうだろうか?



 確かここにくる前、この仕事に失敗すると罰を受けると話していた気がする。十七番も冗談混じりに、国外逃亡するなら手伝いますとか言った記憶がある。

 当時はその話に違和感は持たなかったが……よく考えると色々とおかしい。この手の依頼に罰を課すと、受けてくれる専門家がいなくなってしまう。むしろ失敗しても最低限の給料は出すべきだ。

 まして相手が貴族ならば、罰なんか課せるわけがない。

 しかも、成功時にフィロフィーではなく神院の手柄にするために、彼女に見習い巫女になれという話である。貴族ほど手柄にこだわる生き物はいないのに、この条件はないだろう。

 あのやさぐれ状態だったころのレモナと一緒に神院に来たことも引っかかる。



 ――もしや、フィロフィーは既に何かやらかしていて、この仕事自体が罰なのではないだろうか。

 魔物に対する執着心も、それだけ追い詰められているからなのでは?



「そうそう、もうすぐヒドラを繁殖させる準備が整いそうなので、ジーナさんには体調が良くなったらヒドラの捕獲をお願いしたいのですわ」

「……わかりました。ヒドラの捕獲に死力を尽くししょう」

「い、いえ、そんな気負わなくても……」

「だからフィロフィーさん! 必ず……必ずヒドラの繁殖を成功させましょう!」

「うゆ!? な、なんか目が怖いのですが!?」


 これまでヒドラの繁殖はうまくいかなかったらしい。それをフィロフィーがやり遂げたならば、利用価値がある少女として斬首になったりはしないだろう。恩を仇で返すことになりそうだが、この仕事のサポートくらいはしてやりたい。

 それも難しい場合……本気で国外逃亡を手助けした方がいいかもしれない。


 決意をみせる十七番に、フィロフィーは理由がわからなくて目をパチパチさせていた。

 

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