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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第八十九話 似てない親子

 

 傭兵団の馬車はその日の日没直前に、ウゴクという宿場町に到着した。

 ウゴクは王都から南方に馬を歩かせて、半日かかるくらいの場所にある。王都から近いためそこそこ規模が大きく、宿泊施設は掘っ建て小屋のようなものから貴族御用達の上宿まで揃っている。

 色々あって到着は遅くなったものの、フィロフィー達は初めからこの町に一泊する予定だったらしい。


(ですが、レモナ王女はもうこの町にはいないでしょうね)


 彼らが早朝から王都を出発していたことや騎馬中心で移動速度が早かったことを考えると、彼らはここを通り過ぎて先の町まで行った可能性が高い。

 十七番も一応はレモナ一行の姿を探すが、やはりどこにも見当たらなかった。


 傭兵団は閉店直前の商店でグレイウルフの皮を売ったあと、大通りに面した三階建ての宿屋に到着した。

 その宿屋の大理石でできた門構えは、どう見ても庶民向けの安宿ではない。


 落としたお金はフィロフィーに拾い集めてもらったが、だからと言って十七番に散財できる余裕はない。


「それでは私は自分の宿を探しますので――」

「御心配には及びませんわ。宿代はわたくしが持ちますから、ジーナさんも一緒にどうぞ」

「いえっ、このような上宿の代金を出していただくわけにはいきません」

「大丈夫です、ジーナさんが仕留めたグレイウルフの素材もありますから」


 十七番はもっと財布に優しい宿を探しに行こうとしたが、フィロフィーに服の裾を掴まれ引き止められた。

 彼女は臨時収入があったから遠慮するなと笑っているが、ジーナが倒したのは一頭だけだし、皮剥ぎも何もしていない。

 そもそもなめしてもいないグレイウルフの皮に、そこまでの価値があるのだろうか?


(もしかして、グレイウルフの中に魔石持ちでもいたのでしょうか?)


 昼間、林の中でフィロフィーがグレイウルフをせっせと解体していた光景を思い出す。あれは魔石に気づいて取り出そうとしていたのかもしれない。

 フィロフィーが掴んで放さないこともあり、最終的に十七番の方が折れて彼らと同じ宿に入った。



 *   *   *   *   *



 チェックインしてすぐ夕食になり、十七番は傭兵団と一緒にテーブルを囲む。

 やはりこの宿は高級店だった。夕食は上質で手の込んだ料理が多く、牛肉のシチューは十七番が今までに食べた事がないほど美味しい。宿代を聞くのが怖くなる味だ。

 男性陣も美味しそうに食べているが、フィロフィーの前にあるのは特別に頼んだサラダだけだった。ずっと馬車の荷台で間食していたせいで、お腹が空いていないらしい。彼女はスミルスに「ひと口食べるか?」と聞かれても首を横に振る。


(父親がそれを認めて良いのでしょうか? お兄ちゃんならフィロフィーさんに、カミナリを落とすところですけれど……)


 スミルスの対応は娘に甘過ぎる気がしたが、団長やバンケツにも咎める様子はなく、十七番が口を出すことでもない。

 他に引っかかっている事もあるので、今回もフィロフィーの事は気にしないことにした。


「あの、レナさんは?」


 そう、食堂に来たのは傭兵団員達だけで、レナの姿がないのである。


「ああ、うん。彼女はあまり人目につきたくないからって部屋で食事をしてるんだ」

「そうですか。 ……良いのですか、護衛対象を一人にして?」

「え、護衛対象?」

「レナさんは傭兵ではなさそうだったので、皆さんが彼女に雇われているのかと思っていたんですが……違いましたか?」


 団長に「……やっぱり、仲間同士には見えない?」と聞かれ、十七番は「見えません」と首を振る。

 すると団員達は何やらコソコソと話し始めた。途中で「やっぱり無理が」「設定Bの方で」などの言葉が聞こえてくるが、はっきりとは聞き取れない。


「あのう、聞いてまずいことでしたら無理に答えて頂かなくても大丈夫です」

「いや、まずい訳じゃないんだけれど、ちょっと説明しづらくてね。レナは最近悪い男に騙されて人間不信になってて、その関係で一時的に傭兵団の仲間として預かってるんだ」

「はあ……」

「彼女の保護者から相応の代金は貰っているから、護衛対象だと言えば護衛対象になるのかな?」


 貰った返事はいまいち要領を得ないものだった。


 団長の説明にフィロフィーが「取り敢えず、部屋にはコクリさんもいるから大丈夫ですわ」と付け加える。言われてみれば子狐も居ないが、それはペットを食堂に連れてこれないだけだろう。護衛にはなるまい。

 

「大丈夫でしたら良いんです。……それで、皆さんはどうしてイセレムに?」


 十七番はレナの話は切り上げて次の質問をする。

 フィロフィーに雇われるつもりはないが、しばらく共に行動する以上、多少は傭兵団の事情も聞いておくべきだ。

 彼らもイセレムを目指している。もしかしたら神院の総本山に入る時の助けになるかもしれないし、逆に障害になるかもしれない。


 そう考えた十七番に、バンケツが「ジーナはヒドラを知っているか?」と逆に尋ね返してきた。


「ヒドラですか。確か、複数の頭を持った蛇、でしたよね?」

「はい。付け加えると高い自己再生能力を持った魔物でして、魔石が回復魔法の魔導書になるのですわ」

「実はこのフィロフィーは魔物の専門家でな。神院が作ろうとしているヒドラ牧場の相談役として呼ばれているのだ」

「……そうですか、神院に雇われているんですね」


 十七番は動揺が顔に出そうになるのをこらえた。


「イセレムの近くの森の中にはヒドラの生息地があり、神院も前々からヒドラの研究はしているのですが――今の所はヒドラの飼育や人工繁殖には成功していないのですわ」

「そこで今回、ヒドラの養殖方法を模索するにあたって外部の専門家としてフィロフィーが呼ばれたんだ」

「そうだったんですか。神院に呼ばれるなんて、フィロフィーさんは優秀なんですね」

「ああ、こう見えてもこの一年くらいの間に、驚くくらい成果を出しているんだ」


 なるほど、彼女が魔物の研究者なら、魔寄せ体質の人間を欲しているという話にも納得がいく。

 バンケツが「まあ、こいつは典型的な優秀だが変わり者の研究者ってやつだ」と笑い、フィロフィーはムッとして頬を膨らませた。十七番は苦笑いを返すしかない。

 

「そんなフィロフィーの数々の功績が、この前の戴冠式で各地の貴族が集まった際に、王国の高官の耳にも入ったらしい。フィロフィーが女性だという点も、神院としては丁度良かったみたいでな」

「女性が関係あるのですか?」

「うむ。ヒドラ牧場が完成した時に、それが神院の出した成果じゃないと困るそうなのだ。それで建て前だけなんだが、フィロフィーとレナには神院の巫女見習いとして一時的に神院に所属する事になっている」

「…………では、私がフィロフィーさんに雇われた場合は?」

「ええ。一緒に神院に入り、ヒドラ研究の手伝いをして欲しいのですわ。もちろん本気で巫女見習いの修行をする必要はありませんし、契約が終わればすぐに解放されますのでご安心くださいませ」


 十七番は神妙な顔で「……もう少し考えさせて下さい」と答えたが――内心では顔が緩みそうになるのを必死にこらえていた。

 神院へ自然に潜入する方法として、これ以上の幸運はない。その後レモナと接触して脱出する時のことも考えなければならないが、暫くは成り行き任せにこの傭兵団についていけば問題ない。


「他の皆さんも一緒に神院に入るんですか?」

「うん。ただ男は一度神官になっちゃうと簡単には出られないから、名目上はフィロフィーに雇われた護衛だね。

 ……それとスミルスは別の仕事でセイレン領に行かないといけないんだけど」

「本当はおひとりでさっさと帰って貰いたいのですが、聞いて下さらないのですわ」

「…………まて。俺は本当は、お前を連れてこの国から逃げたいくらいなんだぞ!?」


 父親のまさかの発言に、十七番はぎょっとした。


「えっ!? 逃げたいというのは、成果が出ないと仕置きでもあるのですか?」

「いや、まあ……そんなところだ」

「ちょっとお父様、ジーナさんに変な事を言わないでくださいませ!」

「そうですか。――では私も、フィロフィーさんに雇われる時は、国外逃亡まで手助けするつもりでいますね」

「い、いえ、そんな重い覚悟はいりませんわ!? 気楽に雇われて下さい!」


 疲れた顔の父親に、娘が慌てて抗議する。


 あまり似てない親子だが、些細な会話の中にもちゃんと家族の絆の様なものが見えてきて――十七番は寂しげに笑った。

 

【書かずの一文】

 フィロフィーの分の食事は、部屋でコクリさんが食べているらしい。

 中々贅沢な子狐である。

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