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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第八十六話 少年少女の傭兵団


 十七番は銀髪緑眼の少女に左腕の応急処置をしてもらいながら、大男バンケツとグレイウルフとの戦いをただ呆然として眺めていた。


 それは戦いと呼べるかも怪しい蹂躙劇だった。

 戦いが終わった時、残りまだ四頭いたグレイウルフのうち三頭は首を切り落とされ、一頭は火の魔法で頭を焼き貫かれて地に伏していた。いずれも苦しむ間もない即死であり、少女の死体を綺麗に残して欲しいという要望にも応えている。

 それだけのことをしておきながら、バンケツは息を上げることもなく事切れたグレイウルフを見下ろしている。その背中からは、歴戦の勇士の風格がにじみ出ていた。


 十七番は手当てが終わった左腕を押さえつつ、よろよろと立ち上がって周囲を見渡す。

 グックスの姿はどこにも見えない。彼が他に魔物を連れていたようには見えなかったし、もし連れていたとしてもこの相手に追加投入してくる事はあるまい。既にこの場は退いたのだろう。


(恨まれていないと良いのですが……無理でしょうね)


 テイムが弱かった事を考えると、恐らくは即席で用意した魔物なのだろうが……それでもグックスの戦力を潰してしまったのは事実である。

 次に会った時、仲間として扱ってくれるのかも怪しい。新たな問題の発生に、十七番は小さく嘆息した。


 しかしまずはこの場をなんとかしようと思い、ゆっくりとバンケツの方へと近づいていく。


「すいません、助かりました」


 そのまま彼に、背中から声をかけた。

 こういう場合の対処方法は十七番も心得ている。まずは言葉で礼を言い、次に多少の謝礼金を渡し、最後に笑顔でお別れをするのだ。

 そうして怪しまれない様に別れたら、急ぎレモナ王女を追いかけなければならない。


「なぁに、気にする必要は……」


 十七番の声に、大男は振り向きながら応え――


「…………」


 ――そして十七番の顔を見ると、彼は息を飲んで固まった。

 バンケツの不思議な行動に、十七番は小さく首を傾げる。



 まさか敵国の間者だとバレたのだろうか?

 ――否。十七番は外部との接触は絶っていたし、顔が割れているとは思えない。


 どこかでバンケツに会ったことがあるだろうか?

 ――否。こんな特徴のある大男、覚えてないはずがない。


 では、自分の顔に何か付いている?

 ――是。



「ああ、見苦しくて申し訳ありません。さきほどグレイウルフに体当たりされて転んだもので」


 藪枝が腕に突き刺さるほどの勢いで転ばされたのだ。鏡がないのでわからないが、顔や頭に土や枯れ葉が付いているのは当然である。


「……はっ!? あ、いや、そうではなく」


 バンケツは目を泳がせ、しどろもどろになりながら何か言おうとしているが……上手い言い訳が出てこないからか、言葉が意味を成していない。

 なにも取り繕う必要はないと思うのだが、見た目より繊細なのだろうか?


「えっとその、俺の名はバンケツだ、よろしく頼む」

「私は……ジーナです。この度は本当にありがとうございました」


 結局弁明を諦めて自己紹介をするバンケツに対し、十七番はジーナという時々使う偽名のひとつを名乗って頭を下げた。


(お礼の言葉はこんなところで良いでしょうか。あとは謝礼金を少し渡して……)


 そんな風に事務的に考えながら、腰に付けていた財布替わりの巾着袋に手をかけて――そこで、袋に穴が開いていることに気がつく。

 驚いて視線を向けると、穴は引き千切られたように見える。


 レモナ一行を見張る際、旅の荷物は馬の近くに置いてきたが……念のため財布の中の金貨だけは、音が鳴らないよう一枚一枚布で包んで持ち歩いていたのだ。それをグレイウルフから逃げていた最中に、どこかに引っ掛けて破いたらしい。

 林の中のどこかにはあるはずだが、無我夢中で走っていたので場所に検討がつかないし、またグックスに遭遇する可能性もある。


「…………」

「うん? どうした?」

「いえ、心ばかりの謝礼をと思ったのですが――グレイウルフから逃げていた際に、財布にしていた巾着袋に穴が開いて、中身が抜け落ちてしまったみたいで」

「そうか。別に謝礼は要らんのだが……そういう問題ではないなぁ」


 そう、謝礼が払えない、などという話ではない。馬を失った上に資金も無しでは、本国に帰るどころかレモナを追いかけることも難しい。

 十七番は慌てて周囲の地面を見るが、このあたりには見当たらない。本格的に林の中を探さないといけなくなった。


 その様子を横で見ていたバンケツが「よし」と声をあげる。


「どこで落としたか心当たりはあるのか?」

「およその方角や範囲はわかるのですが、結構ジグザグに走ったりもしたので範囲が広くて」

「そうか。ではだいたいでいいから案内してくれ」

「え?」


 十七番が頭を上げると、バンケツは「ネコババなんてしないから安心しろ」と言って笑う。

 一緒に探してくれるつもりの様だ。


「いえ、そこまでして頂くわけにはいきません」

「だがまた魔物に襲われても危ないだろう。なに、こっちはそんなに急ぐ旅でもないし気にするな。

 ……そうでしょう、団長?」


「うーん、急ぐか急がないかで言えば急ぐんだけどね。でもまぁ、その子をここに置き去りにしていくわけにもいかないし、日暮れまでって事で探してみようか」


 十七番は背後から聞こえた少年の様な甲高い声に振り返ると、十歳未満に見える金髪の少年が、やれやれと首をすくめていた。

 その垢ぬけた感じは貴族の子供のようにも見えるが、軽鎧を着て腰には短剣を差している。


「それじゃあ、僕は一度馬車に戻ってスミルスとレ……レナに事情を説明してくるから」


 それだけ言うと、少年は十七番に会釈して引き返して行った。


「では団長の許可も下りたことだし、探しに行こうか」

「今の方が団長さん、なんですか?」

「ああ、うちの傭兵団の団長だ。近くの馬車に仲間もいてな」

「そうですか」


 なぜ子供が傭兵団の団長なのかと疑問に思ったが、深く詮索することはないだろう。

 それより考えるべきことは他にある。


 少年少女を連れた集団ならば身の危険はないだろうが、あまり他人と深く関わりあうのは避けたい。

 しかし正直なところ、バンケツが居てくれた方がグックスにちょっかいを出される心配がない。馬の死体の近くにある旅荷物も安心して回収ができるし、うまくいけば近くの街まで送ってもらえるかもしれない。


「本当にいいのですか?」

「おう、大船に乗ったつもりで任せておけ!」


 何よりバンケツが妙にやる気だ。十七番は素直に頼ることを決めた。

 まずは馬の近くの旅荷物を回収しようと思い、彼を連れて――ふと立ち止まる。


「あ、待って下さい」

「なんだ、本当に遠慮はいらんぞ?」

「いえ、そうではなく……彼女は放置して良いのでしょうか?」


 そう言って十七番が視線を向けた先には、せっせと魔物を処理している銀髪緑眼の少女がいた。


 彼女は十七番の腕の手当てをした後は、こちらのやり取りは無視して黙々と作業に没頭していた。いつのまにか、肉屋が使うような大きなエプロンをつけて、奇妙な色のナイフと片手鍋の様なものを装備している。単に毛皮を剥いでいるだけかと思いきや、いったい何に使うのか、肉も削ぎ落として片手鍋の中に入れていく。

 彼女がシュウシュウ音を立て蒸気をあげる鍋をニヤニヤしながら眺めている姿は、とても近寄りがたい雰囲気だ。


「ああ……うん。あれは大丈夫だ、じきに父親が回収しに来る」


 バンケツが目を逸らしたのを見て、十七番もそれ以上、少女のことを気にかけるのはやめた。



 *   *   *   *   *



 それから二時間近くかけ、バンケツと少年団長にも手伝ってもらいながら探したが、いまだに十七番が落としたお金は見つかっていない。


「うーん、見つからないね。硬貨ならこれで光を当てれば反射して見えるかと思ったんだけど」


 そう言って団長は、筒にロートがついたような魔道具を弄ぶ。

 なんでも光を照射する魔道具だという。さっきの少女も奇妙な魔道具を持っていたし、子供に魔導具を渡せるほどの潤った傭兵団なのだろうか?

 しかしその割には、この二人以外の人間が手伝いにくる様子はない。


「すいません、硬貨同士がぶつかって削れるのが嫌で、布でくるんでいたんです」

「謝ることはない。金貨などはそうするべきだし、そういう几帳面な女性というのは、うん、悪くないと思うぞ」

 

 バンケツにフォローを入れられるが、心なしか無理矢理褒めたような印象を受ける。

 さすがの十七番も、いくら相手が敵国の人間とはいえ、バンケツや団長に手伝い続けてもらうことに申し訳なさも感じてきていた。


「すいません、後は一人で探しますので、皆さんはどうか先へ行って下さい」

「けど、君の馬はグレイウルフに殺されているんだろう? いっそ諦めて僕達の馬車に乗らないかい?」

「お金がないまま近くの村まで送っていって貰っても、その後どうしようもないのです。近くに身寄りがいるわけでもないので」

「だったらやはり、見つかるまで探すしかないな」


「皆さん、まだお金は見つからないのですか?」


 そうしていると、さっきの銀髪緑眼の少女がこちらに向かってくるのが見えた。


「フィロフィーか。グレイウルフはもうよいのか?」

「はい、ようやく解体作業が終わりましたわ」


 まさか六頭すべてを彼女一人で、たった二時間で解体したのだろうか?

 ……いや、食肉用の獣ではあるまいし、最初にいじっていた一頭以外は毛皮を剥いだだけだろう。


「彼女のお金は残念ながら見つからなくてね。無いと困るレベルの大金だったそうだから、ギリギリまで探してあげたい所なんだけど」

「そうですか。ではわたくしにも捜索範囲を教えてくださいませ」

「あの、皆さん本当にもう結構ですから」

「大丈夫ですわ、たぶんすぐに見つかりますので」


 妙に自信ありげな顔のフィロフィーという名の少女に、十七番は渋々ながらも彼女の案内を始め――


「はい、見つけましたわ」

「えっ!?」


 ――その案内も終わらぬうちに、彼女は少し離れた場所の枯れ葉と土を払いのけて、十七番の金貨を発掘した。


「そばにグレイウルフ達の足跡がありますわね。彼らがジーナさんが落とした硬貨を踏みつけたり土を舞い上げたりして、そのまま埋もれてしまったのでしょう」


 何でもないことのように少女は言う。

 もしや、彼女がグレイウルフの解体などせず初めから探してくれていたら、とっくに見つかっていたのではないか。


 金貨が見つかって本当に助かったのだが、何故か十七番には喜びよりも疲れの方が強く押し寄せてきたのだった。








「…………グリちゃん、それでは解体のための時間が稼げないではないですか。今は秘薬のため、少しでも魔石を確保しませんと」


「ん? 今何か言ったかいフィロフィー」

「いえ、別に」


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