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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第八十五話 狼と大男

 

 王都リスティから南へ伸びる街道を、多数の馬を従えた集団が行進していた。集団は一台の堅牢な馬車を中心に置き、その前後を騎馬兵が守る隊形を維持している。

 中央の馬車の側面にはキイエロ王国の紋章があしらわれている。護衛の得物は弓だったり槍だったりと差があるものの、全員同じ色合いの軽装備で統一されていた。


 早朝に王都を出発したその一団は、王都周辺の葉物野菜の畑が並ぶ農業地帯を抜け、とある林へと差し掛かる。

 林の中には湧き水が湧いていて、キャラバンなどが休憩できるように作られた広いスペースがあった。一団はそこを休憩場所に選び、馬をゆっくりと停止させる。


(……あの中にレモナ王女がいるのでしょうね)


 そこに先回りして待ち構えていた十七番は、数十メートル離れた茂みの陰から、レモナ一行とおぼしき一団の様子を覗いていた。



 ――テンが操り人形にしようとしていたレモナなら、事件の真相も知っているに違いない。


 そう考えた十七番は居ても立っても居られなくなり、レモナ出家の噂の裏がとれると、仲間達に無断で王都を抜けた。

 そして王都から神院の総本山がある街に向かう場合のルートを調べ、その休憩場所となりそうな場所に先回りして待ち構えていたのだ。


(あとは、レモナ王女が用を足しにでも出て来てくれれば楽なのですが……)


 

 十七番は期待して待ち構えたが、護衛達が馬に水を飲ませたり湧き水を汲みに行ったりとせわしなく動いているばかりで、レモナが降りてくる様子はない。

 結局馬車の中からは誰も降りてくることはないまま、休憩を終えて出発の準備を始めてしまった。残念ながら、中の人物の姿も見れていない。

 十七番はレモナの顔を直接見た事はないが、『長い金髪』『中肉中背』『胸はそれなりに大きい』などの断片的な情報は持っている。姿が見えればそれに照らし合わせて判断することはできるのだが、この場はそれすら諦めなければならないらしい。


(仕方ないですね、一団の戦力と移動経路がわかっただけでも十分です。また次の休憩地となりそうな場所に先回りしましょう)


 十七番にも多少の戦闘の心得はあるものの、対人戦を専門とするであろう護衛騎士と正面切って戦えるものではない。まして馬車の護衛は十人近くいる。

 殺すことが目的ならばそれでもやりようはあるのだが、十七番の目的はレモナの暗殺ではなく彼女から話を聞くことなので、あまり乱暴なことはできない。


 いずれ確実に話を聞き出すために、今回は大人しく引き下がる。

 そう決めた十七番は林を抜け、隠しておいた自分の馬の元へと向かい――



「探したぞ、十七番」



 ――そこに待ち構えていた坊主頭の青年と、馬の肉を食らう六頭のグレイウルフの姿を見て、彼女は表情を強張らせた。



「さあ、帰るぞ。バーグラ様も、すぐに戻るなら咎めはしないとおっしゃっている」

「もう少しだけ時間を……いえ、でしたらグックスが手伝ってくれませんか? 私とあなたの魔法があれば、すぐにでもレモナに接触できます」


 十七番の提案に、グックスは口元をひきつらせる。


「……ああ、そりゃあ確かに俺達が力を合わせればできるだろうな」

「でしたら!」

「だが、そんな事で俺やお前の能力を敵の目に晒す訳にはいかない。俺達が絶版魔導書を与えられたのは、こんな場所で私怨を晴らすためじゃあない」


 グックスはそう言って突き放すと、右手を十七番に向けてかざした。

 彼の動きに呼応して、馬の内臓を漁っていたグレイウルフ達が頭をあげて十七番を凝視する。


「面倒をかけさせるな。馬はもういないんだ、大人しくついてこい」

「……断ります!」


 十七番は身をひるがえして林の中へと駆け込む。

 彼女の対応に、グックスは目を閉じて小さく首を振った。


「まったく……お前達、追って取り押さえろ。間違って食い殺すなよ、そのために馬を思う存分食わせてやったんだからな」


 彼の言葉に、六頭のグレイウルフ達は一斉に十七番の後を追い始めた。


「く、殺す気ですか!」


 グックスの命令内容まで聞こえなかった十七番は、そう毒付いて林の中を必死に走る。

 しかし、グレイウルフとの距離は徐々に狭くなっていく。グレイウルフは狼型の魔物で、その生態も狼に近い。群れで獲物を追い立てるような狩りを得意としていて、足並みを揃えて十七番を追ってくる。

 一頭ずつなら十七番にも勝ち目はあるが、六頭同時に相手はできない。このひらけた林の中では一対一の状況に持ち込むことも難しい。


 十七番が絶版魔導書で覚えた魔法も、この状況ではあまり役には立たない。

 結局はグックスに大人しく投降するか、助けを求めて必死に走るかの選択肢しかない。


(ならばいっそ、このままレモナ一行にぶつけてしまえば……!)


 やぶれかぶれになった十七番は、先の休憩場所を目指して走るが――グレイウルフの足の速さは十七番の予想をこえていた。

 すぐにグレイウルフ達に追いつかれると、群れの先頭にいた一頭の体当たりを背中に受ける。

 体重百キロを超えるグレイウルフの一撃に、受け身も取れずに草の生い茂る大地を転がされた。


ぅ!?」


 十七番は小さく呻き声をあげる。

 激痛の原因を確認すれば、藪枝が左腕の上腕に刺さっていた。身体を起こすために引き抜くと、赤い血がドロリと流れて手首へと伝っていく。


 と、背後に気配を感じた。

 振り向くと、寄ってくるグレイウルフ達の姿が映る。


 ただし彼らは唸り声をあげながらゆっくりと近づいてくるだけで、飛びかかって来る様子はない。


(喉元に食いついてこないのは、グックスに殺すなと命令されているからでしょうか?)


 彼らが本気ではないと知った十七番は逃げる手立てを考えるが、腕の痛みのせいで集中できず、良い方法も浮かばない。

 そうしている間にも、グレイウルフ達は完全に十七番を追い詰めてしまった。


(ここまで、ですね……)


 さすがの十七番も逃げる事を諦め、怪我をした左腕を押さえ、そばにあった木にもたれかかった。

 息を整えながら正面に佇むグレイウルフ達を眺め――そこで、見過ごせない異変に気付く。


 群れで一番痩せていたグレイウルフが、十七番を見て牙をむいたのだ。

 鼻をひくつかせている所を見ると、十七番の血の匂いに惑わされているらしい。『待て』を我慢できない犬の様に、そわそわしながら近づいてくる。


 血の気が引いた。


(まさか……テイムが弱まっている!?)


 十七番は慌てて立ち上がろうと動く。

 しかし近づいてきていた一頭は彼女が立ち上がるより先に、牙を剥いて飛びかかってくる。


「――っ、氷よ!」

「グギャウ!?」

 

 咄嗟に右手をかざして魔法を放つ。

 生み出した氷塊はグレイウルフの鼻先に着弾し、悲鳴と共にグレイウルフを吹き飛ばした。


 大地に叩きつけられてピクピクと痙攣するグレイウルフに、十七番は安堵し――そして絶望する。

 テイムが弱まっていたのは今の一頭だけではなかった。残りの五頭が仲間をやられた怒りでテイムを振り切って、十七番に一斉に飛びかかってくる。


 横並びで迫りくるグレイウルフ。

 むき出しになった白い牙。


「お兄ちゃん……」


 迫り来る死を目前に、十七番は絶対に来ない助けを呼び――



「伏せていろ!」



 ――それに応えたのは、見ず知らずの大男だった。



 背後から太い男の声が聞こえたかと思うと、大男が十七番の前に飛び出して、背負っていた大剣に右手をのばす。


 そして、一閃いっせん


 グレイウルフと接触する直前、大男は大剣を抜いて右から左へと薙ぎ払った。

 

 大男の剣は一番右にいたグレイウルフに食い込んで――そこで大男の腕は止まらない。絶命したグレイウルフの亡骸ごと大剣を振り抜いて、それを残る四頭へとぶつけた。

 その一撃はほかのグレイウルフの命を奪うには至らないが、残りの四頭をまとめて左手へと吹き飛ばす。


「な……っ!?」


 とんでもない力任せの大技を見せられて、十七番は言葉も出せずに男の背中を眺めた。


 逆立った短い金髪に、二メートルはあろうかという身長。

 着ている鎧の隙間から見える肉体は筋肉の塊ともいうべきもので、ほんの少し浅黒い皮膚が筋肉の形に引き延ばされている。


「バンケツさーん、できるだけ死体が綺麗に残る様にお願いしますわー!」

「おう、任せとけ!」


 いつの間にか、十七番の少し後ろに銀髪緑眼の少女も立っていた。

 少女の無茶な注文に、しかしバンケツと呼ばれた大男はグレイウルフを見据えたまま、大剣をブンブン振って応えている。



 十七番があっけに取られている間にも、大男はグレイウルフへと突進して行った。

 

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