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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第八十四話 十七番


 王都リスティの外周付近にある宿屋の一室に、三人の男女が集まっていた。身なりのいい黒髪の男が奥の椅子に座っていて、灰色のポンチョを羽織った若い男女がその正面に横並びで立っている。

 そこは王都では安宿に分類される宿で、部屋にはベッドの他に木製の椅子と机があるだけだった。光源も一つしかないため薄暗く、伸びた三人分の人影が部屋を陰鬱に見せている。


「バーグラ様。先ほど、拠点としていた雑貨屋の方に捜査が入りました」


 灰色のポンチョを着た坊主頭の青年が、椅子に座る黒髪をオールバックに纏めた男――バーグラに向かって報告をした。


「思ったより遅かったな」

「ええ、それも捜査に来たのは特務憲兵ではありませんでした。野次馬から捜査の様子を隠そうともしていません。単に突然夜逃げをした雑貨屋の調査に来たようです」

「……我々のことはバレていなかった、ということか。店を引き払ったのは性急だったかな?」

「仕方ないでしょう、城に潜入していた十番がどんな死に方をしたのかわかりませんでしたから」


 青年が「今からでもアリバイに借金取りをさ用意しますか?」と伺いをたてたが、バーグラは「必要ない」と首を小さく横にふり、着ている黒い服のポケットから一通の手紙を取り出した。


「今朝方届いた次の指令書だ。我々全員、一度本国に戻ることになった。明日の朝にはここをつので準備しておけ」

「なっ、待ってください!?」

「大声を出すな、十七番」


 黙って聞いていた若い女性が身を乗り出して声を荒げると、すかさず隣の青年がたしなめる。

 十七番――とても人間の名前には聴こえないが、それが彼女の名前だった――はひと呼吸おいたあと、声のトーンを落として再び口を開く。


「兄のこと、本国にはなんと説明するつもりですか?」

「事実をそのまま伝えるだけだ。手駒にした第四王女のミルカが暴走し、十番を巻き込んで自滅してしまった、とな」

「しかし、兄はここまで何年もかけてじっくりと準備してきたのです。第四王女だってほとんど兄の言いなりだったのに、それがこんな急に暴走するなんて」

「十番の報告書の内容はお前にも教えただろう?」

「それはっ……」


 十七番は言葉に詰まる。


『第四王女が試したい事があると言って毒を第七王女に飲ませようとし、それがとある貴族の少女にバレてしまった。さらにその少女が両方の王女を庇って毒をワザと飲み事態が混乱しているため、自己裁量で計画を進める許可と援軍が欲しい』

 それが十番からの最後の報告だった。

 十七番はその援軍として呼ばれたのだが、彼女が到着した時には既に十番はこの世にいなかった。


「報告後に何が起こったかまではわからんが、十番にも対応できないイレギュラーに発展したのだろう。雑貨屋への対応を見るに我々の情報は流れていないし、おそらく十番は自殺だろうな」

「っ! ですが、それが怪しいのです」


 淡々と話すバーグラに、十七番は苛立ちを抑えながら訴える。


「バーグラ様、調査のために時間をください。兄が死んだ理由を知らず、仇が誰かもわからずに帰還なんてできません!」

「必要ない。真相究明などリスクがあるばかりで何の利益も生み出さない。それに気付かれた様子がないとはいえ、旧拠点に捜査が入ったのは事実だ。明日には王都を出る」

「ですが!」

「やめろ、十七番」


 再びヒートアップし始めた十七番を、坊主頭の青年がもう一度止めた。


「十番を殺したのはこの国だ。だったら俺達は今後の任務を通してこの国を征し、あいつの仇をうてばいい。違うか?」

「……違いません。貴方の言う通りです、グックス」

「そうだろう?」

「ですが、私は貴方ほど賢くはない。だから理解できても納得まではできない」

「…………」

「……少し、頭を冷やしてきます」


 部屋を出ていく十七番を、バーグラもグックスも止めようとしない。

 一人は心配するように、一人は冷たい軽蔑する目で彼女の背中を見送った。




 十七番は灰色のポンチョのまま宿屋を出る。

 着替えたり変装したりする必要はなかった。元から街に溶け込むため、不自然に思われないための薄化粧をし、地味な色の茶髪はひとつに束ねている。

 王都は二ヶ月前に病死したミルカと最近亡くなったアークロイナの追悼ムードで、灰色や黒などの地味な服を着た人が多い。


 それでも十七番の上背と整った容貌は男達の注目を集めるのだが、考えごとをしながら足早に歩く十七番はそれを気にしてはいなかった。


(みんな優秀すぎるのです、お兄ちゃんも、バーグラ様も、グックスも。そしてミルカ王女は棺桶に片足突っ込んだ狂人だった。

 ……だから、みんな気にしていないし気づいていない)


 王都に吹く夜風はまだ冷たかったが、十七番の頭を冷やすにはやや足りない。


(ただの貴族の娘に、毒入りだとわかっている飲み物を飲むなんてできるものか!)


 十番テンが書いた最後の報告書の中で、彼女が納得できないのはソコだった。



 当たり前の話だが、普通の人間は食べ物が毒入りだとわかれば怖くて口をつけられなくなる。

 毒入りだとわかったワインを無理矢理に飲み込もうものならば――たとえそれが実は何の変哲も無い、美味しいワインだったとしても――喉が全力で拒絶して、強い嘔気で吐き出してしまう。


 十番の様にいざとなったらすぐ自殺できるよう訓練された間者であれば、必要なら毒入りワインだってすんなりと飲めるだろう。

 または普通の人間でも、恋人のため、憧れの人のため、妹のためといった理由があり、覚悟を決めれば飲めるかもしれない。


 ――しかし、そんなのは例外中の例外である。


 ましてリスティ城には、心眼のキャスバインとかいう特務憲兵が居たはずだ。草としての専門教育を受けていた兄ですら、キャスバインの事は恐れていた。


 ただの貴族の娘が王女達のために、咄嗟の判断で平然と毒入りワインを飲み干した。

 しかもキャスバインの追及を、その少女はギリギリ逃れたという。


 そんな事がありえるのだろうか?


(もしそれが全て事実なら――最終的に兄を殺したイレギュラーというのも、やはりその貴族の娘では……)


 その疑念は考えれば考えるほど、真実味をおびてくる。


 本当は二ヶ月前のテンの死後、十七番はすぐにでも調査に動きたかったが、しかしバーグラに止められた。

 バーグラは今にも飛び出しそうな十七番を見て、その少女の名前など一部の情報を教えなかった。


 それでも十七番は、自分に兄の仇をうてるような任務がくるのを今か今かと待っていたのだが……下された命令が本国への帰還では、とても受け入れられるものではない。




「おい、聞いたか? 今度レモナ様が神院に入られるらしいぞ」


 頭にかかるモヤモヤを払おうと歩き回っていた十七番は、目の前を歩く酔っ払い達の会話を耳にした。

 そこで自分がずいぶんと早足になっていたと気づいて速度を落とす。


「聞いた聞いた。二ヶ月前に亡くなったミルカ様と、つい先日亡くなったアークロイナ様の供養をするってんだろ?」

「そうらしいんだが……実はな、裏で別の噂があってよ」

「別の噂?」

「ああ。なんでもレモナ様は城の召使いと男女の契りを結んじまって、懲罰として神院送りになるんだとか。しかもその召使いは自殺しちまったんだと」

「ほう、だとしたらレモナ様は家族よりその男の供養に行くのかもなぁ……って、んなわけあるかよ」

「ハハ、まぁ、普通に考えてあり得ないよなぁ」

「誰だよ、そんな憲兵に聞かれたらしょっ引かれそうな危ねぇデマ流したのは……」


 それっきり酔っ払い達の話題は仕事や女房の話へと移り、十七番は興味を失ってそっと離れる。


(第二王女のレモナ=キイエロ。彼女なら――)



 そしてその夜、十七番は宿屋へと戻らなかった。

 


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