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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第八十話 第二、第三の事件・解

   アークロイナ

 オリン   レモナ

チャコ     ヘリーシュ

 ミルカ   クリンミル

    タイア

 

「はは……本当に気づかれなかった」


「チャコ様とミルカ様はそっくりですもの。さすがにご家族やよくお会いになる方は騙せないでしょうけれど、地下二階勤務のお役人には見抜けませんわ」


「そんなもん、かぁ。けどフィロフィー、本当にセイレン領の特別支援を打ち切っちゃって良かったの? 

 そりゃあ、こうやって君とミルカに繋がりを作っとけば、いざって時に『ミルカとフィロフィーの共犯で、クリンミルを殺そうとはしていない』って言い張れるけど……」


「問題ありませんわ。領地で新事業を始めるにあたって、帳簿の回収は必須ですもの。

 それよりタイア様の話だと、特務憲兵がミルカ様が犯人だとほぼ特定しているそうですから、ミルカ様に逃げ道を用意する方が急務ですわ」


「助かるよ。でもさ、バレたら君が打ち首……には流石にならないにしてもだよ? あとで領地に幽閉されたり、廃嫡されたりしない?」


「それこそ願ったり叶ったりですわね。堂々と研究室に篭れますし、あの大変な領地を継がなくていいんですもの」


「そ、そう、君に問題がないならいいけど」



 *   *   *   *   *



「それではヘリーシュ様、最終確認しておきますわね。もしもレモナ様がお砂糖を溶かす時に、妙に時間がかかっていたら……」


「紅茶に既に、別の何かが入っているのが原因かもしれない。だから、速やかにレモナの紅茶をすり替える、だろう? ああ、わかっているとも。

 ――しかし、本当にテーブルの下に犬なんて仕込めるのかい?」


「お任せください。犬が鳴いたら皆の視線が机の下に向かいますから、その隙に入れ替えてしまってくださいませ」


「ふむ。けれども紅茶がなみなみと入っていると、カップを交換する時にこぼしそうだね」


「ヘリーシュ様は氷魔法が使えましたよね? 薄い氷のまくを、カップの入り口を押さえる蓋になさってはいかがですか?」



 *   *   *   *   *



「ケーキが焼けたけど、これどうかなぁ? 打ち合わせ通り『食欲がなくなる程度に失敗したケーキ』にしようとしたんだけど……ちょっと上手くできちゃった」


「…………い、いえ…………ジュウブン、ダト、オモイマスワ」


「そうかな、これだと皆がパクパク食べちゃうと思うんだけど。

 回転させる前に撤去されないといけないんだし――もうちょっと捏ねたり押し潰したり、餡掛けにしてみようかなって思ってたんだけど……」


「いえいえいえ! 今の状態で、十分ですから!

 ……むしろこれ以上やると、チャコ様でも食べてくれなくなりそうと言いますか、もうやり過ぎで手遅れと言いますか……」


「え、何? 聞き取れなかったけど」


「なんでもないですわ。それより、薔薇の実入りの部分はどこですか?」


「どこって、見ればわかるじゃない。ここだよここ」


(言われてもわかりませんわね。でもミルカ様に見分けがつくなら問題ない……のでしょうか?)



 *   *   *   *   *



「シェパルドルフ先生、ちょっとよろしいでしょうか?」


「おや、君が研究室から出てくるとは珍しいな。何の用だ?」


「はい、それが……ついさっき、ミルカ様かチャコ様かはわかりませんが、いずれかの王女様が青い顔で研究員棟の女子トイレに駆け込んだそうなんです。

 で、その場に居合わせたという貴族の女性に『私はトイレで王女様をみてますから、シェパルドルフ先生を呼んできてはくださいませんか?』と頼まれまして」


「むっ、それでは……いや、腹痛くらいで私が出張でばっては、かえって王族に恥をかかせてしまうな。看護婦を私服で派遣して――」


「いえそれが、治療には解毒魔法が必要かもしれないから、シェパルドルフ先生に来てもらった方がいいと言われてて」


「なんだって?」


「なんでもその娘さんの話だと、お茶会に向かうミルカ様が、見るからに毒々しい赤黒いケーキをお皿に乗せていたそうでして――」



 *   *   *   *   *



 シェパルドルフが慌てて出て行った後。

 入れ違いに医務室に残ってきたフィロフィーは、与えられたベッドの上に、手を伸ばしてうつ伏せに倒れ込んだ。


 チャコに借りた化粧は落とし、服は着替え、身長を伸ばす厚底靴として使った魔石は吸収し。

 ロアードを偽コクリさんに仕立てた際に、刈り取った毛で作った金髪カツラも、既に処分済である。


(はふぅ、本当に疲れましたわ。あとちょっとの辛抱ですが)

『…………なあ、ご主人』

(何ですか、グリちゃん)

『俺さ、なんていうか……悪魔としてやっていく自信をなくしたよ』

(はい?)


 覇気のかけらもない声に、フィロフィーは首を持ち上げてグリモを見る。


(まぁ確かに、普通は悪魔であるグリちゃんが暗躍して、契約者であるわたくしは成果をのんびりと待つものですわね。

 ですがグリちゃんは封印されて動けませんし、そもそも『わたくしを魔導士にすること』がグリちゃんとの契約ですわ。透視能力で書庫の魔人化の本を読むのが何よりの――)

『いや、そういう事じゃなくて…………もういいや』


 素で悪魔顔負けの方法を用いるフィロフィーには、何がグリモを自信喪失に至らせたのかは察せなかった。


『それより、この後の予定を確認しとくか、うん』


 この先もフィロフィーにはやる事が多く、話している時間はあまりない。これ以上この話題は広げまいと、グリモは確認作業に入っる。


(今頃はお茶会が始まって、

 ミルカ様とレモナ様が自分のカップにジゴ薬を溶かし、

 その匂いでロアード様が鳴いて、

 その隙にヘリーシュ様がレモナ様のカップと自分のカップをすり替えて、

 薔薇の実入りのケーキをチャコ様が食べ、

 ミルカ様がゲームの時に丸テーブルを回転させて、

 チャコ様のお腹が大変なことになってる頃、ですわね)

『……おう』

(あとはミルカ様が、女王陛下が紅茶を飲むのを見届け次第、証拠隠滅のために自分の紅茶を飲み干します。それから厄介なタイア様を引き連れて、薔薇園を離れる予定ですわね)

『女王が紅茶をちびちび飲んだら?』

(魔石取りゲームで運動してもらいますし、その間に紅茶も少し冷めますから、ある程度は飲むと思いますわ)

『ミルカが女王より先に紅茶を飲まない理由は?』

(それは給仕テンの負担軽減のためですわ。給仕は丸テーブルの回転後も、せっせと紅茶を注いでまわらないといけません。急にやる気をなくしては不自然ですから)

『その理由はほとんどこじつけだな。ま、ミルカが納得したんならいいけど』


 グリモは他にも質問してみるが、フィロフィーはどれも対策済みだと返事をする。グリモは隅々まで手を回していたフィロフィーに呆れつつも感心し……そして最後に一つ、一番重要な疑問を聞く。


『――しかしよご主人。どうにもご主人が働き過ぎてて、すぐにバレそうな気がするんだが大丈夫なのか?』

(確かに危険ではありますが……わたくしはタイア様を信じていますわ)

『タイア? タイアが庇ってくれるってのか?』


 グリモの疑問に、フィロフィーは「その逆ですわ」と首を振る。


(この丸テーブルのトリック、わたくしの能力を知らない特務憲兵には見抜けないかもしれませんが――タイア様がきっと、謎を解いて下さるはずです)

『……は? いや待てご主人、謎が解かれたら不味いだろう!?』

(いいえ、解かれない方が不味いのです)


 フィロフィーはムクリと起き上がり、ベッドの上のウサギ人形をリュックの中にしまい込む。


(丸テーブル回転のトリックを見抜かれた場合は、ミルカ様が犯人だとすぐに判明します。それなら、わたくし以外はちょっとした事情聴取をされるだけで済みますわ。

 犯人もトリックもわかっているのに、王女様相手にキツい尋問はできないでしょう? それにチャコ様はもちろん、ヘリーシュ様やレモナ様にも特務憲兵への不信感は植え付けましたし、消極的な聴取になるはずです)

『そりゃそうだけど、その分ご主人への尋問はキツいぞ?』

(わたくし自身のことはいかようにもできますわ。仕込みもしてありますから。

 ……むしろ問題なのは、特務憲兵がトリックを解けない場合です。この場合は相手が王女でも、キャスバイン様が片っ端からキツい尋問を始めてしまいます。そうなったら完全にアウトですわね)

『タイアがトリックに気づかなかったらどうするんだ?』

(絶対に気づきます。タイア様はわたくしの能力も、わたくしがバーバヤーガの魔石を大量に持っている事も知ってますし――念のため、魔石取りゲームというヒントも忍ばせておきましたもの)

『うーん……けどよ、タイアだろ?

 真相に気づいても、ご主人を庇って誰にも言わない可能性が――』

(ありません)

『え?』

(わたくしはタイア様を信じている、と言ったでしょう?)



 フィロフィーは嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑う。



(タイア様は、必ず特務憲兵に言いますわ。それこそ完全にわたくしが明らかに犯人であっても、絶対に隠したりは致しません。

 タイア様がそういう正義の主人公のような方であること――わたくしはそれを信じているのですわ)


『……………………』



 グリモが黙り込んだのは、そんなに長い時間ではなかったが。


 フィロフィーの笑顔を眺めながら、思い浮かんでしまった恐ろしい考えを、受け入れるまでにかけた時間。

 グリモにとってその時間は、フィロフィーと過ごした一年間を、ひどく短いものだったように感じさせた。


『なあ、ご主人。ご主人ってさ、もしかして、タイアのこと――』


「シェパルドルフ、陛下が倒れた! ……どこだ、シェパルドルフ!?」


 そして、アークロイナが医務室に担ぎ込まれる。

 

あと三話で二章は終了します。

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