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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十九話 クリンミルの悪運


 医務室に戻ったフィロフィーは、グリモにチャコとのやりとりを報告した。

 部屋の灯りは既に消され、ミルカは隣のベッドで眠っている。


(――というわけですので、薔薇の実ケーキはチャコ様に食べて貰いましょう)

『鬼か』


 ミルカを助けたい一心のチャコに、ミルカ暗殺を手伝わせるのだ。はたからみて、こんなに酷い仕打ちはない。


(シェパルドルフ先生だけでなく、毒魔法を使えるチャコ様も排除できたのは僥倖でしたわね)

『悪魔か』

(それはグリちゃんでしょう。と言うより、わたくしが悪魔ならチャコ様だって悪魔ですわ)


 が、フィロフィーはグリモの非難に反論する。


(チャコ様は自分の心情を曝け出し、そしてミルカ様のためなら誰でも殺すと宣言をしたわけですが……普通、出会ったばかりの相手にそこまでペラペラと喋りますか?)

『……喋らないな』

(でしょう? つまりあれは「ミルカのことを喋ったら殺す」という遠回しな脅迫で、そのためにわたくしを部屋に呼んだ、ということですわ)

『…………うわぁ』

(ひとまず「ワインの件はわたくしの自作自演にしてもいい」と言ってこと無きを得ましたけど……間違いなく、ミルカ様の双子の姉でしたわね)


 そんな一歩間違えれば毒魔法が飛んでくる状況の中で、フィロフィーはチャコをシェパルドルフ排除に利用できるように仕向けた。

 称賛されども非難されるいわれはないと、フィロフィーはベッドの中で胸を張る。


『けどな、元を正せば本当にご主人の自作自演なんだし。だいたいチャコにバレてたってのが問題……』

(それはさて置き。テンとミルカ様の話し合いはどうなりましたか?)


 始まりかけたグリモのお小言を回避しようと、フィロフィーはかなり強引に話題を変える。


『まったく……うまくいったよ、行き過ぎなくらいにな』


 グリモにだって、これ以上フィロフィーに文句を言っても時間の無駄なことはわかっている。そんな時間があるのなら、一冊でも多く古文書を読む方が有意義だろう。

 渋々ながらも話題を変えて、フィロフィーに医務室で起きたことの報告を始めた。


『テンも丸テーブルのトリックに協力するってさ。予定通りだ』

(それはなによりですが、引き受けたのは意外でしたわね。あわよくば二人が決別して、殺しあいにでもなればと思ってましたが)

『そんな「あわよくば」があってたまるか。

 まあ、テンが頑張ったんだよ。レモナの件でミルカに不信感を持たれたテンが、不信感の払拭のためにミルカが考えた丸テーブル回転トリックを褒めちぎったんだ。

 ――で、なんとかミルカの機嫌は取れたけど、そのまま自分もやらざるを得なくなった』

(間抜けですわね。凄腕の間者だと思ってましたのに)

『普段どんなに賢い奴でも、浮気がバレた間男のいい訳なんてそんなもんだろ』


 真理である。


(わたくしの事は?)

『浮遊魔法がご主人の提供ってことは伝わってる。ただミルカはご主人の忠言通り、トリックを全部自分で考えたことにしたからな。特に警戒はされてない』

(理想的ですが……テンさんはミルカ様の誇張をに受けたんですか?)

『そりゃそうさ。だってミルカが考えてなけりゃご主人しかいないけど――ご主人はあの二人に、浮世離れした頭のおかしい研究馬鹿って思われてるから』

(…………ソレハ、ナニヨリデスワ)


 二人のフィロフィーへの評価は低ければ低いほど好ましい。

 好ましいのだが……しかし「少しくらいは疑ってもいいですのに」とフィロフィーは独りちた。


『…………』


 グリモは言わない。


 確かにフィロフィーは賢いが……しかし『浮世離れした頭のおかしい研究馬鹿』という二人の評価もまた正しい。


 そしてその評価があまりにも正し過ぎたからこそ、フィロフィーの本性を見抜けなくなっているのだ、とは言わないでおいた。



 *   *   *   *   *


 

 次の日。

 フィロフィーの残る大仕事は、ヘリーシュのカップにジゴ薬を入れて、かつヘリーシュがそれを飲まない様にすることである。

 フィロフィーはヘリーシュが朝から医務室にくることを期待していたが、しかし医務室にフィロフィーを訪ねてきたのはクリンミル一人だった。

 クリンミルの話だと、ヘリーシュはまだ寝ていたという。


 途中でスミルスやタイアも顔を出したが、しかしすぐにスミルスはロアードの元へ犬真似の指導に、タイアはヨシュアの捜査協力に出かけて行く。

 フィロフィーは少し焦りながらも、クリンミルと古文書の解読作業に勤しんでいた。



「あのー、こちらにフィロフィー=セイレン様という方はいらっしゃいますでしょうか?」


 そんなフィロフィーの元に、今度は見知らぬメイドが訪ねてきた。

 そのメイドは応対した看護婦と二言三言話をすると、医務室に入室が許されて、フィロフィーの元に寄って来る。


「フィロフィー=セイレン様ですよね? レモナ様がフィロフィー様に会いたがっているんですけど、お身体の調子は大丈夫ですか?」

「体調は問題ありませんが……レモナ様がわたくしに、一体何の用でしょうか?」

「申し訳ございません。私もそこまでは伺ってないんです」


 フィロフィーは首を捻り、周囲にいた人間の顔を見るが……ミルカとクリンミル、それにシェパルドルフや看護婦達も、理由が思い当たらないと首を振る。


『なぁご主人よ、この流れ……』

(……それ以上言わないでくださいませ)


 一昨日から続く王女に部屋に呼ばれる展開に、フィロフィーはいい加減うんざりとしそうになるが……何はともあれ、呼ばれては行くよりほかにない。


「すいません、クリンミル様」

「いい。レモナ様優先」


 フィロフィーはクリンミルに断りを入れ、ミルカに目配めくばせをし――そして迷った末にグリモは医務室に置いておくことに決め、メイドについて医務室を出る。レモナに対する不安はあるが、それでもグリモには最重要危険人物を見張らせる方がいい。



 メイドは本当にレモナに言伝を頼まれただけらしく、特に何か話をするでもなく、フィロフィーをレモナの部屋まで案内した。


「レモナ様、フィロフィー様を連れてきましたよ」

「ありがと。あと、しばらくは部屋に誰も入れないで」


 レモナは小さく扉を開けてメイドに答え――そしてフィロフィーを引きずり込むようにして部屋に入れると、バタンと音を立てて扉を閉めた。

 部屋の作りはヘリーシュやチャコの部屋とほとんど変わらず、本にまみれていたり、剣が壁にかけてあったりもしない。よく言えば令嬢らしい、悪く言えばこれと言った特徴のない部屋である。


 レモナは身なりは整えているが、その表情は笑っておらず、目の下に薄っすらとクマが浮かぶ。


「あ、あの、レモナ様?」

「ああ、ごめんなさいね。ちょっとあなたに聞きたいことがあって。そこに座ってて頂戴」

「はい」


 レモナはフィロフィーを座らせると、フィロフィーの好みを聞くこともなく、紅茶の用意を始めた。


「王族の方は、皆様自分で紅茶を入れるんですね」

「え? ええ、そうね。昔はそれぞれの王女に取り巻きや護衛がいっぱい付いてたんだけど――ロアード様が取り巻き制度を廃止にしてからは、このくらいは自分でやるようになったわ」


 レモナは紅茶をいれつつ事情を話す。

 ロアードは自分の兄達の争いに、取り巻きや護衛の騎士も巻き込まれたことを嘆いていた。そして自身が国王になった時に取り巻き制度を廃止し、今では公務の多い国王や時期国王などにだけ、一人の秘書がついている。

 専属の護衛がいなくなった代わりに、城内の至る所に中立の騎士が立つようになった。


「ま、掃除とかは声をかければやってくれるもの。四六時中つきまとわれるより、今のほうがよっぽど楽ね」


 レモナは紅茶をいだカップをフィロフィーの前に置くと、自分はその正面に座った。


「それじゃあ、今度はあなたに私の質問に答えて貰おうかしらね」

「何でしょうか?」

「率直に聞くけれど、ヘリーシュの様子がおかしいのよ。貴女なにか知ってる?」

「……ヘリーシュ様、ですか?」


 まさか、チャコがミルカに双子の直感を働かせるように、レモナはヘリーシュの異変を感じ取っているのだろうか?


「そ。昨日の夜、ヘリーシュが私の部屋に来てね。それで、その……色々と揉めて? 結局あいつが部屋に帰ったのは、外が白んでからだったわ……」


 という訳でもないらしい。

 一晩中ヘリーシュに絡まれていたのなら、レモナもさぞかし疲れているだろう。

 昨晩からヘリーシュを見ないことにも得心が行く。


「……もしや、テンさんと別れた方が良いと説得に来たんでしょうか?」

「な、なんであなたが知ってるの!?」

「うひゅひゅひゅ、誰にも言いませんのでご心配なく」

「……ああもう、ヘリーシュの奴ぅ」


 不気味に笑うフィロフィーに、レモナは疲れた顔でこめかみを押さえる。


「……はぁ。もういいわ、お願いだから黙ってて頂戴ね。

 あなたの予想通り、ヘリーシュが昨日、テンと別れるべきだってしつこく迫って来たのよ。けどあいつ、何で急にそんな事を言うのかって問いただしても、理由は絶対に言わないのよね。とにかく別れろの一点張りで、追い返そうとしても全然出て行かないし!」

「そうでしたか」


 それからレモナは大きなため息を吐く。

 説得が延々と続いた、ということは、レモナはヘリーシュの提案を拒否し続けたのだろう。


「それで結局、ヘリーシュの奇行の原因は何なの? 何か理由を知ってる?」

「えーっと、知ってはいるのですが……口止めされていまして」

「口止めってヘリーシュにでしょ? いいから話して頂戴」

「ヘリーシュ様だけではなく、特務憲兵に他言無用でと言われていますので」


 特務憲兵という単語に、レモナの顔がこわばった。

 彼女はしばらく黙った後、手元の紅茶をくいっと飲み干し、姿勢を正してフィロフィーを見つめる。


「……おねがい、話して」

「わたくしが喋ったことは黙っててもらえますでしょうか?」

「わかったわ。誰から聞いたかは神に誓って言わない。その代わり全部教えて」

「では申し上げますが……実は、わたくしが夜会の時に倒れたのは、何者かにジゴ薬を飲まされたからでして……」


 そこから、フィロフィーはヘリーシュの(・・・・・・)推理を元にした(・・・・・・・)説明を始める。


 フィロフィーが倒れたのはアルコールではなくジゴ薬が原因だった。含まれていたジゴ薬の量は致死量を遥かに超えていて、一歩間違えばフィロフィーは死んでいた。

 ヘリーシュの推理によると、ジゴ薬はレモナがフィロフィーの皿に移した食べ物に含まれていた可能性が高く、だとするとアークロイナが犯人になる。

 彼女にレモナとテンの関係がバレたのではないか?

 特務憲兵はアークロイナと繋がっていて信用できない。


 そんな話を詳しく細かく説明すれば、レモナの顔色はみるみる青くなっていった。


「そ、そんなの全部、ヘリーシュの妄想でしょう!? お母様がやったっていう証拠なんてないじゃない!」

「そうかもしれませんが、かといってヘリーシュ様の推理に間違っていると断言できる点もありませんわ。少なくとも、わたくしがジゴ薬を飲まされていたのは間違いないのです。それと、女王陛下がミルカを担いできたのは明らかにおかしな行動ですし」

「それはっ! ……そうかも、しれないけど」


 レモナは自信がなくなってきた様子で、反論の声が徐々に小さくなる。


「とにかく、ヘリーシュ様の推理が外れていた場合は身の危険はないのです。ヘリーシュ様の推理が当たっていた場合の事だけ考えて注意すればよいのでは?」

「……貴女も私に、テンと別れろって言いたいの?」

「その件はわたくしが口を挟むことではありませんわ。ただ、ヘリーシュ様の推理が間違っているとわかるまでは、密会は控えて下さいませ」


 フィロフィーの注意に、レモナは渋々と頷く。

 ――どのみち明日には今生の分かれなので、今日明日にレモナからフィロフィーの行動が伝わらなければそれで良い。


「それより明日のお茶会ですわね」

「……危ないから欠席しろって事?」

「いえいえ、欠席してはかえって女王陛下に警戒されますわ。

 ミルカ様の主催ですから、お菓子などは大丈夫でしょうし参加はして下さい。ただ、レモナ様は女王陛下の隣に座るようですから、飲み物は飲まない方が良いでしょうね」

「…………」


 レモナは青い顔で頷いた。

 その様子をみて、フィロフィーはふと思いつく。


「……あ、どうせ飲まないのでしたら、ジゴ薬を混入されたらわかる様に仕込んでおきましょう」

「何か、ジゴ薬に反応する薬品でもあるの?」

「あります。ジゴ薬ですわ」

「……は? 何を言ってるの?」


 意味がわからず首を傾げるレモナにフィロフィーは笑顔で説明する。


「ジゴ薬は紅茶に無限に溶ける訳ではありません。ジゴ薬が限界まで溶けた紅茶には、追加でジゴ薬を入れようとしても、そのまま溶けずに沈殿するのですわ」

「ジゴ薬の確認のために、ジゴ薬を入れるってあなた……」

「ですが、ジゴ薬を盛られたら見てすぐにわかりますでしょう? どのみち飲まないわけですし、後で紅茶が毒入りだったかどうかでモヤモヤしなくて済みますが」


 レモナはフィロフィーを奇妙な生き物を見る目で眺めていたが、最終的には「やればいいんでしょう、やれば!」と頷いた。


※タイトルに間違いはありません

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