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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十七話 悪魔グリモの真骨頂

   アークロイナ

 オリン   レモナ

チャコ     ヘリーシュ

 ミルカ   クリンミル

    タイア


 シンプルな机と椅子とベッド、最低限の食器の入った食器棚。

 そして金属製のダンベルと素振り用の木刀、足を鍛えるのに使うらしい重りに縄と滑車のついた器具。


「ここが俺の部屋だ。こんな殺風景な部屋でよければ好きに使ってくれい」

「ありがとうございます」


 フィロフィーが訪れたのは、従業員棟にあるバンケツの部屋だった。

 フィロフィーからバンケツに、部屋を貸して欲しいと頼んだのである。


 フィロフィーのリュックにはグリモの他に、ミルカに貰った布や紐が入っている。フィロフィーがこれから行うのは、魔石に取り付けるためのパラシュート作りだ。

 「お茶会のサプライズに使うもので、ミルカ以外に見られるわけにはいかないから」というフィロフィー説明に、バンケツは笑顔でフィロフィーに部屋を貸した。


「そうだ、作業に飽きた時の気分転換用に、いくつかの筋トレ器具の使い方も教えてやろう! こいつはドミ大陸からわざわざ取り寄せたものでな、まずここに座って、この縄をこうして足に括り付けるだろ……」

「あ、アリガトウゴザイマス」


 意気揚々と筋トレ器具の説明を始めたバンケツに、フィロフィーはたじろぐ。

 結局バンケツがロアードのところに戻ったのは、部屋にある筋トレ器具全ての使い方を説明してからだった。



 バンケツが出て行くと、フィロフィーは紐や布を机の上に並べ、パラシュート制作の準備を始める。


「グリちゃん、ここで見えますか?」

『んー、壁の中とかも見たいし、もうちょっとあっち寄りに置いてくれ』


 フィロフィーはグリモをリュックごと部屋の隅に置くと――魔石でハサミを作製し――布を裁断し始める。

 最近ではハサミのような少し複雑な道具でも、持ち運ぶより魔石で自作する方が楽になっていた。




 それから少し時間が経ち。


『ご主人、見つけた。あと解読も終わったぞ』


 グリモから報告がきたのは、フィロフィーが六つ目のパラシュートを縫っている最中だった。


「まさか、本当に見つかるなんて思ってませんでしたわね」

『取り寄せた雑貨の箱の中に入ってる納品書の裏に、透明な特殊インクで書いてあったんだ。それが不用心に机の上にポンと置いてあるんだから驚きだな』

「不用心とも言えないのでは? せっかく納品書に偽装してるのに、下手に隠す方が怪しいですもの」


 ちなみにこの会話は、バンケツの部屋の話ではない。

 バンケツの部屋の机の上には、フィロフィーの持ち込んだ布の切れ端が散乱するばかりである。


 フィロフィーとグリモが話題にしているのは、バンケツの部屋の二つ隣にある、テンの部屋の様子である。

 パラシュート製作も目的の一つだが――それよりもテンが一体何者なのか、彼の部屋にその手がかりくらいないかと思い、同じ執事でテンの部屋と近いバンケツの部屋を借りたのだ。

 探索はグリモに任せるのだから、何もテンの部屋に踏み込む必要はない。グリモの視界に入ればよかった。


「それで、なんて書いてありますか?」

『えーっと、「そちらの状況は理解した。第四王女を含めた三人同時が好ましかったが、不可能な場合は第一王女は後回しでよい。十七番到着時に再度連絡する。その身に賢なる者の祝福のあらんことを」だってさ』

(暗号でもなんでもないんですわね。やっぱり不用心なだけでしょうか)

『それだけインクに自信があったんだろ。俺の目には関係ないけどな』


 その指令書に使われているのは、特定の波長の魔力にのみ反応して色づく特殊なインクだった。水や油で簡単に洗い流すことができ、間違った波長の魔力を流すと一瞬で蒸発し、何もしなくても数日のうちに蒸発してしまう――とにかく情報漏洩防止に特化したインクである。

 他人が見つけてもただの納品書にしか見えないし、仮に怪しいと思って調べようとしても、調査の途中でインクを蒸発させてしまうのが関の山だろう。


 ……が、それは光波の反射で物を見ている生き物の話。

 グリモの目は光波を見ているわけではない。たとえ透明で光沢もないインクであっても、それがこの世に存在する物質であれば、グリモの目は見ることができる。


『ここに書いてある三人ってのは、オリンとミルカと、書いてないけど女王だろうな。その暗殺計画か。

 三人を殺したあと、テンは女王レモナの愛人としてやりたい放題ってわけか』

「やっぱりテルカース帝国の間者でしたわね。ミルカ様はただの実行役兼スケープゴートでしょうか? 十七番というのだけわかりませんわね」

『何で国までわかるんだ?』

「最後の『賢なる者の祝福を』というのが、テルカース帝国特有の言い回しですから」


 フィロフィーはグリモと話ながらも、パラシュートをまたひとつ完成させた。

 確認のため、実際に魔石を付けて上に投げてみる。パラシュートはふわりと揺れながら、ゆっくりと床に落ちていく。


「ですが、これならヘリーシュ様にこれ以上嘘をつかなくて済みそうですわね」

『は、ヘリーシュ? なんで急に?』

「グリちゃんはお茶会の席順を覚えてますか?」

『えっと、ロアードが参加しないって話だから……時計回りに、アークロイナ、レモナ、ヘリーシュ、クリンミル、タイア、ミルカ、チャコ、オリン……だっけか』


 フィロフィーは頷くと、完成したパラシュートのひとつを丸テーブルに見立て、それを囲むようにして人型にした八つの魔石を置いた。

 更にパラシュートの上に小さな魔石を八つ、紅茶のカップに見立てて乗せる。


「ここから、まずミルカ様のカップに毒をいれ、女王陛下のところまで回転させるわけなんですが……」


 言いながら、フィロフィーはパラシュートを時計回りに百三十五度回転させた。


「回転後にミルカ様が飲む紅茶が、元々は誰のものかわかりましたか?」

『ヘリーシュのだな…………ご主人、ヘリーシュに何させるつもりだ?』

「だから、何もしなくて良いのですわ」

『……へ?』


 予想外の答えに、グリモは間の抜けた声をだした。


「その指示書を見た限り、わたくしが無理してミルカ様を排除なくても、勝手にテンさんがやるでしょう。ミルカ様を尋問されて困るのは一緒ですものね」

『じゃあテンに任せるってのか? テンが失敗したら何もかも終わるぞ』

「そこはテンさんの間者としての、王族三股をこなせるほどの手腕に期待しましょう」


 最後のパラシュートを作り終えたフィロフィーは、魔石で作った針やハサミを吸収し、机の上の紐や布切れを片付け始める。


『…………』


 そんなフィロフィーの態度が、グリモには腑に落ちない。

 端的に言うと、らしくない。


 グリモはかれこれ一年フィロフィーの脳内と付き合ってきた結果――まったく理解できないことも多々あるが――それなりにフィロフィーの考え方や行動パターンがわかってきている。

 フィロフィーには、一番大事ことは自分一人でやりたがる傾向がある。時にはグリモにすら相談しないで行動を始めてしまい、グリモを慌てさせる時もある。


 その傾向から考えると――いくらテンが優秀な間者だとしても、ミルカの排除という自分の生死に関わることを丸投げするなんてありえない。

 いつものフィロフィーならば、どんな手を使ってでもヘリーシュを騙して毒を入れさせるはずなのだ。


 そのための下準備だって昨晩のうちにできている。

 唯一の友達として認定された。

 レモナを助ける仲間として信頼されている。


 本ばかり読んで、実在する人関が苦手なヘリーシュを騙すことなど、フィロフィーならば朝飯前のはずだ。





 ……そういえばフィロフィーにも、タイアを除いて友達と呼べる相手はいない。





『……なあ、ご主人』

「はい?」


『まさか、ご主人に限ってありえないとは思うけど……ヘリーシュを騙して利用するのが嫌だからテンに任せる、とかじゃないよな?』



 グリモは「そんなことあるわけないですわ」という返事がすぐ飛んでくるものと思ったが。


 しかしフィロフィーは、床に落としたパラシュートを拾おうとする姿勢のまま固まった。






 フィロフィーの育ったポロ村には同年代の子供が少なかったという事情はあるものの……それでも外で遊び、ケニーをはじめ兵士達と過ごすことが多かったタイアには、相手してくれる大人は多かった。

 一方で室内で魔法や読書に没頭したフィロフィーには、家族以外に話し相手もいなかった。奇行が多いからと、敬遠されることも多かった。奇行には全てフィロフィーなりの理由があったのだが、それを理解してくれたのは母セルフィーくらいだった。

 タイアだって同じ屋敷で生活しているから一緒にいたのであって、友達というより家族に近い。

 一緒に旅をしたケニーやアキも、タイアを人間に戻すために集まった仲間である。



 フィロフィー自身に好意を持って寄ってきた相手は、(どこぞの代官を除けば)ヘリーシュが初めてだったのだ。



 そんなヘリーシュを騙して利用することを、フィロフィーは無意識に避けようとしたらしい。それをグリモの指摘で自覚して、フィロフィーは完全にフリーズしたのだ。



 グリモはフィロフィーの人間臭いところを見て嬉しく思った。フィロフィーでも好意には善意を返そうとするのだと知って、少なからず安心もした。


 ――しかし、今回はやらなければ生死に関わる。微笑ましいからと見逃すわけにはいかない。



『あのよ、ご主人。俺はご主人がヘリーシュに……』

「わかってますわ」


 フィロフィーはグリモの言葉を遮ると、床に落としたパラシュートを広いあげ、そして微笑んだ。


「せっかくヘリーシュ様に気に入られたのです、これを利用しない手はありませんわ。グリちゃんもたまには役に立ちますわね」

『……だな』


 今までで一番悪魔らしく働いたグリモは、それ以上は喋らなかった。

 

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