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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十六話 狐と狸の親睦会


 次の日の早朝。

 フィロフィーはミルカと朝食をとりながら、昨晩のうちに作っておいた八つの魔石と浮遊魔法の魔導書を彼女に渡した。

 医務室にはシェパルドルフの弟子だという若い男の医師と、昨夜とは別の看護婦もいる。

 彼らに見られないようカーテンを閉めて、ミルカはそっと魔導書を開いた。魔導書から飛び出したルーンを吸収し――それからキョロキョロと周りを見渡すと、魔法の試し打ちの相手としてフィロフィーの座るベッドに目をつける。

 ミルカはベッドに手を置き「浮け」という言葉と共に魔法を発動させる。浮遊魔法で床から数センチ浮いたベッドは傾くことなく安定し、フィロフィーもその上に平気な顔で座り続けた。


「――おお、これならいけそうだね。魔法の制御が嘘みたいに簡単だよ」

「当然ですわ。原料となる魔石の形を変えることで、魔導書の質を絶版魔導書に近いレベルまで上げていますから」


 ミルカは「なるほど」と頷いて、ベッドをそっと床に下ろす。


「他の魔導書は持ってないの? タイアが使ったっていう、嗅覚の上がる魔法の魔導書は?」

「今は手元にはありませんわ」

「そっか。どのくらいの嗅覚になるのか試してみたかったんだけどな……」


 一瞬フィロフィーに、ミルカを完全な狐に変えてしまおうかという考えが脳裏をよぎったが、タイアやスミルスにバレるので諦めた。



 *   *   *   *   *



 昨晩ヘリーシュと別れたフィロフィーが医務室に戻った時、テンは既に医務室には居なかった。


 ミルカは戻ってきたフィロフィーに――テンが協力者であることは隠しながら――女王暗殺計画の予定を変更し、早める必要があると説明を始めた。

 そしてミルカが提示してきた新しい作戦には、フィロフィーが大きく関わっていた。要約すればミルカがタイアや他の姉妹の気を引いているうちに、フィロフィーがアークロイナに毒を飲ませるような方法である。

 フィロフィーに罪を着せるために、一番肝心なところをフィロフィーにやらせようと考えたらしい。


 しかしグリモの目と耳を通じてミルカの作戦を知っていたフィロフィーは、ミルカにその作戦を諦めさせるための口実は準備していた。

 ……と言ってもわざわざ裏工作などする必要はなく、ただタイアの能力をミルカに明かすだけで十分だった。


「わたくしがタイア様抜きで女王陛下に会う状況なんてないと思いますが……タイア様は下手をすると、解毒魔法を使えるシェパルドルフ先生よりも厄介かもしれません。

 実はタイア様は犬の姿の時はもちろん、人間状態の時でもかなり鼻が効くのです。

 ですから女王陛下の飲み物に毒を盛っても気づかれてしまう――どころか、わたくしがジゴ薬を持っていれば、その時点で気づいてしまうのですわ」


 さらに、タイアの鼻を誤魔化してアークロイナに毒を飲ませても、浮遊魔法で素早く医務室に運ばれてしまうこと。

 シェパルドルフが医務室に居ないタイミングを見計らっても、タイアなら念話でシェパルドルフを呼び出せることを説明する。


 フィロフィーが丁寧に説明を終えた時には、ミルカはこめかみを抑えていた。

 まさかブリジストの仇討ちの最大の障害が、その娘のタイアだとは思わなかったらしい。


「……要するに、タイアがいる前での暗殺は無理ってこと?」

「いえいえ、知ってさえいれば対処方法もありますわ。

 ――むしろ、特務憲兵の裏をかくチャンスかもしれませんわね。タイア様は毒魔法泥棒探しだけでなく、毒入りワイン事件の捜査も始めるでしょうし」



 そしてミルカがフィロフィーと相談しながら考えた新しい作戦、それが丸テーブルを回転させるトリックだった。


 最初はミルカのカップに堂々とジゴ薬を入れておき、それを丸テーブルごと回転させてすり替える。これならタイアの嗅覚を気にしなくていいし、ミルカがアークロイナの隣に座っていなくても実行できる。そして大掛かりな割には目立たない。

 あとはアークロイナが毒を飲んだら、彼女に症状が出る前に、ミルカかフィロフィーがタイアを連れだしてしまえばいい。


「でも、丸テーブルの回転なんてできるの?」

「お任せください。――実は、最高級の浮遊魔法の魔導書があるのですわ」


 浮遊魔法を無料で貰えることも、ミルカをその気にさせることに一役かった。



 *   *   *   *   *



「残る問題は、お茶会で給仕を担当する人間の協力ですが……」

「あー、平気平気。あとでちゃんと買収しておくよ。 ……うん、誰が担当するかはわかってるし、お金で買える人間だから大丈夫」

「それは何よりですわ」


 ミルカとフィロフィーは顔を見合わせ、にっこりと笑いあった。

 普通に考えて、簡単に買収できる様な人間が王族の給仕をするわけがないものの、フィロフィーは答えを知っているので軽く流す。

 ミルカは隠しているが、王族のみのお茶会となればバンケツなど執事達が給仕を担当することは、ヘリーシュから聞き出して知っていた。


「あとは、どうやって事前にシェパルドルフ先生を医務室から追い出しておくか、ですわね」

「その前に、お母様がお茶会の許可を出してくれるかどうかだよ。毒入りワイン事件があったばかりだし、お茶会の許可が出ないかも……」

「そちらの説得はわたくしには手伝えませんので、全面的にミルカ様にお任せしますわ。その分シェパルドルフ先生の方はわたくしにお任せください」

「お願いね。わかってると思うけど、私の主治医の先生だから傷つけるようなことはしないでね」

「もちろんですわ」


 二人の少女は見つめ合い、そしてどちらからともなく右手を伸ばして握手する。


「うん、いま話しておきたいことはこのくらいかな? 続きはまた今日の夜に――」

「いいえ、まだ話したいことがありますわ!」

「え?」

「ずばり、ミルカ様はテンさんとどういった関係なのでしょうか!?」


 フィロフィーはさらに左手も使ってミルカの手を握り、ミルカを逃すまいとする。


「えー、それを聞くの? 仮にも私、王女様なんだからね」

「うひゅひゅ、わたくしとミルカ様は一連托生の同志ではないですか。絶対誰にも言いませんから、ちょっとだけ教えてくださいませ」


 目を輝かせて迫る恋バナ好きの女子に、ミルカは面倒臭さそうにしながらも照れて笑い――


「それに、レモナ様という強力なライバルもいるみたいですし。三人の関係がどうなっているのか、わたくしもう昨日から気になって気になって……」

「は? レモナ?」


 ――その笑顔は、次の瞬間凍りついた。


「フィロフィーちゃん、それ、何の話?」

「え? あの、えっと」

「何の話? ねえ、レモナって何の話?」


 今度はミルカがフィロフィーの手を硬く握り締め、真顔で迫る。


「き、昨日ヘリーシュ様から聞いたのですが、その……レモナ様がテンさんに恋をしていて、たびたびアプローチをかけていると」

「わかった。ちょっと行ってくる」

「お、お待ちください! あくまでもアプローチをかけられているだけで、テンさんも困っているのかもしれませんわ!」

「…………」


 フィロフィーの制止に、ミルカは無言で浮かしかけていた腰を下ろす。

 それから沈んだ表情で息を吐き、「よりによってレモナ姉様だなんて……」と呟いた。


「よりによって?」

「私達姉妹の中で、ちゃんと嫁入り修行や貴族の教養を勉強してるのってレモナ姉様だけなんだよ。そのレモナ姉様がテンに迫ってるだなんて……」

「ミルカ様はしていないのですか? 嫁入り修行は」

「私は…………病気があるから、必要ないんだってさ」

「あ……」


 気まずい空気が流れる。


「で、でも、ミルカ様だって十分に魅力的な方ですわ」

「ふーん……どんな風に?」

「とても賢いところですわ」


 懐疑的な目を向けるミルカに、フィロフィーは即答してみせる。


「誰にも解けなかった十年前の事件だって、解いてみせたではないですか! 賢い男性ならば、賢い女性と一緒になりたいと思うはずです」

「そういうもの、かなぁ?」

「そういうものですわ!

 ……って、よく考えたらこれをテンさんに話すわけにもいきませんけれど……」

「え? あー、うん」


 フィロフィーはテンがミルカの共犯者だと知らないフリを続け、ミルカも話すわけにいかずに口ごもる。


「うみゅう、ミルカ様の考えた丸テーブルのトリックだってとても素晴らしいものですのに、それをテンさんに話せないのはもどかしいですわね」

「半分はフィロフィーちゃんが考えたけど」

「そんなご謙遜をしては、全面的にわたくしが考えたものだと勘違いされてしまいますわ。ちゃんとミルカ様考えたことをアピールしないと…………って、だからテンさんにこんな話はできないんでしたわね」

「はは、そうだね」


 どうやってミルカの賢さをテンにアピールしようかと悩むフィロフィーを、ミルカはカラカラと笑った。



 フィロフィーを心配したスミルスとタイアが医務室に駆け込んでくるのは、それから間も無くのことである。






 もちろん丸テーブル回転のトリックは、実際には半分どころか九割をフィロフィーが考え、そして残る一割はグリモが考えたものである。

 それをフィロフィーが言葉巧みに誘導し、ミルカに半分以上自分で考えたかのように錯覚させたに過ぎない。


 そしてアークロイナに毒を飲ませるだけなら、もっとスマートな方法はいくらでもあるが……フィロフィーの目的は完全犯罪ではなく、ミルカとテンの排除である。この丸テーブル回転トリックの、フィロフィー(・・・・・・)にとっての(・・・・・)最大の利点は、テンがトリックに組み込まれることだった。


 罪をなすり付ける相手が必要なのは、フィロフィーもテンやミルカと変わらない。

 なにしろうっかり完全犯罪なんて成し遂げた日には、その後に心眼のキャスバインによる地獄の様な尋問が待っているのだ。



『けどよ、こんな三文芝居で上手くいくか? 普通に考えて、ご主人が大きく関わってるってテンに報告すんだろ。テンだってこんな作戦は嫌がるだろうし……』


(まぁまずは、ミルカ様のしたたかさに賭けてみましょう。

 もちろん駄目だった時の手は用意しておきますわ。わたくしだって、これでうまくいったら儲けもん、程度にしか思ってませんから)



 そして言わずもがな、フィロフィーが恋バナに興味を持つわけがない。


 フィロフィーが恋バナと言いつつミルカに施した洗脳は、のちにグリモやフィロフィーの予想以上の効果を発揮することになる。


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