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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十話 キャスバインの失敗 ②


「――で、結局死なせちゃったわけね」

「面目次第もございません」


 すうっと目を細めたオリンに、キャスバインは縮こまって項(うな)垂(だ)れた。


 事件の翌日、オリンは女王の部屋でキャスバインの報告を聞いていた。そばには二人の他にロアードと宰相、コルナとバンケツがいる。オリンとロアードがソファーに座り、コルナとバンケツがそれぞれの主人の後ろに控えている。


 そこはまさしくテンの死んだ場所であるが、皆で集まって内緒話をするのにここが一番都合が良いといってオリンが密談場所に決めた。

 その割に香水臭いという理由から今は部屋の窓が全開になっていて、あまり大きい声は出せない。オリンはただ、近い将来自分が使うこの部屋を曰(いわ)く付き物件の様に扱いたくなかったのかもしれない。


「すぐに心臓を解凍し、回復魔法を多重にかけながら心臓マッサージや人工呼吸を施したのです。時間が経っていなければ、それで息を吹き返すことの方が多いのですが……」

「駄目だったんでしょ、そんな報告いらないわよ。――で、何かわかったの?」

「テンの部屋や家からは何も出ず……さらに調べたところ、家族までもが消えてしまいました」

「家族?」

「ええ。執事の様な重要な役職の人間は、雇う前に家族関係を調べています。役人に貴族の次男三男などが多いのも――もちろん貴族社会の柵(しがらみ)もありますがな――彼らは出自がはっきりしているので雇いやすいという面があるのですよ。

 テンは貴族ではなくキノタ領の豪商の息子という話だったのですが……王都に来ていたキノタ卿に確認したところ、どうも本物のテンという人物は別に存在しているようでして。いま部下にキノタ領まで確認に行かせております」

「なんでそんなあやふやな人物が女王の執事だったのよ。バンケツの方がまだはっきりとしてるじゃない」


 オリンに突如名前を出されたバンケツは、自分を指さして目をパチパチさせる。


 城の役人は皆出身がはっきりとしているため、バンケツは出所もわからない傭兵のくせに、と後ろ指をさされることがある。

 ただしバンケツもスミルスやアキのように、子供の頃に傭兵団に入ったくちである。見た目からはわからないがロアードどころかスミルスよりも年下だ。

 もちろんロアードとの付き合いも相応に長く、そういった意味ではバンケツの『傭兵出身』には信用があるのだが……それを他ならぬオリンが理解していたこと、それがバンケツには意外だった。


「それがその……執事を選ぶ時、陛下が直々に面接をして決めたのだそうです。その際は一次面接から陛下が参加したため、出自や能力よりも陛下の意向が強かったとの事でして。

 そうして似たような顔つきの男達が最終選考に残り――立ち会っていた女官の話ですと、執事というよりも愛人候補を探しているようだった、と」

「…………まあ、仕事もないお母様には優秀な執事なんていらなかったのでしょうけれど」


 実に気まずそうに話すキャスバインに、オリンは思わずこめかみを押さえた。

 自分の母親が古典的なハニートラップに引っかかっていたのだから、頭痛がするのも無理はない。


「結局テンが何者で、何のためにお母様を殺したのかはわからないわけね」

「今のところ……」

「他に報告は?」

「現状で報告できる事は以上です。それと喪に服しているところを申し訳ないのですが、レモナ様の取り調べの許可をいただけませんでしょうか? タイア様より、テンがレモナ様に色目を使っていたとの情報を頂きましたので」

「許可するわ。レモナに限らず他の妹達もテンとつながってなかったか調べなさい……あ、チャコは別にいいわ」

「オリン様、チャコ様はそんなに酷いのですか?」

「ミルカが死んで、トイレにも自分で行けない状態よ。まあ、あの子は昔からミルカしか見てなかったもの、テンに言い寄られたって歯牙にもかけないでしょ。

 今のところ妹達にはミルカは病死でテンがお母様を毒殺して自殺した、と話しているのだけど、チャコにはちゃんと話した方がいいかもしれないわね」


 オリンが他人を気遣う様子を見せ、彼女にも姉妹への愛情はあったのかとロアードが優しい目を向ける。


「そうだ!『テルカース帝国の間者だったテンがミルカを利用してお母様を殺し、更に口封じにミルカも殺した』ってことにしましょう。あの子は単純だから、積極的に私のテルカース対策を手伝ってくれるようになるわ!」


 ロアードはそっと目を閉じた。



 そこで部屋の扉がノックされ、ヨシュアとヨシュアに抱かれた子犬姿のタイアが入ってくる。


「報告します。医務室の看護婦から事情を聞いたところ、二人の密会頻度が上がったのは二ヵ月前くらいからだそうです」

「二ヵ月というと……毒魔法の魔導書が盗まれる少し前か」

「そっちにも関わってそうね」

「はい。それとタイア様の鼻を借りて医務室を調べたところ、アークロイナ様が水を飲もうとしてこぼした場所からジゴ薬の匂いがしました。どうやらテンは医務室でアークロイナ様の介抱をしていた時に、追加でジゴ薬を飲ませていたようです。紅茶にはワインほどジゴ薬が溶けませんからね、念を入れて追加で飲ませたのでしょう」

「タイア様の鼻?」

「あ、宰相は知らなかったわね。ヨシュアが抱えているの、魔法で変身したタイアよ」


 タイアは子狐になってヨシュアの腕から飛び降りた。

 オリンには昨日の作戦会議のうちに明かしているので、知らなかったのは宰相とコルナの二人である。宰相は目を見開いていたが、コルナに至っては無反応だった。


「そういえば、変身魔法を捜査に使ってみようとアークロイナ様からの提案があったな。あの時はうまくいかないだろうと思っていたが、なるほど便利そうだ」

「あ、そっちはうまくいきませんでした。一般的な変身魔法ではたいして嗅覚も上がりませんから。タイア様は絶版魔導書で狐化しているので特別なんです」

「タイア様は凄いのですぞ、こんなデカい大狐にも変身しますからな!」


 バンケツが腕を広げて説明すると、タイアは「きゅん!」と鳴いて胸を張った。

 宰相はタイアをまじまじと見つめ、何かに納得したように頷く。


「なるほど、それでは憲兵に変身系の魔導書を配っても意味はないか」

「はい、残念ながら。そういえばフィロフィーさんに、絶版魔導書がないならネコマタの様な友好種を雇ってみてはと言われましたね」

「昨日の残念な娘か。あまり城内に魔物を入れたくはないが、こうして有用性を示されると検討の余地はあるな」

『その残念な娘なら絶版魔導書を量産できるけどな』


 タイアがロアードとバンケツにだけ念話を飛ばし、二人は何とも言えない顔になる。


 ――と、宰相がタイアの方を見つめてくる。

 タイアはうっかり宰相にまで念話を飛ばしてしまったのかと身構えた。


「しかし血は争えないものですね。いくらタイア様が絶版魔導書を読んでいるとはいえ、そんな姿を周囲に晒してでも捜査に参加されるとは」

「きゃう!?」


 念話を飛ばしてしまったわけではなかったが、タイアは宰相に『そんな姿』呼ばわりされたことに衝撃を受けた。一年慣れ親しんだこの姿、一体どこがおかしいのかと思い悩み――言われてみれば全裸であることに気付く。

 悩むな深く考えるなと、必死に自分に言い聞かせるタイアの頭に、オリンがすっと手を伸ばす。


「そうね、血は争えないものよ。タイアはいかにもロアード様とブリジスト様の子供って感じだし――」


 オリンはタイアを撫でながら宰相の言葉に同調し、それからロアードをチラリと見て、息を吐きながら視線を落とした。


「――それに私にせよミルカにせよ、間違いなくお父様とお母様の娘でしょうね」


 そう呟いたオリンには、誰も何も言えなかった。




 キャスバインとヨシュアは女王の部屋を出ると、階段に向かって歩き始めた。

 オリン達は今も部屋で話し合いを続けているが、その内容は事件のことから今後の政治的対応へと変わり、特務憲兵の領分ではなくなった。タイアのことはロアードに預け、二人は捜査の続きへ向かう。


「これからどうしますか? 命令がなければ、僕はテンに裏社会の仲間がいないかを洗いたいんですが」

「いや、先にレモナ様の取り調べだ。おまえの居ない時にオリン様から許可を得ている。ついて来い」

「はあ。別に構いませんが、今は手分けした方がいいのでは? キャスバイン様が直々に取り調べるんなら、取り調べの補佐は事情を話してある他の憲兵でいいでしょう。もしテンに仲間がいたら、急がないと逃げられちゃいますよ?」

「……フィロフィー嬢の例もある。念のためだ」

「キャスバイン様はあの子を気にしすぎですよ」


 何も言わずに歩き続けるキャスバインに、ヨシュアは肩をすくめて付いて行く。



 *   *   *   *   *



「…………なあ、ヨシュア。あの娘をどう思う?」


 昨日、タイアからの合図を待つ間のこと。

 そんなキャスバインの質問に、最初ヨシュアは気軽に答えた。


「うーん、まあ、なんだかんだ上手くやってくれるんじゃないですか? あの子が駄目でもタイア様がなんとかしてくれますよ」

「おとり作戦のことではない。それも重要なことだが、その前の取り調べのことも含めてだ。あの娘をどう思った?」

「どうって、それを『心眼のキャスバイン』ともあろうお方が僕に聞くんですか?」

「いいから答えろ、どう思った」


 真剣なまなざしのキャスバインに、今度はヨシュアもしばらく悩む。


「そうですねえ……頭は悪くないみたいですが、まだまだ子供、でしょうか? 嘘や隠し事がバレバレって感じで、キャスバイン様が直々に取り調べするほどの相手でもないなと思ったくらいなんですが……キャスバイン様が見ると違うんですね?」

「……いや、違わん。某もそう思ったさ、とてもわかりやすいとな。ただそのわかりやすさが、こう、何と言ったらいいかわからないが……」


 キャスバインは頭を掻くと、煙管を取り出して火をつけた。

 煙を大きく吸い、しっかりと吐きだし、「ああ、そうだ。気持ち悪かったのだ」と言葉を続ける。


「前にも感じたがな、あの娘は何かこう、チグハグな感じがするのだ。前に医務室で事情聴取した時はまるで人形のようで不気味だと思ったが……そうだ、今日はあまりにもわかりやすい、わかりやす過ぎたのだ。とても同一人物だとは思えんほどに」

「それは毒を飲まされた直後の放心状態の時と、殺人を疑われて尋問されてる時の違いでは?」

「……かもしれんな」


 キャスバインは落ち着こうとして、もう一度深く煙を吸う。


「人間はな、嘘をつくときに右上を見ることがある」

「ああ、前に教わりましたねそれ」

「しかしそれはあくまでも、そういう傾向がある、というだけだ。実際には人によって俯いたり、逆に自信満々にこちらの目を見つめたりもするし、右上を見ながら本当の事を話している場合もある。あるいは嘘の内容次第では右より左を見る傾向のものもあったりして、そんな単純なものではない」

「それも教わりましたよ。その細かい違いを見分けちゃうのがキャスバイン様の心眼ですよね」


 どこか調子のおかしなキャスバインをなだめようと、ヨシュアは軽くヨイショをしてみたが、キャスバインは静かに首をふった。


「それを踏まえてだ。あの娘はまるで……ああ、まるで人形が人間が嘘をつく時の仕草を真似ているようだった。自分が嘘を吐いた時にはわざと右上を見て、自分がいま嘘をついているぞと強くアピールしているような、そんな気持ち悪さを感じだんだ。

 ――そうか、そうやって本当に知られたくない事は隠しきったのかもしれない」

「じゃあキャスバイン様は、フィロフィー嬢が陛下を殺した真犯人、もしくは協力者だと?」

「……いや、それならばテンが怪しいなどと自分に不利な情報を話し始めることはない。それにお茶会には参加してすらいないか…………すまん、何でもない。忘れてくれ。

 どうも今になって陛下が亡くなったことに気が動転していたらしい。このあとテンを尋問して、それで何も出てこなければ、あの娘はもう無実でいい」


『ヨシュア、キャスバイン、そろそろフィーがテンを追い詰め始めるぞ』


「では行くか。あの娘はともかく、タイア様は信用できるお方だ」

「キャスバイン様、そのタイア様に煙草の煙吹きかけたの謝りましたか?」

「ぐはぁ!?」


 キャスバインのダメージの蓄積していた胃袋に、とどめを刺したのはヨシュアであった。











『……ふぅ、危ない危ない。医務室の時は癖や感情を隠し過ぎで、今回は逆に出し過ぎだったのか』


 キャスバインとヨシュアも出て行き、人のいなくなった取り調べ室で、グリモが誰にも聞かれることのない独り言をつぶやく。

 タイアがフィロフィーのリュックに収まったことで、元々リュックの中にいたグリモは現在、セイレン家の帳簿と共に取り調べ室の隅に置かれていた。


『こりゃご主人にはさじ加減ってのを勉強して貰わないと駄目だな。あの心眼ってのは、下手な魔法よりよっぽどヤバい』


 こうしてキャスバインが下したフィロフィーへの評価は、グリモを通じてフィロフィー本人へと届けられることになる。

 キャスバイン最大の失敗は、このチャンスにフィロフィーを捕らえなかったこと、そしてヨシュアとの込み入った会話をグリモに聞かせてしまったことだろう。


『ヤバいって言うとこの国の王族も大概ヤバいな。ミルカも女王も、オリンもレモナもチャコもヘリーシュもクリンミルもヤバい。どうなってんだよこの国は』


 グリモはげんなりとしながら、城に入ってからの一連の出来事を振り返り始め――


『まあ……うちのご主人が一番ヤバいんだけどな』


 ――わかりきった結論を出した。

 

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