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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十七話 不可能なトリック ②


「いえあのタイア様、そんな悲しそうな目をしてこちらを見ないで貰えますか? 別にわたくしが女王陛下を殺したわけではありませんよ?」

「え?」

「確かに諸事情あってミルカ様に浮遊魔法の魔導書をお渡ししたのですが……まさかミルカ様が浮遊魔法で人殺しをするつもりだったなんて知らなかったのです」

「ふん、白々しい」

「本当ですわ! ミルカ様にはお茶会の出し物に使いたいから内緒で協力して欲しいと頼まれたのです!」

「あー、そういやあれも浮遊魔法か」


 鼻を鳴らして一蹴するキャスバインに、フィロフィーは声を張り上げる。タイアはそんなやりとりを眺めつつ、お茶会の席で魔石が飛び上がった光景を思い出す。

 キャスバイン達がいるので口には出さないが、あの時の魔石もフィロフィーが用意したものだろう。フィロフィーがあのイベントに深く関わっていたのは間違いなく、キャスバインが信じないのも仕方がないように思える。


(……ん? でもフィーがそこまでしてミルカ姉に協力したのはなんでだ?)


 フィロフィーとミルカが協力してアークロイナを殺した……と改めて考えてみると、それはそれで疑問符が浮かぶ。


 タイア同様、フィロフィーは今回が間違いなくアークロイナやミルカとの初対面だ。それでいきなり殺人に結びつくほどアークロイナに恨みをもったり、女王殺しに協力してしまうほどミルカと親密になるとは考えづらい。


 動機として思いつくのは十年前のブリジストが殺された事件だが、アークロイナが犯人だと確定したわけではない――というより違うっぽい。


 ミルカにしたって初めて会ったばかりのフィロフィーに、いきなり母親殺しに協力してくれと頼むだろうか?

 キャスバインは教えてくれないが、ミルカには実の母親を殺すだけの動機があったらしい。でもミルカにいかなる事情があったにせよ、フィロフィー=セイレンという人間は、出会ったばかりの他人に共感して一緒に殺人をするようなタマではない。


 しかし現に、フィロフィーは自分の能力をフルに使ってミルカに協力している。何故か?


「……フィーお前、何を隠してんだ?」

「なっ、タイア様まで!? ですから! 本当に! 殺人事件になるだなんて知らなかったのですわ!」

「うんうん、フィーに女王を殺す理由なんてないし、ミルカがフィーに女王殺しを手伝ってもらおうとするのも変だよな」

「そう、そうですわ! わたくしに陛下を殺す理由なんてありません! だいたい女王陛下がタイア様のお母様を殺したわけではなさそうだと、教えてくれたのはタイア様ではないですか!」

「うんうん、そうだったな。

 んで? 殺人事件とは全然関係ないことで、何か隠してることがあるよな? そもそもどうしてミルカに魔導書を渡したんだ?」

「…………べ、別に? 貴族が王族に貢ぎ物をするのに、理由なんてアリマセンワ」


 急にトーンが下がってカタコトになったフィロフィーに、一同の白い視線が刺さる。


「ふむ、確かに引退間近の陛下を殺してもこの娘にメリットはないか。しかし貴重な浮遊魔法の魔道書を使ったからには、ミルカ様から何か見返りがあったのではないかね?」

「うぎゅっ」

「……その前に、そもそも浮遊魔法の魔導書はどこから出てきたんだ? タイア様からは君が浮遊魔法の魔導書を持っているとしか聞いてないが」

「あ、それならわかってますよ。彼女が登城した初日に王族への貢ぎ物として、魔石一つと魔導書を二冊持ち込んでいます。一冊が浮遊魔法の魔導書で、もう一冊が髪の毛が生える発毛魔法だとか」

「髪が生える魔法!? …………んん、なんでもない。

 それで君はその貢ぎ物を、陛下でもオリン様でもロアード様でもなくミルカ様に渡したわけだが……初対面の第四王女に個人的に贈るものとしては、あまりにも高過ぎやせんかね?」

「そ、それはその、そんなに高くもないと言いますか……」

「なんと、浮遊魔法が高くないとは! セイレン家がそんなに儲かっているとは初耳だ」

「いえ、うちの台所事情は関係なくて、えっと……」


 口ごもるフィロフィーを眺めながら、タイアはぽりぽりと頰をかく。

 フィロフィーにとって、浮遊の魔石は出し惜しみするほどのものでもないんだろうなと思いながら。


 持ち込んだ浮遊魔法の魔導書を受け取ったのはロアードなので、おそらくミルカに渡したのは城の中で新たに作った魔導書だ。フィロフィーは貴族向けに装丁したノートを持ち込んでいたし、なんなら白紙に戻った魔導書を再利用したのかもしれない。

 ついでに言えば元傭兵団の仲間であるバンケツにも、フィロフィーが能力を明かした夜に浮遊魔法を渡している。まるで挨拶がわりの様にポンと渡されて、さすがのバンケツも目を白黒させていた。


 浮遊の魔導書はバーバヤーガという魔物の魔石から作られているのだが、フィロフィーには一日三食バーバヤーガの肉だった時期があり、その魔石はかなり大量に所持している。

 さらにバーバヤーガは一匹から採れる魔力が多く、危険種なのでメロウやネコマタと違い捕って食べても問題はない。そこそこ強くて討伐に手こずるのはネックであるが、それを踏まえても手に入れやすい部類に入る。

 世の中の相場がどうであれ、フィロフィーにとって浮遊の魔導書はそれほど貴重なものでもない。


 そんな裏事情を知っているタイアだからこそ、ミルカが浮遊魔法を使ったのだと見破ることができたとも言える。特務憲兵がどんなに優秀だったとしても、ミルカが浮遊魔法を覚えていたなんて突拍子もない推理は思いつくまい。


 キャスバインに追い詰められているフィロフィーを見て、タイアは奥歯を噛み締める。


 タイアが謎を解かなければ――あるいは謎を解いても口をつぐんでしまえば。事件は『犯人はミルカ、でも殺害方法は不明』というモヤモヤした形で処理されて、フィロフィーはこんな風に追い詰められずに済んだのかもしれない。

 しかしタイアは白黒はっきりさせるため、断腸の思いでフィロフィーが浮遊魔法の魔導書を持っていることを伝えた。

 ちゃんと調べ、その結果フィロフィーに無実であって欲しかった。

 そうでなければ今まで通りには付き合えないと思った。



 ――仮に捕まったとしても、フィロフィーには魔石生成能力がある。打ち首などもってのほかで、おそらく拷問されることもあるまい。

 フィロフィーには一日三食お腹いっぱい(魔物を)食べさせてもらい、腹ごなしに運動する生活が待っている。彼女の食欲が失われないようにきちんとした味付けの調理がされるはずだ。空いた時間には古文書の解読などを頼まれるのだろう。病気になったときには、王国随一の医者であるシェパルドルフが治療にあたるに違いない。

 そんな事情もあり、タイアは告白に踏みきることができたのだった。



 フィロフィーがキャスバインの追及にオロオロとしていると、不意に取り調べ室のドアがコンコンと叩かれる。


 ヨシュアが「今使用中です」と叫ぶと「私だ、開けなさい」という返答があった。ヨシュアは声の主に心当たりがあったようで、慌てた様子でドアを開けにかかる。キャスバインもフィロフィーからドアへと視線を移す。

 ドアの向こうに立っていたのは、黒髪をオールバックにした四十代くらいの男性だった。タイアはどこかで見たことあるなと思うものの、名前は全く出てこない。


「宰相様、一体どうされたんですか?」

「ああ、ここでセイレン家の娘の取り調べをしていると聞いたのでな。その娘に緊急の用事がある」


(ああ、この人が宰相か)


 タイアも夜会で見かけ、お茶会の時に存在は聞いていた人物である。

 彼はタイアに気が付くと、その半人半狐の姿を数秒凝視する。それでも表情は崩さないまま小さく一礼だけすると、フィロフィーを見下ろして話し始めた。


「昨日、ミルカ様がセイレン家の申請書を持ってきたんだが……ミルカ様が亡くなって書類が無効になったのでな。オリン様が代わりに処理して下さるので、今この場で書き直しなさい」


 取り調べ室に沈黙が落ちる。


 タイア達は状況が飲み込めないままフィロフィーへと視線を移す。フィロフィーも目を点にして宰相を見つめている。

 宰相はそんな周囲の反応など気にせぬ顔で、無言のまま手に持っていた鞄から契約書らしき用紙を一枚と、五冊の冊子を取り出してフィロフィーに見せるように置いた。


(ん? あれって確か、スミルスが作ってたやつか?)


 脈絡なく出てきたそれに、タイアは更に疑問を深める。

 それはスミルスが毎年製作してリスティに送っていた、セイレン家の過去五年分の帳簿だった。


「こちらでほとんど書いておいたので、あとは君のチェックとサインが必要なだけだ。私も忙しいのでさっさと書いてしまいなさい」

「え? は、はい」


 フィロフィーは戸惑いながらも宰相に言われるままにチェックを始める。


「キャスバイン様、これって何が起きてるですか?」

「某に聞くな」


 我に返ったヨシュアが耳打ちするが、キャスバインは不機嫌そうに返した。

 取り調べの邪魔をしてまでやるべき仕事には見えないが、相手が宰相なので文句を言えないのだろう。

 ヨシュアはタイアに視線で説明を求めてくる。タイアにもよくはわからないが、それでもセイレン家に多額の借金があったことは薄っすらと思いだした。


「たぶんあれ、セイレン家の帳簿だと思う。確かセイレン家は王国から大量に借金してて、毎年王国に領地の帳簿を提出してたんじゃなかったっけ?」

「あー、そう言えばそんな救済制度がありましたっけ」

「それがいったい何だというのだ……」


 そんな短い会話をしている間に、フィロフィーは書類を書き終えた。

 宰相はフィロフィーがサインを終えるなり用紙を素早く回収し、書き漏れがないか入念にチェックしていき――そして不敵な笑みを浮かべる。


「それより以前の帳簿は既に処分している。間違いないな?」

「あ、ありがとうございます……ですがあの、こんな簡単に返してもらって良いのでしょうか?」

「なぜ疑問に思う」

「帳簿の返却と提出義務の終了のためには現役王族のサインが必要だし、それに多額のお金がかかるとも聞いたので」

「誰に聞いた?」

「…………ミルカ様に」


 宰相とフィロフィーのやり取りに、傍観していた三人が顔を見合わせる。

 三人ともフィロフィーに問いただしたい事ができてうずうずしてきたが、宰相が帰る前では我慢である。


「ミルカ様の説明は間違ってはないが、この申請が通らないことなどない」

「……はい?」


 首を傾げるフィロフィーに、宰相がすっと目を細めた。


「これは王国からの特別支援制度を利用していた領地が復興し、これ以上の支援が不要になった時に提出するものだ。特別支援制度を利用する時点でその領地には担保に取れるような資源も人材もない状況だ。貸した金には利息もない。よってこの申請を断る理由が全くない」

「えぇっ!? ですが、魔導書一冊分では足りないくらいの莫大なお金がかかるのでしょう!?」

「確かに金は必要だが、別にこの申請自体に金がかかるわけではない。

 この申請が通ると今後の支援は打ちきりとなり、それまでにキイエロ王家から借りていた分については返却義務が生じ、さらに利息が掛かるようになる。申請する時にはある程度まとまった金を返せないと辛いだろうな」

「そんなっ!? で、では、現役王族のサインが必要というのは……」

「ああ、昔は全ての書類を国王がサインしていた時期もあるのだがな。さすがに効率が悪いので、いちいち国王に確認していただく必要のないような書類は、現役の王族なら誰でもサインできるように変わったのだ」


 宰相の淡々とした説明に、いよいよフィロフィーの顔が青ざめていく。


「あ、あのー、その申請なのですがやっぱり取り下げ……」

「申請は私が受け取った時点で通っているし、帳簿は確かに返したぞ。

 ちょうどテルカース帝国の侵攻に備えて南の守りを固めなければならない時期に、北のセイレン領が支援の中止を申し出てくれて本当に助かった。セイレン家の忠義に感謝する。

 ……仮に君がこのあと廃嫡されても、今受け取った申請は有効だ、安心したまえ」


 宰相はそれだけ言うと踵を返し「邪魔したな」と言って部屋を出ていく。

 そのキビキビとした後姿を、一同は声もなく見送った。


 それからフィロフィーへと視線を移すが、白くなって固まったままのフィロフィーは微動だにしない。


「えーっと……つまりこれってどういうこと?」

「おそらくフィロフィー嬢は、ミルカ様に浮遊魔法の魔導書をだまし取られたのでしょうね。浮遊魔法の魔導書を渡せば、帳簿の返却申請を通してやるとでも言われたのでしょう」

「それと宰相様が我々の取り調べ中にもかかわらず乗り込んできたのは、確実にセイレン領への支援を打ち切るためだな。この取り調べの結果次第ではフィロフィー君は廃嫡されるだろうし、そうなる前にさっきの申請を通したかったのだな」


 キャスバインが喋りながら、懐から煙管を取り出して火をつけた。

 取り調べを良い所で中断されて、その上ほとんど解決されてしまい、さぞかしストレスが溜まっていたのだろう。タイアに許可をとるのも忘れているが、タイアは今回は許すことにした。

 フィロフィーは固まったまま動かない。 


「それで結局、この娘は陛下の暗殺に絡んでいると思うか?」

「たぶん彼女が隠そうとしていたのは、暗殺云々ではなく帳簿に関する裏取り引きのことでしょうね。ま、本人が裏取り引きだと思っていただけで、犯罪でもなんでもなかったようですが。

 ミルカ様は意図的にフィロフィー嬢を騙したようですし――彼女が騙されたことに気付いた時を考えると、彼女に暗殺計画は喋れないのでは?」


 三人は完全に脱力して、フィロフィーに厄介なものをみる目を向ける。

 フィロフィーは固まったまま動かない。



 キャスバインはため息か深呼吸か、息を大きく吐き出した。

 それから煙管をくわえて深く吸い、その煙をフィロフィーに吹きかけてみる。


 それでもなおフィロフィーはしばらく無反応だったが……やがて鼻をヒクヒクさせ、「へちょんっ」と小さくくしゃみした。

 

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