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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十六話 不可能なトリック ①


 リスティ城の地下一階にある王国公安管理室には、用途別に分かれた複数の小部屋がある。応接間や特務憲兵のオフィス、冷気ボックスが大量にある証拠品保管室などの部屋がある中で、タイアは取り調べ室と呼ばれる場所にきている。

 取り調べ室はその名の通り、犯罪者などの取り調べをおこなうための部屋だ。小さな机と二つの椅子があるだけの、かなり狭い部屋になる。床には小さく魔封じの魔方陣が描かれているが、今は起動中ではないため光ってはいない。


 現在、取調室の片方の椅子にはキャスバインが座り、その後ろには尋問調書を手に持ったヨシュア、それに半人半狐姿のタイアが立っていた。タイアは人間の姿を継続するにはまだ魔力が足りないが、かといってこれから始まる尋問に犬や狐の姿で参加する気にはなれず、キャスバイン達には五感が高まるからと誤魔化してこの姿になっている。

 しかしキャスバインは半人半狐姿のタイアに探るような視線を向けてくる。さすがに人間の姿に戻れないことまではバレていないものの、タイアに何らかの事情があることには気づいた顔だ。

 キャスバインが今は毒殺事件の解決に集中していて、タイアの姿のことは深く追及してこないのが救いである。


 キャスバインの『心眼』の恐ろしさを身をもって味わったタイアは、彼と向かい合って座っている人物が緊張した様子もなく笑顔でタイアを見ていることを、何とも歯がゆく思っていた。


「さてフィロフィー君。君はどうしてここに呼ばれたのかわかっているね?」

「ええ、女王陛下が亡くなられたからですわよね」


 キャスバインの向かい側に座るのは、他でもないフィロフィーだった。彼女の座る椅子の背もたれにはピンクのリュックが掛けられている。腕にはウサギ人形を抱いた姿で落ち着いた様子で話し始めた。


「お父様から聞いたのですが――ミルカ様がご病気で亡くなったことは城中に通達されているけれど、女王陛下のことは広まってないそうですわね。もしかして、女王陛下が亡くなったことはしばらく隠す予定なのでしょうか? 結局わたくしは、何をどう口止めされるのですか?」

「……ミルカ様が持病で亡くなり、女王陛下はショックからとこに臥してしまったことにする予定だ。陛下はオリン様の戴冠式後に病で亡くなったと発表する」

「なるほど、現役女王が亡くなると大変ですものね。とするとわたくしは、陛下が運ばれてきたから医務室を追い出されたのではなく、ミルカ様が運ばれてきたから医務室を追い出されたことにすればいいのですわね」

「そうだな、そういうことにして貰おう。

 ――だがそんなくだらん口裏合わせのためにわざわざ呼んだわけではない」

「はあ、別にくだらなくはないと思いますが……」


 眉をひそめるフィロフィーを、キャスバインはじろりと睨みつける。


「フィロフィー=セイレン、君にはミルカ様と共謀して女王陛下を暗殺した容疑がかけられている」

「……はい?」


 続くキャスバインの言葉に、フィロフィーの首が傾いた。


「……あの、質問しても?」

「なんだ」

「殺されたということは、その、意図的に殺されたのですか? ただの食あたりではなく、毒殺だったということでしょうか?」

「は? いや、むしろどこから食あたりという言葉が出てきた?」

「実はお茶会の直前、厨房から出てくるミルカ様とたまたまお会いしまして。その時ミルカ様が、手に持っていたものを指して薔薇の実をふんだんに使った特製ケーキだと自慢されていたのですが……それがその……あまりにも毒々しい見た目だったので」


 フィロフィーの説明に、キャスバインは「……なるほど」と相槌を打つ。

 確かにミルカのケーキを見た後で医務室に運ばれてきたアークロイナを見たのであれば、アークロイナがケーキにあたったのだと思い込んでもおかしくはない。殺されたという単語から、毒入りケーキを連想するのも仕方ないだろう。


「まさかあれが毒入りだったなんて思っても……いえ思いましたけれど……あ、ち、違うのですわ! 確かにわたくしはあのケーキを毒物だと思いながらも見過ごしましたけど、いくらなんでも誰かが止めるだろうと思っただけで、まさか女王陛下が口にするなんて思っても……」

「ああ、わかった。わかったから落ち着きなさい」


 フィロフィーは慌てて釈明を始めたが、その言い訳は完全に明後日あさっての方向を向いていた。

 キャスバインはため息混じりに制止する。


「でもまさかアレを食べてさしあげるなんて、女王陛下でも母の愛情は深いのですわね。それとも王族にとってはあれが普通の食事なのでしょうか?」

「……その発言は王族侮辱罪にあたるが、今回は特別に見逃してやろう。王族は一般人とそれほど変わらぬ食事を食べているので変な話を広めないように。

 あと陛下はあのケーキは一口も食べてはいないし、そもそもケーキに毒が入っていたわけではない」

「え!? あのケーキは毒ではなかったのですか!?」

「いや、食べたチャコ様が腹痛を起こしたので毒と言えば毒だったようだが……」

「チャコ様は食べたのですか!? アレを!?」

「それはクリンミル様が……っていい加減ケーキから離れろ! 今はケーキなどどうでもいい、陛下は紅茶に盛られていたジゴ薬によって亡くなったのだ!」

「ひゃい!?」


 業を煮やし、机を叩いて怒鳴ったキャスバインに、フィロフィーはビクンと身をすくませた。

 そのキャスバインの後ろにいたヨシュアは、発言しようと小さく挙げていた手をそっと降ろした。彼はフィロフィーの話を聞いて、薔薇園の薔薇の実が無くなっていた件を思いだしたのだが……空気を読んでこの場で報告するのをやめた。


 キャスバインは咳払いをしてフィロフィーを睨む。

 本当は紅茶による毒殺だったことは隠してカマをかけていくつもりだったのに、ケーキケーキと騒ぐフィロフィーによって見事に出鼻を挫かれていた。


「前後関係から陛下の紅茶に毒を盛ったのがミルカ様であることはすぐにわかったが、ミルカ様がどうやって毒を盛ったのかが問題だった。それを解明するのには苦労したよ――君がミルカ様に助力していたせいでな」

「そんな、わたくしは何も知りませんわ!? ……ケーキでなければ」


 フィロフィーの余計な付け足しのせいで、キャスバインの怒髪が天を突く。


「とぼけるな! ミルカ様に浮遊魔法の魔導書を渡せる人間が、君の他にいるとでもいうのか!」

「…………ふ、浮遊魔法、ですか!?」


 聞き返したフィロフィーの目が泳ぐ。



 食事の席で他人の食事に一服盛るのは決して容易なことではない。たとえ隣同士であったとしても、相手が席を立った時でも狙わない限りは難しいだろう。

 薔薇園でのミルカとアークロイナの場合、二人の席は隣同士ですらなかった。いくら魔石を打ち上げることで周囲の目を上に逸らしたとしても、ミルカが自分の席とアークロイナの席を往復する間に誰かに気付かれる可能性が高い。

 まして今回はキャスバイン達が薔薇園の外から見張っていた。薔薇の垣根越しに見ていた彼らにはミルカの手元までは見えなかったが、ミルカが大きく移動すれば間違いなく気付くだろう。


 しかしミルカは誰にも気づかれることなく、アークロイナのティーカップにジゴ薬を入れた。

 より正確に言うならば、あらかじめジゴ薬を溶かしておいた自分のカップをアークロイナのカップとすり替えたのだ。


 ――浮遊魔法によって丸テーブルをほんの少し浮かせ、まるごと回転させることによって。


「フィロフィー=セイレン、君はミルカ様に浮遊魔法を教えたな?」

「それはその、なんと言いますか」

「フィー、お前……」


 タイアは失望から思わず声を漏らす。

 はいともいいえとも言わず目を逸らしているフィロフィーを見れば、キャスバインでなくても隠し事をしているのが丸わかりだった。タイアの隣ではヨシュアもフィロフィーに白い目を向けている。

 暫く迷っていたフィロフィーは、何か思いついたようにハッとして口を開く。


「あ、あの、思ったのですがそのトリックは不可能だと思いますわ!」

「君がどう思おうと、丸テーブルには回転した痕跡があった。テーブルの裏に釘で打ち付けていた箱の向きが変わっていたのだ。タイア様がロアード様を取り出した時には箱の位置は変わっていなかったし、陛下が倒れたあとは憲兵がすぐさま突入して現場を押さえている。お茶会の途中、それもロアード様を取り出したあとに回転したことは間違いない。

 しかしヨシュアにも持てないテーブルを、ミルカ様が力技で回転させたとは思えん。魔法で回転させるたことは間違いないが、ティーカップがひっくり返らないよう水平に浮かせて回転させる――そんな器用な真似ができるのは浮遊魔法だけだ。

 さすがに回転させたとき、ヘリーシュ様の紅茶が少しこぼれてしまったようだがな。

 ……それとも浮遊魔法の他に、あの丸テーブルを傾けたり揺らしたりすることなく回転できる魔法があるのかね?」

「そ、それは、未知の絶版魔法で……いえ、何でもありませんわ」


 フィロフィーは反論しようとしてすぐに取り下げた。

 もちろん、王女が未知の絶版魔法を持っていたという主張が通るわけがない。


「では、ミルカ様に浮遊魔法を教えたことを認めるのだな」

「…………」

「ああそうか、そういえばタイア様も浮遊魔法を使えたな。君が誰かに浮遊魔法を教えたのでなければ、あの場で唯一浮遊魔法を使えたタイア様がミルカ様に協力したことになるな。

 ――おいヨシュア、タイア様を拘束して地下三階の拷問部屋に連れていけ」

「な!? 待ってください!」


 キャスバインのとんでもない命令にヨシュアとタイアが反応するより早く、フィロフィーが机を叩いて立ち上がった。キャスバインは慌てず、薄ら笑いで「なんだね?」と問いかける。

 フィロフィーはゴクリと喉を鳴らし、口を開いた。


「わ、わたくしは! わたくしは確かに、ミルカ様に浮遊魔法を教えました」

「フィー……」


 フィロフィーの告白に、タイアはすっと目を伏せた。 


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