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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十五話 事件後の捜査 ②


「とにかく、ミルカ様がどうやって毒を盛ったのか突き止めましょう。できればこの場にいる人間と犬だけで」

『うん、わざわざ犬をつけ加える必要ないだろ?』

「なら噛まないでくださいませんか?」


 ヨシュアは脛を甘噛みしてくるタイアに言い返す。


『毒を盛るタイミングなんて、やっぱり魔石取りゲームの時しかなかったと思うぞ。あの時は一瞬、全員が魔石を見て上に気をとられてたし、ミルカだけテーブルの近くにいたから、ササッと女王のカップにジゴ薬を入れたんじゃないか?』

「ふむ、試しにやってみましょうか。ジゴ薬は医務室で貰ってきていますゆえ……」


 キャスバインとヨシュアはテーブルの上を片付け、新たに女王の座っていた席に紅茶を用意した。真ん中に置く魔石の入っていた箱は、ミルカが持っていた物をそのまま利用する。


「この箱ってなんの仕掛けもないただの箱ですよね。中にバネでも入ってるのかと思ってましたけれど、どうやって魔石を上に飛ばしたんでしょうか?」

「そんなのは後にしとけ。

 ときにヨシュア、そこからこの位置のカップに手が届くか?」

「えっと……簡単には届きませんね」


 ヨシュアを押しつぶすほど大きな丸テーブルは、直径がキャスバインの身長くらいある。ヨシュアはミルカの立っていた位置から手を伸ばしてみたが、女王の席のカップにまで手は届かなかった。テーブルの上にぐっと身を乗り出して、ようやく届くかどうかである。


「ふむ、ヨシュアの身長でこれだとミルカ様では届きませんな」

『そういやミルカは真ん中に置いた魔石の箱を開けるのにもいっぱいいっぱいだったな』

「じゃあ回り込んだんでしょう」


 ヨシュアはテーブルを迂回し、オリンのいた位置まで歩いてからカップにジゴ薬を入れた。


「さすがにここまで来たら、チャコ様かオリン様か陛下が気づきそうですが……」

「そこはアレだ、双子だからチャコ様と見間違えたとか」

「血の繋がった家族間で双子トリックはないですって」

「ならばミルカ様の用意した魔石が凄かったから、見惚れて気づかなかったってことか」

『……うん? ちょっとまて。二人共これ見てみろ、ジゴ薬が溶けきってないぞ』


 タイアが机の上に乗って、カップの中を覗き込む。

 ヨシュアの入れたジゴ薬が、カップの底に沈んでいるのがはっきりと見えた。


『入れ過ぎじゃないのか?』

「これで大人の致死量の二倍くらいです。乾杯のワインのように一気に飲み干すならばともかく、お茶会の紅茶に入れて人を殺そうと思えば、最低でもこのくらいは入れたはずなのですが」


 喋りながら、キャスバインはスプーンでしばらく撹拌する。一、二分程で完全に溶けて見えなくなった。


「うーむ、これはジゴ薬を入れただけでは駄目だな。しばらくかき混ぜないと飲ませる前にバレるだろう」

「さすがにそんな事してたら気づかれますよ」

「しかし実際に陛下のティーカップにはジゴ薬が入ってたんだ。魔石取りゲーム以外に入れるタイミングなどないはずだが……」

『実はミルカの自供が嘘なんじゃないのか? あるいは朦朧としてたせいでつい口走った狂言で、本当は別の犯人がポットの方にジゴ薬を入れた、とか』

「それは……いえ、ありえません。はっきりと動機も話してましたから」

『動機って? 女王とミルカはどんな会話をしてたんだ?』

「……機密事項ですのでご容赦を」


 申し訳なさそうにするキャスバインに、タイアは仕方ないと首を振る。


「そもそもポットの方にジゴ薬を入れたら全員飲んじゃいますよ」

『テンなら女王にだけジゴ薬を入れられるんじゃないか? コルナに仕事をさせないで、ひとりで紅茶をいれてただろ』

「紅茶を注いで回っとったのはテンですが、コルナはカウンターの方で魔法で水を沸騰させたり、ポットに紅茶を作っていたりしたのですよ。タイア様の座っていた位置からは見えなかったでしょうがな。

 そもそもテンには陛下を殺害する動機なんて……」

『痴情のもつれ』

「…………テンがポットに毒を入れたとすれば、ポットの中に証拠が残りますな。コルナが管理していたのでこっそりあらったりはできませんし」


 キャスバインもテンの女性関係は把握していたらしい。タイアが知っていることに驚いた顔をすると、目を逸らして動機の話はすぐにやめた。

 タイアは念のためもう一度ポットの中の匂いを嗅いでみるが、やはり紅茶のいい匂いがするだけでジゴ薬の匂いはしない。

 意外と難しい毒を入れる方法に、二人と一匹は揃って首をひねる。


 タイアはお茶会の出来事を一から振り返ってみる。最初はミルカとチャコがケーキを持って登場し、ミルカがお茶会の開始を宣言した。ケーキがあまりにも酷い仕上がりのため誰も手を出さなくて、レモナが砂糖を入れながら時間を潰し始め、それを見ていたミルカが……


『あ、わかった! ミルカは自分のカップと女王のカップをすり替えたんだ!』

「え?」

『ミルカはお茶会が始まってすぐにジゴ薬を自分のティーカップに溶かしてたんだよ。それを女王のカップとすり替えたんだ』

「おお、それです、さすがはタイア様! ヨシュア、さっそくやってみろ」

「はい!」


 ヨシュアは再びミルカのいた位置に立ち、自分の前に用意した紅茶にジゴ薬を入れてかき混ぜて溶かした。それから自分のティーカップを女王のティーカップとすり替え――


 ――ようとしたが、勢い余って手にこぼしてしまい「熱っ!?」っと叫んで跳びはねた。


『ま、熱い液体を配膳するのって難しいよな』

「そうですな、これならばジゴ薬を溶かしてかき混ぜる方がまだ簡単やもしれません」

「冷静に見てないで水か何か下さいよ!」


 タイアが魔法を使い、食器カウンターにあった大きめのボウルに水と氷を出してやる。ヨシュアは火傷した手をボウルに突っ込んだ。

 涙目になりながら手を冷やすヨシュアを見て、タイアはひとつ思いつく。


『ミルカって確か、冷気の魔法が使えたよな? 運ぶ時は魔法で凍らせておいて、女王の前においてから火の魔法で解凍、とかどうだろう?』

「ふむ、なるほど。――ただ完全に凍らせてしまうとあとで解凍するのが大変そうですな。紅茶が溢れないように表面に氷を張るだけならいけるでしょう。おいヨシュア」

「今取り込み中です、キャスバイン様がやってください。いてて……」


 ヨシュアは氷水から手を出したり入れたりを繰り返していて、そこから動こうとしない。「某は氷魔法が使えないんだが」というキャスバインのために、最初の氷の幕を張る作業はタイアが行った。タイアは厚さ一ミリ程度の氷の膜で紅茶を蓋し、キャスバインが素早く動いてそれを運ぶ。

 結果、紅茶をこぼすことなく運ぶことができ、氷の膜はすぐに紅茶の熱で融けて見えなくなった。


「おお、上手くいきましたな!」

『うん、これならいけるだろ!』

「……ミルカ様に、そんなに器用に氷の膜が張れますかねぇ?」


 喜ぶタイアとキャスバインに、一人痛い思いをしたヨシュアが恨めしそうにいちゃもんを付ける。


「前々から思ってましたが、タイア様ってロアード様の娘とは思えないほど魔法が上手いですよね? 普通の魔法使いにはそんな絶妙な氷の膜なんて作れませんよ」

『そんな急に褒めてくれるなって』


 照れつつ尻尾を振るタイアに、ヨシュアそんな話はしていないと首を振る。


「まあ何も器用に氷の膜など張らんでも、氷の塊でカップの入り口を押さえれば蓋になるだろう。残った氷は小さければ食っちまって、デカければ机の下にでも捨てればいい」

「うーん……でもやっぱりミルカ様と陛下の間にいた、チャコ様かオリン様が気づきませんかね?」

「机の下でも潜ったんじゃないか?」

「僕の作ったコクリさんボックスがあるから、くぐるのも結構大変ですよ?」

「そういえば、あの時のコクリさんは代役か?」


 話し合うヨシュアとキャスバインを横目に、タイアは机の下に潜りこんで痕跡を探す。水たまりや誰かの擦った跡などは見つからなかったが――


(ん? これってなんか変…………っ!?)


 ――そこに確かな証拠(・・)を発見し、そして硬直する。


 机の下にはヨシュアがコクリさんボックスと呼んだ、四角い箱が取り付けられている。その箱はロアードが出入りできるように、壁の一面だけが取り外せるようになっている。

 さらにロアードを取り出す作業はタイアが行うため、ヨシュアとタイアは丸テーブルを戻す時、その取り外せる面をタイアの座る席を向けて置いたのだ。実際にタイアが机の下からロアードを取り出した時、回り込んだりはしなかった。


 ――その取り出し口が、今はオリンの座っていた位置を向いている。



 そこからタイアにはトリックがわかり――そして連想されるミルカの共犯者の顔が浮かび、タイアはごくりと唾を飲んだ。

 

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