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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十四話 事件後の捜査 ①


「第四王女のミルカ様が医務室で亡くなったため、その場にいたフィロフィーを別室に移動させた。保護者スミルスは同行せよ」

 

 そんな呼び出しを受けたスミルスは、かれこれ十分以上呼びに来た騎士の後ろを歩いていた。


 リスティ城は建物が低いかわりに敷地が大きい。本城の大きさもさることながら、城壁で囲まれた広大な敷地には物見の塔や従業員棟といった建物があり、さらに訓練場や薔薇園などの屋外設備も充実している。

 そんな広い城のためにロアードの部屋のある研究員棟にいたスミルスは、十分歩いてもまだ第二会議室に到着していなかった。先導する偉そうな騎士に走れと怒鳴ることもできず、黙々とその後ろを付いて行く。


 ――フィロフィー本人を研究員棟まで連れてきてくれれば済んだ話では?


 目の前の騎士の気が利かないだけならば良いけれど、もしや事件に巻き込まれたのではないか。一度そんな考えに囚われてしまうと、スミルスの不安は加速度的に膨らんでいく。


「ついたぞ、ここが……」

「フィロフィー、無事か!? いったい何があった!」


 ようやく第二会議室に到着したスミルスは、騎士を押しのけて会議室に飛び込んだ。



「にぱー、ぷんすか、うるうる、とほほっ…………ふぅ、自分ではよくわかりませんわね」


 ――そして会議室の隅に設置された鏡の前で変顔を決めている自分の娘に、目を白黒させて固まった。


 フィロフィーは鏡の前で自分の髪をもてあそんでみたり、胡散臭い商人のように手もみをしたり、笑った顔になったかと思えばすぐに怒った顔に変えてみたりとよくわからない行動をしている。

 最終的には真顔に戻って思い悩んだ様子を見せるので、情緒不安定になっているわけではないらしい。

 部屋にいた見張りの騎士に何とも言えない視線を向けられ、スミルスはフィロフィーに近づいて咳ばらいをした。


「フィロフィー、いったい何をしているんだ?」

「ああお父様。これは練習と言いますか、ただの暇潰しですわね」

「……そうか」


 フィロフィーの素っ気ない返事を聞いて、スミルスは力が抜けると共に落ち着きを取り戻す。


「まあいい。気がすんだなら行くぞ」

「いえ、わたくしこの部屋から出ないようにと言われてるのです。それでお父様を呼んでもらったのですわ」

「はあ? なんでこの部屋にフィロフィーが拘束されるんだ?」

「こんな広い部屋なのは、少し前まではわたくし以外にも王女とその護衛でごった返していたからですわね。元々はわたくし一人のための部屋ではなかったのです。

 あ、タイア様も一緒にいたんですが、ヨシュアさんと一緒に出て行きましたわ」


 第二会議室にはフィロフィーの他に、見張りの騎士とスミルスを案内してきた騎士で合わせて二人がいるだけだった。確かにフィロフィー一人を閉じ込めておく場所としてはあまりに広い……が、スミルスはそんな事を聞きたかったわけではない。


「違う、部屋が広い理由じゃなくて、拘束された理由を聞いているんだ。どうしてミルカ様が亡くなるとフィロフィーが拘束されることになる」

「ミルカ様が亡くなった時に、色々とあったのですわ。わたくしは医務室やこの会議室でその一部始終を見聞きしてしまったので、情報が外に漏れないようにとりあえず外出禁止になったのです。

 お父様に事情を話しても良いかと聞いたところ、話してもいいけれどその場合はお父様も会議室から出ないぞ、とのことでした。どうしましょう?」


 フィロフィーの説明を聞いて、スミルスはホッと息を吐いた。もしかしたらフィロフィーが何かお咎めを受けるのではないかと心配したが、そういう事情ならば大丈夫だろう。保護者スミルスに話せるような内容ならば、あとで口止めされるくらいですむはずだ。


「どうせ俺はフィロフィーの傍についているつもりだから、話してくれ」

「わかりましたわ。……ただ、会議室から出られなくなる前に一つお願いがあるのですが」

「何だ?」

「問答無用で追い出されたので、リュックやお母様の人形が医務室に置きっぱなしになってまして。話す前に取ってきてもらえないでしょうか?」


 二つ返事で引き受けて会議室を出て行くスミルスの耳に、フィロフィーの「グリちゃんなしであの特務憲兵の相手はしたくないですものね」という独り言は聞こえていなかった。



 *   *   *   *   *



 一方その頃。タイアは薔薇園に戻ってきていた。

 子犬姿でヨシュアが付き添っているのはいつも通りだが、今回はキャスバインも隣にいる。キャスバインはタイアの方を向いてがっくりと膝をついていた。


「なんということだ…… まさか普通の犬と魔法で犬に変身した人間の区別もつかないなんて……」

『ヨシュアはちゃんと気づいてたけどな。さすがは『人間観察以外何もできない』と言われるだけの事はある』


 消沈するキャスバインに対し、タイアは無慈悲な追い打ちをかける。初日に煙草の煙を吹きかけられた恨みを忘れてはいなかった。


「ヨシュア、貴様……」

「ちょ、なんで僕を睨むんですか!?」


 しかし悪口の犯人をあっさりと特定したキャスバインに、腐っても特務憲兵だなと少しだけ見直したタイアである。


 アークロイナが亡くなったのでコクリさんの正体を隠しておく理由がなくなり、タイアはキャスバインには正体を明かした。ではどうして今も犬の姿なのかと言えば、先の広範囲念話に魔力を使い過ぎたため、人間の姿を保つのが辛くなってきたからだ。

 狐では犬より目立ってしまうし、半人半狐の姿は論外である。念話も近距離で使う分には魔力消費が少ないこともあり、結局は犬の姿に落ち着いた。

 ヨシュアとキャスバインには込み入った事情は説明せずに「犬の姿の方がより鼻が利くから」と説明している。


「く、まあいい。今はこんなことをしている場合じゃないし、タイア様が調査を手伝ってくださるならば心強い」

『うん、別に手伝うのはいいんだけど……いいのか? 自分で言うのもなんだけど、女王が毒殺されたんならあたしって容疑者筆頭なんじゃないかと思うんだけど』

「……タイア様のことはまったく疑っておりませぬのでご心配なく。それより匂いでジゴ薬の有無が判るのですよね、その力を是非お貸りしたい」


 タイアを疑っていないというキャスバインの言葉に、タイアは安心すると共に疑問が浮かぶ。女王が暗殺されたなら、ブリジストの娘であるタイアは真っ先に疑われるべき存在のハズだ。それを「まったく疑ってない」と言い切るからには、犯人の目星がついているのだろうか?

 なにも疑われたいわけではないので、タイアは深く突っ込まずに捜査を始める。


 お茶会の会場はタイアが席を立った時とほとんど変わった所はない。薔薇園の中央に巨大な丸テーブルがあり、それを囲うようにして八つの椅子が置いてある。丸テーブルの上にはコルナが貰ってきたクッキーとティーカップとスプーン、それに花の入った花瓶が置いてあった。

その横に食器や茶葉の置いてあるカウンターが設置されている。


 タイアはテーブルの上と食器カウンターに置いてあるものの匂いを調べていく。


『クッキーは……ここに残ってるものは全部問題ないな。てか、あんまり減ってないな』

「ええ。タイア様とミルカ様が席を立ったあと、すぐに陛下が動悸を訴えてお茶会が中止になりましたから。タイア様が席を立った時とほとんど変わらないはずですよ」

「タイア様がコクリさんならばご存じでしょうが、今回のお茶会は複数の憲兵が薔薇園の外からずっと見張ってましたからな、陛下が不調を訴えた時点で我々がすぐさま突入したので、持ち出されたものも特にはないはずです」

『なるほど――っと、ミルカと女王のカップからはジゴ薬の匂いがする。あとは女王のスプーンからもちょっとジゴ薬の匂いがするのと……あれ?』

「どうかしましたか?」

『いや、あたしのスプーンからも少しジゴ薬の匂いがするんだよ。ミルカのスプーンからはしないけど』


 匂いが混ざったのかと思い、ひとつひとつ遠ざけて確認するが、やっぱりタイアのスプーンの方から僅かにジゴ薬の匂いがしている。


「つまり、お二人のスプーンがどこかですり替わったってことですか。お茶会の最中は気づかなかったんですか?」

『あたしスプーンは使わなかったからな。となりにジゴ薬入りの紅茶があったから、ジゴ薬の匂いはずっとしてたし……』

「仮に誰かがすり替えたとしても、何の意味があるのかもわかりませんね。スプーンに付着してる程度のジゴ薬の量じゃ何の効果もないでしょうし」


 ひとまずスプーンの謎は置いておき、一同は続いて食器カウンターの方も調べてみる。

 そちらにはジゴ薬の匂いがするものは何もなかった。


『これで終わりか?』

「ミルカ様が焼いたケーキが別室に保管してあるので、あとでそちらの確認もお願いします」

『うげ……あ、あれはなんかスパイシーな匂いだったぞ。それにミルカ姉も女王も全然食べてな……』

「念のため、もう一度お願い致します」


 ミルカのケーキはあまり匂いを嗅ぎたくない代物だったが、笑顔で迫るヨシュアに不承不承頷いた。


「まあ、それは後回しでいいだろう。それよりどの段階で陛下のカップにジゴ薬が入ったのかを特定せねば。タイア様、お茶会の最中に起こった事を思いだして、怪しい場面などございましたか?」

『ん、そうだな…………怪しいのはミルカの魔石取りゲームの時かな。みんな上空の魔石に集中してたし』


 タイアの思い付いた事を口にすると、キャスバインが満足そうに頷いた。


「やはりですか。ええ、他の見張っていた者達も、皆あの時だろうと口を揃えておりました。これはもう確定ですなぁ」

『ちょっと待て、そんな簡単に決めていいのか? さすがに他の参加者も呼んで聞いてみた方が……』

「オリン様とコルナとテンは陛下が亡くなった事で業務が立て込み、この場に呼んでいる余裕がありません。かと言って他の王女殿下は皆様かなりショックを受けていて、とても呼べる状態ではないのですよ」

『いやいや、女王が暗殺されてるんだぞ、ショックを受けたから取り調べ省略っておかしいだろ!?』


 タイアの指摘にキャスバインとヨシュアが困ったように顔を見合わせた。

 二人は小さく頷くと、キャスバインが周囲を確認し、小声でタイアに話しかける。


「実を申しますと、陛下に毒を盛った犯人はミルカ様であることがわかっています」

『……え?』

「タイア様が医務室を出たあと、ミルカ様は一度目を覚ましたのですよ。その時に罪を告白した……と言いますか、陛下と口論になりましてなぁ。とにかく陛下に毒を盛った犯人はミルカ様で間違いないのです」

「キャスバイン様の心眼が当たっていたってことですね。ただ、殺そうとしていたのがクリンミル様ではなく陛下だとは見抜けなかっただけで」


 ヨシュアの上げて下げる補足説明に、キャスバインがヨシュアを恨めしそうに睨んだ。


『あれ? じゃあもしかして二人共生きてるのか!?』

「……は? 何故そうなるのですか?」

『だってミルカが目を覚まして口論になったって事は、シェパルドルフ先生が間に合ったんだろ?』

「……いえ、ミルカ様はたまたま(・・・・)目を覚ましただけです。二人とも医者が止めるのをおして話し始め、結局はシェパルドルフ先生とチャコ様が駆け付ける前に亡くなられました。会話の内容からミルカ様が陛下に毒を盛ったのは間違いないのですが、その具体的な方法などはまったく聞き出せておりません」

『……ん? 女王はミルカ姉に殺されたとして、ミルカ姉はどうして亡くなったんだ?』

「……それはまだ何とも言えません。持病の悪化かもしれませんし、陛下と心中を図った可能性もあります。シェパルドルフ先生は病気と母親殺しのストレスが重なったために、薬を飲みすぎたのではないかと申してましたな」

『ミルカも誰かに殺された可能性はないのか?』

「絶対ないとは申しませんが、身内だけのお茶会でしたし……ミルカ様が完全に主導権を握っていたお茶会ですので、他殺である可能性は低いでしょうな」

『そっか……』


 キャスバインから詳細を聞き、タイアは少し耳を下げる。

 数日前に出会ったばかりとはいえ、義姉が継母を殺し、義姉も亡くなった状況に何も感じないわけはない。特にミルカはタイアに優しかったし、アークロイナは聞いていた話よりもまともそうな人間で、少し興味が湧いてきた所だった。落ち着いたら母ブリジストの話なども聞いてみようと思っていたのに、こうもあっさりといなくなってしまってはやるせない。


『もうひとつ聞いてもいいか? 結局、チャコとシェパルドルフ先生は何処にいたんだ? あたし念話を飛ばしたんだけど』

「二人共研究員棟の女子トイレにいたようです。お腹を壊したチャコ様が女子トイレに駆け込み、その場にいた研究員に具合が悪いからシェパルドルフ先生を呼んできてくれと頼んだそうで」

『……そりゃ遠すぎるし、探しても見つからないな』


 本来シェパルドルフが赴くことのない研究員棟の、それも女子トイレの中では騎士達に探させたところで見つかるまい。そしてタイアからの念話が届いてすぐに医務室へ向かっても、研究員棟から医務室までは相当時間がかかっただろう。


『チャコ姉は大丈夫なのか?』

「……今は自室で寝込んでいます。チャコ様だけは本当に話を聞ける状態ではありませんな」


 ミルカの為に毒魔法を覚え、常に一緒に居るように努めていたチャコにとって、自分がシェパルドルフを呼んだせいでミルカの治療が間に合わなかったことへの後悔は計り知れない。

 タイアはチャコの事が心配になった。



「今回はミルカ様がどうやって陛下に毒を盛ったのか、その一点が判れば十分ですからな。失意のチャコ様を連れてきて話を聞くのは本当に最終手段です」

「オリン様にも『犯人がわかってるんだったらちゃっちゃと解決してよね、こっちも忙しいんだから』と急かされてますからね」

『えーっと、オリン姉様は、実の妹が実の母親を殺しててそんな反応なのか?』

「…………オリン様は、時期女王としての責務を立派に果たしておいでです」


 キャスバインが引きつった顔で取り繕うが、要は何とも思ってないらしい。


 自分の父親がオリンに苦手意識を持っていた理由が、少しわかった気がしたタイアだった。

 

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