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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十三話 第三の事件


「ミルカ姉!」


 パニックになったタイアはミルカを揺さぶるが、倒れたミルカに目を覚ます様子はない。それどころか顔色がみるみる青くなっていく。

 そこに異変に気付いた三人の近衛騎士が駆け付ける。彼らはタイアを引き剥がすと、うち一人がミルカを床に寝かせて回復魔法をかけ始めた。魔法をうけたミルカが僅かに指をピクリと動かすが、変わらずぐったりと倒れたままで、回復しているようには見えない。


「ミルカ様、お気を確かに! おい、ミルカ様に何があった!」

「…………あ、えっと」

「早く答えろ!」


 騎士の剣幕にタイアは身じろぐ。彼は目の前の少女が第六王女のタイアだとは知らないのだろう。しかし倒れたミルカの前で、騎士の乱暴な言葉づかいに文句をつけている暇などない。

 ぶつけられた乱暴な言葉づかいにハッとして、タイアは目の前の騎士に説明を始めた。


「わからない……けど、ミルカ姉はついさっきジゴ薬を飲んだばかりだったからそれが原因かもしれない。ついさっき薔薇園で薬を飲んでからここまで歩いて来たんだけど、少し顔色が悪くなって、動悸がでて、それから急に倒れたんだ」

「……チャコ様は一緒ではないのか?」

「そのチャコ姉を探してここまで来たんだけど、居なかったから……」


 タイアの話を聞いた騎士は一瞬迷う素振りをみせ、それから回復魔法をかけていた同僚の肩に手を置いた。


「ちょっと先輩、いま回復魔法を……」

「聞け! ミルカ様が心臓病やジゴ薬の副作用で倒れた場合、普通の回復魔法ではあまり効果がないとシェパルドルフ様から言われている。早く医務室に運ぶんだ」

「それならあたしに任せてくれ!」


 タイアの浮遊魔法でミルカの体が浮き上がる。先輩騎士はそこでようやく目の前の少女がタイアだと気づいて目を見開いたが――彼もタイアに頭を下げている暇はないと考えたのだろう、小さく首を振っただけですぐにタイアの案内と護衛についた。


 騎士に囲まれながら、タイアはミルカを医務室へと運ぶ。途中ですれ違う人には道を譲られ、医務室の前には何の問題もなく到着した。

 しかし医務室の入り口には、別の騎士が部屋の扉を護るようにして立っていた。彼は駆け込んでくるタイア達に身構えると、剣の柄に手を添える。


「何をしている、邪魔だ!」

「あれ、先輩? って、待ってください、今は誰も医務室に入れるなと言われていて……」

「馬鹿か! ミルカ様が倒れたんだ、いいからどけ!」


 入り口に立っていた騎士よりも、タイアを先導していた先輩騎士の方が立場が上だったらしい。先輩騎士は狼狽える後輩を押しのけて医務室の扉を開け、タイアに早く中に入るようにと促す。

 タイアはミルカと共に医務室へ飛び込み――



「……女王、陛下!?」


 ――医務室の一番手前のベッドの上に、苦痛に顔を歪ませたアークロイナを発見した。



「おい、誰が来ても入れるなと……って、ミルカ様!?」


 医務室にいたキャスバインが、ぐったりとして宙に浮くミルカに目を丸くする。

 医務室には女王とキャスバインの他にテンとタナカ、それに医者らしき白衣を着た若い男と、見覚えのある数人の看護婦がいた。しかし頼みの綱だったシェパルドルフの姿はない。


「ミルカ姉が倒れたんだ! シェパルドルフ先生は!?」

「先生は今は不在です。 とにかく、ミルカ様はこちらに乗せてください!」


 タイアは見知らぬ若い医者の指示に従い、ミルカをアークロイナの隣のベッドに寝かせた。ミルカの診察を始めた若い医者は、すぐに険しい表情になる。


「ぐ……ミルカ、まさか、あなたまで」


 苦しい表情のアークロイナだが、ミルカと違って意識はちゃんとあったらしい。彼女は苦しそうに寝返りをうち、脂汗を浮かべた青い顔でミルカを見つめた。

 アークロイナは嘔吐したあとなのか、吐瀉物の酸っぱい匂いがタイアの鼻をつく。


「一体何があったんだ!?」

「お二人が席を立った後、急に陛下の具合が悪くなったのです。それよりもミルカ様が倒れた時の説明を!」

「そ、そうだな。チャコ姉を探して王族用のトイレに見に行ったんだけど、そこでミルカ姉が動悸や眩暈がするって言って、それから急に意識を失って倒れたんだ」

「……それと確か、ミルカ様は十数分前にジゴ薬を飲んでいました」


 テンの補足説明に、ミルカを診察していた若い医者が顔を歪ませる。

 

「ミルカ様もジゴ薬の症状である可能性が高く、やはりシェパルドルフ先生の解毒魔法なしでは治療になりません!」


(ミルカ、()?)


 若い医者の聞き流せない言葉にタイアはアークロイナを見る。

 苦しむアークロイナに対し、看護婦の一人が汗を拭ぐい、テンが水を飲ませるくらいのことしかしていない。その様子からはアークロイナが毒を飲まされ、シェパルドルフでなければろくに治療できないのだという推測がたつ。

 少し落ち着けば、吐瀉物の匂いにジゴ薬の匂いも混ざっていた。


「くそっ、なんということだ!

 お前達、シェパルドルフ医師を見てないか!? ……知らぬのならばすぐに探しに行け! ただしミルカ様が倒れたとだけ言って探せ、陛下が倒れたことは口外するな」


 キャスバインの命令に、医務室の入り口付近にいた騎士達が走りだした。

 自分はどうすればと迷うタイアに、キャスバインが視線を向ける。


「タイア様には他の王女と一緒に待機してもらいます。タナカ殿、タイア様を第二会議室までお連れしてください。――それと、オリン様をこちらに」

「……わかった。では行きましょうタイア様」

「ん」


 タイアは大人しくキャスバインとタナカに従う。

 ヨシュアが相手ならば何か手伝うと主張することも考えたが、ここにヨシュアの姿はない。この一刻を争う状況でキャスバイン相手にごねても迷惑にしかならないと思い、タイアは医務室を出るタナカに続く。


 ただ、医務室を出る直前に振り向くと、アークロイナと目があった。隣のベッドでは若い医者達がミルカの応急処置に奮闘している中、アークロイナはそちらよりもタイアを見ていた。タイアは思わず足を止めて見つめ合う。


「タイア様、早くこちらへ」


 立ち止まったタイアに、タナカが声をかける。

 アークロイナは最後に鼻で笑うと、静かに目を閉じた。


 そんなアークロイナにタイアは何故か悲しくなり、そして無性に腹が立った。


『チャコ姉、シェパルドルフ先生、タイアだ、いま念話で話しかけてる。

 すぐに医務室に戻ってくれ、ミルカと女王が倒れた!』


 タナカの後ろを歩きながら、念話で行方知れずの二人に呼び出しをかける。これでシェパルドルフにも念話が使えることがバレるがどうでもよかった。

 チャコもシェパルドルフも念話は使えないので返事はこないが、城の敷地内になら十分届く魔力を使い、気のせいだと思われないように何度も繰り返し呼びかける。


「タイア様、こちらで待機を……って、タイア様も顔色が悪いようですが大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」


 そうして待機場所に着く頃には、タイアは魔力をかなり消費していた。疲労感にさいなまれながら、タナカが開けてくれた会議室の扉をくぐる。


「あ、タイア様」

「……フィー、なんでお前がここにいるんだよ」


 そして姉妹達の中に混ざり込んでいるフィロフィーを見て、タイアの疲労はピークに達し、思わずしゃがみこんだ。


「先ほどまで医務室で古文書の翻訳を進めていたのですが、女王陛下が運ばれてきたので追い出されたのですわ」

「あー」


 あの状況で、病人でもないフィロフィーを医務室に居させるわけがない。かといってフィロフィーをどう扱うかなどに悩んでいる暇もなく、ここに押し込んだのだろう。


 一方でタナカは部屋にいたオリンとコルナを連れて会議室から出て行く。



「タイア、ミルカとチャコは一緒じゃないのかい?」


 ヘリーシュの質問に、その場にいたレモナとクリンミル、そして護衛に立っている騎士達の視線がタイアにあつまる。


「チャコは結局見つからなくて……ミルカも調子が悪くなったから、今は医務室で休んでるんだ」

「そうか。だから薬を飲んだ直後は安静にしてろって言ったのに。それよりチャコはどこに行ったんだろうね?」


 ミルカよりチャコを気にするヘリーシュは、ミルカが意識不明になっていることは思ってもいないのだろう。他の王女達も落ち着いているところを見ると、アークロイナがジゴ薬を飲まされたことも知らないらしい。

 タイアは何か言おうとして――しかしここで王女達がパニックを起こすのも良くないと思って口をつぐんだ。




 それからタイアは動揺を悟られないようにしながら、姉妹達の雑談を聞き流していた。

 しばらくすると、タナカが数人の騎士を引き連れて、会議室へと姿を見せる。


「ちょっとタナカ、いつまで待たせるのよ。そんなにお母様の調子が悪いの?」

「あ、アークロイナ様は……」


 顔色悪く口ごもるタナカにただならぬものを感じ、王女達は雑談をピタリととめる。



「アークロイナ様と、そしてミルカ様も、つい先ほど亡くなられました」



 続くタナカの言葉に、その場の誰もが絶句して固まった。

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