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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第六十話 薔薇園にて


「ええっ!? ロアード様を犬にしたんですか!?」

『ん、だってそれしかないだろ』


 また次の日、タイアはヨシュアと薔薇園に向かっていた。タイアは今日も、犬の姿でヨシュアの腕の中にいる。

 驚きで声をあらげるヨシュアに対し、タイアは何でもないことのように返した。


「いや、他にも方法はあると思うのですが……それにこの短期間で、どうやって魔導書を手配したんです?」

『それは秘密』

「はあ。まあ血縁者ですし、魔導書さえあれば見た目は誤魔化せるのかもしれませんけど……昨日覚えたばかりじゃまともには動けませんよね?

 僕も狼化の魔導書は使いましたけど、最初はろくに歩くこともできませんでしたが」

『それも何とかなったから大丈夫』

「何とかって、それこそ一体どうしたんですか? ロアード様は魔法があまり得意ではないことで有名ですけれど」

『それは秘密』

「…………」


 まさかフィロフィーが役にたちそうな魔法を手当たり次第に覚えさせたとは言えず、タイアは秘密を連呼する。

 相手がヨシュアなので無理に嘘をついたり誤魔化したりはしなかったのだが、ヨシュアは頬を膨れさせた。


「秘密秘密って、まさかセイレン家は手軽に魔導書を作る技術とか隠してないですよね?」

『だから秘密だってば』

「ふーん、秘密ですか。無いとは言わないんですね。

 誰に聞けば教えて貰えますか? ロアード様ですか? セイレン卿ですか? バンケツさんですか? それともフィロフィー嬢?」

『…………秘密』

「うーん、フィロフィー嬢の所で若干反応した気がするんだけどなぁ。やっぱり犬相手だし念話だし、声色や表情じゃ判断できないか」

『顔見てそんなことがわかるのか!? 勘弁してくれ!』


 キャンと吠えて威嚇するタイアに、ヨシュアは「だから犬じゃわからないんですって」と心底残念そうに言い訳をした。


『あ、そう言えば昨日キャスバインの心眼がどうとか言ってたな』

「ええ、キャスバイン様は人間観察のプロフェッショナルで、表情や仕草から相手の心理を見ぬくんです。僕もキャスバイン様から多少は習ってるんですよ。……犬状態のタイア様には無力でしたが」


 習った、ということは、二人の間には師弟関係があるのだろうか?

 仲が良いのか悪いのか、ますますもってわからない。

 そんなタイアの心中を知ってか知らずか、ヨシュアは「ほら、あのキャスバイン様ですら、犬のコクリさんの正体には気づかないでしょう?」と笑う。


『犬云々(うんぬん)はともかく、便利そうだなそれ。毒魔法を盗んだ犯人なんて、それで簡単に見つけられるんじゃないのか?』

「そんな万能ではありませんよ。ある程度の証拠を集めて、誘導尋問に引っ掛けたりしながらなんとか使えるって感じのものです。毒魔法の件は証拠が少なすぎますし、容疑者もキャスバイン様の心眼を知っている人間ばかりなのでやりにくくて――と、着きましたよ」

『ん』


 そんな話をしているうちに、一人と一匹は薔薇園に到着した。


 明日行われるお茶会のためか、薔薇園には人の姿がちらほら見える。メイド達がテーブルや椅子を運びこみ、庭師は薔薇の手入れに勤しんでいる。

 その中には宮廷統括責任者のタナカの姿もあった。彼は庭師と何やら揉めている。


「タナカ様、何かあったんですか?」

「ああヨシュア、ちょうど良かった。実はこの庭師が、薔薇の実が盗まれている気がすると言っていてね」

「薔薇の実?」


 言われて薔薇を良く観察すると、薔薇の花びらは完全に無くなっているが、所々に黒ずんだ丸い偽果を付けている。


「あの、実なら結構ついてますよ?」

「全部取られたってわけじゃなく、こっちの一部分だけ極端に少ないんです。地面に大量に落ちてるわけでもないし、ついこの前手入れした時にはもっと実が残っていたはずだったんですが……」

「鳥が食べたのでは?」

「それはありえません。このハートマーブルローズの実はかなりきつい下剤でして、食べると腹を壊すんで鳥も食わんのです」

「じゃあ、人間が摘んでいった可能性がある、と」

「ええ。たぶん便秘に悩む掃除婦あたりが持っていったんでしょうが、素人が扱うには危険な代物ですから心配で」

「わかりました、一応こちらで調べておきます」


 ヨシュアは抱えていたタイアを降ろしてメモを取り始めた。


 降ろされたタイアは邪魔にならないように気を付けながら、薔薇園をゆっくりと歩いて散歩する。

 ヨシュアに抱かれている間はあまり気にならなかったが、外でお茶を楽しむには肌寒い。薔薇の花はなく、庭師の言っていた薔薇の実もそれほど綺麗には見えない。昔はこの場所で母とセルフィーがよくお茶を楽しんでいたらしいが、それもこんな季節ではなかっただろう。


(そういや私、結局この姿で薔薇園に入っちゃったな……)


 タイアは狐どころか犬の姿でここに来てしまったことが、なんとなく母に申し訳ないような気がした。


『ヨシュア、まだか?』

「あ、ごめんなさいコクリさん。もう終わりますので」

「うん? ヨシュア、お前犬に敬語で話しかけるのか?」

「おっと、発言には気を付けた方がいいですよタナカさん。このコクリさんはなんと、世にも珍しい陛下に懐く犬なんですから!」

「いや、お前のその発言の方が問題なんだが……まあ、いいか」


 ぼやくタナカを後目しりめに、ヨシュアは本来の目的だった椅子やテーブルを確認する。


「さて、どこにロアード様を隠せばいいでしょうかね?」


 そう、代役で犬になったロアードをミルカやチャコに見られてはならないのだが、いくらなんでもオリンの服の中には隠せない。

 タイア達はロアードの隠し場所を考えるために薔薇園に来たのだ。


『昨日フィロフィーと話したんだけど、テーブルの下に装飾っぽく誤魔化した籠を付けられないかな?』

「それだとテーブルの上にあるものの匂いはわからないのでは?」

『別にいいんだよ。実際には私が匂いを嗅いで、お父様に念話で伝えるんだから』


 「なるほど」とヨシュアは納得して頷くと、丸いテーブルの下を覗き込む。

 巨大な丸テーブルは木製で、中央の辺りにある四本の足で支えている。その支柱と支柱の間に板を張り付ければ、多少不格好でも子犬を隠せるぐらいの箱は作れそうだと判断した。


「運んでくれたメイド達には悪いけど、持って帰って工作するかな?」


 ヨシュアは丸テーブルを掴んで持ち上げる――が、だいぶ重たかったため、数歩だけ歩いて疲れてすぐに降ろしてしまった。


「これはキツいや。あの、すいませんが浮遊魔法をかけて貰えませんか?」

『ん、わかった』


 タイアはテーブルに飛び乗ると、丸テーブルに浮遊魔法をかけて軽くする。

 その気になれば宙に浮かせることもできるが、浮遊魔法を操る犬など目立ってしまってしょうがない。ほどほどに軽くして、ヨシュアが一人で持ち上げてるように見せることにした。



 そうしてヨシュアが丸テーブルを運んでいると、周囲の人間が重そうな机を軽々持ち上げるヨシュアに驚き、時には黄色い声援も飛んでくる。

 それに気を良くしたヨシュアはパフォーマンスとして、テーブルをダンベルの様に上げ下げしはじめた。

 当然、机の上のタイアも一緒に上下に揺らされて――



 ――タイアは容赦なく浮遊魔法を解いた。

 

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