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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第五十三話 乾杯のワイン

 

 まもなくして、特務憲兵のキャスバインとヨシュアが医務室に呼ばれた。


 そこには先ほど医務室にいた面々がほとんどいるが、アークロイナの姿はない。テンは連絡役として医務室にいるが、彼女はミルカがシェパルドルフの解毒魔法で回復したのを見届けると、すぐにパーティー会場へと引き返していった。

 会場の貴族達にはフィロフィーはワインに酔っただけ、ミルカは持病が悪化しただけだと説明し、パーティーは今も継続している。


 医務室では事情聴取の最中で、ヨシュアがフィロフィーの、キャスバインがミルカのベッドの横に座っていた。


「……ふぅむ。ということは、ミルカ様が倒れたことには事件性はないのですな?」

「はい、私が薬を飲みすぎたのが原因……だと思います。

 今日はパーティーの途中からか調子が悪くなって、追加のジゴ薬を飲んでいたんです。たぶん、それが逆に多すぎたんじゃないかと。お騒がせしてすいません」

「いえ、滅相もない!」


 ぺこりと頭を下げるミルカに、キャスバインが慌てた様子で手を振った。


「事件でないならそれに越したことはありませんとも。いやはや、まさかミルカ様に毒を盛る人間などいるはずもないですからなぁ、ハッハッハッ」

「それはどうかな? ミルカ姉様が倒れたのは持薬じやくの飲み過ぎだとしても、フィロフィーはミルカ姉様とワインの交換をしていたからね。何者かがミルカ姉様のワインに毒を盛って、それをフィロフィーが飲んでしまった可能性もあるんじゃないかい?」


 しかし笑い声を上げるキャスバインに、ヘリーシュがすかさず異議を唱える。


「ワインを交換? ……ってヘリーシュ様、いつからそこに!?」

「なに、事件の匂いがしたからね。気配を消してこっそりとみんなの後をつけていたのさ」

「最初は廊下から普通に入ろうとして、見張りに立ってる憲兵に追い返されてたよな」

「そのあと奥の高窓から忍び込んでましたわね。見張りに見つからないように、二階からロープをたらしてましたわ」

「うぐ……」


 いつの間にか医務室に紛れ込み、キャスバイン達を驚かせてしたり顔をするヘリーシュだったが――タイアとフィロフィーにネタばらしをされ小さく呻いた。二人とも伊達に狐になったり悪魔と契約したりはしていない。

 ちなみにロアードとスミルスとバンケツもヘリーシュの侵入には気づいていたが、ロアードが実害なしと判断したので放って置いただけだった。三人とも伊達に傭兵だったわけではない。


「何であれ、今から追い出しても仕方ないよ。より正確な情報が欲しいし、ヘリーシュにも事情聴取に付き合って貰おう」

「……まあ、ロアード様がそうおっしゃるのなら」


 ロアードの言葉にキャスバインは不承不承頷き、ヘリーシュは追い出されなかったことにホッとした。


「それでは改めて伺いますが、ワインの交換というのは何のことですか?」


「乾杯用のワインのことさ。ほら、いつも儀式的に全員で飲み干してるだろう? 今回はオリン姉様の演説の直前に、会場の全員に配られたんだよ」


「その時、わたくしは最初は子供用のアルコールの薄いワインを貰ったのですが、それをミルカ様が持っていた普通のワインと交換したのですわ」


「あ、私からお願いしたんです。私ったらあまり具合がよくないのに、普通のアルコールの強いワインを貰ってしまって。その時そばにいた人で、ジュース割りのワインを持っていたのがクリンミルとフィロフィーちゃんの二人だったんだけど……」


「ミルカは最初、クリンミルに交換をお願いしようとしていたんだけどね。クリンミルが戸惑うのを見ていたフィロフィーが、自分のワインをミルカに差し出したんだよ」


 ヘリーシュとフィロフィー、ミルカにチャコが口々に説明する。


「確認しますが――フィロフィーさんはその乾杯用のワインを飲んだ直後、急に心臓の鼓動が激しくなって倒れた。そこで応急処置としてチャコ様に毒魔法をかけてもらい、この医務室まで運ばれてきた。

 治療にあたったシェパルドルフ先生が解毒魔法を使ったところ、解毒にかなりの時間がかかったことから、何らかの薬物を飲まされた可能性が高い……と」

「ええ、その通りです。付け加えると彼女の心臓の鼓動が徐々に早くなっていたこと、それにタイア様が感じたという匂いを考えれば、薬物はジゴ薬ではないかと思います」


 シェパルドルフ医師の補足説明に、ヨシュアはタイアの方をちらりと見る。


『あたしは絶版魔法の効果で人間の時の嗅覚も上がってるんだけど、あの時フィロフィーの口からジゴ薬の匂いがしたんだ』


 タイアの飛ばした念話を聞いて、ヨシュアは小さく頷いた。


 タイアは完全に人間に戻れたわけではなく、変化の魔法で誤魔化しているだけである。他にも色々な要因が重なって、人間の姿の時であっても聴覚や嗅覚が獣じみて鋭い。

 ヨシュアはそこまでの詳しい事情は知らないものの、タイアの証言に信憑性が高いことは理解する。


「ふーむ……ちなみに、なのですが……

 もしやミルカ様、ワインを交換するときに、ご自身のジゴ薬をうっかりとワインの中にこぼしてしまったのではないですかな? 今持っている薬の量と、持ち歩いていた持薬の量は合っていますか?」

「え? ……ああ、そういうこともあるかもしれませんね! ちょっと確認してみま――」

「それはありえないと思いますわ。

 だって、わたくしが飲まされたジゴ薬の量は致死量ですもの。薬が少し混入するくらいならまだしも、そんな大量に入ってしまって気付かないことなどありませんわ」


 ミルカは自分の懐を調べ始めていたが、先にフィロフィーがキャスバインの推測を否定する。


「そ、そうだね。……うん、やっぱり薬はちゃんと入ってますよ」

「ハッハッハ、確かにそんなうっかりミスをするわけがない! いやはや、変なことを聞きました。

 ――とりあえず、本当にそのワインにジゴ薬が含まれていたのかを確認せねばな。ヨシュア」

「すぐに行ってきます。まだ片付けられてないといいんですけど……」


「そう慌てなくても大丈夫だよヨシュア。割れたワイングラスとこぼれたワインを拭きとった布を、小生が回収しておいたからね」


 ヘリーシュは腰を浮かしたヨシュアと引き止める。それから眼鏡を持ち上げてニヤリと笑い、懐から布に包まれた雑巾とワイングラスの破片を取り出した。

 彼女は冷気の魔法を使ったらしく、雑巾はワインがしたたり落ちないように凍った状態になっている。


「あ、ありがとうございます。さすがはヘリーシュ様、手際がいいですね」

おだてたところでこれ以上は何も出てこないよ? 本当はすぐにパーティーを中止して捜査したいところだけど、参加者の大半が領主達ではそうもいかないからね。

 ところでこっそり持ち運ぶのに魔法で凍らせてしまったけど、これは大丈夫かなシェパルドルフ先生?」

「ジゴ薬ならば凍らせても変化はしません……が、他の毒薬だった場合は何とも言えませんね」

「むう、多少目立っても何かのうつわに入れてくるべきだったかな?」

「いえ、地方領主達に見られるよりは良いかと思いますよ。それに凍らせて成分が壊れる毒薬などごく一部ですから、おそらく問題ないでしょう」


 ヘリーシュはシェパルドルフの言葉に安堵した様子を見せると、ワイングラスと雑巾をヨシュアに渡す。


「ふむ、あとは今のうちにワインに関わった給仕達の身柄はおさえておくか。

 ――ヨシュアはタナカ殿に事情を説明して、パーティー終了後に会場を片付けないように手配しておけ」

「はっ」

「では、皆さんへの事情聴取はこれで一旦切り上げるといたしましょう。医務室の警備は残しますし、そもそも城内の警備兵を増やしておきますので、どうぞ安心してお過ごしください」


 キャスバインは最後に一礼すると、ヨシュアを連れて医務室をあとにした。

 医務室に残った面々は、場の空気が和らぐのを感じて肩の力を抜く。


「それでは僕も陛下の元に報告に戻りますが――念のため、みなさんのこの後の所在だけは確認させてほしいのですが」

「そうだね、とりあえずミルカは今日はここに入院させるとして……それ以外の王族はパーティー会場に戻ろうか。このまま僕らが帰らないと、地方領主達にいらぬ憶測を呼ぶからね」

「そうしていただけると助かります」

「あの、ロアード様。私は毒魔法が使えるし、ミルカのそばにいた方が――」

「チャコ、医務室ならシェパルドルフ先生がいるから平気でしょ?」


 キャスバイン達が去ったあと、最初に口を開いたのはそれまで黙っていたテンだった。

 彼の問いかけにロアードが答え、それを聞いた数人が嫌そうな顔をするが、ロアードに対して反論したのはチャコだけだった。

 そのチャコもミルカに諭されると黙り込む。


「なら俺はパーティーが終わるのを、ここでフィロフィーと待たせてもらうか。今日はタイア様と宿の方に戻るよ」

「……そのあと、領地に戻るおつもりですか? タイア様も連れて」

「そ、そんなわけないだろう!?」


 テンに図星を言い当てられ、スミルスの誤魔化す声はひどく上擦うわずっている。


 先程はアークロイナが現れてうやむやになっていたが、スミルスは本気でセイレン領に帰るつもりだったらしい。それもフィロフィーだけでなく、タイアのことも連れて帰るつもりだった。

 とぼけるように視線を逸らしてはいるが、周囲の疑いの視線が突き刺さる。


「仕方ありませんわね。わたくしは今日はここに入院しますわ」

「ありがとうございます。娘さんの方がしっかりしているようで」

「はあ!? いやフィロフィー、王族でもないのに城の医務室に入院できるわけないだろう?」

「そんなことはありませんよセイレン卿。従業員のための医務室は別にありますが、貴族なら普通にこちらに泊まっても大丈夫です」

「でも医務室はミルカ様が泊まられるんだから……」

「私なら大歓迎ですよ。フィロフィーちゃんとはお話してみたいと思ってましたし」

「そ、そうですか……」


『フィー、お前はここで毒を飲まされたんだぞ、危なくないか?』

『そうだぞフィロフィー。帰る帰らないは別にして、ここよりはサラム卿の取ってくれた宿の方が安心だから』


 タイアとスミルスは念話を飛ばして説得するが、しかしフィロフィーは笑顔で首を振るだけだった。


 入院と言いつつ実質ただの人質なのだが、当のフィロフィーが言い出したうえにシェパルドルフ達が賛成に回っては、スミルスも諦めるよりほかにない。



 結局フィロフィーとミルカをシェパルドルフに預け、タイア達は会場へと戻り――


 スミルスはパーティー終了までは医務室にいたものの、フィロフィーと一緒に泊まることはできずに城から追い出されたのだった。

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