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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第五十一話 第一の事件


 フィロフィーが同好の士と語り合い、レモナがいい加減この魔窟を離れなければと気づいた頃、チャコとミルカの二人が再び会場に現れた。

 二人は会場の隅に姉妹達が固まっているのを見つけると、怪訝な顔をしながら近寄っていく。


「あれ、みんなどうしてこんな端っこに集まってんだ? ヘリーシュ達はともかくレモナ姉様まで」

「私はここでちょっと休憩してただけよ……かえって疲れた気もしてるけれど。あなた達こそどこに行ってたの?」

「ミルカが少し調子が悪いって言うからさ、医務室に行ってシェパルドルフ先生にジゴ薬を貰ってたんだよ。ついでにここの食べ物を差し入れてきた」

「ごめんなさいレモナ姉様、オリン姉様も居ないし大変でしたよね?」

「あー、気にしないでミルカ。それはしようがないもの。

 それじゃ、お母様に見つかる前にお客様の相手に戻りましょうか」

「あの、レモナ様? もう遅いのではないでしょうか?」

「え?」


 フィロフィーの指摘に、王女達が一斉に奥の壇上に視線を向ければ――そこにはいつの間に戻ってきたのか、王女達を睨みつけるアークロイナの姿があった。

 アークロイナの隣には、長い金髪の女性――オリン王女の姿もある。


 いつの間にかメインイベントである演説の始まる時間になっていたらしい。改めて会場の様子を見れば、メイド達が会場内を早足で歩きながら乾杯用のワインを配り歩いている。

 貴族達はまだ会話を続けているものの、挨拶回りにとあくせく動いていた者達は足を止め、いつでも乾杯に移れるようにと準備していた。


「お母様のあの顔は……後で絶対に怒られるわね」

「こんなところでサボってるからさ。因果応報というやつだね」

「何を他人事みたいに言ってるのよ」

「くくっ、他人事みたいなものさ。

 なにしろ小生は日頃の行いが良いからね、こうしてパーティーに参加しただけでも良しとされる風潮があるから、姉様達ほどは怒られないとも」

「ああそう。じゃあその台詞、そのままお母様に伝えておくから」

「ぬぅ!?」


 王女達はアークロイナの視線に縮こまりつつも、乾杯用ワインを持ってきた中年のメイドからグラスを受け取った。

 その中年メイドはフィロフィーとクリンミルにはワインを渡さずに去って行き――代わりに別のメイドがやってきて、他とは少し色の違うワインを二人に渡す。


「あれ? わたくし達のワインは他の方とは種類が違うのですわね」

「私達のはワインを葡萄ジュースで薄めた子供用。乾杯ではワインを一気に飲み干す決まりだけど、子供にワインの一気飲みはきついから」

「……あ、しまった! 私もさっきジゴ薬を飲んだばかりだし、子供用ワインにしなくちゃって思ってたんだ」


 ミルカはワインを配っていたメイドを探すが、既に配り終わって会場の端のドリンクカウンターにまで帰っていた。


「私、ちょっと行って貰ってくる――」


「お集まりの皆様、本日は良くぞお越し下さいました。これより……」


「……時間切れみたいね」


 司会と思しき男が話し始めると、貴族達はピタリと会話を止めて、一斉に壇上に視線を向けた。


 この状況で、会場の端にあるドリンクカウンターまで移動するのは厳しいものがある。

 周囲には他の貴族達もいるが、皆手に持っているのは普通のワインだ。ミルカの周りで子供用ワインを持っているのは、フィロフィーとクリンミルの二人だけだった。


「うーん……ごめんなさいクリンミル、あなたのワインと交換してくれないかな?」


 ミルカはクリンミルにそう小声で話しかけた。



 *   *   *   *   *



「お集まりの皆様、本日は良くぞお越し下さいました。これより……」


 司会と思しき男が話し始めると、貴族達はピタリと会話を止めて、一斉に壇上に視線を向けた。


 タイアを取り囲んでいた貴族達も、お互いに距離を取って壇上を向く。タイアはようやく圧迫感から解放されて、深く長く息を吐く。

 そばにいたバンケツも疲れた表情を見せているが、ロアードは平然として、貴族達に向けていた笑顔を絶やさない。

 今日は父親のせいで酷い目にあってばかりのタイアだが、ようやく父親の尊敬できる一面を発見できた気がしていた。


 壇上では引き続き、司会の男がたわいも無い挨拶をしている。

 タイアはその男の小太りな体型に見覚えがあることに気づく。王国公安管理室で、アークロイナやロアードを案内していた男である。


『ん? なあスミルス』

『タイア様ですか? どうかしましたか?』

『いや、たいした事じゃないんだけど、あの司会って確かさっきの憲兵の部屋にいた奴だよな?』


 タイアはそんな質問を、会場のどこかにいるであろうスミルスに念話で送る。

 本当はそばにいるロアードやバンケツの方が城のことには詳しいのだろうが、二人とは念話でのやりとりはできない。


『ああ、タナカさんのことですね。彼は確かこの城全体の責任者ですから、場内での催し物の司会は彼の仕事なんでしょう』

『へー、結構偉い奴だったんだな』

『そうですよ。名目上はバンケツ達王族付き執事バトラーの上司ですし』

『執事か。あたしにはいないけど、他の王女には執事はいるのか?』

『さて、どうなんでしょう? 少なくともオリン王女の執事はあそこにいますが』


 スミルスの指摘にタイアがあらためて壇上を見ると、アークロイナとオリンの後ろに、テンと並んで黒髪の女性が控えている。


『あの女性、執事なのか……』

『名前は確か、コルナだったかと。他の王女のことは団長に聞いてみてください。

 もっとも大魔導士のクリンミル様には執事とは別に、魔導士の助手がいると思いますが』


 言われてタイアは何となく、クリンミルの姿を会場に探す。

 そして会場の端に自分とオリン以外の五人の王女が集まっているのを見つけだし――その中にフィロフィーが混ざっているのに気づいて目を剥いた。

 何故第六王女である自分ではなく、フィロフィーがあそこに混ざっているのか? まるで意味のわからない光景に、壇上のタナカを無視して凝視してしまう。


 ――と、その時。


 フィロフィーの隣にいたレモナがにやけた顔で、壇上に向かってウインクした。

 タイアが壇上に視線を移すと、女王もオリンも無反応だが……テンがレモナの方を見て、ウインクを返すのを見てしまう。

 驚いたタイアが慌てて振り返ると、レモナは顔を赤らめて左手を頬に当てている。


 タイアの脳裏に浮かぶのは、テンがアークロイナをアリィと呼んで、タイアを撫でていた姿。

 そして隣にいる父ロアードは、名目上はアークロイナと夫婦である。


『はあ、勘弁してほしいよ本当に』

『どうかしましたか?』

『えっと……やっぱり何でもない』


 また一つ見たくもなかったものを見せられて、タイアはかなり落ち込んでいた。



 そうこうしているうちにタナカが下がり、入れ違うようにして第一王女オリンが壇上の最前に歩み出る。

 彼女の誰よりも長い金髪が、一歩踏み出すごとにサラサラと揺れた。


「皆様、この度は私事わたくしごとのためにお集まりいただき、本当にありがとうございます。

 一週間後の戴冠式を迎えるまではまだ王女という身分に過ぎませんが、この場をかりてご挨拶させていただきます。


 現在このキイエロ王国の領土はかつてないほどの広大になり、戦もない非常に安定した状態となりました。これもひとえにこの場にいる皆様のお力添えがあって成し遂げられたことであり、重ねてお礼申し上げます。


 ですがご存じの通り、私達にはこの平和の上に胡座をかいている暇はありません。

 南西のドミ大陸ではテルカース帝国がグレア王国に戦争を仕掛け、グレアは我が国をはじめとした多くの国の援助によって戦線を維持している状態です。

 この国を戦場としないため、私の即位後もグレアへの支援は続けますが……今後を見据え、更なる備えをしなければならないと考えています。

 時には無理なお願いをするかもしれませんが、全ての領地と領民を守るため、どうか今一度皆様の力をお貸し下さい。

 私の身命を賭して国を護っていくことを、この場を借りて皆さまにお誓い致します」


 挨拶を終えたオリンが頭を下げると、会場からは拍手が鳴り響いた。

 タイアもオリンに拍手を送りつつ――拍手の鳴り止まないうちに、疑問に思ったことをロアードに尋ねる。


「なんかいいこと言ってたけど、向こうの戦争ってそんなに大変なのか?」

「そうだね、少なくともグレアは他国の支援が無ければとっくに負けているよ。そうなるとテルカースはいよいよイトラ大陸にまで攻めてくるかもしれない。

 オリンはうちとテルカースの直接対決になる所まで想定して準備したいと思ってるんだ」

「それであの演説か」

「うん。準備にはどうしても税を増やす必要がでるからね。当然、領民や領主達の反発も出てくるだろうし……」

「あー……何というか、あたしは国王なんかやらされなくて良かったよ」

「はは、タイアがそう思ってくれるなら、僕も頑張ったかいがあったかな?」


 そう言ってロアードがタイアの頭に手を乗せるのを、タイアは渋々といった表情で受け入れる。

 そんな二人のやり取りを、後ろで見ていたバンケツがクツクツと笑いながら眺めていた。


 拍手が鳴り止むと壇上のオリンは後ろに下がり、今度はアークロイナが右手にワイングラスを持って前に出る。

 彼女は会場全体を見渡すと、ひとつ頷いてグラスを持ち上げる。

 それでこれから彼女が乾杯の音頭をとるのだとわかり、会場にいた全員がワイングラスを持ちあげた。


「我らの大地に愛する者の加護を! 乾杯!」

「乾杯!」



 そして女王の慣用句と共に、一同はその中身を飲み干した。



 ――刹那、会場内にカシャンッというグラスの割れる音が響く。



 ちょうど静まり返ったタイミングだったため、その会場にいた全ての人間が音の鳴った方へと注目した。

 彼らの目に映ったのは、倒れゆく一人の少女の姿。






 その少女は長くふわりとした銀髪(・・)を、空気抵抗になびかせながら倒れていく。






「…………フィー?」


 セイレン領の一人娘、フィロフィー=セイレン。

 彼女が倒れていく光景は、タイアにはとてもゆっくりとして見えていた。

 

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