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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第四十七話 犬の憲兵さん

 

 ロアードが部屋に飛び込んできたのは、ヨシュアがナイフを引っ込めた直後だった。彼の後ろに戸惑い顔のスミルスと、人払いをしているバンケツがいる。

 迫りくるロアードの気色けしきばんだ様子に、ヨシュアはごくりと唾を飲んだ。


「タイア、無事かっ!」

『ん。平気平気……っ!?』


 しかし、ロアードはヨシュアのことは眼中になかった。

 タイアの答えを聞いているのかいないのか、ロアードはタイアに向かって手を伸ばし、タックルするように飛びついてくる。

 タイアはそれを子狐化してひらりとかわし、そのままロアードの後ろにいたスミルスの頭に着地した。

 先ほどはむざむざと抱きつかれ、パニックから問答無用で大狐化してしまったタイアだったが、その時の失敗を見事に払拭してみせた形だ。


 抱きつく対象を失ったロアードは、そのまま虚空を抱いて机に突っ伏す。しかしすぐに起き上がると、今度は無言でタイアに手を伸ばす……が、タイアも捕まるまいとして意地になり、スミルスの後頭部にへばりつく。

 ロアードは歯ぎしりしながらスミルスを睨み、スミルスは大きくため息をついた。


 ヨシュアはそんなロアードの様子に愕然とする。

 彼は特務憲兵という仕事柄、ロアードと話す機会は何度もあった。そして彼の知るロアードは聡明で落ち着いた物腰の才人で、それでいて平民上がりのヨシュアにも気さくに話してくれる聖人君子そのものだった。

 そのためヨシュアもまた、城に数多くいるロアードの隠れファンの一人だったのだが――ここにいるのはどう見ても、ペットを取り上げられてふて腐れている少年……ではなく、娘が懐いてくれずに嫉妬するおっさんである。


「本当にタイア王女なのですね……」


 聖人君子を変なおじさんに変えてしまう存在が、実の娘でなければなんなのか。

 しみじみと呟くヨシュアからは、どこか哀愁が漂っていた。


「ん? ああ、ヨシュアがタイアを保護してくれていたのか。助かったよ、ありがとう」

「いえいえ、滅相もありません」


 いつもの聖人の顔に戻ったロアードに肩に手を置かれて感謝され、ヨシュアはブンブンと首を振る。


『まあ、抑え付けられた上にナイフを突き付けられてたけどな』

「たたたタイア様!?」

『落ち着け、今の念話はお父様には飛ばしてないから』


 タイアは慌てるヨシュアを見てキャフキャフと笑う。

 先程のヨシュアの行動には肝を冷やしたものの、怪しい人間?を見つけた特務憲兵の行動としては十分に正しい。

 それがわからないタイアではなく、むしろヨシュアに対しては、巻き込んで申しわけないとすら思っている。告げ口などするはずがない。

 ロアード達に聞こえていないのを確認し、ヨシュアは口元を引きつらせつつも安堵した。


「えっと、もういいのかな? それじゃあヨシュア、タイアはこっちで引き取るからね」

「はい! 女王陛下にはこちらの方で説明しておきますので」

「うん、それじゃあよろし……」

『ちょっと待った』


 子狐姿のタイアはスミルスの頭から飛び降りて――すかさず抱き上げようとするロアードの手を、尻尾ではたいて牽制すると――ヨシュアに向かって話しかけた。

 今回の念話はヨシュアだけではなく、スミルス達にも送っている。


『ヨシュア、女王になんて報告するつもりだ?』

「え? それはまあ、あの犬は実はタイア様でしたって」

『却下! あたし犬のフリしてた時には女王に散々撫で回されたし、その……見ちゃいけない感じのものとかも見てるからそれは勘弁してくれ』

「うーん、それだと捜査に使いもせずセイレン卿に返した言いわけを考えないといけませんね。どうしたもんかな……」

『じゃ、手伝うよその捜査』

「……え?」


 続くタイアの言葉に、ヨシュアは驚いてタイアを見つめる。


『獣の嗅覚を使って捜査したい事件があるんだろ? それも女王が気にかけるような事件が。

 だったらそれ、あたしが手伝おうじゃないか』

「あのう、タイア様? それはつまり、しばらくヨシュア殿と共に行動するということですか?」


 ヨシュアだけではなくロアードやバンケツも驚く中で、スミルスがタイアに問いかける。

 ずっと父親代わりを務めていたスミルスにしてみれば、タイアがそんな提案をしても驚くほどのことではない。


『ん? まあ、そうなるのかな?』

「いや、いやいやいやいや! 王女様に手伝わせるようなことじゃありませんから! そもそも僕だって狼化なら使えますけれど、人間が狼化して嗅覚を高めても、たいして役に立たないんですよ」

『それは普通の変身魔法の話だろ? あたしの狐化の魔法は絶版ロスト魔導書グリモワールで覚えたやつでさ、目標まで匂いを辿ったりできるし、チャコとミルカの匂いを嗅ぎ分けたりもできるぞ』

「えっ本当にそんなことが!?」

『おう! ……というか、それができちゃったせいで女王に拉致されたんだけどな』


 タイアの自信満々の返事を聞いて、ヨシュアは悩む様子を見せる。

 それからしばらく「それなら……」「いやでも……」と何かブツブツ呟いて、最終的に彼は首を振った。


「魅力的な提案ですが、やはり機密事項もありますので。女王陛下には僕の方で上手く誤魔化しておきますから安心してください」

『あたし、その機密っぽいのはさっきほとんど聞いちゃってるんだけど?』

「……忘れてください」

『一緒に頑張ろうな?』


 ヨシュアの思案はなんだったのか、タイアは強引に手伝いにかかる。だからと言って、事件の解決を切に願っている、というわけでもない。

 ここに来る前、タイアは戴冠式の日まで父ロアードと親子水入らずで過ごすつもりでいたのだが――今朝の抱きつき事件があり、どうにも近づきづらくなってしまった。

 しかしタイアには、王女としてチヤホヤされて過ごすことにも興味がもてない。

 ならば特務憲兵と一緒に捜査をするのが一番面白そうだ、というのが彼女の本音である。


 いよいよ頭を抱えてしまったヨシュアの肩に、ロアードが背後から手を乗せた。


「ヨシュア、僕からもお願いできないか?」

「ロアード様まで……」

「いや、僕もタイアを傍においておきたいのは山々なんだけど……

 僕とブリジストの子供だからね、言いだしたらたぶん聞かない」


 「だろ?」言って視線を向けてくるロアードに、タイアは尻尾を振ってこたえる。

 そんな親子の様子をみて、ヨシュアは抵抗は無駄であると悟って肩を落とした。


「はぁー、わかりましたよ。危険が伴うかもしれないので、僕の傍から離れないでくださいよ?」

『おう、よろしくなヨシュア!』


 こうしてタイアはヨシュアと共に、嗅覚を使った捜査を試すことになった。




『……で、フィロフィーは?』


 ひとつ決着のついたところで、タイアはフィロフィーと一緒にいたはずのバンケツを見て問いかける。


「それが、フィロフィーもチャコ様とミルカ様に拉致されてましてな」

『へ?』

「よくわかりませんが、城の二階に連れていかれました。帰りにタイア様のドレスを貰ってくるとも言ってましたぞ」


 バンケツの説明に、タイアの長年の経験が言葉にできない警鐘を鳴らす。

 これが普通の貴族の娘なら、王女の部屋に呼ばれた時は、お茶会でも開いて終わりだろうが……ことフィロフィーに関しては、何をしでかすか想像もつかない。


『だ、大丈夫なのか、それは?』

「…………」


 それは実の父であるスミルスも思っていたようで、彼はタイアの問いかけに答えられなかった。



 *   *   *   *   *



「あのー、チャコ様ミルカ様? どうしてわたくしを連れてきたのでしょうか?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって。ヘリーシュはたぶん、フィロフィーみたいな子を好きだと思うんだよ。いけるいける」

「いえ、何がいけるのかわからないのですが」


 そして、タイアの不安は当たっていた。

 タイアが女王にドナドナと拉致されたあと、フィロフィーもまた面倒ごとに巻き込まれていた。今は双子の王女に挟まれて、城の二階の廊下を歩く。

 王族の住居となっている二階はどの階よりも煌びやかで、廊下の壁には名のある画家達の巨大な絵画がいたるところに展示されている。しかし、フィロフィーにはそれを観賞している余裕はない。


 フィロフィーは今、王女達と一緒に歩いて……というよりは、王女達に連行されていると言った方が正しい。フィロフィーはチャコとミルカに腕をがっちりと組まれていて、困り果てた顔で歩かされている。

 一応、彼女の背にはグリモが背負われているのだが、この状況では何の役にも立ちはしない。


「ヘリーシュ様って、第五王女のヘリーシュ様ですよね?」

「ええ、そうよ。お母様に頼まれたヘリーシュだけど、あの子はちょっと変わっててね。いつもパーティーをサボるのよ。私達が何を言っても聞いてくれなくて。

 普段はもうお母様も諦めているんだけど、今夜のパーティーは領主達の集まる大事なパーティーだから――」

「そこでフィロフィー、君の出番だ。ヘリーシュは知識欲が強くってさ、魔物の専門家の君ならきっとヘリーシュの興味を引けると思うんだよ。どんな手を使ってもいいから、あいつを今夜の式典前パーティーに参加させてくれ。

 もちろん、やってくれるよな?」

「……エエ、モチロンデスワ」


 いくら気さくな双子といっても、王女二人に頼まれて断れるはずがない。

 フィロフィーは遠い目をして返事をする。


 三人は話しているうちにヘリーシュの部屋の前に到着し、フィロフィーは部屋の中へと放り込まれた。

 双子も一緒に説得するのかと思いきや、二人は中に入らずに、扉をさっさと閉めて行ってしまう。



「やあ、いらっしゃい」


 そこにいた第五王女ヘリーシュ=キイエロは、本の中に座っていた。

 

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