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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第四十五話 犬は歩かずとも棒にあたる

 アークロイナは犬化しているタイアを抱き、執事のテンを引き連れて城の中へと入っていく。

 すれ違う騎士や役人達に声をかけられることは無く、彼らはただ道を開けてお辞儀する。

 彼女が城の中に犬を持ち込んでも、フィロフィーの時の様に凝視されることはない。


 タイアはそんな女王たる姿と、そして初めてみた城内の装飾に、完全に圧倒されていた。リスティ城の平べったい不格好な見た目とは裏腹に、内部の装飾は華々しい。

 ロビーには強烈に明るいシャンデリアがぶら下がり、正面には初代国王の肖像画が掲げられいる。そのすぐ下に古びた鎧が飾られているが、おそらくは初代国王にゆかりのあるものなのだろう。白を基調としたロビーにはいたるところに装飾があり、二階に上がるための階段には赤い絨毯が敷かれている。

 そんな広くて豪華なロビーの隅で、お仕着せ服の掃除婦達が手慣れた様子で掃除する姿などは――タイアがアークロイナの腕の中でさえなければ――見ていて飽きない光景だ。


 タイアはおとなしく抱かれたままで、女王に城の奥へと運ばれていく。

 既に念話を飛ばし、スミルスに助けを求めてあるが、ただ黙って助けだされるのを待つタイアではない。

 人間であることが悟られないよう、プライドや確執を捨てて女王に尻尾を振りながら……比喩ではなく、文字通りの意味で尻尾を振りながら、自力で逃げ出す隙をうかがっていた。



「それにしても珍しいね、動物がアリィに抱かれても騒がないなんて」

(アリィ?)


 少し奥に入り、周囲から人の気配が消えたところで――テンはアークロイナの横に並び、親しげな笑顔で声をかける。


「ええ、本当に驚いてるわ。多少、身体がこわばっているようにも感じるけれど」

「そうなのかい? でも城内に入ってからは鳴き声一つないんだから、余程訓練されてるんだろうね」


 そんな会話をしながら、テンとアークロイナは二人してタイアの頭を撫でる。その様子は子供を撫でる年の差夫婦のように見えなくもない。


 それは本来、アークロイナとテンが二人きりの時だけ見せる姿なのだろう。

 実際、通路に人影が見えるとテンはすぐに一歩後ろに下がり、従者の顔でアークロイナの斜め後ろを歩く。


 タイアは見上げながら思っていた。

 優しい顔で自分を撫でる恋人達に、舌を出して尻尾を振りながら思っていた。


 ――バレたら死ぬな、と。



 タイアはてっきり二階の女王の部屋に行くものだと思っていたが、アークロイナは地下へつながる階段を降りる。

 地下への階段には絨毯はなく、降りた地下一階も絵画や装飾の類がほとんどない。

 リスティ城は二階が王族の住居で地下が倉庫になっていることは、タイアも知識として知っている。きっと上に行くほど豪華になっていくのだろう。


 そしてアークロイナとテンが階段を降りきったところで、通路で立ち話をしていた二人の人物に遭遇した。


 ここまでにすれ違った人物は皆、アークロイナを見るなり壁にくっつく様にして道を開けたが、目の前の二人組の反応は少し違った。

 そこに居たのはいかにも魔導士といった格好の少女と、いかにも貴族といった格好の中年男性の二人組で――というより、中年男性の方はタイアも知っているサラム領の領主トラーキだった。

 さすがに三大領主と呼ばれるだけのことはあるのか、トラーキは軽く頭を下げて会釈をすると、物怖じした様子もなくアークロイナに話しかける。


「これは陛下、昨日ぶりですが……犬を連れているとは珍しいですね」


 彼はやや三白眼気味な目をタイアに向ける。

 タイアは唐突な知り合いの出現に、ここまでかと思って血の気が引くが……よくよく思い返してみれば、リスティに来るまでの道中で、トラーキにこの犬の姿を晒した覚えはない。

 彼にもばれてはいないはずだと信じて、犬のフリに徹することにした。


「あなたこそ、こんな場所でクリンミルと立ち話ですか?」

「ええ。たった今、彼女の方から話しかけられたところですが」


(ん、こっちは第七王女のクリンミルか)


 ロアードの兄リーグルが側室カリナとの間に作った子供、第七王女クリンミル=キイエロ。

 タイアがここまでに出会った王族は、自身も含めてみな金髪の持ち主だったが――クリンミルはおそらく母親に似たのだろう、瞳の色も髪の色も黒に近い灰色だった。

 彼女はタイアよりほんの少し産まれは遅いが、タイアやフィロフィーと同い年と言って良い。身長はタイアに比べれば高いものの、かなり小柄な少女である。

 その格好はチャコやミルカの様なドレスではなく、とんがり帽子にローブ服という、見るからに魔導士だとわかる姿をしていた。


 アークロイナはクリンミルに視線を向けて――クリンミルは無表情のままで見つめ返す。

 しばらくして自分が発言を求めていることに気が付いたのか、クリンミルは淡々とした口調で話し始めた。


「すいません女王陛下、コジュン島でエルフ騒動があったと伺ったので、サラム大卿に詳しい話を聞きたくて」

「クリンミル、その様な失礼な話を、それもこんな通路で聞き出そうとするとは何事ですか」


(……自分だってさっき、廊下でテンといちゃついてた癖に)


 タイアは女王を見上げてジト目を向けるが、アークロイナに気づいた様子はない。


「申しわけありませんでした、サラム大卿」

「いえ、構いませんよクリンミル様。

 ですがエルフ化を目指してメロウを誘拐していたうちの代官を、たまたま通りかかったタイア様が気づいて退治したというだけの話です。本物のエルフが現れたわけでもなく、大魔導士様が興味を持つようなことは何もないかと思いますが」

「そう、ですか…… ありがとうございます」


 実際には廃魔人(ダークエルフ)が現れてタイア達と死闘を繰り広げたのだが、メロウの身の安全のために秘密にしている。事実はトラーキにも話してはいないため、彼には嘘をついている自覚はない。


 クリンミルはトラーキにペコリと頭を下げると背を向けて歩き、『書庫』と書かれた部屋の扉の鍵を開けて入っていく。

 そんなクリンミルの態度をみて、アークロイナは眉間に指をあてて小さく頭を振った。




 アークロイナはトラーキとも別れ、奥の大きな部屋に入る。

 そこは何かの役所になっていて、中央のカウンターを挟んで手前が待合室、奥が職員達の作業場になっている。

 特徴的なのは待合室に座っているのが身なりの良い貴族達なのと、奥にいる職員達がみなカーキ色の軍服を着ていることだろう。鎧を着た騎士達の出入りも多い。


 最初にアークロイナの来訪に気付いたのは、カウンターに座っていた受付嬢の一人だった。彼女が起立して頭を下げると、待合室に居た人間達も気づいてそれに続いた。

 「そのままでよい」というアークロイナの一言が響き渡る。

 すぐに奥から小太りな男がとんできて、女王の前で一礼をした。


「陛下、このような場所にどうされたのですか?」

「キャスバインに用があります」

「キャスバイン特務憲兵ですね。奥におりましたので呼んできますが、面接室を使われますか?」

「ええ、そうしてください」


 小太りな男は女王を面接室――ソファーと小さなテーブルが置かれている小部屋に案内すると、そのまま小走りに部屋を出て行く。

 しばらくしてノックと共に面接室へ入って来たのは彼ではなく、カイゼル髭で筋肉質な男と眼鏡の青年の二人だった。

 カイゼル髭の男が女王に頭を下げると、眼鏡の青年も慌ててそれに続く。


「これはこれは女王陛下、お呼びいただければこちらから出向きましたのに」

「ついでの用事がありましたので。座りなさいキャスバイン」


 アークロイナに促され、カイゼル髭の男――キャスバインは向かい合う様にソファーに座った。


「そちらの青年は?」

「某(それがし)の助手を務めているヨシュアです。以前陛下に頂いた狼化の魔導書を使わせた男ですが、問題があるなら追い出しますが」

「いえ、それならば構いません。彼は事情は聞いているのでしょう? 今日はその話の続きですから」

「ふむ、やはり毒魔法盗難事件についてですな」


 今、小さなテーブルを挟んでアークロイナとキャスバインがソファーに座り、二人の後ろにそれぞれテンとヨシュアが控えている。



 そして、タイアは何故か中央の小さなテーブルの上にちょこんと座らされていた。

 自分を挟んで何やら密談らしきものを始めたアークロイナ達に、タイアはただただ願っていた。


 ――頼むから、これ以上あたしに余計な秘密を見せないでくれ、と。


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