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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第四十三話 双子の王女


 リスティ城の屋外に、従業員棟へと向かう二人の人間と一匹の犬の姿があった。タキシード姿に大剣を背負った大男が先頭を歩き、その後ろを銀髪緑眼の少女が金色の子犬を抱えて歩く。


 何も知らない人が見れば、ペットを連れた貴族の少女とその護衛に見えるかもしれないが――このリスティ城の中に限れば、前王ロアードの筋肉執事マッスルバトラーを知らない人間の方が少ない。

 バンケツのおかげで話しかけられることはないものの、あらゆる理由で目立ってしまい、すれ違う貴族や役人達の鋭い視線がフィロフィーとタイアに突き刺さる。

 それを気にした様子もなく堂々と歩くフィロフィーに、チワワ姿のタイアは少し関心していた。


(うーん、まさかまたこの姿になるとはなぁ)


 タイアにとって犬化は本来、子狐化の下位互換の魔法でしかない。狐より目立たないという理由でちょくちょく使ってきたものの、人間に戻れるようになってなお、この姿になる機会があるとは思わなかった。

 もしや、世界の意思が自分に四足歩行をいているのでは……などと奇妙な事を考えながら、フィロフィーに抱かれて先を行く。



 現在タイアとフィロフィー、それにバンケツの三人で、タイアの服を求めて従業員棟へと向かっている。

 スミルスとロアードの二人は地下の研究室に残った。ロアードとスミルス――娘を預けた者と預かった者で、腹を割って話したいこともあったのだろう。

 ならばタイア達は気を利かせて回り道などしつつ、ゆっくり帰るべきなのかもしれないが、それは服を手に入れて人間に戻ってから考えることだ。いまは服を求めて一直線に、従業員棟へと向かう。


 その道すがら、タイアのつぶらな瞳に薔薇園が映った。


『ん? なあバンケツ、あれってもしかしてお母様が死んだっていう薔薇園か?』

「…………ええ、そうです」


 季節がら薔薇の花は咲いていないが、棘の生えた木で作られた垣根に囲まれた椅子とテーブルを見て、タイアはすぐにピンときた。

 バンケツは一瞬答えにくそうにするが、他ならぬタイアからの質問では無視もできない。


「昔は王族がお茶会で使用する場所でしたが、今はお父上と庭師以外は暗黙のうちに立ち寄らない場所となっとります。もちろんタイア様ならば何の問題もないでしょうが……」

『今はチワワだしなぁ』

「誰もタイア様だとは思いませんわね」

 

 タイア達は薔薇園は後回しと決めて通り過ぎ――その直後、同じ顔を持つ二人の若い女性に遭遇した。


 二人ともタイアやロアードと同じ金髪で、煌びやかなドレスを身に纏っている。


 出会うなりバンケツが道を開けてお辞儀したのを見て、タイアとフィロフィーも二人の正体を悟った。

 フィロフィーもバンケツに習って端に寄るが、しかし双子はフィロフィーの腕の中の子犬に興味を持って立ち止まる。


「おおバンケツ、お前まで犬を連れてるのか」

「かわいい子犬ですね。もしかしてロアード様のペットか何かですか?」

「これはチャコ様にミルカ様、ご機嫌麗しゅうございます」


 それは双子の王女、第三王女チャコ=キイエロと、第四王女ミルカ=キイエロだった。


「やっぱり犬はこのくらいちっちゃい方が可愛いですね。この前キャスバインが連れていた犬は、大きいし鼻息も荒くて怖かったもの」

「そうか? 私はあのくらいデカい方が好きだけどな。

 ……で、そっちの銀髪っ子も見た事ないな」

「初めまして、フィロフィー=セイレンと申しますわ」

「ふーん……うん? セイレンって、あの首切り領主のセイレンか?」

「そうですが、わたくしはその後釜として領主になった、スミルス=セイレンの娘ですわ」

「もう、失礼でしょチャコ。

 ……あ! てことはもしかして、タイアも来てるの!?」

「はい。今日はお父様やタイア様と一緒に、ロアード様に面会に来たのですわ」


 フィロフィーのその返事に、双子はやや驚いた様子で顔を見合わせている。

 一方のフィロフィーも双子の王女に親しく話しけられて、やや気圧され気味になっていた。


「後で是非タイアとお話したいわ! お庭でお茶などできないかしら?」

「それは良いですな。後でセッティングいたしましょうぞ」

「私も是非タイアと手合わせしたい! 庭で模擬戦とかできないかな?」

「それは良いですな。後でセッティングいたしましょうぞ」

『ちょっとまて!?』

「へ?」


 それまで無垢な犬のフリを決め込んでいたタイアだったが、チャコとバンケツのやり取りは流石に見過ごすことができなかった。ミルカのお茶会はいいとしても、チャコとの模擬戦はまったく意味がわからない。

 突っ込まれた双子は謎の声の正体がわからず、目をパチクリとさせて顔を見合わせている。


『王女のくせに好戦的すぎるだろ!』

「……え、タイア様?」

「タイア!?」


 おそらくは誰よりも好戦的な第六王女のひとことに、フィロフィーが思わず腕の中の犬を見ながら口を滑らす。

 双子に顔を近づけて覗き込まれ、タイアは名乗らざるを得なくなった。


『た、タイア=キイエロです。初めまして』

「え、マジで!? タイアって犬だったの?」

『いや、狐……じゃなくて人間ですから。

 諸事情で着てきたドレスがボロボロになっちゃって、着る服がないから変身魔法で犬になってたんだ、です。これからバンケツと一緒に服を借りようと思ってたところなんだけど……』


 タイアは尻尾を垂らしてため息をつく。

 そこにミルカが恐る恐る手を伸ばし、タイアの頭をそっと撫でた。そのおっかなびっくりな様子にいたずら心をくすぐられ、タイアは「わふっ」と小さく吠えてみせる。


「きゃ! び、吃驚した」

「おい、あんまりミルカを驚かすなよ? ミルカは心臓が弱いんだ」

『え!? ご、ごめんなさい!』

「いえ、流石にこの程度で心臓が止まったりはしませんからね?」


 クツクツと笑うチャコを、ミルカが恨めしそうにジトリと睨む。


「タイア様、ミルカ様の心臓が弱い事自体は事実ですのでお気を付けを。毎日ジゴ薬も飲んでおられますし」

「もう、バンケツまで」


 ぷりぷりと怒り始めたミルカから、タイアの鼻は独特な生薬の匂いを嗅ぎ取った。


(ん、これがジゴ薬の匂いかな?)


「でも注意しておかないと、本当に心臓が止まるほど驚かされるかもしれないぜ? 何しろあのブリジスト様の娘だからな」

『チャコ様はお母様を知ってるんですか?』

「おう。てか私達は一応は姉妹だから、そんな様付の堅苦しい喋り方しなくてもいいぞ?」

『ん、じゃあ……ありがとうチャコ姉。実は敬語とか苦手だから助かる』

「おう、なんなら呼び捨てでもいいぞ。……で、ブリジスト様だよな! そりゃあ知ってるとも、タイアとも赤ん坊の時には会ってるぜ」


 現在十七歳の二人なら、ブリジストの事も覚えていよう。

 そしてタイア自身も彼女達とはおよそ十年ぶりの再会で――成長した姿を見せるどころか、赤子より小さな犬の姿で出会ってしまったらしい。


『そっか。えっと、久しぶり会ったのにこんな姿でごめんなさい』

「気にしないで。あ、私も敬語じゃなくていいからね。

 ……そうだ、私のドレスを貸してあげるわ! 昔のものがとってあったと思うから」

「おお、それは助かりますなぁ! 正直タイア様にメイド服を着せるのもどうかと思ってましたから」

『バンケツ、なんで従業員棟にと思ったらメイド服目当てだったのか……』


 タイアは一瞬メイド服姿の自分を妄想し、その妄想をかき消すように首を振った。

 二人が着ているような煌びやかなドレスよりは性に合っている気がしなくもないが、流石に王女としてパーティーに出席するのにメイド服はないだろう。

 犬よりはましだが。


「ふふっ、ロアード様の娘に洋服をプレゼントできるなんて嬉しいわ!」

『え?』

「ミルカはロアード様の大ファンなんだよ。まあロアード様は誰にでも人気あるけどな」

「そういうチャコはブリジスト様に憧れて、時々騎士団の訓練に混ざってるのよね」

『そうなのか。でもそれで手合わせしたいってどうなんだ?』


「お三方とも、続きはお茶会の時にされてはいかがでしょうか? タイア様の念話は話すごとに魔力を消費しますので」


 王女も三人寄れば姦しい。

 このままだと延々とお喋りが続きそうだと感じたフィロフィーが、タイアの魔力を理由に話を切った。

 実際のところ、この距離での念話に使う魔力はごく微量なものの、ネコマタの変化の魔法で完全な人間の姿を維持するためには魔力を残しておく必要があった。


「え? そ、それ念話で喋ってたの!?」

「すごい魔法を覚えてるんだな…… いろいろ聞いてみたいけど、楽しみは手合わせの時までとっておくか」

『いや、お茶会の時までな?』

「ふふん、とりあえずこれからよろしく!」

『ん、こちらこそ!』


 チャコが右手をタイアに差し出す。


 父親も母親も違うが、書類上は姉である二人。

 タイアは仲良くなれそうだと感じて安心し、そして油断していた。


 タイアもチャコの手に自分の前足を伸ばし――



「お手」



 タイアの前足がチャコの右手に乗せられる瞬間、チャコは満面の笑みで宣言する。

 ミルカとバンケツ、そしてフィロフィーまでもが吹きだした。


 チャコはクツクツと笑い、はめられたタイアは腕をチャコの右手に乗せたまま怒りでプルプルと震え――




「あなた達、そこで何をしているのですか」




 凛とした印象の声。


 そこにあったなごやかな空気は、ただの一声で吹き飛んだ。

 全ての笑いが一瞬で凍りつき、タイアの震えはピタリと止まる。

 タイア達はこの場所に、あまりにも長く滞在しすぎていた。



 後ろに立っていたのは一人の壮年の女性だった。


 身長は女性としてはかなり高い。背筋はしっかり伸びていて、その立ち姿には隙がない。

 来ているドレスは落ち着いた色合いだが、高価な物だと一目でわかる上質な生地を使用している。指輪は何もつけておらず、首には小さな白い魔石のついた、魔道具と思われる首飾りをかけている。

 金髪の、整った顔立ちの美女であるが、鋭い目つきが彼女に近づき難い印象を与えていた。

 彼女のすぐ後ろには、執事バトラーと思われる若い男が腰に帯剣して立っている。



 タイアとフィロフィーはその女性に会うのは初めてだが、しかしその正体は知っている。


 何しろタイアの父ロアードとは違い、彼女の肖像画はそれこそ国中どこにでも飾られていたのだから。



 女王、アークロイナ=キイエロ。



 タイアは世界で一番会いたくない相手に、一番会いたくない姿で遭遇した。

 

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