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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第一章 タイア王女の儚い願い
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第三十三話 フィロフィー、回る ①

『ケニー、やったな! ……ケニー?』


 再び眠ってしまったケニーには、タイアの問いかけに答える事ができなかった。

 元々セラップとの戦いで消耗していた所に、魔力を使い切った事による疲労感にまで襲われたのだ。それで起きていられるはずがない。


『ん、しょうがないか。アキ、ケニーをさっさと病院に……』

「やられた! 代官が逃げた!」

「ぎゃうぅ!?」


 慌てて周囲を見渡すが、ダゼンの姿がどこにもない。混乱に乗じ、地下室から脱出したのだろう。

 開いていたはずの屋敷につながる鉄扉も、いつの間にか閉じられていた。アキが駆け寄って開けようと試みるが、閂でもされているのかびくともしない。


「このままだと上のフィロフィーちゃんが危ないわ。タイア様、扉の爆破を!」

「ぐるおぉぉん!」


 鉄扉を吹き飛ばそうと、タイアは大きな狐火を作り――


「ひゃう!? 待ってくださいタイア様!」

『……え、フィー? そこにいる!?』


 鉄扉をバンバンと叩く音と共に、フィロフィーの叫び声が扉の向こうから聞こえた。

 タイアは慌てて撃ちこみかけていた狐火を消す。


『無事なのか? 今まで何してたんだ?』

「何って、そもそも誰が魔封じの魔方陣を解除したと思ってたのですか?」

『……そういえば』

「代官様なら魔封じの魔方陣を再起動しようとしていましたが、わたくしが管理室に籠城していたので諦めて逃げていきましたわ」


 タイアも魔封じの魔方陣は解除されたのは気づいていたが、二転三転するめまぐるしい状況下でどうして解除されたのかまで気にしてはいられなかった。

 タイミング良く――とは言えないタイミングだったが、もしも魔方陣が発動したままだったなら、エルフ化したセラップに勝てる見込みはまったくなかった。


 タイアはゾワリと身震いするが、それと同時に口角を上げる。

 自分が厳しい状況で戦っていた時に、舞台裏でフィロフィーが支えてくれていたという事実が嬉しかった。


 今はフィロフィーの張り上げた声が聞こえてくるが、鉄扉が開かないので姿は見えない。


「代官様は既に屋敷を出て、港の方へ逃げて行きました。おそらくはこの島から脱出しようとしてるのではないでしょうか?」

「取り逃がすのはまずいわね…… フィロフィーちゃん、この扉ってそっちから開けられない?」

「鉄扉に細工がされてて難しいですわ。失敗すると爆発するみたいですし」

「……爆発?」


 興奮気味のタイアとアキの二人だったが、爆発という物騒な単語の登場にきょとんとして顔を見合わせる。


「この鉄扉、こちら側から正しい手順で開けないと魔術的なトラップが発動するみたいです。それがこの辺りの壁に埋め込まれている爆薬と連動しているのですわ。

 おそらくは侵入者対策で、地下室全体を爆破する装置になっているのかと」

「えっと、私達さっきから火の魔法とか沢山使っていたんだけど……」

「それは……運が良かったですわね」


 思い返せば、セラップはほとんど魔法を避けずに黒い蒸気で受け止めていた。厄介な事極まりないと思った黒い蒸気だが、あれがなければみんな纏めて吹き飛んでいたのかもしれない。

 であれば魔封じの魔方陣を再起動できなかったダゼンが、一目散に屋敷から逃げ出した理由にも合点が行く。

 爆破されるのが地下室だけで済めばいいが、もしかしたら屋敷まで一緒に倒壊するかもしれない。そう思えば逃げ出したくもなるだろう。


 自分達がどれほど怖い事をしていたのかを知り、アキはじわりと冷や汗をかく。そんなアキの背中に、状況を理解してしまったメロウ達の白い視線が突き刺さった。


「……えっと、ダゼン様を捕まえるなら、早く脱出してメロウやカメタロウちゃん達に海上封鎖させた方がいいのでは?」

「……そ、そうね」

『フィーはどうするんだ?』

「わたくしは使用人の方々に事情を説明して退避させて、もう少し屋敷の中で調べてみますわ」

『危険じゃないか? フィーも早く脱出した方が』

「すでに代官様の仲間っぽい方は屋敷に居ませんので大丈夫ですわ。それに……」

『それに?』

「エルフ化の薬がまだ残っているかもしれませんし。……あ、見つけてもわたくしの物ですから。タイア様にはあげませんから」

『……わかった。気をつけてな』


 タイアはフィロフィーが屋敷を調べつくすまで梃子でも動かないと悟り、不承不承頷いた。

 それこそ放って置いたら植木鉢の裏まで丁寧に探し続けるかもしれない。これは一度北の入り江に戻ってから、地上ルートで屋敷に迎えに行った方がいいだろう。


『えっと、後で迎えに行くからな』

「了解ですわ。ダゼン様が戻って来ることはまずないと思いますから、ゆっくりで大丈夫ですので」


 そこまで話すと、フィロフィーが扉から遠のいていく足音が響いた。


 タイア達も撤退を開始した。

 アキとタイアの二人でメロウ六人とケニーを運び、北の入り江へと走る。


 その際、ダゼンの私兵達は縛りあげて床に転がしておいた。始めは連れていくつもりだったが、セラップとの戦いにかなりの魔力を消費したため浮遊魔法を使うのが厳しくなっていたのだ。

 もっとも目を覚ましていた兵士の一人は大狐タイアやエルフセラップに酷く怯え、抵抗する事なく素直に縛られた。彼は鉄扉のトラップの話も聞いていた様なので、放置したところで妙な気を起こす事もないだろう。



 入り江ではメロウ達に大歓声で迎えられ、ケニーは勇者として祭り上げられる事になるのだが、それはまた別のお話。















「さて、グリちゃん。――わかってますわね?』

『わかってる。今度はちゃんとやるよ』


 語るべき話は別にある。


 

 *   *   *   *   *



 話は少し遡る。


『なぁご主人』

(なんですか?)

『さっきからアキが言ってる最後のエルフってのはなんだ?』


  最後のエルフはここキイエロ王国では誰もが知っている有名人だが、長い間眠っていたグリモが知らなくても無理はない。現代ではすでにエルフが絶滅している事も知らないのかもしれない。

 フィロフィーはそう考えて、会話の途切れたタイミングでグリモに説明を始めた。


「『最後のエルフ』とは四十年前まで生き残っていたエルフの事ですわ。現代ではエルフについては色々とわかっていない事が多いのですが、最後のエルフは亡くなる直前になって自分が大昔は人間だった事、メロウを食べてエルフ化した事を周囲に明かしたのです。

 それでメロウは不老不死の薬になるのではないかという憶測から、メロウは友好種の素質がありながら各地で乱獲されるようになりました。その後サラム家に保護を求めたメロウ達がこのコジュン島に集まって、コジュン島はメロウに触れあえる事を売りにした一大観光地になったのです」

『いや、そのエルフってのがまずわからないんだが。話の流れ的に魔物の種族名か?』


 しかし、グリモがわからなかったのは『最後のエルフ』ではなく、『エルフ』そのものだった。


(えっと、グリちゃんの古代語の翻訳が上手くいってないのでしょうか? エルフというのは魔物の種族名ですわ。見た目は人間にそっくりですが寿命が恐ろしく長くて、不老不死とも言われています)

『んー、そんな奴いたかなぁ? 人間に化けた魔竜とかじゃなくてか?』

(わたくしには魔竜がわかりませんが、違うと思いますわ。あとは耳が尖っていて色白で、魔力が人間よりもずっと多いのです。あと、元々は人間だったという噂も……

 ――あれ? これってもしかして)

『魔人の事だな。この時代にまで生き延びた奴がいたんだなぁ』

(うみゅう、だったらあと四十年だけ長生きしてほしかったですわね……)


 アキ達が不老がどうのと騒いで盛り上がっている横で、グリモから魔人の知識を授けられていたフィロフィーは、一人すっかり脱力してしまっていた。



 それはまだ、セイレン領にいた頃の事。

 どうすればフィロフィーを魔導士にできるかを悩んでいたグリモは、フィロフィーを魔人化する事を思いついた。


 魔人化、とは人間を魔物に近い存在に作り変えてしまう事である。

 魔人化には魔力や身体能力が大幅に上がる、怪我が治る、寿命が延びるなどの利点がある反面、思考能力がやや落ちて、短絡的で感情の起伏が激しくなり、簡単に洗脳されやすいといった欠点がある。


 古代では禁忌とされていた秘術であったが、グリモはその方法を知っていた。魔石などの材料からつくる特別な禁薬が必要になるが、その材料の比率から製造方法に至るまでを完璧に覚えていたのである。

 ただし調合に必要な器具や魔法試薬には、この時代には無いものも多かった。加えて確実に魔人化する方法は古代でも確立されていなかったため、禁薬を作っても魔人化に失敗して命を落とす確率は高い。

 フィロフィーと運命共同体であるグリモには、あまり試して欲しくはない手段である。


 ――が、そんな危険な魔人化だって試してみるのがフィロフィーである。

 他に魔導士になるための良い方法も思い浮かばず、古代より安全な禁薬ができるまでは試さないという約束で、フィロフィーは魔人化の研究も開始した。


 フィロフィーは魔液などを使用して、セイレン領にいるうちにどうにか禁薬もどきを作っていた。そしてまずは動物を使った魔獣化から実験してみようと思っていた折に、都合よく動物を操る能力をもつ魔物イワメティエプが生け捕りにされたのだ。

 フィロフィーは渡りに船とばかりにイワメティエプと取り引きをして、実験用の鼠を大量に確保した。


 ――取り引き、と言っても逃がすのではなく安楽死の方向だったが、拷問を怖れていたイワメティエプは渋々とその話に乗った。

 あのイワメティエプが多くのセイレン領の領民を殺し続けていた事は、今となってはフィロフィーだけが知っている。



(あと、エルフには貧乳で背が高いって設定もあるのですが)

『その辺はその最後の魔人エルフって呼ばれてた奴がたまたまそうだっただけだろ? 自分の貧乳を気にしてたのを、種族のせいにしたんじゃねえか?』

(はぁ。けれどエルフと魔人だと、イメージが全然違いますわね)

『エルフってのは憧れる様な良いものなのか?』

(そうですわね……古いお伽話になりますが、人間とエルフとドワーフとワルキューレの四種族からそれぞれ勇者が現れて、協力して悪魔王を倒す話があるのですわ。この時代では非常に有名な話で、エルフはその中でも一番魔法が得意で悪魔王の操る魔物達を容赦なく殲滅していくのですが、最期にドワーフの勇者をかばって命を散らすのです)

『ふーん、なんだか妙な配役の話だな。

 ……もしかしたら生き残ったその魔人が、そのお伽話に乗っかったんじゃねえか? 『魔人』だと何をされるかわからないけれど、『エルフ』なら保護してちやほやして貰えるって考えたとか』

(なるほど、ありえますわね。

 でもだとすると、遺言のメロウを食べてエルフになったと言うのはおかしいですわね。必要なのは魔石から作る禁薬で、元になる魔物は何でも構わないはずですのに)

『単純に考えれば人魚の魔石でつくった禁薬で魔人化したって事だろうけど、あるいはメロウに何か恨みでもあったかな』

(恨み?)

『それこそ巨乳のメロウに男を取られたとか』

(……まあ、すでに亡くなられたので確認はできませんわね)



『フィー?』

「あ、すいませんタイア様。ちょっと考え事をしてました。

 ……そうですわね、エルフになるならご一緒いたしますわ」


 ご一緒すると言いながら、フィロフィーは知っていた。


 この世にエルフという種族はなく、あるのは魔人化、または魔獣化という技術だけ。


 つまり人間のフィロフィーが魔人エルフになる事はありえても、狐のタイアは正真正銘の魔狐になるだけで、今と何も変わらないだろうと知っていた。



 

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