第三話 悪魔の契約、悪意の契約
アムバロがポロ村を出て行ってから一週間が経ったが、フィロフィーの様子はそれほど変わることはなかった。今まで通り午前はタイアと共に読み書きや算数、キイエロ王国の歴史等を習い、午後はそれぞれ自由に過ごしている。
セイレン領の村々に学校はなく、タイアとフィロフィーの勉強はスミルスとソフィアが交代で見ている。スミルスは狩りや開拓で屋敷に居ない事が多いので、ソフィアが見る事の方が圧倒的に多い。
もっとも教師を必要としているのはタイアだけだった。幼い頃から魔法関連の書物に没頭していたフィロフィーにソフィアが教えられる事は少ない。テーブルマナーの授業でもない限り、フィロフィーは図書室から持ち出した難しい本を読みふけっている。
午後になるとタイアとフィロフィーは別行動をとる。ひたすら魔法の練習をして過ごしていたフィロフィーは、無魔力と診断されてからは布団の中に丸まって過ごしていた。
タイアは兵士に混ざって剣術や弓術、魔法を使った戦い方などを習っている。個人レッスンをつけてもらう事も多く、その比率は剣術が多い。魔法の特訓もしているがフィロフィーほど興味はなく、昔に魔導書で覚えた火の魔法しか使えない。それも手から小さな火炎放射を出せるくらいなので、せいぜい暖炉の火おこしくらいにしか使っていない。
フィロフィーは剣術などには興味がなく、今日も自室に引きこもっていた。
「フィー、今からケニーと剣の稽古だけど一緒にやるか?」
「……剣に興味はありませんわ」
見かねたタイアがフィロフィーの部屋を訪れて布団の中のフィロフィーに声をかけるが、フィロフィーは布団を深くかぶって潜り込む。
「落ち込むのはわかるけど、あんまりゴロゴロしてると太るぞ?」
「タイア様は筋肉つけすぎると縮みますわよ」
「縮むか!」
タイアとフィロフィーは歳は変わらないが、身長はタイアの方がだいぶ低い。フィロフィーが平均より身長高めな事もあるのだが、タイアは自分の背の低さにコンプレックスを感じていた。
タイアはプンスカという擬音が聞こえてきそうな感じに怒りながら、フィロフィーの部屋を出ていった。
そして部屋一人になったフィロフィーに、男の声が語りかけてくる。
『まあ縮みはしないが、あながち間違いでもないな』
「え? そうなんですの?」
『ああ、あまりに過度な運動は成長を妨げるんだ。身長だけじゃなくて胸もな。
適度な量の運動はした方が良いし、それより食事や睡眠の方がよっぽど影響がでかいんだけど』
「グリちゃんは物知りですのね」
フィロフィーが布団の中から窓の外を覗くと、遠くでタイアがケニーという兵士と一緒にランニングしているのが見えた。
気温が上がって雪が降る事は少なくなったが、真冬に積もった雪が残っていてタイアとケニーの足をずぼずぼと飲み込んでいる。普通に平原を走るよりずっと足腰が鍛えられているだろう。身長が低い分タイアの方が走りづらいはずなのだが、ケニーの方が必死にタイアを追いかけている。
タイアの成長は絶望的かもしれない。
走り込みが終わり倒れこむケニーを見て、フィロフィーは毎日のようにタイアの特訓に付き合わされている哀れな青年に手を合わせた。
どんなにセイレン家が貧乏でも、ケニーをはじめ領地護衛のための兵士は雇っている。首なし領地と評されているセイレン領を欲しがって攻め込む人間はいないが、手つかずの地が多いセイレン領では、発生する魔物や獣の数も多い。
そんなわけで、兵士達の主な仕事は村の治安維持と食肉や毛皮の確保のために、魔物退治と動物狩りをする事だった。
ちなみにケニーは剣や魔法が得意なのでタイアに稽古をつけている兵士だが、達人というわけではない。二十人程度しかいないセイレン領の兵士の中では一番というだけで、その実力はスミルスや生前のセルフィーには遠く及ばない。
「ですが本当に、いつまでも寝てはいられませんわね……」
『お、何か思いついたか?』
「いえ、何も。グリちゃんはどうですの?」
『すまん、何も思いつかない』
フィロフィーと謎の声は揃ってため息をつき、そしてフィロフィーは窓から視線を逸らしてベッドに横になった。目の前には今は亡き母親に貰ったウサギのぬいぐるみがあるが、フィロフィーの視線はその隣の赤くて分厚い魔導書に向けられる。
タイアはフィロフィーがいまだ落ち込んで布団から出てこないのだと思っていたが、実際は少し違う。
確かに魔法が使えない事に落ち込んではいるのだが、フィロフィーはそれで布団にこもっているわけではない。
何しろ母に貰った古代の魔導書が言葉を話し始めたのだ。
フィロフィーはこの一週間ふさぎ込んだふりをして、この喋る魔導書との話し合いを続けていた。
* * * * *
『バッチリじゃねーよ! 何一つバッチリじゃねーよ!』
「ひゃい!?」
突如聞こえてきた聞き覚えのない男の声に、フィロフィーは驚き周囲をくまなく見渡す。
――が、誰も部屋の中にはいない。
『ここだここ、目の前にいるだろう?』
そう言われても、フィロフィーの目の前には壊れた絶版魔導書が机に置いてあるだけだった。
フィロフィーはまさかと思い絶版魔導書に耳をすませるが、声は頭の中に直接語りかけてくる感じで、そこから声が聞こえてくるという感覚はない。
そもそも喋る魔導書など聞いたことがなく、どこかに自分をからかっている人物がいるのではないかと思いもう一度周囲を見渡すが、やはり誰もいなかった。
『疑うのも仕方ないんだろうけど、いま嬢ちゃんに話しかけてるのは正真正銘目の前の本だ、信じてくれ』
「……わ、わかりましたわ。えっと、初めまして」
『はい初めまして。つってもこの部屋にずっと一緒にいたんだろうけどな』
「それはつまり、黙ってわたくしの事をずっと覗き見してましたの?」
フィロフィーはニコリと笑い、先ほど火をつけた蝋燭を手に取って魔導書に近づけた。
『し、してないしてない! 目が覚めたのは今だから!
――まあそんな簡単には燃えないんだけど、物騒な事はしないでくれ』
笑顔のフィロフィーに火を近づけられて、魔導書は慌てて弁明する。フィロフィーは本当に燃えないのか怪しんだが、とりあえず蝋燭は遠ざけた。
『はぁ、まったくとんでもない嬢ちゃんだ。いきなり契約の魔方陣上書きするわ燃やそうとするわ』
「けいやく?」
『本の表紙にあった魔方陣だよ! 嬢ちゃんが消して自分の血で書き直しただろ、ビックリして飛び起きたわ!
てかどうやって魔方陣消したんだよ。そんな簡単に消えないはずなんだけど』
「ちょっとなぞったら消えましたわ」
『んな馬鹿な――』
馬鹿な、はフィロフィーの台詞である。
本当にただなぞったら消えたのだ。数刻前に魔力ゼロと診断され、そのうえ母親の形見の品にあっさりと壊れられてはたまらない。
幸い元気に喋っているので壊れてはいない……のかどうなのかは、フィロフィーにはわからない。
『はぁ…… これ以上追及しても仕方ないか。
魔方陣を刻まれた以上は嬢ちゃんに契約してもらうしかないわけだし』
「はあ」
『気のない返事だなぁ。理解できてるか?』
「いえ、全然」
『だろうなぁ』
魔導書なので見た目は全く変わらないが、人間ならばがっくりと肩を落としていただろう。
「えーっと、あなた魔導書ではないんですの?」
『え? ああ、本質的には違うんだけど――魔導書ってのが人間が魔法を覚えるために使う魔道具の事を言ってるのであれば、魔導書と言えなくもないかな?』
「ふむふむ、つまり魔導書として他者に魔法を覚えさせる事もできるけれど、本来は別の用途があると」
『うん? 今の説明で理解できたのか。
ただちょっと違うな、本来は別の用途があるって言うより、こういう生き物なんだよ俺は』
「……っ! もしかして、本の悪魔ですの!?」
『おお、ご名答! なんだ嬢ちゃん意外に博識だな。これは当たりか?』
フィロフィーは驚愕した。
決して知識として知っていたわけではない。昔読んだおとぎ話にそんな悪魔が出てくる話があったので、当てずっぽうに言ってみただけだった。
セイレン家の屋敷の一階には小さな図書室があり、村人にも貸し出しを行っている。そこにある魔物図鑑などはフィロフィーは隅から隅まで読んで頭に入れているが、本の悪魔など載ってはいなかった。
『知ってるなら話は早いな。
――さあ契約せし我が主よ、何でも願いを言うがよい!』
「あ、じゃあ自殺して下さい」
『却下!』
「……あら?」
迷わず悪魔を殺しにかかるフィロフィーだったが、成功しなかった。
「おかしいですわね。悪魔は契約を破れないはずですのに」
『そ、それはその通りだけど、今はまだ契約前だから。契約ってのは双方が承諾しないと成立しないから』
「さっき、契約の魔方陣がどうとか言ってましたのに」
『それは嬢ちゃんと契約する準備ができたって事で、嬢ちゃんとの契約が成立してたわけじゃない』
「なるほど、つまりわたくしが耳を貸さなければ解決ですのね。とりあえず暖炉の火で燃えるか試してみますわ」
『……嬢ちゃん、いえご主人様がとても賢い人間だと身に染みてわかりました。
いままでの無礼をお詫びしますので、もう少しだけ話を聞いてもらえませんでしょうか? 魂取ったりはしませんから。危ない目にも合わせません。まっとうな取引をさせていただきますので』
魔導書が急に下手に出始めた。
ここに来てようやく、フィロフィーがただの少女ではないと気づいたらしい。
「うーんまあ、お母様の形見ですし? 壊す前に話くらいは聞きますわ。
――あと敬語は別にいりませんわ。話してみて破壊するべきと思ったら迷わず破壊しますので」
『……じゃあ、普通に話すけど。
ほんと、俺は悪魔と言っても嬢ちゃんに危害を加えるつもりはないし、魂抜いたりもしないからな?』
「とりあえず、そういう事にしておきますわ。それで?」
『はぁ。……俺には叶えたい願いがあって、本の中で俺の望みを叶えられそうな適正者をずっと待ってたんだ。
適正者に出会ったら目覚める様になってたんだけど、嬢ちゃんに契約の為の魔方陣を書き換えられたせいで、嬢ちゃん以外の誰かと契約する事がもう出来なくなった。だからどうしても嬢ちゃんに俺の願いを叶えてほしい。
そんなわけで取引がしたい。嬢ちゃんに叶えたい願いとかあれば教えてくれ』
「その前にあなたの願いって何ですの?」
『俺は肉体が欲しいんだ』
「なるほどなるほど」
フィロフィーは納得した顔で頷きつつ、魔導書を手に取り蝋燭の火にかざした。
『待ってくれ! 別に嬢ちゃんの体が欲しいわけじゃない!』
「そうなんですの?」
『さっきからそう言ってるじゃないか!
……ああもう! 俺は嬢ちゃんに、俺の器になる肉体を召喚して欲しいんだよ! 嬢ちゃんの体は要らない! わかったら蝋燭から離してくれ』
「心配しなくても燃えてませんわよ? それとも熱いですか?」
『熱くはないけど心臓に悪いわ!』
フィロフィーはようやく蝋燭から魔導書を離す。
そして魔導書が熱くなってない事を確認し、そして煤を指で拭ってやった。
「心臓があるんですの?」
『物の例えだっての。この程度の火では燃えないし、水もはじくけどよ、もう少し丁寧に扱ってくれ。頼むから』
「自力では動けないんですのね」
『まあな。そして俺に痛覚や触覚はないし、魔法とかも使えない。見る聞く話すくらいしかできない悪魔にそんなに警戒しないでいいだろう?』
「はぁ」
フィロフィーは気のない返事をした。悪魔の言葉を鵜呑みにする気はないらしい。悪魔もこれ以上の問答は無駄と悟る。
『はあぁ―― 話を戻すけどよ、お嬢ちゃんには何か叶えたい願いとかないのか? 大抵の望みは悪魔の力で叶えてやれるぞ?』
「わたくしの願い……ですか?」
『何かないのか? 金持ちになりたいとか不老不死になりたいとか……
あ、死んだ人間を生き返らせたいとか、世界を滅亡させたいとかは俺の手に余るから無理だけど』
「そうなると……パッとは思いつきませんわね。ちょっと考えてみますわ。
もう一つ確認したいのですが、どうやって悪魔さんの肉体を手に入れるんですの? 私の魂を生贄に、とか言いませんか?」
『ないない。俺がご主人に特別な召喚魔法を教えるから、それで亜空間にある俺の体を呼び出してくれればいいだけだ。
本当はその召喚魔法との適性が高い人間と契約したかったんだけど、今まで出会えなかったみたいだな』
フィロフィーは悪魔之書がいつどうやって生まれたのかは知らないが、ずっと遺跡の奥に安置されていたものを、母セルフィーが手に入れたと聞いている。
そしてセルフィーもスミルスも、危険な絶版魔導書かもしれないと考えて世には出さなかった。悪魔之書には大勢の人間に出会って適正者を探すような機会がまったく無かったのだろう。
「適性が低いと?」
『…………呼べるまで特訓してもらう事になる。
もう全部正直に話すと、悪魔契約の力で縛られるから途中で放棄は出来ないし、最悪数年特訓してもらうかもしれない。
け、けれどだ! そのかわり俺の力で叶えられる願いなら何でもするぜ! 才能が少なくたって十年はかからない……と思う。
金銀財宝なら一生遊べる分用意してやるし、不老不死なら十年なんてあっという間だ、悪い取引じゃないだろ? な?』
「なるほど、わかりましたわ。
――では、わたくしを魔導士にしてください」
フィロフィーはわずかに身を乗り出して、そうはっきりと答えた。
『うん? そんな簡単な事でいいのか?』
「もちろんですわ! さあ、早く契約しましょう!」
『はあ!?』
魔導書は戸惑っているような声をだす。先ほどまで用心深かったフィロフィーが急に飛びついてきたものだから、酷く混乱しているらしい。
しかしフィロフィーは急に思いついたわけではない。悪魔の契約と聞いた時から、魔導士になる夢と悪魔と契約するリスクを天秤にかけていた。魔導士になってもその肉体や魂を悪魔に取られてしまっては意味がないのだが、そうはならないとわかりタガが外れたのだ。
要するに、契約したくてたまらないのはフィロフィーも同じだったのだ。フィロフィーは身の安全の保障を悪魔から引き出すために駆け引きしていたに過ぎなかった。
『ま、まあやる気になってくれたんならいいけど、なんか釈然としない』
「では、契約やめます?」
『やめない。
俺は嬢ちゃん――いやご主人を魔導士にする。ご主人は俺のための肉体を召喚する。
それでいいんだな?』
「いいですわ」
フィロフィーが答えた瞬間、魔導書の表紙に書かれていた魔方陣が赤く光り輝いた。
光はすぐに収まり、その後はなにも起こらない。一瞬の出来事だったが、これで契約成立なのだとフィロフィーは理解した。
「では、よろしくお願いしますわね」
『…………』
「悪魔さん?」
『は、ははは……はははははははははは!』
悪魔の狂ったような笑い声が、フィロフィーの頭の中に鳴り響く。
『契約しちまえばこっちのもんだ!
この時代に、今度こそ、俺は魔王として君臨する事ができるだろう!』
「魔王?」
『そうさ! 精神をこの本に封じ込められてなきゃ、とっくに世界征服していたはずだったんだ!
ああ、ご主人の事は立派な魔導士にしてやるとも。なにしろご主人には亜空間に封印された俺の肉体を呼び出して貰わなきゃいけないからな』
「…………」
悪魔は黙り込んでしまったフィロフィーをみて満足していた。
先ほどまで蝋燭の火に炙られたりして自尊心を傷つけられた彼は、復讐心から饒舌になってフィロフィーを追い詰めていく。
『どうやら少しは頭が働くみたいだが、最後に欲が出たみたいだな。契約がある以上、今からじゃ俺を壊したり封印したりはできないぜ。ご主人が俺の望みを拒否する場合には、その体を傀儡として操る事もできるからな』
「えっと、拒否する場合にはという事は……
拒否しないでちゃんと契約通り悪魔さんに協力する場合、わたくしの体は奪えないってことですのね?」
『ん? ああ、その通りだけど』
「では、問題ありませんわね」
『…………は?』
「悪魔に肉体を与えれば暴れるだろうって事ぐらい子供でもわかりますわ。それが魔王になれるくらい強い悪魔だったというだけでしょう?
復活した後で世界征服でもなんでも勝手にすればいいじゃないですか」
『……………………』
何でもない様に言い放つフィロフィーに、今度は悪魔の方が黙り込む。フィロフィーの言葉がやせ我慢や負け惜しみではなく本心である事がすぐにわかったから。
「さあ! わけのわからない事を言ってないで、さっさとわたくしを魔導士にしてください!」
フィロフィーは再び目を輝かせながら魔導書に詰め寄る。
悪魔は熱を感じないはずの本の体でありながら、フィロフィーに対して寒気の様なものを感じていた。
『……そ、そうだな、少しはしゃぎ過ぎたか。
まずはこっちが約束を果たそう。最初に言ったと思うが、この体は魔導書としても使えるんだ。なんでも好きな魔法を覚えさせてやる』
「それじゃあ魔導士ではなく、ただの魔法使いですわ」
『えっと……じゃあ、追加で魔導の知識はこの俺が直接レクチャーしよう。
この部屋にある本を解析してみたけれど、どうやら俺の生きた時代の知識よりだいぶ劣化してるみたいだし、十分満足できると思うぞ?』
「それってつまり、古代文明の知識って事ですわね!? 契約成立ですわ!」
『いや、契約はとっくに成立してるんだけど……』
悪魔の最後のつぶやきは、喜びはしゃぐフィロフィーの耳には入っていなかった。
『はあぁ…… なんかもう、いいや。
ご主人、今なら俺のページを開けるから、適当にめくって開いてくれ。とりあえず俺の肉体を呼び出すための召喚魔法を覚えてもらうぞ。他の魔法は応相談って事で』
「わかりましたわ――
これでいいんですの?」
『ああ、大丈夫だ。それじゃあいくぞ』
そう言うと、魔導書は薄赤く光り始めて――
――そして、悲劇は繰り返す。
『…………あれ?』
「どうしたんですの?」
『おかしいな、ルーンがご主人に反応しない』
「……もしかして、まさかと思いますが、わたくしに普通の魔導書と同じように魔法を覚えさせようとしましたの?」
『え? えっと、この時代の魔導書って…… ああ、そこに一冊あるな。弱々しいが術式的にはだいたい同じだけど、それがどうかしたのか?』
この部屋にある魔導書といえば、悪魔之書の他には一冊しかなかった。
フィロフィーに一切反応しなかった風の魔導書である。
「…………悪魔のほうが契約を果たせない場合、どうなるんですの?」
『……え?』
契約に縛られているのは、悪魔之書もフィロフィーとまったく同じであり――
「まあ正直、薄々そんな気はしてましたわ…… 無い袖はふれませんものね」
『ご主人?』
「悪魔さんのほうこそ、相手の事をちゃんと調べて契約するべきでしたわね。
とにかく、わたくしは魔導士を諦める気はないので、ご協力よろしくお願いしますわ」
『えっと…… え? え?』
――そして、契約不履行に陥った悪魔之書の気苦労の絶えない日々が幕を開けたのだった。