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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第一章 タイア王女の儚い願い
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第二十八話 人魚の島 ④

 

「ねぇ、何かなあれ?」

「さあ……」


 コジュン島の北部、メロウの家が密集する入り江の入り口で。

 砂浜で語らっていた非番のメロウの夫婦の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。

 それは海面を泳ぐ海亀の甲羅に男が座っている姿だった。男はさらに自分の頭の上に子狐を乗せ、入り江の入り口近くをぐるぐる回っている。


「観光客、かしら?」

「海亀を手懐ける観光客なんているか?」

「あそこに」


 そう言って指さす妻に、旦那はしばらく閉口する。


「……ちょっと行って注意してくる」

「ええ、気を付けてねあなた」


 男のメロウは上半身に来ていた服を脱いで海へと飛び込む。下半身は魚のため、元々なにも見に漬けてはいない。

 そのまま人間では出せぬ速度で泳ぎ、瞬時に男の元へと到着した。


「おい、あんたそこで何してる! そこは関係者以外は立ち入り禁止だぞ」

「あ、お騒がせしてすいません。ちょっとこの辺のワカメの調査をしていまして」

「ワカメ?」


 ワカメと聞いて漁師である男のメロウが思い出すのは、ワルワレで起きていたワカメ事件である。

 その首謀者が海亀型の魔物であり、そしてたまたま通りがかった魔物の専門家によって十日前に捕らえられた事は、今ではコジュン島の住人全員が知っている事だった。

 そしてコジュン島の漁師に『例の海亀がこの地域での水産業を手伝う事になったから、見かけても手を出さないように』というお触れがあったのがつい今朝の事だ。ワルワレの職員と共に、直接代官ダゼンの元に挨拶に来たと聞いている。


「もしかして、その亀が例のワルワレで暴れていたやつか?」

「そうっすよ」

「じゃあ、あんたが退治した専門家なのか?」

「厳密には僕自身は専門家じゃなくて、その護衛の一人っすけどね」


 ケニーの返事を聞いて、男のメロウが小さく安堵のため息をつく。

 相手の正体がわかった事で、彼は態度を柔和させた。


「そうか、その節は世話になったな。ワルワレで問題が起こるとこっちの影響もでかいから心配していたんだ」

「はは、お役に立てたなら何よりですよ」

「ああ、専門家の先生にも是非礼を言っておいてくれ。――それで、ワカメの調査というのは何をするんだ?」

『このあたりの海藻が出荷できるかどうか見にですよ、ええ』

「うわっ、こいつ喋るのか!?」

「こいつは念話っていう魔法が使えるんですよ。

 ただ、皆さんはまだこいつと面識がないですからね。一人で調査させると危ないから、僕がこうして付き合ってるんです」


 驚くメロウにケニーが説明する。


『よく言いますよ、私が付き合ってやってるんじゃないですか』

『そう言わずに付き合えカメタロウ。

 もしもメロウの件が事故じゃなくて誘拐とかだったら、お前だって珍しい亀として誘拐されるかもしれないぞ? それは嫌だろ?』

『わかってますよコクリ殿』


 タイアと海亀のこの会話は、当然目の前にいる男のメロウには聞かせていない。


「それでついでに聞いておきたいんですけれど、先日起きたっていうメロウの行方不明事件について聞いてもいいですか?

 波にさらわれたと聞きましたが、あんまり強い波が来るようならここでの海藻採取は危ないかもしれませんし」

「それは構わないが」

「一応、高波に攫われたっていうメロウの家も見ておきたいんですが」

「わかった、ならば案内しよう。先に妻に説明してきてもいいか?」

「もちろんです」

「ではゆっくりついて来てくれ」


 そう言って男のメロウはケニーに背を向け、奥さんの待つ砂浜へと素早く泳いでいく。


『上手くいったな』

『そうっすねー』


 その背を追う亀の上で、タイアとケニーは顔を見合わせてニヤリと笑った。




 コジュン島の北部にある入り江には小さな浮島が無数にあり、その一つ一つに小さな小屋が建っていた。

 浮島の家一つ一つがメロウの家で、なにか水に浮きやすい植物を束ねて作ったものらしく波に合わせてゆらゆらと揺れている。浮島にはそれぞれ一本から数本の杭が打たれ、隣同士の浮島はロープにつながれている。岸に近い浮島が岸とロープでつながっていて、浮島全体が入り江の外に出て行ってしまうのを防ぎ、あるいは引っ張りあって浮島同士の衝突を防止していた。


「ここがその家があった場所だ」

「なんにもないっすね?」


 メロウの男性に連れてこられたのは、入り江の入り口にある沖に一番近い浮島だった。そこにも家は建っているが、誰も出てこない所をみると不在らしい。

 この家にも杭が数本打たれて他の浮島とつながっているが、海側に一本、ロープのない杭だけのものがあった。


「本当は、この家や隣のとつながれていた家があと三軒ほどあったんだがな。夜中の嵐のうちに、ロープがちぎれて浮島ごと沖に流されたみたいなんだ」

「それって、中の住人達は気づかないんですか? そもそもロープが切れるほどの嵐なら、波が凄くて皆さん眠れないんじゃ」

「我々メロウは波をものともしない種族だからな。こうして家を持つ前は海に浮かびながら寝ていたし、雨風がしのげていればそうそう目は覚まさない」


 男のメロウはやや自慢げに説明しているが、ケニーはメロウ達の神経の図太さにやや呆れていた。

 それからケニーは杭をしげしげと見つめていたが、そこでひとつ疑問が浮かんだ。


「すいません、ロープは千切れたんすか? ほどけたんじゃなくて」

「ん? ああ、千切れたんだが、ロープの切れ端ならもうないぞ。

 浮島が流された日に代官様の所から調査隊が来てな。千切れたロープは代官様に見せる証拠品としてその時に持って行ったそうだ。今後はこの一番海側の家にはいかりを備え付けようかという話もあるな」

「なるほど」

「まあ、こんな話は海亀の海藻産業には関係ないかな?」

「うーん…… まあこいつのためにも一応は見ておきたかったので」


 そう言いつつケニーはカメタロウの頭を撫でると、カメタロウは嫌そうに首を引っ込めた。


「それで、ここにあった三軒の家の破片とかって見つかったんすか?」

「いや、それも見つからなくてな。皆はまるごと入江の外に流され、島を目視できないほど離れてしまったのではないかと思っている。俺たち漁師も散々探しているんだがなぁ」

「そうですか。でも死体も見つかってないなら、生きて海を漂ってる可能性もあるって事っすよね」

「まあな。そうあって欲しいと思っているよ」


 ケニーの質問に一通り答えた男のメロウは、奥さんのいる浜辺へと帰って行った。


「……で、どうしましょうかコクリさん」

『……コテージに帰るか。探しても無駄だろ、これ?』

『ですねぇ』


 去りゆく男のメロウを見送りながら、一人と二匹はため息をつく。

 カメタロウは水中に潜れるし、ケニーとタイアも水流操作の魔法で一定時間なら海中を探す事も出来るのだが、今更なにか手掛かりがあるとも思えない。まさか外海にまで探しに行くわけにもいかず、メロウ探しはあっさりと断念した。


『んん? もう帰っていいですか?』

「はい。 ……ああいや、やっぱりもう少しこの辺で時間を潰すっすよ」

『え?』

『ああ、話だけ聞いてあたし達が帰ったら、あの夫婦に不審に思われるか。カメタロウ、二十分くらい本当に調査してきて』

『はぁ……』


 見れば、浜辺のメロウの夫婦がこちらをみて何やら話している。特に睨んでいるわけでも怪しまれている風でもないが、ここで何もせずに帰ると本当に怪しまれる可能性がある。


 タイアが面倒くさがる海亀の背中をぺちぺちと叩きながら、入り江の入り口付近へと移動した。

 入り江の西側の砂浜にはメロウ夫婦がいるので、ケニーは東側にある暗礁で亀から降りる。


「あーカメタロウ君。この辺のワカメはドウデスカー?」

『イインジャナイデスカー。――あ、これ昆布だった』


 カメタロウがなんとなく目についた海藻を操って回収し、ケニーが岩礁の上で意味もなくそれを洗濯物の様にたたんでいく。

 なんの意味もないただのメロウ達へのパフォーマンスだ。

 ただの獣のフリをしているタイアはすっかり飽きてしまい、カニやナマコをつついたりして遊び始めていた。それにもすぐに飽きてしまったが。


『ん?』


 そこでふと、崖の側面から一本の海藻が生えているのを発見する。海面から五メートルほど高い場所から、緑色の海藻が垂れていた。


『なあカメタロウ、あれも昆布か?』

『ええ、そうですね。なんであんな所に』

「あそこに海水でもたまってるんじゃないですか?」

『それにしたってあんなに成長しますかね? ――どれ』


 そう言ってカメタロウがひと睨みすると、崖の昆布がうねり始める。

 ワルワレではたまたまワカメが群生していただけで、カメタロウはワカメに限らず海藻なら何でも操れた。


『――あれ?』

「ん、どうした?」

『引っかかってるみたいで引っ張りきれないですね、ええ』

「あんな所で?」


 気になったケニーが浮遊魔法で崖を登って確認すると、昆布は岩と岩の亀裂の間に――不自然なほどに一直線で、あからさまに人工的な隙間に挟まっていた。


「……?」


 よく観察すれば亀裂は縦に一本入っているだけではなく、大きく長方形を描く様に入っている。見つけたケニーの頭に真っ先に浮かんだのは、隠し扉ではないかという推測だった。

 試しに引っ張ってみるが、隠し扉のようなものは微動だにしない。


『なんか、隠し扉っぽいのに昆布が挟まったみたいっすね』

『メロウの貯蔵庫とかじゃないのか?』

『かもっすね。だとすると昆布が扉に挟まってるのは良くないでしょうから……カメタロウ、ちょっとさっきのメロウ夫婦呼んできてくれません?』


 そしてカメタロウに呼ばれた先ほどの男のメロウと、今回はその奥さんもやってきたが、


「いや、知らんなこんなの……」


 二人はケニー達以上に不思議そうな顔で亀裂を眺めていた。


「メロウも知らない謎の隠し扉っすか……もしかしてこの中に行方不明のメロウがいたりしないっすよね?」

「ははは、まさか!」

「そんな事はありませんよ、うふふふふ……」


 ケニーとメロウ夫婦は誰からともなく笑う。


 ――そして、しばしの沈黙。


 三人は急に真顔になり、周囲を念入りに調べ始めた。


「ねぇあなた、上の方に小さな穴が開いてない?」


 メロウの女性が指さした先、ケニーが見つけた隠し扉より更に小さな穴が開いている。


「うん? ああ、確かにあるな」

「これが隠し扉だと仮定すると、あれは通気口っすかね」


 ケニーはタイアを頭に乗せて魔法で浮遊し、小さな穴の前へと移動する。

 穴の奥を狐火で照らしてみるが、穴は深いうえに途中で折れ曲がっているらしく、その奥までは確認できない。


『ケニー、あたしなら通れるんじゃないか?』

『危ないですよ――っていうのは今更ですね。気を付けて下さい』


 タイアはケニーの頭から跳び、通気口の入り口に着地した。


「おーい、おたくのペットが危ないんじゃないのかぁ?」

「だいじょうぶっすー! コクリさんは賢いのでー」


 背後でケニーとメロウがやり取りしているのを聞きながら、タイアは奥へと進んでいく。


 通気口の様な細い空洞を抜けるとやや広い空間に出たので、タイアは浮遊魔法でおそるおそる着地した。

 その空間は非常に広く、暗く周りがよく見えない。目立たないよう限界まで小さくした狐火を灯りにして壁を探ると、海側に取っ手がついていた。


『ケニー、やっぱりこれ隠し部屋だな。内側に取っ手があったからあけるぞ』

『了解っす』

『……重いな、この扉。浮遊魔法かけたほうがいいぞ』


 そしてタイアとケニーが協力して扉を開ける。

 扉の奥に光が差し込み、中の様子がはっきりと見えるようになった。


「…………」

『…………』


 そして、しばらくの絶句。


「おーい、どうだったんだ!?」

「えーっと、見て貰った方が早いっすね」


 ケニーは叫ぶ男のメロウに近寄り、彼にも浮遊魔法をかけて浮き上がらせた。


 そして彼もまた絶句した。


「あなた? どうしたんです?」


 妻のメロウが戻ってきた夫の顔を覗き込めば、その顔はひどく青ざめている。


「――があった」

「はい?」

「家と、浮島の、残骸があった。食器とかも」

「…………」


 男のメロウの言葉に、彼女もまた言葉を失った。



 隠し扉の奥は洞窟になっていて、洞窟の中にはメロウの家を解体してできたと思われる瓦礫が大量に放置されていた。タイアは瓦礫周りを調べてみるが、メロウは見当たらない。

 洞窟の奥は暗く、どこまで続いているのかは入り口からではわからない。一直線に伸びている所を見ると人工的に伸ばされたのだろうか。


「あの洞窟の奥に行方不明のメロウ達がいるのか……」

「それはわからないですけど…… そもそもどこまで伸びてるんだか」

「方角的には島の東部ですね。代官様の屋敷のほうかしら?」


 メロウの思い付きの一言に、一同は顔を見合わせる。


「ははは、まさかなぁ」

「うふふふ、そうよねぇ」

「ないですって。あははは」


 メロウ夫婦とケニーは同時に空笑いして――


「……私、仲間達を呼んできます」

「俺はこの周囲を見回ってくる」

「僕は少しだけ奥を偵察してきます」


 そして真顔になって散開した。

 ケニーは洞窟の中に入り、奥を警戒していたタイアと合流する。


「これ、アキさんにも念話で報告しておいたほうがいいっすよね」

『それが、そう思ってさっきから名前を呼んでるんだけど、アキから返事がこない』

「え、でも念話が届かない距離じゃないっすよね…… まさか代官に!?」


 念話は基本的には一方通行な魔法で、相手からの反応がなければちゃんとメッセージを送れたのかわからない。


 フィロフィーと共に代官屋敷に向かったアキが、昼寝している事もないだろう。何らかの理由で気絶しているか魔力が切れたか、あるい海に出て念話の届かないほど遠くに居るか。最悪、死んでいるかもしれない。


『アキが心配だ、突入しようケニー』

「……わかりました」


 魔封じの魔方陣の存在すら知らないケニーとタイアは、すぐに突入を決意した。


 ケニーは一瞬タイアを危険にさらしてよいのかと考えたが、ここで待てと言って止まるタイアではない。

 剣こそ振れないタイアだが、狐化によって身体能力は日に日に上昇し、人間だった頃よりずっと強くなっている。攻撃魔法も使い慣れているし、命がけの実践も積んだ彼女は十分に戦力として期待できる。

 ここで王女だから、若いからと言って置いていくのも今更だ。


「ちょっとだけ待ってください、メロウやカメタロウに事情を伝えてきますから」

『ん』


 再度洞窟を出て行くケニーを、タイアはそわそわしながら見つめる。


(アキ、フィロフィーも…… 大丈夫、だよな?)


 タイアは二人の仲間の無事を信じつつ、洞窟の奥を睨みつけていた。

 

あ、実在の海亀は素早く泳ぐために甲羅が小さく進化したため、首を甲羅の中に引っ込める事は出来ないそうです。

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