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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
プロローグ セイレン領の狂騒少女
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第二話 そして、無理矢理出会った

 タイアとフィロフィーは、物心ついた時にはポロ村で一緒に暮らしていた。


 セイレン家は広大な領地を持つが、大陸最北端の雪国であり、その大半は雪と氷におおわれている。かろうじて作物が育つ南部に村が集まっているが、街と呼べるような規模のものはなかった。

 セイレン家の屋敷もそんな辺境セイレン領の村のひとつ、ポロ村にある。若者も子供も少ない村で、同世代の遊び相手はお互いくらいしかいなかったので、二人は一緒にいることが多かった。


 そんなタイアはフィロフィーがどれほど魔法に憧れを持っていたのか、誰よりも良く知っている。

 純粋な魔法がすたれ、魔道具や科学が見直され始めた現代に、フィロフィーほど魔法に憧れている人間もいないだろう。物心ついた頃には既に、フィロフィーはいつもセイレン家所有の魔法の教科書や実技書を読むようになっていた。


 貴族が魔法を覚える場合、たいていは『魔導書』という魔道具を使って魔法を覚えてしまうのだが、フィロフィーは魔術を一から勉強する道を選んだ。

 前者の魔導書で魔法を覚えた人間を魔法使いと呼び、後者の魔術をを学問として修めた人間を魔導士というが、フィロフィーが目指したのは魔導士だ。


 魔導書は読めば魔法を覚えられる便利アイテムだが、魔石を使って作るために値段が高い。珍しいものや性能の良い魔導書は、金貨千枚をゆうに超える値段がつけられた。

 フィロフィーが単に高価な魔導書を親にねだりにくかったのか、それとも本当に単純に魔導士の方がかっこいいと思っただけなのか、タイアにはわからない。


 ともあれフィロフィーは、物心ついた時には魔法の勉強をしていた。

 魔導士になるのは簡単な事ではなく、魔術の基礎を学ぶのに二~三年、そこから魔法を一つ習得するのにもさらに一~二年はかかる。途中で挫折する人間も多いいばらの道だが、フィロフィーは今日までめげずに勉強してきた。

 今思えば、フィロフィーは学問に関しては天才だったのだろう。他の子供が読み書きもおぼつかないような歳で魔術の本を読み漁っていたのだから。

 人一倍の速さで魔術の基礎を学び終えたフィロフィーに、教師役だったフィロフィーの母セルフィーも非常に驚いていた。


 ただ実技の方にはあまり才能がなかったらしく、火の魔法を使おうと特訓しても煙すら出せない日が続く。


 フィロフィーは一日も欠かす事なく特訓したが、魔法は使えなかった。

 それでも彼女がめげる事はない。タイアやセイレン家の兵士達が国から支給された火の魔導書を使った時にも、自力で覚えるからいいと突っぱねては特訓に明け暮れていた。

 魔導士で教師役だった母セルフィーの死後も、フィロフィーは母の残した魔法関連の本を全て読みつくし、一日もトレーニングを欠かさなかった。


 しかし、努力が報われる事はなかった。


 それでもフィロフィーが諦める事はなかったのだが、まったく芽が出ないフィロフィーを見かねたスミルスが、比較的安価な風の魔導書をフィロフィー十歳の誕生日にプレゼントする事にした。

 風魔法をきっかけに、他の魔法も使えるようになるかもしれないと考えての事らしい。


 魔導士にこだわるフィロフィーだったが、魔導士が魔導書を読んではいけないというルールはない。火や水の魔法は自力で覚えたが、覚えづらい変身魔法は魔導書を使ったというような魔導士も少なくはない。

 風の魔法という不人気魔法ではあったが、だからこそフィロフィーが使おうとして練習した事もなかった。毎日練習していた火や水の魔法ならまた突っぱねたかもしれないが、フィロフィーは渋々と風の魔導書を開いた。



 そして事件は起こった。

 いや、何も起こらなかった。


 魔導書がフィロフィーにまったく反応しなかったため、風魔法を習得できなかったのだ。

 魔導書を使えばどんなに才能のない人でも魔法が覚えられるはずなのに、である。


 不思議に思ったスミルスは伝手つてで魔導士アムバロを招き、フィロフィーが魔導書を使えなかった理由を調べる事にしたのだった。

 そして現在いまにいたる。



 *   *   *   *   *



(うん、無理だ…… 絶対無理だ!)


 貴族のお嬢様が魔導書が貰えなくて拗ねている、なんてぬるい状況ではない。

 魔導士になろうと幼少期の全てをささげてきた少女が、魔導書にすら相手もされないという事実を突きつけられたのだ。それを慰められるような言葉を十歳のタイアが思いつくはずもなかった。

 タイアは閉じられたドアを見つめたまま、振り向く事も進む事もできずに固まっていた。


「タイア様……」

「おおう!?」


 タイアの予想に反して、フィロフィーの話しかけてくる。

 タイアは驚きのあまりビクンと体を震わせる。覚悟を決めて振り向くと、いつの間にか状態を起こしたフィロフィーがタイアを見つめていた。

 先ほどまで彼女が発していた狂気の波動は抑えられている。


「ん、なんだ、フィー? 気分は大丈夫か?」

「申し訳ございません、わたくしは魔法を覚えられませんでしたわ」


 そう言って、フィロフィーはぺこりと頭を下げる。


「へ? いや、あたしに謝る必要はないだろ?」

「魔法を覚えて、タイア様の役に立ちたかったです」

「フィー、お前…… あたしの為に魔法を?」

「はい。魔法を覚えて、女王陛下を亡き者にしようと思ってたのですが」

「うん、その気持ちだけで嬉しくない。魔法使えてもそれはやめよう? あたし復讐するつもりとかないから」

「そしてゆくゆくはタイア様を女王にと」

「それって女王だけじゃなくて姉様達も殺してるよね?」


 あらためて、彼女の名前はタイア=キイエロという。このキイエロ王国の第六王女だった。


 タイアは赤ん坊の時からセイレン家で暮らしている。フィロフィーより誕生日が遅いがほぼ同い年だ。

 金髪を肩で揃えていて、身長はフィロフィーより頭一つ分小さい。

 

「ただの冗談ですわ」

「ん、ならいいけど…… てか、冗談言えるくらいには元気?」

「いつまでも落ち込んでいられませんわ。でも、少し一人で今後の事について考えてみますので」

「ん。それじゃああたしは、ちょっと庭で素振りでもしてくるよ」


 フィロフィーに後ろ向きに手を振りながら、タイアはその部屋を後にする。


 庭に向かうタイアの耳に、フィロフィーの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 タイアは一瞬フィロフィーの部屋に戻ろうかと思ったが、考え直して庭へと歩を進めた。



 *   *   *   *   *



 フィロフィーが目を覚ますと、すでに夕方になっていた。

 裸のままだったが分厚い布団を頭までかぶって寝ていたので、寒さは特に感じていない。フィロフィーは上着を着て、そして少し目をこする。眠いわけではなく、泣き腫らした瞼がかゆかった。涙は既に止まっているが、自分が泣き疲れて眠ったのだという事は理解していた。


 部屋を見渡すが他に人は誰もいない。太陽の光が西の窓から入ってきて、部屋を濃いオレンジ色に照らしていた。フィロフィーは火打石を組み込んだ機械で蝋燭をともす。タイアやスミルスは魔法で種火を出せるので火打石など要らないのだが、フィロフィーにはそれができない。

 フィロフィーの部屋には積まれた本が乱雑に置かれていて、貴族の少女の部屋とは思えない殺風景さだった。ベッド脇に飾られているウサギのぬいぐるみが、かろうじて女の子の部屋だと主張していた。


 そのぬいぐるみの横に二冊の魔導書が置いてある。

 一冊はスミルスから貰った風の魔導書だ。薄くて数ページしかないが、大抵の魔導書には最低限必要な魔方陣やルーンが記載してあるだけなのでとても薄い。


(これはもう、お父様に返しましょう……)


 何度開いてもうんともすんとも言わないそれを、これ以上自分の部屋に置いておくつもりはなかった。



 もう一冊のハードカバーで分厚い本は、フィロフィーの母セルフィーが生前にくれた謎の魔導書だった。古代の絶版魔導書ロストグリモワールであると考えられているが、壊れているらしく誰にも開けない。

 古代遺跡からたまに出てくる絶版魔導書ロストグリモワールで覚えられる魔法には、当たりはずれの差が大きい。テレポートのような凄い魔法が覚えられたという記録もあれば、胸が副乳になったり髪の毛が操れるようになったりするネタみたいな魔法を覚えてしまったという笑い話もある。

 ここにある壊れた絶版魔導書はセルフィーが若い頃に遺跡で見つけたらしいが、壊れているとはいえ危険な魔法の魔導書かもしれないので、売らずに保管していたらしい。

 セルフィーは亡くなる間際に、それをフィロフィーに託したのだった。


 フィロフィーはその魔導書のページを開いてみようとするが、やはり開けない。魔力を持った人間にも反応しないのに、フィロフィーに反応するはずがないのだ。フィロフィーは魔力が欲しいと再び泣きそうになりながら、その表紙に書かれている魔方陣をそっとなぞった。



 なぞった魔方陣が消えた。



「……え?」


 フィロフィーはしばらくポカンとして魔導書を眺めていたが、やがて事の重大さに気づいた。貴重な絶版魔導書を壊してしまったのだ。元々壊れていたが。

 慌てたフィロフィーは魔方陣の消えた部分を何度も擦るが、それで魔方陣が復活したりはしない。むしろ隣のルーンを触ってしまい、そこのルーンも消えてしまう。


「えっと、落ち着きましょう! こういう時には……魔導士らしく、血文字ですわ!」


 フィロフィーは魔導士どころか魔力もないのだが、それに突っ込んでくれる相方タイアはこの場にいなかった。

 焦りからか、フィロフィーは気持ち悪くて吐きそうになる。

 彼女は痛みを我慢しながら右手の人差し指を針でさし、その人差し指を見つめた。そのまま血が出てくるのを待ち、そしてその血をこぼさないように注意しつつ記憶を頼りに魔導書の魔方陣とルーンを復元する。


「こ、これでバッチリですわ! バッチリですとも!」

『バッチリじゃねーよ! 何一つバッチリじゃねーよ!』

「ひゃい!?」


 証拠隠滅を果たしたつもりのフィロフィーに、どこからともなくツッコミが入った。



 *   *   *   *   *



 余談だが、魔導士アムバロは(口止め料も含めた)報酬を貰い、翌日にはセイレン領を出て行った。アムバロは別の領地の魔導士協会から来た職員だったので、仕事が終われば当然帰る。セイレン領には魔導士協会も存在しなかった。

 アムバロは本当は二週間ほど滞在して魔法を教える予定だったので、報酬の増額よりも時間が浮いた事のほうが嬉しかった。彼はのんびり観光しながら帰るつもりでいたが、セイレン領には観光スポットも宿屋もないので早々に出ていった。


 彼は出発前にフィロフィーの無魔力は異常だから隠した方がいいと正直に伝え、自分も秘密にすると約束した。魔導士協会にばれれば懲罰ものなのだが、彼の良心が罪のない子供がモルモットにされるのを良しとしなかった。

 フィロフィーにとって唯一の救いは、魔導士アムバロが子供好きだった事だろう。


 フィロフィーは魔力がゼロではないが非常に少ない、そして才能が全くない人間という事に偽装された。魔導士協会の報告書には、アムバロが二週間みっちり指導しても魔法のいろはも理解できない残念な子、という報告がされる事になっている。


 フィロフィーはその事に静かに泣いた。

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