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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第一章 タイア王女の儚い願い
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第十九話 ネコマタの森 ①

 エホライ領の西部にある森林地帯は広大で、細い川が多く湿地が入り混じっている。そこには森林を東西に横断する街道が存在しているが、森の湿地帯を避けるように作られたその街道はかなり曲がりくねっていて、足の速い馬車でも二日はかかる長さになってしまっていた。

 その街道には橋の架けられている場所も多いが、エホライ領の領主は定期的に専門家と兵士を派遣して、道や橋の整備をすることで行商人などに安全性をアピールしている。ただし人通りが少なく安心して住める環境でもないために、宿場町などは存在しない。


 エホライ領もセイレン領ほどではないにしろ人手不足に悩んでいる田舎であり、それほど多くの行商人が集まるような場所ではない。最近では化け猫による悪い噂もあるからか、フィロフィー達一行を乗せた馬車は誰ともすれ違うことなく公道を進む。アキはついでに行商もしていくつもりか、馬車には日用品なども積み込まれている。

 森に入ってから半日ほど馬車を走らせて、ようやくフィロフィー達は人影を見つけた。小さな川にかかる石橋のわきで、老人一人と若者三人が携帯食料を齧っている。老人も含め全員が鎧を着て、馬車の類は近くにない。商人の類いではないし、隠れもせずに食事している所を見ると盗賊でもないのだろう。


『ん、たぶん人間かな?』


 タイアは御者席で鼻をひくつかせて、四人が魔物でない事を確認しようとする。しかし森の中からは色々な匂いがするし、目の前には馬がいる。そもそも化け猫の匂いを嗅いだことがないので断言はできないが、それでもアキは彼らがエホライ領の兵士に間違いないだろうと踏んで、石橋の前で馬車を止めた。


「こんにちわー!」

「うむ、行商人さんかな? ようこそエホライ領へ!」


 商人らしく愛想よく声をかけるアキに、老人が両手を広げて答える。


「もしかして、皆さんはエホライ領の兵士さん?」

「いかにも。橋の点検中じゃが、問題はないので安心して通られよ」

「お疲れさまです。そろそろ日が沈むけれど、この辺で休める所はありますか?」

「あいにく宿屋のようなものはないが、この先に策で囲った更地があるからそこに行くといい。わしらも今日はそこに泊まる予定じゃ」

「ありがとうございます。教えてくれたお礼に林檎でもどうです?」

「おお! ではありがたく頂こうかの」


 アキは林檎を手に取り、馬車を降りて兵士達に手渡す。手渡す時にアキが微笑むと、若い兵士は鼻の下を伸ばしていた。


「――ところで、そこにいるのはホワイトフォックスではないかの?」

「良くわかりましたね。毛の色が違いますのに」

「まあ、冬場はこの森にも現れる魔物じゃからな。この時期まで生き残る奴は少ないが」

「うふふ、あれは魔物ですが飼いならしてあるのでご心配なく。――魔物といえば最近、この森に猫の魔物が出るって聞いたけど、兵士さん達がいるなら大丈夫かしらね」


『ほらタイア様、まずは相手の警戒心を解いて、ここでやっと本題に入るんすよ。タイア様はいつも直球すぎますから見習わないと』

『おだまり、ケニー』


「いえ、ネコマタは――」

「がっはっは! もちろんじゃよ。魔物に襲われたらわしらのキャンプに駆けこむがよい。わしらの仲間の兵士も泊まってるからの」


 何か言いかけた若い兵士のを背中をバシバシと叩き、老兵士が豪快に笑い声をあげる。


「ありがとうございます。それじゃあ私達は先に行きますので」

「うむ。わしらはゆっくり歩いて戻るからの。気づかいに感謝する」


『あれ? もう終わり?』

『碌に情報引き出してないっすね』

『いいから。怪しまれないように今日は言われた更地まで行くわよ』


 そしてアキを乗せた馬車が橋を渡るのを、兵士四人はりんごを齧りながら見送る。


「いやぁ、美人さんでしたね。若い男が一緒にいたけれど彼氏かな?」

「……そうじゃの」


 浮かれている若い兵士の横で、老兵士は林檎を齧りながら馬車に鋭い視線を向けていた。



 *   *   *   *   *



 更地を策で囲んで作られたキャンプ地には複数のテントがあり、寝泊まりしているらしい十数人の兵士達がいた。馬も十頭以上いる。先ほどの橋にいた四人も後でここに合流するのだろう。

 ここにいた兵士は若い兵士ばかりなので、先ほどの老兵士がこの一団を率いていたのかもしれない。

 アキはここの兵士達にも軽く挨拶をして、彼らから少し離れた場所に馬車を止めた。馬に水と食事を用意するが、水はアキが魔法で出したものを与えている。


 これでもアキは魔導士で、水魔法は魔導書に頼らずに自力で覚えた魔法の一つらしい。ただしフィロフィーの様に自力で魔法を習得する事にこだわりがあるわけではなく、魔導書に頼った魔法もかなり多いらしい。

 らしいらしいと続くのは、アキがどんな魔法を使えてどんな魔法を使えないのか、フィロフィー達は正確な所を知らないからだ。少なくとも念話などフィロフィーが魔導書を渡したものは覚えているし、戦闘で火や冷気の魔法を使っているのは見たことがあるものの、それ以上のことはアキは秘密だと言って教えてはくれない。本人曰く「切り札は隠すもの、女はミステリアスな方がモテるのよ」ということだ。

 それに対してモテる割には結婚していないじゃないかとケニーが突っ込み、そして直後に大地に倒れ込んだため、フィロフィー達は深く追求することができなくなっていた。



「それじゃあ作戦会議を始めましょうか。まず、彼ら橋の点検してるって言ってたけどあれ嘘だから」

『嘘?』

「嘘っすか?」


 タイアとケニーが首を捻る。一方でフィロフィーは気づいていたらしく、頷いて同調する。


「そうですわね。このキャンプ地には馬がいっぱいいますのに、橋の四人組が馬に乗らずに徒歩だったのはおかしいですわ。おそらく馬が入れない森の中に用事があったはずですわね」

「え? えっと、私はここの橋の点検は橋の専門家と兵士が合同で行うはずだからおかしいって言いたかったんだけど」


 が、フィロフィーとアキでは着眼点が違ったらしい。


「どちらにしろ橋の点検はしてないって事っすよね。だったら兵士達は何してるんでしょうか?」

「ま、普通に考えたら森に入って兵士がやるのは魔物退治でしょうけれど……」


 アキは顎を触りながら考え込む。


「だとしたらどうして橋の点検なんて嘘をついたのかって話なのよね。兵士なんだし、魔物退治してますって言えばそれで済むのだから」

『あたし達に、この森に魔物がいる事を隠したかったんじゃないのか 』

「いや、こんな広い森に魔物がいるのは当たり前っすよ。 隠す必要ないですって」

「隠さなければいけないような魔物が出たのではないでしょうか? イワメティエプのような危険種が。

 それこそ人間に化ける事のできる危険種なんて現れたら、疑心暗鬼にかられて誰も領地に近づかなくなりますわ」


 魔物は人間に対する危険性を考慮して、友好種、無害種、有害種、危険種の四種類に分類される。魔物の大半は無害種か有害種になり、友好種と危険種は少ない。

 例えばホワイトフォックスは人間を狙うことは滅多にないが家畜や作物を荒らすので、有害種に分類されている。

 友好種はある程度知性があって、かつ人間と共存できる魔物があてはまる。キイエロ王国は有効種には人権を与えているので、よその国から移住してくる友好種もいる。逆に知性があっても人間に敵対するものが危険種で、イワメティエプなどがまさにそれだ。

 ネムリヒツジの様に温厚で家畜として利用されている魔物でも、知性は低いので友好種ではなく無害種とされる。グレイウルフやワイバーンなどの人間に危害を加える事のある魔物であっても、知性が低く人間だけを好んで襲うわけでもないため有害種に分類されている。

 あくまでも危険性による分類方法なので、有害種でも国に保護されている魔物がいたり、無害種でも積極的に駆除されている場合もある。


 もしも森の中に人間に化ける危険種が発生したと知られれば、エホライ領に訪れる人はぐんと減るだろう。領民も訪れる行商人を魔物ではないかと疑わなければならないし、そうなってはエホライ領にとって死活問題である。

 


『となるとやっぱり、化け猫が人間を襲ってるって事か』

「兵士達はネコマタって言ってたわね。……誰か知ってる?」

「あ、ネコマタなら思い出しそうなので、ちょっと待ってくださいませ」


 そう言って、フィロフィーは「むむむむ」と言いながら目を閉じて、両手で自分の髪の毛をおさげの様に束ねてビンビンと引っ張り始めた。

 フィロフィーなりの考え中のポーズ――の、つもりらしい。もちろん実際はグリモと会話中である。


「思い出しましたわ。本来の姿は尻尾が二本ある大柄な猫で、変化魔法の得意な魔物らしいですわ。知性があって温厚な種族で、別に人間を食べたりもしないので、大昔は人間と一緒に暮らしていた事もあるそうです」

「さすがはフィロフィー様。……でも温厚で人間も食べないなら、なんで人を襲ってんすかね?」

「グ、わたくしにもそこまでは…… 何か人間に恨みでもできたのでは?」

「まあ、理由はともあれ危険種なら殺しても文句は言われないでしょうし、明日は森林の中を探してみましょうか」

「くぉん!」『了解』



 *   *   *   *   *



 野宿の時、女性陣は馬車の中で眠るが、ケニーは近くにテントをはって眠っている。危険な場所では寝ずの番をして、日中馬車の中で眠る事もあるが、今日は近くで兵士が見張りをたてているので寝てしまう事にした。彼らには見張り代の代わりにアキが差し入れを渡している。

 見張り役の兵士は何とはなしに、ケニーのテントを見つめていた。初めは美女二人に囲まれて旅をしているケニーに冷ややかな妬みの目線を向けていたが、アキにはこき使われフィロフィーには敬語を使い、そのペットにまでも敬って、挙げ句夜は追い出されているケニーをみて、今はあたたかい目でテントを見守る事ができている。

 兵士達は初めフィロフィー達を行商人家族かと思ったが、今は大商人の娘らしいフィロフィーとその付き人と護衛(とペットの狐)なのだと推測していた。


「おや?」


 見張りの兵士はそこで、森から一匹の猫が出てくるのを見つけた。兵士は一瞬探していた魔物かと思い身構えたが、知り合いだとわかり警戒を解く。

 その猫は兵士の前に来ると、薄く光って人間の姿になった。一糸まとわぬ姿だが、オスだったのか男の子の姿になったので、兵士は眺めて楽しいものとも思わない。


「兵士さん兵士さん、あの馬車から魔物の匂いがするけど大丈夫?」

「魔物? ああ、旅人のペットだから大丈夫だよ。それで何かわかったかい?」

「ごめんなさい、今日も駄目だった」

「謝る事はないよ。引き続きお願いね」

「うん、わかった」


 それだけ言って少年は尻尾が二本ある猫の姿に戻る。人間と会話するために、人間の姿になる必要があったらしい。用事を済ませたネコマタの男の子は森へと戻っていく。


 その際に足音を殺してフィロフィー達の乗る馬車の傍を通り、中をそっと確認した。


「う~ん…… グリちゃん……」


 フィロフィーの発した寝言に驚いたものの、魔物匂いの元がただのホワイトフォックスであることを確認すると安心し、そして森へと入っていく。



 この時確かに全員寝ていたし、アキもタイアもネコマタの気配や匂いで目を覚ますことはなかったが、この馬車にはそもそも眠る事のない存在が乗っている。


「うゆぅ……えぇ……ネコマタ?」


 グリモに叩き起こされたフィロフィーが、目を擦りながらむくりと起き上がった。

 

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