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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第一章 タイア王女の儚い願い
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第十七話 囚首喪面

「……が、……で」


「なら……を……に」


「……でしたら、すべてが終わったらアキさんの望む魔導書を用意しますわ」

「ふふ、商談成立ね。よろしくフィロフィーちゃん」


 そうして二人は交渉を終える。

 フィロフィーとアキはどちらからともなく手を伸ばし、かたい握手を交わしたのだった。


 唖然とするスミルスを放置して。



 *   *   *   *   *



「――えっと、要するにフィロフィー様の魔石や魔導書に目が眩んで、アキさんは打ち首仲間になったんすね」

「打ち首は余計よ、ケニー」


 セイレン領の南にあるアクデーム領の街道を、一台の馬車が進んでいた。その馬車は二頭の馬が牽引していて、荷台にはアーチ状の屋根が取り付けられている。ただし人間よりも荷物を運ぶことを目的とした荷馬車のため、椅子は御者席にしかない。

 その御者席には銀髪緑眼の少女と赤毛を短く纏めた女性が座り、荷台には布団にくるまっている焦げ茶色の髪の青年が一人、そのそばに金毛の子狐がちょこんと座っている。

 三人と一匹の乗った馬車は、アクデーム領の南東にある街へと向かっていた。


「それで、どうして僕が馬車に乗せられてるんですかね」

「それはあなたも打ち首仲間だからよ」

「なるほど、よくわからなかったっす。あと、どうして僕は縛られてるんすかね」

「それは人手が足りないからよ」

「すいません、会話のキャッチボールをしてください」


 一見寝ている様に見えたケニーだが、その実布団ごと簀巻きにされていた。この馬車に乗っているのは彼の意志ではないらしい。

 ケニーは内心の焦りを隠してアキを問い詰めようとしているが、残念ながら既に勝負がついていた。


『すまんなケニー、あたしにアキとフィロフィーは止められなかった』

「……あの、タイア様? それならそれで縄をほどいて欲しいんすけど」

『無理。狐の手じゃ解けないからな』

「じゃあ狐火で焼いて下さい。僕が自分でやると布団ごと焼身自殺になっちゃうんで」

『んー、でもこの距離だとまだセイレン領に歩いて帰れちゃうから』

「止める気ないじゃないっすかぁ!」


 ここまで冷静を装っていたケニーだったが、遂に耐えきれなくなって叫び声を上げた。至近距離で急に大声をだされ、タイアがびくんっと身をすくませる。御者席のアキとフィロフィーも驚いて振り向くが、タイアが念話の魔法でケニーと会話していたのだと察し、すぐ前を向いた。



 フィロフィーは数日かけてイワメテイェプを完食し、その魔石から念話の魔導書を五冊作った。タイア、スミルス、ケニー、ソフィア、そしてアキの分で五冊である。魔石に限りがある中で五冊作る事を優先したため、それほど強力な魔導書というわけではないが、そもそも念話の魔導書自体が珍しい。

 念話の魔法は、離れた場所にいる相手に言葉を届けるというものだった。言葉を届ける相手が多いほど、そして距離が離れる程に消費魔力が大きくなる。距離が離れると消費魔力は指数関数的に増えていくのであまり遠距離での会話はできないが、同じ馬車の中での会話ならば殆ど魔力は消費しない。

 フィロフィーとグリモの会話方法にも似ているが、魔力を消費する点、ある程度なら長距離でのやり取りもできるという点では異なっている。


 フィロフィーには受信しかできないし、グリモはそんなフィロフィーに伝言してもらわないと念話の内容がわからない。あまり乱用されるとフィロフィー達には辛いだろう。



「はぁ……逃げないっすからそろそろ本気で縄を解いて下さい。身体があちこち痛いんで」

「しょうがないわねぇ。フィロフィーちゃん、ケニーの縄を解いて上げてくれる?」

「わかりましたわ」


 そもそもケニーは護衛用に連れてきたのに、荷台に縛ったまま放置しては意味がない。

 フィロフィーは御者席から荷台へと這う様に移動し、そしてケニーの縄を解いた。数時間ずっと縛りっぱなしにされていたケニーは、ぶつぶつと文句を言いながらストレッチを始める。

 寝込みを襲われたため、その姿は寝間着で顔も洗ってはいない。ケニーはフィロフィーがケニーの家から持ち出してきた衣服に着替え、しかし頭はぼさぼさのまま支度したくを終える。

 フィロフィーに御者席を勧められ、ケニーはアキの隣に座った。


 ちなみにフィロフィー達が乗っている荷馬車は、アキがセイレン領に来るのに使ったものである。アキは元々セイレン領向けの物資しか積んでいなかったので、積み荷はフィロフィー達とその私物ぐらいしか積んでいない。ケニーの剣や皮鎧はフィロフィーが積んでおいた。

 もちろんグリモも荷台に乗っている。荷台の隅に置いてあるフィロフィーの巨大なリュックの入り口から、ウサギの人形が顔を出していた。


「そう言えば、スミルス様は?」

「領主が長い間領を出るわけにいかないでしょ? 特にセイレン領は代官も立てられないし」

「そうですけど、よくあのスミルス様がお留守番なんてしたっすねぇ」

「やぁねぇ、スミルスがそんな簡単に許すわけないじゃない」

「…………」


 嫌な予感に押し黙るケニーに、アキは改めて今後の計画なども含めて一から説明する事にした。

 


 アキはフィロフィーと話し合った末、今後の継続的な魔石や魔導書の供給を条件に、タイアを人間に戻す方法探しを手伝う事にした。しかし魔法商店を営むアキにも思い当たる魔導書や魔道具などはなく、当面の目標は人間に変身できる魔法を探す事になる。

 それにはフィロフィーに色々な魔物を食べてもらうしかないが、オリン第一王女の成人式典まで時間がない。のんびりと魔石や魔物をセイレン領に運びこんでいる暇がないため、アキは逆にタイアとフィロフィーを連れて魔物探しの旅に出る事にしたのだ。時間がかかった場合はセイレン領には戻らず、旅先から直接王都へ向かえば良い。

 最悪タイアがどうしても人間に戻れない場合、各地で手に入れた大量の魔石や魔導書を手土産にタイアの父ロアードに土下座するつもりだった。


 スミルスは領主の仕事を放棄して旅に付いて行こうとしたが、セイレン領という危うい領地を預かっている以上それを許すわけにはいかない。アキは念話の練習と称してスミルスに魔力を使い切らせ、更に酒で酔わせたところを念押しで縛り、夜中のうちにフィロフィーとタイアを連れて屋敷を出発してきたのだ。今頃は屋敷に来たソフィアがスミルスを解放してくれているだろう。


 しかしアキとタイアとフィロフィーだけでは戦力も人手も足りないため、寝込みのケニーを拘束して攫ってきたのである。



「……なんかもう突っ込みきれないんでいいっす。

 それで、そんなに都合よく人間に戻れる魔導書なんて作れるんですか?」

「まぁ少なくとも市場に出回ってる魔導書にはそんな効果のものはないんだけど、私のほうで魔導書にすれば人化できそうな魔物には何種類かあたりをつけてるわ。その生息地を周りつつ、途中で目に入った魔物も片っ端から狩るわよ!」

「ははっ……」


 アキの物騒な宣言にケニーは乾いた笑いを返すが、どんな魔物で作った魔導書がタイアを人間に戻すかわからない以上はそれしかない。

 また、アキにとってはすべてが解決した後で、フィロフィーに食べてもらう魔物の選定にもなるだろう。フィロフィーの胃袋が有限である以上、できるだけお金になる魔石や魔導書を作って貰いたい。


 とりあえずアキは念話の魔導書はかなり有用と考えて、スミルスの出したイワメテイェプの危険種申請が通り次第、懸賞金をかけておくようにと自分の店に指示を出してある。

 突然店主が放浪の旅に出て、アキの店の店員達はさぞかし苦労するだろう。最悪経営が傾く可能性もあるが、フィロフィーとの契約がなればそれを補って有り余る。


「――はぁぁ。もう観光気分で付き合いますけど、ワイバーン退治みたいな危険なのは勘弁してくださいよ?」

「さすがの私だってわかってるわよ。ああでも、対人戦は覚悟しておいてね」

「……はい?」

「長旅になりそうだし、人と魔石を取り合う可能性も考えておきなさい。あ、この道も最近盗賊が出るって噂よ」

「げっ」

「大丈夫よ、暇があればみっちり鍛えてあげるから」

「すいません、やっぱり家に返してください」


 ケニーは急に緊張してあたりを見回す。

 少人数な上に女性ばかり乗っている馬車である。実際はどうあれ、見た目はさぞかし襲いやすい獲物に見える事だろう。アキの言葉が本気か冗談かはわからないが、いつ盗賊に奇襲されてもおかしくない事には違いない。

 ケニーはセイレン領の獣や魔物とは幾度となく戦ってきたが、対人戦は訓練以外で行った事がない。襲われない事を祈りつつも気を引き締めていた。



 *   *   *   *   *



 その数時間後、ケニーの思いを知ってか知らずか、一行いっこうは盗賊に出会う事もなく街へと到着していた。


「出ませんでしたわ、盗賊」

「まあ、そんなほいほいは出ないわよ」

『んー、残念だ』

「いやいや、全然残念じゃないですからね」


 残念と口にするタイアに対し、ケニーはどん引きしながらツッコミを入れる。


 タイアとしては盗賊と一戦交える事で、イワメティエプ戦でのミスを払拭したかったらしい。

 前回の様に自分に不利な状況で戦うつもりはない。タイアはケニーやアキと念話で連携しつつ、子狐の姿に油断した盗賊へ不意打ちの一撃、というのを狙っていたのだ。

 しかし噂の盗賊は現れず、平穏にアクデーム領の宿場町へと到着してしまった。


 今日はこの街で一泊する予定だったので、一同は馬車を降りて宿をとる。

 タイアは馬車を降りるとき、チワワの姿に変身しておいた。この姿ではろくに走る事もできないが、金毛ホワイトフォックスの姿よりも目立たないし、魔物に間違われる心配もない。

 アキは宿屋の主人に心づけを握らせ、ペット同伴を許可してもらう。


 フィロフィー達がその宿で夕食を取りながら盗賊の話の続きをしていると、その話が聞こえたらしい宿屋の女将に話しかけられた。


「あんたら、あの街道を抜けてきたのかい? そいつは運が良かったね」

「運が良かった?」

「そうさ、ついこの間までは確かに盗賊がいたんだけどね」


 フィロフィー達の会話が聞こえた女将さんが、料理を運びながら話を続ける。


「盗賊の中でも平気で人を殺す様な碌でもない連中だったからね、怒った領主様が兵を出したのさ。討伐されたのがつい一昨日だよ」

「あー、確かに私が盗賊の情報を仕入れてからだいぶ時間経ってるからね」

「心配して損したっすよ」


 ケニーは吐き捨てるように言うが、そもそも元有名傭兵団の斥候と匂いに敏感な狐が乗っていて、更にはケニーは知らないがスキャナーみたいな悪魔之書までも乗っているのだ。元々ケニーがそれほど気を張っておく必要はなかったのだろう。


「きゃんっ!」『そんな極悪な盗賊なら、なおの事あたしの手で倒したかったな』

「……うちのコクリさんもそれは良かったって言ってるっす」

「あら、賢いワンちゃんだね」


 ケニーの百八十度間違った意訳のせいで、犬タイアは女将に頭をなでなでぐりぐりされた。

 タイアはなでぐられながらケニーを睨むが、ケニーはどこ吹く風である。色々と面倒ごとに巻き込まれ続け、ケニーには貴族を敬う気持ちはほとんど無くなっていた。


「あの、討伐された盗賊はどうなったのですか?」


 そんな中でフィロフィーだけが、神妙な面持ちで女将に尋ねる。


「え? ……うーん、食事中にする話じゃないから、気になるなら後で西の広場に行ってみるんだね。ただ行かない事をおすすめするよ」


 フィロフィーの質問に、女将は苦笑いでそう答えた。



 *   *   *   *   *



 食後、興味本位で女将の言っていた西の広場に来た一行は立ち尽くしていた。

 タイアはアキに抱えられているが、やはり呆然としてそれらを眺める。


「確かにこれは、食事中の客には言えないわねぇ」

「くぅん……」『戦わなくて良かったかも』

「金輪際打ち首ネタを言うのはやめます」


 街の西の広場には、盗賊達のさらし首が横一列に並べられてた。

 その顔はどれも苦痛に歪んでいる。


 通常、捕まえた罪人とは便利な労働力であり、ちょっとした強盗や物取り程度の盗賊は強制労働となる。彼らがこうしてさらし首となっているからにはそれだけ酷い罪を犯し、アクデーム卿をよほど怒らせたのだろう。


「あれ? フィロフィー様は?」


 呆気に取られていたアキがふと気づくと、フィロフィーが近くに居なかった。

 周囲を見渡すと、フィロフィーが近くに居た見張りの兵士に話しかけているのが見えた。


「あの、首から下はどうしたんでしょう?」

「え? うーん、あれはお嬢ちゃんみたいな子が興味をもつもんじゃないよ?」


 おそらく背中のピンクのリュックから顔を出しているウサギの人形が、フィロフィーを更に幼く見せたのだろう。兵士はフィロフィーに対し、小さい子に話す様に優しく返答する。


「でも、どうしても気になりまして」

「もしかして、アンデッド化を気にしてるのかな? それなら大丈夫だよ。頭を切り落としてあるし、さらに死体は焼き払ったからね」

「そうですか。逃げ延びた盗賊とかは?」

「ははは、安心していいよ。今回は僕らアクデームの兵士だけじゃなく、傭兵も雇って囲い込んで殲滅したからね。アジトも見つけたし」

「わかりましたわ。ありがとうございます」


 フィロフィーは兵士にぺこりと頭を下げ、アキ達のいる所へと戻った。


「急にいなくならないでくださいよ。びっくりしたじゃないっすか」

「ごめんなさい、ちょっと確認してきましたわ。残念ながら盗賊の残党もいないそうですわ」

『いやいや、そこまでして戦いたいわけじゃないからな!?』


 そして一行は西の広場を出て、保存食などを買いながら宿へと戻るのだった。



 *   *   *   *   *



 ――その道すがらの事。


(残念ですわね、人間で魔導書を作れば一発で人間に戻れると思ったのですが)

『……え、ご主人そんな事考えてたのか? たぶん人間の魔力を魔石にするのは無理だと思うぞ。人間は体内に魔石を作らないし』

(やってみなければわかりませんわ)

『だったらご主人、今まで食べた熊や鶏の魔石は作れるのか?』

(…………あ)


 今回は珍しく、グリモがフィロフィーを言い負かす。


『ははははっ! だいたい、ご主人だって人間を食べるわけにいかないだろ?』

(え? どうしてです?)

『…………』


 しかし最終的に、閉口させられたのはグリモだった。


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