表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
プロローグ セイレン領の狂騒少女
1/105

第一話 決して叶わぬ少女の願い

 長編になる予定です。

 お付き合いいただければ幸いです。

 

  

 その少女はパンツ一枚の姿でベッドに横になっていた。


 少女はセイレン領の領主の一人娘で、名前をフィロフィー=セイレンと言う。

 腰まである長くてふわりとした銀髪が、今は白いベッドに扇形に広がっている。肌は白く透き通っていて、鮮やかな紅色の唇とエメラルドの様に輝く瞳、そして黒の下着が際立っていた。


 その銀髪緑眼の少女の横には黒いローブ服を着た四十代くらいの男が椅子に腰かけている。

 彼は緊張した様子をみせるフィロフィーの――その膨らみはじめた胸にそっと手を乗せた。

 男の手の感触にフィロフィーはわずかに身をよじり、小さく吐息を漏らす。




 その光景だけを切り取ればこの上ない犯罪臭が漂っているが、黒いローブの男の後ろには強烈な怒気を放っている男――セイレン領の領主であるスミルス=セイレンが仁王立ちしていた。フィロフィーの銀髪は母親譲りであり、彼の髪は銀色ではなく栗色をしている。

 顔立ちもあまり似てはいないが、フィロフィーの血のつながった父親である。

 スミルスは今にも男に掴みかかりそうな様子だったが、それを左右にいる初老のメイドと金髪の少女が必死になだめる事により、かろうじて思いとどまっていた。


 スミルスの殺気を背中に受けている黒いローブ服の男は魔導士で、名をアムバロという。彼はただフィロフィーの身体検査をしているだけなのだが、スミルスの圧力プレッシャーに冷や汗をだらだらと流していた。

 アムバロにフィロフィーの身体検査を頼んだのは他ならぬスミルスなのだが、そんな事はおかまいなしである。

 スミルスのせいでアムバロは手が震えて検査に集中できず、結果として検査が長引いていた。アムバロの手がフィロフィーにはくすぐったいのだが、それ以上に検査結果がどうなるかが心配で仕方ないフィロフィーは、動くことなくじっとしていた。


 嫌な緊張感の中、魔導士アムバロがようやく検査を終える。その驚くべき検査結果に驚き唖然としていたが、背後のスミルスから放たれ続けているプレッシャーにあわててフィロフィーの胸から手を離した。このままパンツ一丁のフィロフィーを眺めているのもどうかと思いアムバロは立ち上がって振り向き、そしてスミルスにその検査結果を伝えた。


「検査結果が出ましたが、どうか驚かずに聞いてください。

 ――お嬢様は無魔力でいらっしゃいます」

「……は? 無魔力?」

「そう、魔力がまったくないのです。信じられないことですが、おそらく生まれつき魔力が生み出せなかったのでしょう。人間は誰しも無意識に周囲の魔素を取り込み魔力に変えていますが、お嬢様はそれがまったくできないのです」


 アムバロが驚いたのは、フィロフィーに一切の魔力がない事だった。

 魔法の使えない人間は珍しくもないが、それは知識不足や練習不足が原因であり、魔力がない人間はいない――もとい、いないとされてきた。

 魔力を生み出せる速さ、貯蔵できる魔力の量は人によって差が大きいものの、無魔力の人間はフィロフィーが世界で初めてかもしれない。アムバロも興奮しようというものである。

 もしかしたら他にも魔力のない人間はいて、彼らは自分が無魔力である事に気づいてないだけかもしれないが、アムバロの知る限り魔導士協会にそういった報告はない。


 アムバロは精密検査のためにフィロフィーを魔導士協会に連れて帰りたいと思ったが、すぐにそれは諦めた。アムバロ自身はフィロフィーを手荒に扱うつもりはないが、他の魔導士協会の人間は違うだろう。彼にはそのまま監禁され、モルモットのように扱われるフィロフィーの姿が容易に想像できた。

 子供好きの紳士アムバロには、自分がそのきっかけを作るつもりにはなれなかった。


 そんなアムバロの優しい心中を余所に、スミルス、初老のメイド、金髪少女の三人が一様に顔をひきつらせていた。三人の様子に気づいたアムバロが、この人類史に残る大発見を信じられないのも仕方ない事だと首を振る。


 しかし、スミルス達が戦慄している原因はそこではない。他の誰でもない、フィロフィーという少女に魔力が無い事、それが彼らにとってどれほど不幸で破滅的な結果なのか、アムバロは知らなかった。

 三人の視線がアムバロを向いている。否、彼らが見ているのはアムバロではなく、その後ろのベッドに寝ている存在であった。アムバロもその事に気づき、そして背後から漂ってくる嫌な気配に振り向いた。



 ベッドの上に、狂気がいた。

 そこにいたのは間違いなくフィロフィーと呼ばれていた少女なのだが、魔力が無いと知り落ち込んだ――という表現では足りないほど、彼女は絶望に満ちていた。先程までエメラルドの様に光っていた目は輝きを失い濁っていて、ふわりとしていた銀髪は潰れて老女の白髪の様である。

 死体がベッドに横たわっているようにすら見え、アムバロは思わず一歩後ずさりする。その際に椅子を蹴飛ばすとフィロフィーは椅子の倒れる音に反応し、首から上だけを動かしてアムバロの目を見た。


「ひっ……」


 その動きは怪談話に出てくる人形の首が動いた瞬間そのもので、アムバロは小さく悲鳴を上げる。


「あー、魔導士殿、その検査結果に間違いはないのか」


 スミルスに質問され、アムバロは我に返った。


「は、はい、間違いないかと。人間や魔物の魔力循環が私の専門分野ですから。

 他の魔導士に再検査させても良いでしょうが、お嬢様はかなりの特異体質ですので、よからぬ事を考える者がいるかもしれません。

 あまり多くの人間には知られない方が良いかと」

「……そうか、ありがとう。報酬を渡すのでついて来てくれ」


 アムバロの言葉に、フィロフィーがさらに濃い狂気を放つ。怯えているアムバロにスミルスはわずかに苦笑し、報酬を渡すという名目で彼をフィロフィーから解放してやる事にした。

 決してスミルスも娘が怖かったわけではない。


「そ、それじゃあたしも」

「いえいえ、タイア様はここでフィロフィーとゆっくりされて下さい」

「へ?」


 タイアと呼ばれた金髪少女は一緒に出て行こうとしたが、スミルスがそれを押しとどめた。


「い、いやでも――」

「是非、ゆっくりと」


 スミルスはタイアに笑顔を向けているが、タイアは自分に拒否権がないのを悟る。

 そばにいたソフィアという初老のメイドが扉を開け、アムバロがまず逃げるように部屋を出た。スミルスが続き、そしてソフィアも何も言わずに当たり前のように後ろに続いて部屋を出ていく。

 タイアは助けを求めるように右手を伸ばすが、ソフィアは会釈してその手が届く前に扉を閉めた。



 部屋に静寂が落ちる。

 タイアの小さな背中に、狂気に落ちたフィロフィーの視線が刺さっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ