上谷太刀、セオフィラスと会う
どうしようとメアリが悩んだところで、四天王セオフィラスの申し出に応じるかどうかは太刀次第であった。
そしてその応えは前述したとおり、その申し出に応じるというものであった。
「な、何で応じるの!?危険だったらどうするの!?」
「何だ?このセオフィラスとかいう奴は危険な奴だったのか?」
「それは、その、あんまり知らないのだけれど……」
メアリの心にはニックの件がちらついていた。
このシャルル魔法学園で一番のネームバリューを持つ四天王。
だがセオフィラスの人物像をメアリは知らない。
ただ、この学園で教員や研究員を抜かし、否、教員や研究員を含めても一番の魔法の使い手。
セオフィラスはそう評価されている。
「セオフィラスねぇ。少なくても俺より好戦的な奴ではないな」
「知っているの?ニック?」
「魔法の天才、だからな。強者かと思って一応は調べた時期があった。だが、奴には魔法の才能はあるが戦闘の才能はねえ。一対一なら俺でも勝てる。そんなに警戒する奴でもねえさ」
「そ、そう?それならいいんだけれど」
ニックが安心するようなことを述べたのにも関わらず、メアリの心の靄は晴れることは無かった。
メアリにとって四天王とは雲の上の存在。
自分では到底到達することが無い頂の存在。
憧れと共に畏怖の念を抱いていたのだ。
そして自分は永遠にその存在と接することは無いのだと。
そう悟っていたのだが。
どうも太刀が現れてからイレギュラーなことばかり起こるようだ。
「それで?どうするんだ?」
「え?何が?」
「お前は一緒に行くのか?メアリ?俺は四天王と兄貴の会話に興味があるから勿論行くが」
「い、行くわ!私だって興味あるわよ!じゅる」
「お前、その設定やめたほうがいいぞ」
結局、太刀・ニック・メアリの三人でセオフィラスの元に訪れることにしたのであった。
セオフィラスが呼び出しに指定した場所は空き教室の一つであった。
教育棟の最上階。
指定された空き教室以外も全て空き教室の異色の最上階。
授業では勿論、部活などの目的でも使用されることが無い最上階。
立ち入り禁止にも近い最上階。
空き教室の前で、メアリは一人息を呑んだ。緊張しているのだ。
「上谷太刀だ。入るぞ」
しかし、太刀はそんなメアリの様子など全く気づかず、さっさと物事を先に進めてしまった。
「どうぞ」
空き教室の中から、物腰柔らかな男の声が響いてきた。
「失礼するぞ」
扉を開けて中に入ると、そこは空き教室とは言えぬほど物に溢れていた。
物というか、本。
四方全てが本。本。本。
扉以外全ての四面が本棚によって形成されていた。
床にも本がいくつも山積みになっていて、その部屋はほぼ本によって形成されていた。
「足の踏み場も無いな」
「すまないね。本が好きなものでね」
そういうセオフィラスの顔も積み重なった本によって、太刀からは窺うことが出来なかった。
代わりといってはなんだが、セオフィラスの横にはメイドの女性が控えていた。
「ソフィア。客人にお茶を出してくれるかな?」
「はい。しかし……」
「しかし、なんだい?」
「お茶をお出しするのは構いませんが、客人のお茶を置く場所がありませんが?」
「それは盲点だったね。さて如何様にこの難題を乗り切ろうか?」
「茶はいらん。それより客人が訪れたんだ。顔ぐらい見せたらどうだ?」
「おぉ!それはすまない!」
セオフィラスは目の前の積み重なった本をどかした。
現れたのは眼鏡をかけた端正な顔立ちをした青年。それでいて優しそうな人柄が溢れていた。
「あらためまして、セオフィラス・ベイカーだ。こちらは助手のソフィア。はじめまして、上谷太刀君」
「呼び捨てで構わんよ。そのかわり我もお前のことは呼び捨てで呼ばせてもらう」
「そうかい?それは親しみがあってよいものだね」
「それで我を呼んだ用件とは何なのだ?」
「うーん。実は用件は一つではなく、たくさんあってね」
なにから済ませたものかと、セオフィラスは困った顔をした。
「やはり、まず自分の疑問を解消させるのが一番かな。上谷太刀。君はこの学園に編入する際、将軍直属の『魔法騎士』と戦いコレに勝利した。そういう情報が僕の元に入ってきたのだけれど、それは本当かい?」
「本当だ」
「へえ、真実だったとは、これは驚いた。差し支えなければどうして勝てたのか教えてもらえるかな?」
「単純に我のほうが強かったからだが」
「ごめん。質問が悪かったね。将軍直属の『魔法騎士』はこの国最強の騎士だ。白兵戦に特化した魔法を主に取得しており、戦闘能力は随一だ。こう言ってはあれだけど、魔法が不得意な東の国の人間が勝てるとは思えないんだ。何か、君は特殊な力を持っているのではないかな?」
「特殊って程ではないが、この国の人間が魔法を使えるように、我が国の人間は身体能力を上げる『気』が使える。我はそれを用いてその『魔法騎士』を倒した」
「『気』か。聞いたことはあるけれど、御伽噺か何かだと思っていた」
「なんだ?手前ぇ!兄貴の言うことを疑うって言うのか?」
ニックがセオフィラスにつっかかる。
「いや、疑っているわけではないのだよ。ニック君。しかし信じられないのも事実だね」
「兄貴の力はすげえんだぞ!俺なんて足元にも及ばない使い手なんだぜ!」
「ニック君はすでに彼と戦ったようだね。そしてその力を認めていると。そうなれば『気』というのも信じるに値するものかもね」
「何だったら今見せてやっても構わないが」
「僕は争いが苦手なんだ。ニック君が敵わなかったのなら、僕はその力をお披露目したところで直ぐにやられてしまうだろうね」
「別に争わなくても披露できるが」
太刀はそう言うと、床に散らばっている本に目をやった。
「『気』は身体能力を上げる法。そこにある厚い本を……」
「成る程、本をたくさん持ってその力を示そうというのか」
「否、その厚い本を我の握力でずたずたにして見せよう」
「やめて!」
今まで余裕を持って穏やかに接していたセオフィラスだったが、本は相当大事なもののようで今までの余裕が嘘のように慌てだした。
「ここにある本は全て重要なものだから!価値のある歴史書とかもあるから!凄い危険な魔法書とかもあるから!」
「そんな危険なものを散らかしておくな」
「とにかく!本を破くとか、そういう真似はやめてくれるかな?もっと被害が少ない…いや被害が出ること事態おかしいのだけれど」
「ではそこの本棚を持ち上げる、でよいか?」
太刀が指差した本棚には本がびっしり詰まっており、普通の人間であればそれを持ち上げるなど到底不可能であった。
「それなら、まあ。しかし、そんなに簡単に持ち上げられるものではないが」
ヒョイ。
という効果音がついてしまうかのように、いとも簡単に太刀は本棚を持ち上げた。
「これでいいか?」
「……魔力の流れをほとんど感じない。それなのに到底人間では持ち上げるのが不可能であろう本棚を難なく持ち上げた。これは本物か。しかし、その技術が何故この国には伝わっていない?日の国が鎖国していたからか?否、御伽噺ではあるが、気の技術は清の国が発祥であると本で読んだことがあったな。つまりその技術は大陸にあった可能性は否定してはいけない。魔法も気も同じく存在はしていた。それが片や世界に公表され、片や秘匿されてきたのは?否、日の国では気の存在は秘匿されていない。だがこの国ではなかったことにされている。意図的に情報が隠されてきた?何のために。魔法の優位性の証明?否、否、結論を出すにはまだ早すぎる。僕はまだ気についてほとんど知らないのだから」
「兄貴。なんかこいつこっちを無視してぶつぶつ言い始めましたよ」
「ふむ。このセオフィラスという人間は研究者タイプの人間のようだな。新しいモノを目にすると考察せずにはいられない。こうなってはこちらの話などほとんど耳に入らないだろう。だが我はこの手のタイプの人間にも慣れている。見ていろ」
トランス状態に近いセオフィラスに向かって太刀は言った。
「ちなみに、我の国では符術という技術もある」
「符術!!なんだい!それ!気は聞いたことはあるけど、符術というのは僕も聞いたことが無い!!どんな技術なんだい!気よりも凄いのかい!」
「符術については我は使えないから披露はできない。しかしその内容を教えてやってもよい。ただし、今はダメだ。我を呼んだのは符術を知る為ではないだろう?符術を知りたければまた別の機会に我を呼ぶのだな」
「ああ、そうだったね。すまない。僕が用があって呼んだのに、別の用件に目が行ってしまっては本末転倒だね。では符術の件はまた今度聞くことにするよ。それで僕が太刀君を呼んだ件の一つは、今のとおり君の不可思議な部分を知りたかったからだよ。ふふふ、まさか『気』だとはね。僕の知っている世界も意外と狭かったものだね」
「お前の世界の狭さはどうでもいい。ところで用件の一つと言ったな。ということはまだ我に用があるということか?」
「うん。というか、僕が太刀君を呼んだのは実はこれからの用件が本題だったわけなんだけどね」
セオフィラスは掛けていた眼鏡をクイっと少し上に持ち上げた。
そして真剣な面持ちでこう言った。
「太刀君。……いや、君達。僕の探偵倶楽部に入らないかい?」




