上谷太刀、ニックと戦う
ニック・ブロードの得意な魔法属性は『風』。
そしてニックは自分が好んで使う魔法を、『風球』と名付けた。
風を圧縮して球状に閉じ込め、それに触れれば圧縮された風は一気に解放され、触れたものを吹き飛ばす。
複数に自分の周りに浮かせれば相手はうかつに攻撃できず、無論攻撃にも使用できる。
攻守においてバランスが取れている。
そして一番の利点は詠唱せずとも使用できる点である。
多くの魔法は精神を集中し、詠唱することで発動する。
しかし、この『風球』は詠唱を抜かして発動することが出来、気が短いニックにあっていた。
また詠唱が必要ない分、非常に素早く攻撃に移れ、故に彼は接近戦に自身を持っていたのだ。
「いくぜ!」
辺りに浮かべた『風球』の一つを、ニックは自分の足元に配置した。
そしてそれを勢いよく踏み込むと、ニックの身体は大きく前に吹き飛ばされた。
一瞬でニックと太刀との距離は詰められた。
これは『風球』の特性を利用した移動術。
速攻で相手に接近し、そこから相手に考える暇も無いほどの怒涛の攻撃を加える。
ニックの必勝パターンであった。
太刀はもう目と鼻の先である。
互いの視線が交わる。
不意をついたような、突然の接近。それだというのに太刀の顔色は全く変わっていなかった。
大胆不敵に、ニヤリと笑っているのだ。
(これぐらいは想定内ってことか!だが!)
ニックは右の掌に『風球』の一つを移動させる。
そしてそれを掴むようなイメージをする。実際には掴まない。掴めば吹き飛ばされてしまうから。
ニックは殴りかかるようにその『風球』を太刀に突き出した。
その攻撃は一撃必殺。
かつて『風球』の攻撃を喰らい、倒れなかったものは存在しない。
(例え倒れなくても、何度も攻撃するだけだ!)
ニックに慢心は無い。
いつでも全力で相手に向かい、全力を尽くし相手を倒す。
単純な思考。だが、故に強い。
ニックに慢心は無かった。
しかし、太刀の実力はわかっていなかった。
バシン!
「は?」
ニックの『風球』による右腕を振るった攻撃。
幾多の猛者を地に這わせた攻撃。
それを太刀は難なく、左手で払い落とした。
それは技術でも何でもない。ただ虫を叩き落とすが如き動きだった。
だというのに、そんな何でもない動きで、ニックの『風球』の一つは消滅した。
否、消滅ではない。
『風球』の圧縮された風は確かに解放されたのだが、太刀はそれが何でもないような様子なのである。
(こいつ!『風球』に触れたのに何故何でもないんだ!?)
「ふむ。なかなかいい攻撃だ。いささか手が痺れた」
そして
太刀が
構えた。
「これから貴様の腹に右の拳を打ち込む。力を入れろ。我の拳で腹が持っていかれないようにな」
「くっ!」
ニックに悪寒が走る。
そして太刀の言われるがまま、ニックは防御行動に移ろうと試みた。
が、直ぐにその考えを改める。
太刀の言う通りの行動が癇に障った、わけではなかった。
後手に回る防御行動。それは自分の流儀ではない。それに自分の周りにはまだ数多の『風球』が浮いている。防御はそれで充分である。
防御行動はしない。それよりも……
ニックは空いている左の掌に『風球』の一つを移動させた。
先程と同じ攻撃。
太刀に防がれた攻撃。
それでも、太刀が攻撃行動に移っている分、先程よりもそれが通じる可能性は高い。
ニックはそう考えたのだった。
一瞬で思考したわりには合理的であるニックの考え。その考えは間違っているわけではなかった。
しかし、正しくもなかった。
依然二人の距離は詰まったまま。互いの攻撃が届く位置に居る。
『風球』を掌に配置して、それから攻撃に移らなければならないニック。
ただ拳を突き出せばいい太刀。
どちらが早いかは火を見るよりも明らかだった。
否、その状況でなかったとしても太刀の攻撃のほうが早かっただろう。
ニックはその攻撃を一切認識できなかったのだ。
観測者であるメアリも同様である。
故に、ここからは太刀のみ事象の流れを認識した。
太刀は、拳を、前に、突き出した。
阻むものはニックの回りに佇む『風球』。
触れれば人を簡単に吹き飛ばす、強力な力の塊。しかも透明でどこに配置されているかもわかりづらい。
ニックの百戦錬磨の防御術。
並みの人間であるのであればそれを破るのは不可能。
ニックの接近戦の強さ。それは実は攻撃面ではなく、この崩しづらい防御術にある。
この防御術を破るには『風球』が配置されていない位置を探し出し、そこを攻撃する。
それが正攻法なのだろう。
しかし太刀は『風球』の配置など構わなかった。
ただ宣言通り、右の拳を突き出すだけだった。
当然、その拳は『風球』に触れる。
触れれば圧縮された風は一気に解放され、触れたものを吹き飛ばす。それがニックの魔法『風球』。
しかし圧縮された風が解放されるよりも速く、太刀の拳は前へと進んだ。
『気』により身体能力が上がったが故の速さ。
太刀にのみ許される速さ。
右の拳が二つ目の『風球』に触れる。
一つ目と同様、圧縮された風が解放されるよりも速く、太刀の拳は前へと進んだ。
そして
太刀の拳は
ニックへと到達した。
太刀の拳はニックの腹に軽く触れ、そして戻された。
超高速で繰り出された太刀の拳。
結局、『風球』の圧縮された風が解放されるよりも速く、太刀の攻撃は終えていた。
その攻撃はニックの腹に軽く触れただけ。
軽く触れただけだが、それで充分だった。
超高速の攻撃。
触れただけでも、ニックの腹に大きな衝撃を与えた。
そしてニックは膝から崩れ落ちた。
ニックは気を失い、彼の周りに配置されていた『風球』もその存在が消えた。
「さて採点の時間だ。ニック・ブロードよ。まず初めの珠を使った移動術だが、発想は素晴らしい。移動スピードも速く、相手の意表をつくことができる点もいい点だ。ただし移動が直線的で読みやすい。達人であれば簡単にカウンターを取るだろう。故にその移動術は70点。まだまだ改良の余地ありだな」
ニックが気を失っているというのに、太刀は続ける。
「次は攻撃だが、これは先程言った通りなかなかいい攻撃だった。我の手を痺れさせたのは賞賛に値する。並みのものであれば一撃で沈むだろうな。ただ並みではないものを相手にするのであれば、威力不足は否めない。60点。もっと威力を上げるがよい。我を楽しませるほどにはな。そして最後に……うむ?」
どうやら太刀はニックが気を失っていることに気づいていなかったようであった。
攻撃の採点が終わった段階でようやく太刀はそれに気づいた。
「気を失っていたか。出来るだけ手加減をしたつもりであったが、『気』を使えないものへの力加減というものはやはりわからんな」
太刀はニックを片手で持ち上げ、右の肩に担ぎ上げた。
「さて、メアリよ。随分静かだったが、こいつに何か言いたいことがあったのでは?」
ニヤリと不適に笑みを浮かべる太刀の意地が悪い物言いも、今のメアリには届かなかった。
メアリは事の顛末を全て見ていたが、何が起きたのか全く理解できていなかった。
ニックの威圧感に当てられ恐怖で自分を見失い、気がつけばニックが突然移動し、そしてまだ気がつけばニックが気を失っていた。
メアリが認識できたのはそのぐらいであった。
「まあ、気が失っているものに何を言っても無駄ではあるがな。すこし意地悪が過ぎたか?ところで、メアリよ。案内してくれないか?」
「……どこに?」
屋上に来てようやくメアリは言葉を発することが出来た。
「保健室に。こいつを治療してもらわないといけないだろう。我はこの施設の全容がわかっていないからな。案内頼むぞ、メアリよ」
メアリは保健室に案内している最中、屋上での出来事を思い返してみたものの、結局何が起こったかはわからなかった。
しかし、現在の太刀の状況とニックの状況を見比べれば、どちらが勝者かは理解した。




