上谷太刀、朝の出来事を説明する
太刀がニックに抱いた最初の印象は、とにかく『熱い』男だった。
朝、太刀に絡んできた三人組にはない、『熱い』感情がニックには見て取れた。
「こいつで間違いねえのか!コラ!」
「は、はい!こいつです!こいつがガインさんをやりました!」
「ガインの奴より一回りも二回りも小さいじゃねえか!本当にこいつがガインをやったのか!」
「ニックさんは更に小さいですけど」
「んだと!コラ!」
「ひぃ!」
ニックが連れている二人組みは、まさしく朝に太刀に絡んできた三人組の内の二人だった。
あの時、太刀に殴りかかったガインを除く二人組み。
「おい、手前ぇ。髪が真っ黒な手前ぇだ、コラ」
「ふむ、やはり我のことか」
「俺はニック・ブロード。こいつらの兄貴分だ。コラ」
「我は上谷太刀。今日からここで学ぶことになった編入生だ」
「編入生?どうりでみたことがない面だと思ったが、そういうことか!こいつらからお前の情報聞いたとき、『そんなあからさまな異国人がいたら、いくら馬鹿な俺でも気づくわ!』と思っていたが、今日からの編入生ってことなら納得だぜ!」
「それで?敵意剥き出しのお前は、我にいったい何の用だ?」
「手前ぇ、ガインをやったらしいな」
ニックの眼光がよりいっそう鋭くなった。
「ガインというのは朝のでかい奴か?」
「そうだ!そのでかい奴だ、コラ!」
「ふむ」
太刀は顎に手をあて、少々考えた。
果たしてあの状況は、自分がガインを倒したと言ってよいものだろうか?
考えた結果、「まあ素直に喋るか」と太刀は結論付けた。
「まず、最初に断っておくが、ガインとやらをあのような状態にさせたのは我ではない。ガイン自身だ」
「あ?どういうことだ、コラ!」
「ガインとやらが右の拳で我を殴ろうとしてきたから、我はその拳を払ってそいつの胸板にぶつけただけだ。そうしたら、何か爆発した」
太刀自身は一切手を加えていない。
ただ、ガインの殴る先を自分からガイン自身に変えただけだ。
結果ガインの拳は爆発し、ガインは自分の魔法により大怪我を負ったのだった。
魔法の効果を知らなかった太刀は、その結果に一瞬呆けたが、まあこれだけの威力を人に向けたガインの自業自得でもあるかと考え、それでも少しは良心の呵責があり治療費だけは置いて、職員室を探す作業に戻ったのであった。
「おい!手前ら!どういうことだ!?話が随分違うみてえじゃねえか!」
「あ、いや。俺たちもその時の状況はよく見えなくて……」
「あぁ!手前らは太刀の野郎が先に手を出して、ガインがああなったって言ってたよな!だがこいつが言うには先に手を出したのはガインだというじゃねえか!どういうことだ!コラ」
「に、ニックさんは俺たちよりそいつの言うことを信じるんですか!?」
「あぁ!わかった。ちょっと待ってろ」
ニックは太刀に顔を合わせて、目と目を合わせた。
「男がそんなに我に近づくな。気味が悪い」
「おい。太刀。手前が先に手をだしたのか?」
「否。先に手を出したのはガインとやらだ。もっとも挑発したにはしたが、そもそもそやつらが金品を要求してこなければこんなことにはならなかった」
「あぁ!?金品を要求!?」
ニックは太刀から視線を外すと、今度は取り巻き二人組みにその鋭い視線を向ける。
「どういうことだ。お前たち」
「え?いや。その……。そ、そんなやつの言うことを信じるんですか!」
「こいつは嘘をついてねえ。目を見ればわかる。お前らはどうだ?」
「う」
「こいつはお前らが金品を要求してきたと言っているが、そいつは本当か?」
「お、俺たちがそんなことするわけないじゃないですか。すべてそいつの出鱈目っすよぉ」
ニックの取り巻きは、ニックから視線を外しながらそう言った。
次の瞬間、ニックの取り巻きの一人が物凄いスピードで後方に吹っ飛ばされ、そして教室の壁に叩きつけられた。
「あ、が」
「目を見ればわかると言ったよな?それにこいつは嘘をついていないとも言った。それなのに手前らは嘘を重ねるのか?俺は悲しいぜ。結局手前らは出会った頃から何も変わってねえってことだな?」
ニックは残った一人に取り巻きに目を向けた。
「あ、あ、あ」
「なあ?俺の言ってたこと覚えているか?結構前にマジな感じで語ったんだが、『強い奴に喧嘩を売るのは構わねえが、弱い奴には手を出すな』と。そう俺は言ったよな?金品を要求する行為。それは強者に喧嘩を売る行為じゃねえ。弱者を痛ぶる行為だよな?」
「あ、あの。ち、違うんです」
「いつからそれをやっていた?」
「こ、今回だけです!今回そいつが生意気だから!たまたま……」
言葉の途中で残った取り巻きも、先程壁に叩きつけられた取り巻きと同じ運命を辿った。
「嘘はわかるんだよ。相手の目を見ればな」
「ふむ。変わった特技を持っているのだな」
太刀が変わった特技と言ったのは、取り巻き二人を吹っ飛ばしたものではなく、相手の嘘を見抜く技術のことだった。
太刀が日の国に居たときにも似たような技術を持っている者はいたが、しかしニックのような性格の者でそれを行えるものは見たことがなかった。
ニックとは違い、したたか故に相手の嘘を見破る。
それとは反対にニックはその真っ直ぐな瞳で相手の嘘を見抜く。
やっていることは同じなのに、その過程は大きく異なっていた。
「太刀とか言ったな」
ニックは太刀の正面に立つと、深く頭を下げた。
「すまねえ!弟分がえらく迷惑をかけたようだ!こいつらの兄貴分として俺が頭を下げるぜ」
「気にするな。我はこいつらに金品を取られてはいない」
治療費は置いていったが。
と流石に太刀は言わなかった。
「このクラスにこいつらに迷惑をかけられた奴はいるか!?金品を要求され払った奴は!?もしいるのだったら俺に言ってくれ!後できっちりこいつらに返金させる!今回は皆に迷惑をかけて本当に済まなかった!」
ニックは太刀のクラスメイト全員に対して頭を下げた。
クラスメイトはそんなニックの姿に困惑した。そもそも太刀とニックの最初のやり取りから混乱していた。
編入生がニックの取り巻きのガインを倒した?
ガインってそもそも中々強いと評判ではなかったか?
編入生はそんなに強いのか?
どういう状況だ?
どうなってニックは太刀のクラスメイト全員に頭を下げているのか?
混乱し、全く理解できていないクラスメイト達であった。
だが、次のニックの言葉は太刀であってもその流れを読めなかった。
「しかし!それとこれとは話が別だぜ!太刀!手前に決闘を申し込む!」
「ほう。そう来るとはな」
「弟分がやられて黙っていたら兄貴分じゃねえ!例えこいつらの自業自得であっても、だ!それに、正直言えば俺は手前の強さに大いに興味がある」
「戦闘狂か」
「そう受け取ってもらって構わないぜ!日時は今日の放課後!場所は西館屋上!一対一の勝負だ!」
「戦闘狂だったら、この後直ぐにでも、と言い出すかと思ったが?」
「生憎、この後はこいつらのケツを拭きに行かなきゃならねえ。各クラスを回って頭を下げてくる!放課後までには済ませておくから安心しろ」
「我はまだ決闘を受けると言ってないが?」
「受けるだろ。だって……」
ニックはニヤリと、
「お前も俺と同じ、同類だろ?」
本当に楽しそうに笑った。




