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上谷太刀、クラスメイトと初めて会話する

結局、迷いに迷った太刀が職員室にたどり着いたのは、一時間目が終了した後であった。

クラスの担任である女教師は、遅れてやってきた太刀をしこたま怒った。

怒られながら太刀は思う。

時間など存在しなければ、人間はもっと大らかになり心に余裕が持てる。

目の前の女教師もここまで怒ることもなくなる。

時間というものは本当に余計なもので、人間が発見したものの中でもっとも罪深いものであると。

「物であったなら斬り捨てたものの」

説教とは何の関係もないその独り言は、女教師を更に怒らせるだけであった。


結果太刀が授業に参加できたのは三時間目からであった。

授業開始前にクラスメイトに軽く挨拶だけ済ませ、それからは他の学生と共に授業を受けた。

次の休み時間。珍しいはずの編入生である太刀に話しかけてくる生徒はいなかった。

編入初日からの遅刻、そして異国の人である太刀を同級生はどう扱っていいか決めかねていたのだ。

異国の珍しい編入生。

聞きたいことがないわけではない。

しかし堂々と遅刻をしてきて、更には言葉がどこまで通じるのかも不明である。

この異国の編入生は不良であるのか?だとすれば出来るだけ関わりたくはない。

だが好奇心はある。

誰か異国の編入生に声をかけないものか……同級生の誰もがそう思っているうちに、休み時間は過ぎていったのだった。

そして四時間目の授業が終わり、昼休みになった。

さて件の編入生はどう動くのか?

弁当を持参しておりそれを食べるのか?それとも学食や購買を利用するのか?

同級生達は太刀の一挙一動を見守った。

だが、太刀は動かなかった。

弁当を広げるわけでもない。かといって学食や購買に向かうわけではない。

ただ、自席に座り、腕を組んで目を瞑っていた。

どういうわけだろうか?彼の異国では昼ご飯は食べないのか?

それとも何か昼ご飯が食べれない理由があるのか。

いい加減彼への好奇心がMAXまで到達した一人の生徒が太刀に近づいた。

「こんにちは。上谷君、でいいんだよね」

女生徒に声を掛けられた太刀は、目を開き女生徒と目を合わせた。

「いかにも。我は上谷太刀だ」

「わたしはメアリン・ルート。よろしく。メアリと呼んでもらって構わないわ」

「よろしく。なれば我も太刀で構わんぞ」

このやり取りでメアリは太刀が不良ではないとわかった。

ほっと、胸を撫で下ろしメアリは続けた。

「ありがとう。ところで太刀君。一つ質問をしてもよろしいかしら?」

「ふむ。我が答えられるものであれば構わんが、今の授業内容を質問されても正直困るぞ。中途の編入のせいか、それとも我の国が遅れているからなのかわからんが、全くもってちんぷんかんぷんだ」

「くす。安心して、授業内容の質問ではないわ。あなたの昼食の話よ。太刀君は昼食を食べないのかしら?」

「食べたいのは山々だが、諸事情により絶賛絶食中だ」

「それは国の宗教的な問題かしら」

「まさか。金銭的な問題だ。予定ではここの学食とやらで昼食を頂く予定だったが、朝にちょっとした事情があって、金を全て渡してしまった。今の我は素寒貧なので昼食は我慢するしかないのだ」

太刀はズボンのポケットから財布を取り出し、それを上下逆にして縦に振った。

振ったが、地面に落ちるものは何もなく、太刀の懐の寂しさを示した。

「昼食代ぐらい残しておくべきだったな。全額渡すなど、我も人が良い」

「お金を渡す?……えっと誰か困っている人がいたから渡したのかしら?」

「困っているというか、まあ怪我人だな。治療費ということで渡した」

メアリの頭の中で、太刀が困っている怪我人にお金を渡し助ける絵が想像された。

「な、なんていい人なの!」

メアリのその一言をかわきりに、「編入生、いい人だって」「異国の編入生は聖人か!」「顔や態度は偉そうだけど、心は優しいのね」と、太刀のクラスの印象がガラリと一変した。

「ちょっと待て。顔や態度は偉そうとか言った奴がいたな?我のどこが偉そうなのだ?どこからどう見ても普通だろう」

「普通かどうかはさておいて、そのような事情であるなら、私のサンドイッチを分けてあげるわ」

「それはありがたい。素直に礼を述べさせてもらう。ありがとう」

メアリは太刀の席にサンドイッチが入っているボックスを展開した。

「さあ、好きなだけ食べて」

「ほう。これがさんどいっちというものか。では遠慮なく頂く」

太刀はボックスからサンドイッチを一つ取り出すと、それを口に運んだ。

「サンドイッチを食べるのは初めて?どう?口に合う?」

「……初めて口にしたが、うまいものだな。我は握り飯よりこちらのほうが好きかもしれん」

太刀はメアリのサンドイッチをぺろりと平らげた。

「ふむ。この国の食べ物はうまくないという評判を聞いていたのだが、それはどうやら間違った情報であるらしいな」

「それって誉められているの?」

「?誉めているではないか」

「そ、そう?と、ところで太刀君に聞きたいことが山ほどあるんだけれど」

「ふむ。つまりサンドイッチを食わせてやる代わりに如何なる質問にも答えろということだな。しかし生憎我はそこまで頭が良くない」

「いや、だから授業の内容は質問しないわ」

「それはありがたい」

それからメアリは立て続けにマシンガンのように太刀に質問した。

「どこの国の出身地なの?」「極東の日の国」「身長は何センチ?」「175センチ」「体重は?」「メアリは本当にそんなものが知りたいのか?」「年齢は?」「正確に数えたことはないが、酒は飲めるな」「好きな動物は?」「鶏肉」「いや、食べ物の話じゃなくて愛玩的な意味で……」

「狐だな。化けると奴らはいい意味で淫乱だ。ただ悪い意味で狡猾だから国を傾けられないように注意しないとな。実際狐のせいで我が国の歴史は変えられたと唱えている輩もいるぐらいだ。まあ、お遊びで歴史を変えようがどうしようが、我にとってはどうでもいいことだがな」

「……太刀君ってさ、変わってるわね」

「そんなこと無いと思うが」

「変わってるわよ。普通女の子の前で淫乱とか言う?それに狐に関しては御伽噺のような話をするし」

「そうか。以後気をつける」

「偉そうなのに素直なのはいいことだと思うけど。ところで、どうして今日は遅刻してきたのかしら?皆そのせいで、太刀君に話しかけづらかったと思うのだけれど」

「ふむ。てっきり我の髪の色や肌の色が他人と異なっているから避けられていると思っていたが、そんな理由だったとは」

「まあ、その理由もあるとは思うけど。編入初日で遅刻してくるなんて、よっぽど素行が悪い人が来たと思ったわ。でも話してみたらそんなことないし。どうして遅刻してきたの?」

「三時間目からの参加になったのは担任の女教師のせいだな。全く婚期の遅れた女は説教くさくて困る」

「それ絶対先生の前は言っちゃダメだから」

「何故だ?事実を述べているだけだぞ」

太刀は心底わからないように首を傾げた。

「素直すぎるのも問題よね。太刀君口が悪いから、それが先生の逆鱗に触れたのかしら?」

「いや、女教師の説教の理由は、我が約束の時間に職員室に着かなかったからだ」

「結局遅刻しているのね」

「三時間目からの参加になったのは女教師の説教のせいだ。あれがなければ二時間目から参加できた」

「それでも大分遅いわよ。その遅刻の理由はなんなの?」

「ふむ。単純に迷子だな。校内を散歩していたら、自分の現在位置がわからなくなってしまった」

「太刀君って方向音痴なの?」

「そんなことはない。星を見れば大体の自分の位置はわかる。ただこの建物は我が今まで出会ったことがないほどの大きさだ。迷ってもおかしくはないだろう?」

「まあ慣れないうちはそうかもね」

メアリも入学当時はその途方もない大きさに困惑したものだった。

世界最高の魔法研究機関。

最高であり最大の機関。

学生が立ち入りできるスペースだけでも、その大きさは他の育成機関とは一線を画す。

「でも校内を散歩ってあまりおすすめしないかも」

「ほう?それはどうしてだ?」

「今、西館のある区域に不良がたむろしていてね、通行料とかいって金品を要求してくるのよ」

「ほう。あちらが西館になるのだな」

「え?」

「何でもない。続けてくれ」

「そ、そう?えっとね、たむろしている不良たちも中々の腕前らしいのだけど、それ以上に厄介なのが彼らを束ねているニック・ブロード。彼のせいで風紀委員も下手に動けないのよ」

「ニック・ブロード?その名は聞いてないな」

「太刀君は今日編入したばかりなのだから、それは知らないでしょう。ニック・ブロード……このシャルル魔法学園で四天王に次ぐ武闘派でその戦闘センスは既に軍部さえ目をつけていると言われている。荒くれもの達のトップに立っているけれど、自らは悪いことはあまりしないみたい。ただ自分の部下がやられると黙っていないとか。風紀委員が頭を痛めているのはそのせいね」

「成るほど。部下想いのお山の大将か。ちなみに聞くが、そのニック・ブロードというのは、荒くれものを束ねているわりには小柄なのではないか?」

「そうよ?どうしてわかるの?」

「切れ目で眼光が鋭く、肉食獣のような雰囲気を纏い、額にはバンダナを巻いている」

「そう!え?もしかして知り合いなの?」

「知り合いではないが……」

太刀はクイっと、首を動かしメアリに後ろを見るようにうながした。

「今そこに来ている」

「え?」

振り向いたメアリの目には、太刀が特徴を述べた人物、ニック・ブロードが怒りの形相を浮かべながら立っていた。


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