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上谷太刀、アリシアと戦う

最強の魔法を撃てと言われたアリシアのその心中は穏やかではなかった。

アリシアの習得している最強の魔法。それは人の命を容易く奪う魔法であった。

今まで何度も決闘を行ってきたアリシアであったが、その全てが手を抜いた戦いであった。

手を抜かずに戦ってしまったら相手を殺してしまう。

全力での魔法は精々訓練の時に使用するぐらいだ。

それを人相手に使う。

故に、アリシアは一瞬躊躇った。

一瞬躊躇い、そして威力を加減した魔法を使おうとした瞬間である。

彼女の背筋に悪寒が走った。

悪寒の正体は紛れもなく、目の前の異国の人。上谷太刀である。

百戦錬磨のアリシアの勘が告げた。

目の前の人物は化物で、今まで相手にしてきた者達とは格が違うと。

本気を出さなければ勝てない!

アリシアは躊躇いを捨て、詠唱を行った。

「詠唱魔法?だと」

驚きの声をあげたのは外野のニックだった。

「あれは、『雷』の最上位魔法、『トールハンマー』だね。成る程、確かにアリシア君の最強の攻撃だ」

「セオフィラスさんよぉ。俺は別にアリシアが『トールハンマー』を使えたことに驚いているわけじゃねえ。奴が詠唱魔法を唱えたことに驚いているんだ。俺は以前、奴の戦いを見たことがある。アリシアは中距離からの無詠唱の攻撃を得意としていたはずだ」

無詠唱からの連続的な魔法攻撃。

それがアリシアが今まで行ってきた戦術であり、そして強みでもあった。

「ニック君。それは間違いだよ。彼女は中距離からの無詠唱の攻撃が得意だったわけではない。一対一の戦いでそれが有効だから使用していたまでだ。むしろ、彼女の本来のスタイルはこっちさ。後衛からの圧倒的な火力。正に魔法使いというにふさわしい術だ」

「そんなもん一対一で使える技じゃねえぜ」

「だから今まで使わなかったんだろう。だけど今は違う。太刀君は言ったからね。『先手はくれてやる』と。故に詠唱時間は大いにあるということさ。実際太刀君は仕掛けないしね」

そう。詠唱が始まったというのに太刀は一歩たりとも動かなかった。

動こうとしなかった。

受けるつもりなのだ。最高火力の魔法を。

「何でそんな不利な真似を……」

「さあ?僕は戦闘狂ではないからわからないなぁ。しかし受けきれるのかな?『気』の力で。彼女の『トールハンマー』は伊達じゃない。それはもう立派な戦術魔法だ。戦場ならば戦局を変え得る力だ。極東の技術はそれを上回れるかな。あぁ、早く詠唱終わらないかな。僕、さっきから筆が止まらないよ」

セオフィラスの願いが届いたわけではないが、詠唱は思いのほか早く終わった。

「示せ、その怒り。顕現せよ、その無慈悲なる神の槌を!『トールハンマー』!!」

詠唱が終わった瞬間、

彼らの視界は光に包まれ、

遅れて轟音が鳴り響いた。

失明したかのような閃光!

そして鼓膜が破れるような轟音!

それは太刀に対して魔法が放たれたことを示していた。

あまりの事象にメアリは腰を抜かしてしまった。

自分が今まで扱ってきた魔法と次元が違う。

憧れる以上に恐怖を感じた。

人単体の力がここまでの領域に達するのか?

こんな力、化物の比ではない。災害である。人的災害である。

「しまった!サングラスを掛けておくべきだった!目が全然戻らないよ!あ、でも僕は視力も弱いから、サングラスだったら度が足りなくて無理だったし、どっちにしろ見えないか!ねえ、ソフィア。君には太刀君がどうなったか見えるかい?」

「見えますけど……」

「え?何?耳もまだおかしくてよく聞こえないんだけれど?」

「見えると言っているでしょう。この糞ご主人様」

「じゃあどうなっているか実況してくれない。僕、まだ目が治んなくて」

「……耳は聞こえているんですね」

果たして、メイドの暴言は聞こえたのか。

まあ聞こえたところでソフィアはどうでもよかったので、何も気にしなかった。

「上谷太刀は、アリシアの攻撃を受けたようですが……立っています」

「うひょ!『気』って凄いね!」

「ですが、無傷というわけでもなさそうですけど」

『気』を全身に纏い、アリシアの攻撃をガードした太刀であったが、その攻撃は確実に効いていた。

馬鹿でかい雷は太刀に大きな衝撃を与えたし、その電撃によって身体が一時膠着した。

「くはっ!いつ喰らっても、電撃の攻撃は嫌なものだな。耐えようと思って耐えられるものではない」

ダメージはある。しかし……致命傷に到るものでも、戦闘の今後に支障があるほどのダメージでもなかった。

「素晴らしい攻撃だったぞ。アリシア。我が正に求めていた攻撃だ。お互いまだ立っている状況だが、どうだ?このまま採点の時間に移ってもよいぞ」

「『トールハンマー』を受けて、生きているの?」

攻撃を受けてダメージもあるというのに太刀は嬉々としていた。

反面攻撃が成功し、ダメージを与えたというのにアリシアは絶望した。

最大威力の魔法を放ったというのに、相手が動けるという状況。

まだ、『トールハンマー』を放つことは出来る。

しかし、それで太刀は倒れるのだろうか?そして二発目を太刀が許すだろうか?

この状況から見て、『トールハンマー』以外の魔法……無詠唱の魔法はおそらく太刀には通用しないだろう。

圧倒的な攻撃を見せたアリシアは、太刀に圧倒的な防御力を見せ付けられ、敗北を感じていた。

「並みの人間ならば、死んでいるだろうな。これほどまでの威力。それでいて広範囲。距離はもっと離れても撃てるのだろう?100点満点だ。アリシア。我の魔法修練がうまくいかなかった際は是非、我が国に魔法を教えに来てはくれないか?我の言葉は我が国の総意と取ってもらって構わん。どうだ?」

「まだ私が倒れていないのに……私にもう何をさせるかの催促かしら?」

「そんなつもりはなかったのだが、気に障ったのならば謝る。我は素直に賞賛しているのだ。魔法の技術に。アリシアのその力に。我が国の現在の技術では到達し得ないその力にだ」

「賞賛の言葉ありがとう。でもまだ終わりじゃないわ」

「うん?」

「私の攻撃はあなたに通じなかった」

「否、通じた。結構痛かったぞ、あれは」

「痛かったレベルじゃ通じた内に入らないわよ。まったく、あなたのその耐久力。大いに合格よ。でも……攻撃面はどうかしら」

アリシアは敗北を認めていた。だが彼女は戦いをやめるわけにはいかなかった。

彼女の目的のために。

例え敗北を認めていても、彼女は太刀の実力を測らなければならないのだ。

「私は今から防御魔法を張るわ。それを突破できれば、あなたは合格よ。あなたの願い、何でも一つ聞いてあげるわ」

「何でも、か?」

「そうよ。さっきの『我の国に来い』っていうのでも構わないわ。ただし、破れたらね」

アリシアは『水』と『風』の合成魔法『氷』を使い防壁を張った。

現段階でアリシアが使用できる最高の防御魔法。

勿論、誰にも破られたことはない。

それでも確信はある。

おそらく目の前の、この太刀という男は……

「その壁を壊せれば、我は合格ということか。成る程それはいい。ニックではないが、我も女性を殴るというのはいささか抵抗があったのでな。壁であったのならば遠慮なく壊すことができよう」

それを難なくとやってのけるのだろう。

そして

太刀が

構えた。

「これからその氷壁を破壊する。大いに強化するがよい。我はその全ての上を行ってみせよう」

太刀が地を駆ける。

その動きは常人では捉えることは不可能。

達人の域に至ってようやく認識が出来る。

故に、ここからは太刀のみ事象の流れを認識した。

太刀は一直線に駆けていき……

太刀は、拳は、前に、突き出した。

阻むものはアリシアが発生させ氷壁。

かつて誰も破壊することが出来なかった、鉄壁の氷壁。

これがある限り誰もアリシアに触れることは出来ない。

アリシアの完璧な防御術。

並みの人間であればそれを破るのは不可能。

アリシアがこの防御術を発動させたのであれば、攻撃は全て無意味。

諦めて降参するのが手っ取り早い。

それが普通の人間の思考であった。

しかし太刀の拳は構わなかった。

ただ宣言通り、右の拳を氷壁を破壊する為だけに動かす。

当然その拳は氷壁に触れる。

一瞬、太刀は涼しさを感じた。

氷壁……文字通り氷の壁。

成る程良い硬さだ。

だが残念ながらこの拳を止めることはできない。

そして

太刀の拳は

アリシアの氷壁を破壊した。


第三者から見ればそれは奇妙な結果だったかもしれない。

何せダメージを受けた太刀が勝利し、無傷のアリシアが敗北を認めたのだから。

しかし、それは当人の間では納得の結果であった。

そう、アリシアは戦いに敗北し、そして満足していた。

アリシアはようやく見つけたのだ。

幼き頃に抱いた、小さな夢の実現を。


幼い頃のアリシアは今とは違い大人しい女の子であった。

可愛いものが大好きで、そして物語の世界に没頭するような、そんなメルヘン少女だった。

そんなメルヘン少女がある小説に出会う。

それはなんてことのない冒険小説で、騎士の主人公とヒロインの姫が、国の危機のために旅立つというどこにでもあるような物語であった。

しかしアリシアはその小説に大いに影響を受けた。

ヒロインのピンチに颯爽と登場し、格好良くそのピンチを退ける騎士の主人公。

アリシアの初恋はこの騎士の主人公で、そしてヒロインの姫になることを憧れた。

そう、それがアリシアの夢。

自分のピンチに颯爽と登場し、そして助けてくれる騎士と出会うこと。

アリシアはそれだけを願った。

その為に何が出来るだろうと考えた。

結果、強くなることに決めた。

その冒険小説の姫も、毎度ピンチになりながらも王宮剣術を使いそれなりに強い設定だったのだ。

つまり強くなれば、自分にも騎士は現れる。

幼いアリシアはそう考えたのだった。

やがて、アリシアは自分の夢が限りなく実現が不可能に近いことに気づいた。

冒険小説も所詮物語の世界のもの、それに気づいた。

気づいて、アリシアは、更に努力を重ねた。

確かに冒険小説のような世界はこの世にないかもしれない。

しかしあの主人公のような騎士はこの世にいないとも言いきれない。

だからその騎士を自分が間違えることがないように、彼女は努力を重ねた。

努力を重ねれば重ねるほど、夢が実現不可能であることを気づかされたが、それでも

アリシアは努力を怠らなかった。

そうして努力して、『騎士試験』を実行し、

そして

アリシアは孤独になり、夢だけが残った。

最近ではその夢を思い出すのが辛くもなっていた。

「さて攻撃面の採点はもう終わったのだが、その氷壁の採点も必要か?」

そんな感傷を吹き飛ばすかのように太刀は言った。

「あーあ、こんな不遜な奴が私の騎士だったとはね」

言葉とは裏腹に、アリシアのその表情はえらく晴れやかである。

長年の憑き物がとれたような……実際とれたのかもしれない。

「何だ?私の騎士とは」

「何でもないわよーだ」

アリシアは太刀に対してべーっと舌を出した。

晴れやかであるし、後悔もしていないが、しかし戦いに敗れたアリシアはほんの少し腹が立っていた。

だからそれはアリシアのささやかな抵抗であった。

「戦いはあなたの勝ちよ。おめでとう。上谷太刀。あなたは見事『騎士試験』に合格したわ。だからあなたは私に何でも一つ願いを言っていいわよ。私が出来ることは何でもしてあげる」

「ほほう。何でも、か?」

「そうよ。さっきの『我の国に来い』っていうのでも構わないわ。エッチなのでも全然OKよ。……勘違いしてもらいたくないんだけれど、私は痴女ってわけじゃないからね」

「別に勘違いしてないが。しかし一つか。これは迷うな」

一つという単語にぴんとアリシアは反応した。

「あっ、お願いを増やして欲しいとかいう願いは無効だからね。そんな卑怯な子は落第でーす」

「成る程。そんな手もあったのか。それがあれば我の目的が両方達成出来たというのにな」

本当は願いを増やしてもアリシアは構わなかったのだが、しかし目の前で考え込む太刀を困らせたくなり、ついそんな条件を出したのであった。

太刀は「うーん」と長い間考えていたが、

「……否。やはり初志貫徹だな」

「願い、決まった?」

「あぁ、我がアリシアに願うのはだな……」

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