上谷太刀、魔法学園に編入する
『世界には、強いものと弱いものがいる』
師匠は世界のことをそう語る。
『そして強いものには二種類のものが存在する。弱いものから奪う者と……』
何もなかった自分に、師匠は、自分の白紙の感情を埋めるかのように、淡々とそれでいてはっきりと自分に語っていく。
『弱いものを守るものだ』
師匠と目が合う。
師匠は目で語る。
自分にこれからの道をどう進んでいくか。それを決定付けるように目で語る。
『我々英雄と呼ばれるものは決して奪う者を許してはならない。奪う者は弱いものの敵。つまりは我々の敵だ』
そして、これが、指針になった。
魔法の存在は太古の昔からあると囁かれてはいたが、実際にその存在を公に発表したのは大英帝国であった。
1800年代初頭にそれは世界に発表され、以降大英帝国を中心に魔法は研究された。
西欧には各地に魔法学園という学校を模した育成と研究が両立された機関が設立され、各国が魔法という未知の力をいち早く解明しようと躍起になった。
しかしそんな中で、極東の日の国はバカなので鎖国なんてして、他の国の技術や文化など知りません!とかやっていた。そういうわけで魔法に関して日の国は東方でも二歩三歩遅れてしまった。
故にかもしれない。
大英帝国最高の、否、世界最高の魔法機関であるシャルル魔法学園に中途編入が叶った上谷太刀はその学び舎に足を踏み入れた瞬間に誰よりも心躍っていた。
世界最高の魔法機関シャルル魔法学園。
その編入試験は非常に難しいという話を聞いていた。実際筆記試験を目にした太刀は、全くその回答がよくわからなかった。
日の国の友人が、「魔法を学ぼうなど無謀も無謀。弓や銃の扱いを学んだほうが、まだマシな話」と言っていたことが頭をよぎった。
筆記試験はどう考えてもダメそうなので、それを適当に済ませた太刀はその後の実技試験に全てをかけた。
結果、見事に合格。
太刀はシャルル魔法学園への編入が叶い、晴れて本日初登校というわけだ。
「我の野望にまた一歩前進したというわけだな」
太刀以外誰も居ない廊下で彼は一人そう呟いた。
念願のシャルル魔法学園に足を踏み入れて五分。
太刀は適当に足を進めて、現在ある廊下にたどり着いた。
太刀の当初の目的地は職員室であった。
職員室で自分の担当のクラスの教員と挨拶を交わし、そのままクラスのほうに案内される流れになっていた。
なっていたのだが、太刀はその流れに現在従っていなかった。
この太刀という男、全く悪気はないのだが、人との約束や取り決めを重要視しない節がある。
太刀は決してこの広大な学園で迷っているわけではなかった。
ただ自分の国と違う建築様式を目にして、その見事な様に感動し、散歩に近い形で校内をブラブラ歩いていたのだった。
そう、当初は迷っていたわけでは決してなかったのだが、
「……しまったな」
ブラブラとしている内に自分の今居る位置がわからなくなっている太刀であった。
校門から職員室までの道はわかっていた。
だが、自分のいる今の位置が判明していない。現在の自分の位置から職員室の道筋がわからない。
「人に聞ければいいのだが」
辺りを見回しても人は居ない。
「はて?この廊下は生徒が活用できるスペースのはずであったが」
シャルル魔法学園は育成と研究を兼ねた機関であるがため、生徒と教員以外に、研究者も席を置いている。
その為、この学園には三つのスペースが存在するのだ。
一つに生徒・教員、研究者が使用できる、共有スペース。
一つに生徒と教員が使用している、学徒のスペース。
一つに研究者のみが立ち入りを許可されている、研究者のスペース。
太刀が現在いる場所は学徒のスペースである。
このシャルル魔法学園でもっとも人口の割合が多いのは学徒である。
実際、校門付近では多くの学徒を太刀は目にしていた。
それにも関わらず、ここには学徒は一人もいない。
明らかに異様なスペースであった。
「ふむ。もしかすると足を踏み入れてはならない場所に足を踏み入れてしまったか……」
いささか舞い上がりすぎたか。
太刀は舞い上がった気を沈め、新たに気を引き締めた。
しかし、引き締めた瞬間であった。
廊下の先から三人組の男性の生徒たちが歩いてくるのが目に入った。
「杞憂だったか」
胸を撫で下ろすとともに、その三人組に職員室の場所を聞こうと考えた太刀であった。
「む?」
しかし、太刀のその考えは直ぐに改められる。
廊下の先から歩いてくる三人組の顔。
それは決してよろしいものではなかった。
三人組の顔……喜怒哀楽の感情でそれを表すのであれば「喜」であった。
だが「喜」は「喜」であるが、あまりにも邪な感情を含む「喜」であった。
太刀は日の国に居た時に散々にその顔を見てきた。
あれは……
「山賊の目だな」
やれやれと、太刀は肩をすくめた。
この世界はどこにいっても同じような奴らが存在するのだと、世界の仕組みが心底嫌になる。
「いやいや。決めつけるのはいささか早計であるな」
元からそういう顔つきの三人組なのかもしれない。
太刀は思考を前向きにし、気さくな感じを装いつつ三人組に声をかけた。
「もし、そこの方たち。少しよろしいか?」
「あん?なんだぁ?こいつ?頭も瞳も真っ黒じゃねえか」
「我は東方出身でな。髪が黒いのはその為だ」
「あん?誰も手前の出身地なんて聞いてねえんだよ」
語り口調も賊の物言いだった。
否、口調が乱暴なだけかもしれない。太刀は希望を抱きつつ、三人組にものを訊ねた。
「実は職員室に向かいのだが、道がわからなくてな。簡単でもいいからその道筋を教えてもらいたいのだ」
「職員室の道筋?いいぜ、教えてやるよ」
顔や態度に似合わず案外いい奴らではないか。
とは太刀は思わなかった。
その言葉には続きがあったのだから。
「但しこの廊下の通行料を払ったら、だがな」
「通行料?おかしいな。この廊下はお前たちのものではないだろう?」
「あん?細かいことはいいんだよ!こっちは払うか、払わないか聞いているんだ!」
「ふむ。我は学生というものがよくわかってないのだが、これはあれか?学び舎にあるという、カツアゲというものか?」
「そうだよ。わかってるじゃねえか」
「カツアゲとはあれだな。強者が弱者から金品を『奪う』行為。そう捉えて間違いないな」
「しつこい奴だな!いいから金を出せって言ってるんだよ」
「断る」
「あ?」
三対一。数の上で明らかに分が悪いというのに太刀はそれに明確に否定の意を表した。
それどころか。
「『奪う』という行為は完全なる悪の行為だ。貴様らが悪を行うというのであれば、我が貴様らを断罪してやろう」
「手前ぇ!ガインさん!やっちまってください!」
真ん中に位置どっていた、ひときわ大きな男が前に出た。
太刀は決して背が低いわけではなかった。
しかしこのガインと呼ばれた男は太刀よりも一回りほど大きかった。
「ガインさんは『火』と『風』の混合魔法の『爆』が使用できるんだぜ!謝って金を出すなら今だぜ!」
「『爆』?」
混合魔法『爆』。
その言葉を太刀は知らなかった。
魔法に対して基礎的な知識は自国で軽く勉強してきたが、あくまでも軽くであった。
太刀の自国、日の国ではあまりに魔法というものが知られてなさすぎる。
無知であるが故、太刀はその脅し文句にハテナマークを浮かべるしかないのであった。
「まぁ、よくわからんが。かかってくるがよい。先手は貴様らにくれてやる」
太刀の挑発にのったガインは、太刀に向かって拳を振るった。
彼ら以外存在しない廊下に、爆発音が響き渡った。




