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7 友のため

 



「これはこれは……」

 シルベリア王国王都、その外。高く頑丈な防壁より更に件の森の方へと近づいた場所。幅広い道であるそこに、イズレンディアとルーミルは立っていた。

「うわぁ……これはもはや、人族のみなさんがどうこうできるレベルではない気が……」

「さすがに同感です」

 眼前の光景に、思わず顔をしかめてそうこぼすルーミルに、いっそ晴れやかな笑顔で同意するイズレンディア。

 今、彼らの目の前では、黒い異形の軍団が、地響きをつれて行進していた。

 魔物――それは、この世界に唯一存在する邪神によって生み堕とされた、全ての生き物たちの敵。古来より人族にとっては相容れぬ存在であった魔族とも一線を画する、真の邪悪そのもの。

 故に、現状を目の当たりにした者たちは、自らが土に還るその時まで、現状をさしてこう語るだろう。

 即ち――悪意の天災、と。

 ……最も、この広大なる世界。いくらかの〝例外〟は、しばしば存在する。

「――まぁ、私とルーミル君なら、どうにかなるでしょう」

「はい! 僕たちにけんかを売ったのが、運のつき、です!」

 そう語る彼らこそが、まぎれもない例外の一例であることは、知る人ぞ知る事実であった。

「では、僕はこのまま転送魔法で飛んで、最後尾から叩きますね!」

「えぇ。こちらは任せてください」

「はい!」

 そう言ったルーミルの足元に、円とその内に描かれる文字で形作られた、青く輝く魔法陣が展開する。その円が瞬時に縮小した後に残ったのは、わずかばかりの、魔法の残り香たる燐光のみ。

「――さて」

 静かに、ルーミルが転送した黒い大軍のその先を見据えていたイズレンディアが、声を発する。一度の瞬きの後現れたのは、いつぞやの魔物戦にも見せた、〝戦場〟での姿。

 途端、音も無く空中に描かれたのは、十数種に分かれた、何十もの量の、魔法陣。元々強大かつ高威力な魔法を扱うために開発された古き力の結晶が、淡い輝きで宙を染める。

 そうして空中に展開した、大小色とりどりの魔法陣が輝く中、イズレンディアはその美貌に鮮やかなる微笑みをうかべ、それでもなお穏やかに――宣言した。

「さぁ、戦闘開始です」




「〈風振(ふうしん)よ、来たれ!〉」

 凛と響いた力ある言葉の命の下に、風の魔法が発動する。それは、彼が現れたことさえ気づかなかったモノたちに、甚大な被害をもたらした。

「さぁさぁ、どんどん行くよ!」

 最後尾の魔物たちが宙へと吹き飛ぶ様を蒼瞳におさめ、ルーミルは不敵に笑う。その笑みには、強い信念が宿っていた。

 ――仮に、万が一この場にて魔物たちを止められなかった場合。まず間違いなく、シルベリアの王都を囲む防壁や門は、ただではすまないだろう。それでも、おそらく王都内に入られる前に撃退することは、可能だ。一国の王都に集う騎士や魔法使いたちが、弱いわけがないのだから。

 しかし、それはあくまで、人間たちの場合(・・・・・・・)の話。

「両脇の森どころか、門の近くにだって本当は精霊たちがいるんだ……絶対、行かせない!」

 そう言って腕を振るい、無詠唱での魔法を発動させるルーミルの言葉どおり、姿を現さないだけで、精霊たちはいたるところに存在している。

 現状、精霊たちを護るためにと戦っている今、倒しきれなかった、などという結果は、ゆるされない。

 ――たとえ、その結果に憤り、裁く者がいなかったとしても、だ。

「〈大いなる火よ、我が身に宿りし糧を以って、眼前の敵を焼き尽くせ!〉」

 轟――と言う音と共に、ルーミルの足元から吹き出る赤い炎の柱。それはまるで意志を持っているかのように鎌首をもたげ、猛然と魔物たちへと襲い掛かった。

 しかし、魔物たちもここに来て、ただやられるだけの存在では無くなった。炎に焼かれる同族の側をすり抜け、進行方向より反転してルーミルへと襲い掛かってくるモノたちが現れたのだ。

「簡単にやられるつもりはないよ――〈水晶刃(クリスタルブレード)〉!」

 空中に出現した幾つもの透明な刃が、踊りかかってきた魔物たちを的確に貫く。

 いまだ炎の魔法が顕在している中、異なる魔法を並行して扱えるのは、ひとえに彼もまた、いずれは《賢者》の名を冠するであろう実力者であるがゆえ。

「〈炎よ、途切れず前へ……燃え盛れ!〉」

 高らかな詠唱が、暴れる炎を更なる業火へ成さんと、響き渡った。

 戦闘は、始まったばかりである。




「――無事、だろうか」

 王城の中でも特に高台に位置し、王都全体が見渡せるバルコニー。そこで、すでに戦いが始まっているであろう戦場へとその高貴なる紫眼を向けたセリオが呟く。

「簡単にはやられないと思いますよ。何せあの(・・)、御二方ですから」

 アーフェルと共にセリオの一歩後ろに控えているクロスが、そう答えた。確かに、とうなずいたセリオに、しかし次はアーフェルが言葉を発する。

「ですが、数が数です。魔物自体も、決して弱いモノばかりではない……流石に、無傷ではいられないかと……」

 己が銀の瞳に険しさをたたえてそう語るアーフェルの言葉も、無視は出来ない。

 たとえ、自分たち自身は何も出来ないことを知っていても。

 それでもなお、手を伸ばそうとする――それが、人間が人間たるゆえんであると、遠まわしに教えてくれた、いつかの日のイズレンディアの姿が、三人の胸中に浮かぶ。

 と、その時。

「! 陛下、あれを!」

 ふっと視線を向けたその先の異変に、アーフェルがセリオを呼ぶ。

「な――」

「あれは……」

 つられて振り向いたクロスと共に、三人がしばし呆然と見惚れたもの――それは、フェアラスを中心として、どこか規則的なウェーブを刻みながら何十もの円を空中に燐光で描く、数多の精霊たちの姿――。

 その美しさは、舞踏会の時に見せた円舞の比ではなかった。

 その輝きは、夜空に煌く星々さえも圧倒し。

 そして、そこに秘められた願いは、確かに、今も戦場で戦う者たちへと放たれていた。

 ――願いは、静かな力となって、彼らへと届く。




「!? しまっ」

 その言葉と共に、展開した結界魔法さえ破り突進してきた魔物に、ルーミルが弾き飛ばされる。

「くっ!」

 反動で地面を転がるうちに、今まで操っていた炎の魔法が霧散した。

 ここぞとばかりにルーミルへと飛び掛る魔物たち。しかし、この程度でやられるほど、ルーミルも弱くはない。

「〈風渦(ウィンドボルテックス)〉!!」

 上半身を起こして叫んだ単語が、その名の通り爆風の渦を生み、今にもルーミルへと食らいつこうとしていた多くの魔物たちを、無遠慮に宙へと放り投げた。強力な風の魔法はその威力を保ったまま前進を開始し、地上を逃げ惑う魔物たちを次々と空中へと巻き上げていく。

 その隙にと自身に回復の魔法をかけて休むルーミルはしかし、ようやく見えてきたイズレンディアの魔法と、いぜんとして自身の眼前に広がる魔物の群れとの距離の長さに、その端正な顔をしかめた。

「……予想以上に、手強い……」

 ぽつりと呟いたその声には、わずかな焦りが含まれていた。

 ルーミルは、そっと目の前に持ってきた手の平を見る。そうして確認する限り、自身の内にある魔力ももうそこまで余裕があるわけではないと悟った。もう、今までと同じように魔法を使うには、少々無理があるのだと。

 ……実の所を言えば、ルーミルがそこまで無理をする必要は、今回にいたっては、なかったりする。理由は単純で、イズレンディアもこの戦いに参加しているからだ。

 しかし、そこでイズレンディア一人に任せて退場しないところが、ルーミルがルーミルである、何よりの彼らしさであった。

「むー! 諦めません!」

 半ば怒りながらそう言って立ち上がる姿には、先の猛々しい炎を髣髴とさせる、強さが垣間見える。

 しかし、時間はない。すでに、眼前には迫る敵の姿があった。

「――」

 すぅ、と息を吸い込んだルーミルは、その空気を力に換えて、

「――〈炎よ!〉」

 とっておきの魔法を、言い放った。




「!」

 対するイズレンディアは、前後の異常を同時に感じ、とっさに巨大な結界魔法を自身の前へと展開した。

「? ルーミル君……は、分かりますが…………?」

 魔物たちが通れないのを良いことに、思案にふけるイズレンディアはくるりと背後を振り返り、そして珍しく、その瞳を本当に純粋な驚きによって、見開いた。

「あれは……」

 深い英知を宿す視線のその先には、先ほどセリオたちが見惚れた、精霊たちの姿があった。

「――」

 無言にてそっと瞳を閉じたイズレンディアは、フェアラスたちが届ける祈りの声を、その耳で確かに聴く。

「――やれやれ、そもそもの原因はフェアラスでしょうに」

 次いで、ふっと苦笑しながら開いた瞳には、穏やかな色が宿っていた。

 そうして再び戦場へと振り返ったその姿を、人は《賢者》と呼ぶ。

 力強く呼応する、魔力の高まり。厳かで、気高く……それでいて包み込む鷹揚さを見せる、偉大なる魔法使い。

 それこそが、戦場に立つ、彼のあるべき本来の姿――。

 そのあまりにも強者足りえる姿に、どうにか結界を壊そうとしていた魔物たちの動きが鈍る。

 その瞬間に空へと舞い上がったイズレンディアは、無茶を押し切って魔物たちと対峙する、ルーミルの姿を見つけた。

「……早く終わらせなければいけないようですね」

 そう心配げに呟いた声が聞こえるはずもないというのに、唐突にぱっと顔を上げたルーミルがイズレンディアを見つけ、実に鮮やかな笑顔を見せる。

「――」

 無言の微笑み。

 一拍を置いて、イズレンディアの穏やかな声が、詠唱(・・)を紡ぎ始めた。

 約三百年の時をへだててシルベリア王国を訪れたイズレンディアは、先の巨大魔石の一見以来過ごしてきた中で、ただの一度たりとも、詠唱による魔法を発動しなかった。

 理由としては、単純に彼にとっては無詠唱や、一単語(ワンスペル)で片付く事柄しか起こっていないことがあげられるが……それがここにきて、終わりを迎える。

「〈天と地を結びし閃光となるものよ、〉」

 高らかな詠唱は、地に蔓延る全ての悪を打ち抜かんと力を込める。

「〈今こそその身を雷矢と成し、〉」

 それは、月の輝く天空より貸し与えられる、イカズチの力。

 ――長い夜の戦いが、終わりを告げる。

「〈我が敵に、黄金の裁きを――!〉」

 瞬間、夜の暗さを押し退けるほどの光輝が、顔をのぞかせた朝日と共に、魔物たちへと降りそそいだ――。

 エルフたちは、精霊のために。

 精霊たちは、エルフのために。

 それは、互いを隣人と、そして友と呼ぶ者たちが導いた、鮮やかな勝利であった。



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