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6 邪悪なる軍団

 






 朝から始まった精霊たちが主役の舞踏会は、開催の指示をしたセリオ自身さえも予想以上の盛り上がりを見せた。

 時は夕刻――今日も眩く世界を照らした太陽も、そろそろ眠りにつこうとしていた。

「それにしても……今回はずいぶんと、精霊たちの方も盛り上がっていますね」

「たしかに! もうそろそろ夕食の準備も始まる時間なのに、まだ踊ってる!」

 美しい光球の円舞をその瞳におさめ、穏やかに言うイズレンディア。それに深くうなずいたルーミルの言う通り、すでに夕日も沈み行くこの時間、そろそろ夕食の準備が開始される頃合である。

 《賢者》の実力を垣間見たアダンや、彼以外にも精霊たちのことを尋ねに来ていた王城魔法使いたちの姿はすでに無く、午後からはほとんどの重職の者ならびに王城魔法使いたちは、自らの普段の仕事へと戻っていた。

 それはセリオやクロス、アーフェルとて例外ではなく、変わりにその美しさに魅入られたのは、昼食後、噂を聞きつけ王城へとやってきた貴族の者たちであった。

 当初こそ精霊という滅多にお目にかかれない存在自体に興味を持つものが大半だったものの、彼らの心はしだいに、かの精霊たちが見せる円舞にこそ惹かれるようになっていった。

 しかし、長らく人々に幻想的な姿を魅せたこの舞踏会も、昼の終わりと共に、今、幕が閉じようとしていた。




 場所はかわって、シルベリア王国王都を一周する、高く頑丈な防壁。そこに鎮座する門の内の一つで、異変は起こった。

 ただしくは、門で異変が起こったのではない。

 ――その異変は、外からやってきた。

「お疲れ様。交代の時間だ。異変はないか?」

「お疲れ様。交代了解。今のところは見られない」

「異変無し、了解」

 そう互いに言葉を交わすのは、白銀の鎧をまとい、その背で青いマントをなびかせる、守護騎士の者たちだ。

 王城の中を守るのと等しく、王都を守護する防壁、および門を守るのもまた、彼らの仕事である。

 門の上に設置された物見場にて、お互いを労って交代をした彼らは、一方は配置につき遠くに見える森へと視線を飛ばし、もう一方は任を解かれて休憩場へと足を進めるついでに、もう一度配置についた者と同じ場所へ視線を投げ――

「え?」

 そう疑問の声を上げたのは、配置につき、先に彼方の森へと視線をやった者の方だった。

 しかし、わずかに遅れて森を見たもう一人の方が〝ソレ〟を確認するのに、時間は必要ではなかった。

「――!」

 眼前の状況に固まった時間は、互いに一秒も無かった。〝ソレ〟を理解した途端に走り抜けたものが、戦慄であったのもまた、同じ。

「きっ」

 鍛え上げられた鋼の精神で硬直をといた二人は、配置についた者が、任を解かれた者の方へと顔を向け声を上げるのに伴い、その視線を受けた方が元々歩もうとしていた先へと体ごと向き直り、先の言葉を引き継いだ。

「緊急事態!! 彼方の森より、魔物の大群が押し寄せているっ!!」

 物見場の下、守護騎士を筆頭とし、門の守護にあたっていた騎士たちからどよめきが上がったのは、すぐのことだった。




 遠方の森より魔物の大群が押し寄せているという情報は、いまだ幻想的な舞踏会が続く中、一通りの政務を終わらせ、ルーミルとイズレンディアの元へと訪れていたセリオ、クロス、アーフェルの元へ、すぐさま届けられた。

「何!?」

 いまだ多くの貴族たちがいる手前、音量こそ控えたものの、セリオは驚愕を言葉にして紡いだ。

「……」

 表面上は何事も無かったかのように、素早くその場を後にする三人を無言で見やったイズレンディアとルーミルは、互いに視線を交わし、こちらもそっと、ダンスホールを後にする。

 図らずもセリオたちの後を、幅を空けてついていくことになった二人は、遠目からでも緊張した雰囲気が見て取れる三人をそれぞれの視界に収めたまま、小声で言葉を紡いだ。

「お師匠様……魔物の大群、と僕には聞こえましたが……」

「えぇ、私もそう聞こえました」

「……原因は、もしかして……」

 そう、不安げな声で言ったルーミルに、視線を前へと固定したまま重くうなずいたイズレンディアは、おそらく原因が分かっていないであろう先の三人を見つめたまま、常には無い、厳かな声音で告げた。

「――精霊たち、でしょうね」




 早々にたどり着いた玉座の間では、すでに王城魔法使いならびに騎士たちが、それぞれ両の壁に分かれて寄り、揃ってかしずいていた。

 セリオ、クロス、アーフェルが進んでいくのに伴い顔を上げる彼らを見やりつつ、イズレンディアとルーミルもまた、魔法使いたちの側の壁に寄って待機する。

 深く腰をおろし、顔を上げたセリオは、単刀直入に切り出した。

「これはまぎれも無い異常事態だ。即刻、討伐隊を組まなければならない」

 その言葉に、セリオたちが入ってくる以前から部屋に充満していた緊張感が、更に重くなる。それを最も肌で感じたのは、玉座にて彼らを見つめる、セリオであった。

 わずかな沈黙を置いた後、今度は幾分か柔らかな声音で、セリオは言葉を紡いだ。

「……しかし、魔物の大群が我々と戦う地点に到着するのには、まだ幾分か時間がある」

 おそらく、多くの者たちが緊張や困惑をすることを、見越していたのだろう。ことさらゆったりと部屋に並ぶ者たちを見回したセリオは、どこか安心させるような声音で、問った。

「どのような異常事態にも、必ず原因があるはずだ。例えそれが、魔物といういまだ未知なる異形であったとしても。――誰か、原因を思いつく者はいないか?」

 その問いに、しばしのざわめきが生じる。騎士も魔法使いも、互いに小声にて意見を交わし、しかし、その内のどれもが現状に当てはまるものではないと、肩を落とした。

 そういった光景が何度か見られた後、静かに、されど玉座まで届く声で言葉を発したのは、眼前の光景にルーミルと視線を交わした、イズレンディアであった。

「――魔物は、自身の力の源である魔力を豊富に有している存在を、食らうと聞いたことがあります」

「な!?」

 そう語ったイズレンディアの言葉に驚愕を現したのは、決してセリオだけではなかった。

「魔物に、そのような特性があったとは!」

 そう声を上げたのは、王城魔法使い長アダン。知識も豊富な彼さえ知らない情報に、更に多くの者たちがどよめく。

「……ふむ」

 驚愕が満ちる部屋に、落ち着きを取り戻したセリオの声がこぼれる。そうして、その紫の視線にて先を促したセリオに、イズレンディアは一度うなずいた後、再び言葉を紡いだ。

「そんなモノたちにとって、純粋な魔力体である魔族ほどではないにせよ、精霊は格好の獲物――特に現状にいたっては、ひとところにこれほどの量が集まっていますから……」

「っ!!」

 多くの者の背に戦慄が走りぬける中、確信を秘めてセリオが叫ぶ。

「では、件の魔物たちは、精霊たちを食らいに来るつもりなのか……!」

 驚きと、確かな怒りが含まれたその言葉に、イズレンディアは無言でうなずく。

 最早驚愕を通り越して息をのんだ騎士や魔法使いの者たちの視線が、宛てを探してさまよった。

「あの大軍を退けるだけでも、難儀だというのに……」

 誰かがそうこぼした言葉に、玉座のセリオ、その隣に立つクロスやアーフェルまでもが、この事態の重みに頭を悩ます。

「……無秩序ならいざしらず、明確な目的を持って進んできているのでしたら、簡単に足を止めさせることは……まず、不可能ですね……」

 迷うような、クロスの言葉。それは、本当に、本当に珍しく、シルベリア王国が誇るこの若き有能なる宰相でさえも、事態を〝困難〟と思わざるを得ないことを、如実に現していた。

 ここに神官がいれば、一も二もなく真っ先に神へと祈っていたであろう状況。

 その、重く沈み、絶望に程近い雰囲気を破ったのは、イズレンディアの隣から上がった、最早この場にはそぐわないほどに明るい、澄んだ声だった。

「僕たちが行きます!」

「!! ルーミル?」

 高らかな宣言に、困惑の声が返る。

 意気揚々とそう告げたルーミルに、セリオが疑問の乗った視線を送った。対して、それににっこりと笑んだルーミルは、鮮やかな青のローブをはためかせる勢いで、言葉を紡いだ。

「精霊たちの危機ですからね! 僕たちエルフが黙って眺めているわけにはいきません!」

「……僕たち、エルフ……ということは」

 ゆっくりとルーミルの言葉を復唱したクロスが、ルーミルの隣にたたずむ者を見る。この現状でもなお穏やかに微笑むその姿に、瞬間、クロスの顔にも笑みが灯った。

 そのクロスの姿を見て、一先ずは安心したものの、しかし、とセリオはエルフの二人に言葉を紡ぐ。

「流石に、あの数を二人で屠るのは危険すぎる」

「……かといって、こちらが応援を送ったとしましても、お二人にとっては足手まといになりかねません」

 後に続いたアーフェルの言葉に、再度の沈黙が落ちる。

 しかし、いぜんとしてやる気満々でいるルーミルと、変わらない微笑みを湛えているイズレンディアに、行かないという選択肢が無いことをいち早く悟ったクロスが、少しばかり不思議そうに問いかけた。

「――何故、貴方がたはそこまで恐れも無く……戦おうとするのですか?」

 静かな部屋に響いた、純粋な疑問の言葉。それに、きょとんとした顔をしたのはルーミル。返答をしたのは、イズレンディアだった。

「おや」

 彼のその言葉は、限りないほどの優しさと、愛しさをもって、その場に響いた。

「――〝友人たち〟を護ることに、理由が必要ですか?」

 否定の言葉は、皆無。

 太陽はすでに地に沈み、長い夜が始まっていた。


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