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5 乱舞と実力

 


 ――精霊たちのための、舞踏会。それはまさしく、その名の通りの華やかさを見せるものとなった。

 赤、水、緑、銀、白……様々な色の光球が、広い円形の部屋の中、思い思いに乱舞する。

 即席なため、普段なら流れる心地よい音楽があるわけでもないその場で、それでも精霊たちの円舞は、集まった王城の面々を虜にした。

 ある者は、いまだクロスの側に留まっていた精霊を含めて、流れるように緩やかなウェーブを刻む水の精霊に心奪われ、またある者は、まるで競うように激しく弧を描いて回る火と光の精霊に魅せられる。

 風と緑の精霊が織り成すそよ風と葉擦れの音が、鳴っていないはずの音楽を、確かに形にして部屋を満たしていた。

 そうして各自目を奪われる下級精霊たちのダンスを一通り見終わった後、彼らが最終的に視線を固定させる場所は、決まっていた。

 円形の部屋の、その中央。そこには、また別格の美しさが存在していた。

 中心にて人型を保ったままくるくると舞うのは、緑の上級精霊フェアラスである。ゆったりと舞うその円舞の美しさもさることながら、この王城を訪れた当初から発していた淡い緑の輝きを、いっそう強めたその姿は、さながら巨大な緑の光球。人々の瞳を細めさせるには、十分な鮮やかさを放っていた。

 その上、中央で踊っている存在は、フェアラスだけではない。

 成人した人間の頭ほどもある、明らかに下級精霊とは一線を画するその光球たちは、中級精霊と呼ばれる存在である。下級精霊よりもなお高い知能を有し、上級精霊と同じく人型をとる存在もいるとされるそのものたちもまた、フェアラスに負けず劣らず、綺麗な円舞を宙に刻んでいた。

 残念ながら人型を取っているものはいないものの、花の精霊の様々な淡い彩や、少しずつ異なった濃淡を見せる緑、水の精霊たちのフェアラスと同調した舞は、ただしく幻想的な姿で、見る者すべてを魅了する。

 始まったばかりの幻想的な舞踏会に、人々はしばし、時を忘れて魅入るのだった――。




 精霊とは、かくも美しき存在であったのか、と人族の誰もが胸中の驚きを隠せないまま、鮮やかなる舞踏を見ている部屋の一角。

 舞踏に加われば、また違った美しさで人々を魅せてくれたであろうエルフの二人は、並んで精霊たちの舞を眺めていた。

「お師匠様が昨晩おっしゃっていた、にぎやかになる、と言うのはこのことだったのですね!」

「えぇ」

 予想よりも幾分か上の賑わいを見せている眼前を見やり、ルーミルとイズレンディアは微笑む。彼ら二人にとっても滅多にお目にかかれないであろう良き隣人たちのダンスは、その蒼と緑の瞳にも、等しく美しく映った。

 しかし、無言にて円舞を眺めるだけで、今の時が終わることは無い。

 互いを大切に思い合う師弟は、二人きりでゆったりと語らう時間を、とても大切にしていた。

「あ! そういえばお師匠様、現代で最も使われている魔法って、どの魔法かご存知です?」

 ルーミルが、唐突にイズレンディアの方を向き、そう問いかける。対するイズレンディアは、小さく小首を傾げて、問いの答えを紡いだ。

「現代で、ですか……? そうですね――特殊言語による、一単語(ワンスペル)の魔法でしょうか?」

「わぁ! 大正解です! さすがお師匠様!」

「当たっていた様でなによりです」

 的確な答えに、満面の笑顔を見せるルーミル。それに微笑んだイズレンディアは、しかし、不思議そうにルーミルへ尋ねた。

「……しかし、何故また急にその話を?」

 そうして深緑の瞳を瞬く師匠に、弟子は実に楽しそうな笑みを零す。

「ふふっ、やっぱりまだご存じなかったのですね!」

「? 何をです?」

「――兄様(にいさま)、またこっそり新しい本を出していたのですよ!」

「! ――なるほど……」

 得心のいった顔で一つうなずくイズレンディアと、それに心底嬉しそうな表情で笑うルーミル。彼につられたイズレンディアもまた嬉しそうな笑顔を浮かべるのに伴い、その一角が小さな笑い声に包まれる。

 と、そこへ、身の丈ほどの杖をついてやって来る者が、一人。

「楽しそうにお話をしているところ、申し訳ないのじゃが――少し、よろしいじゃろうか?」

「あ! アダン長!」

 しゃがれてなお覇気を落とさぬ声に振り向いたルーミルが、眼前の人物を確認するやいなや、嬉しげな声を上げた。

 それに藍色の瞳を眩しそうに細めたのは、灰色の髪を揺らし、同色の豊かな髭を蓄えた好々爺とした老人。自らの身の丈ほどの木の杖を持ち、いまだ曲がっていない身体にまとう黒いローブ姿は、ただしく、熟練の魔法使いを髣髴とさせた。

「――お初にお目に掛かる、《賢者》イズレンディア様。わしの名はアダン・ロス・メイブルア。現在、このシルベリア王国王城魔法使い長を務めておる者です」

「! 王城魔法使い長……」

 突然の登場に、その深い英知の瞳に小さな疑問を浮かべていたイズレンディアへと、老人が挨拶をする。その正体に、わずかな瞠目を返したイズレンディアが、ルーミルと老人――王城魔法使い長アダンとを見比べた。

「若き日には、ルーミル様に魔法をお教えいただいたこともあります」

「はい! まさに魔法使い長にふさわしい、凄腕の魔法使いですよ、お師匠様!」

 それぞれ見やった二人がそう返すのに対し、イズレンディアもそっと微笑みをその美貌に戻した。

「そうでしたか。改めまして、Izlendia(イズレンディア)です」

 浮かべた微笑みをそのままに名を告げるイズレンディアに、今度はアダンとルーミルが微笑む。次いで、ルーミルがはたと思い出しアダンへと問った。

「そういえば、何かご用事ですか? アダン長」

 こてっ、と小さく小首をかしげてのルーミルの疑問に、アダンは深くうなずき、そして表情を少しばかり引き締めた後、イズレンディアへと言葉を紡いだ。

「先の巨大魔石の一件。北の森にて強き魔物を倒した際に使われた魔法について、イズレンディア様にお聞きしたく……」

 そっと頭を下げてのその言葉には、真摯な願いが宿っていた。

 無言にて視線を合わせた師弟は、互いに一つうなずき、いまだ頭を下げたままのアダンへと向き直った。

 口を開いたのは、イズレンディア。

「えぇ、かまいませんよ。聞かれて困ることでもありませんから」

「!」

 常どおりの穏やかさでそう答えたイズレンディアに、驚いたように顔を上げるアダン。その様子に、ルーミルが優しげな視線をアダンへと送った。

「――有難い」

 イズレンディアほどではないにせよ、長年同じ王城魔法使いとして苦楽を共にしてきたルーミルの視線の意味を的確に理解したアダンは、ほっと息をついた。それに再度顔を見合わせて小さくうなずき合うイズレンディアとルーミル。

 少しばかり硬い雰囲気は霧散し、次に訪れたのは、知ろうとする探究の、好奇心と緊張の混ざったもの。

「では早速……と言っても、今回わしが聞きたかったのは、元より一つなのじゃが……」

「はい、何でしょう?」

「うむ。件の魔物と戦った際に、どのような魔法を使ったのか、お教え頂きたく」

「あぁ。えぇっと、確かはじめに襲われた際に、無詠唱で結界魔法を」

「……無詠唱」

「えぇ。次に、魔法陣で紫電……上級の雷魔法を、これも無詠唱で展開して倒しましたね」

 そっと、その色白の手をおとがいにあて、英知の瞳を閉じたまま思い出しつつ答えていたイズレンディアは、眼前にたたずむアダンの変化に気づかなかった。

 故に、すべて言い終わり、若干満足げな笑みで瞳を開いた途端に届いた声に、驚かざるを得なかった。

「――魔法陣の上級魔法を無詠唱で発動など、普通は不可能ですぞ!?」

「え? あ、はい、確かに――普通(・・)は、無理ですね」

 驚きによる緑瞳の瞬きは、数秒。すぐさま常のマイペースさを取り戻すあたりは、さすがはイズレンディア、と言ったところか。一部始終を見ていたルーミルが、あはは、と苦笑してアダンの背をさすった。その優しさに癒されるように藍の瞳を閉じたアダンは、先の毅然とした姿はどこへやら、どことなく疲れた風体で、杖をただしく杖として活用していた。

 アダンが驚愕の後に叫んだその原因は、ひとえに、イズレンディアが行った魔法の発動方法にあった。

 ――無詠唱。それは本来、熟練の魔法使いが練習を積み重ね、やっと使える高等技術である。それも、上級魔法ともなれば、現代で最も使われている、特殊言語による単語の詠唱のみで発動する魔法、および古今共にいまだ主流である、普段自分たちが使う言葉を使っての想像主体の魔法のどちらかでも、出来る者は限られるだろう。

 才ある魔法使いでも、人族ならば魔法陣での魔法を無詠唱で行うなら、せいぜい中級魔法が出来るか出来ないかである。

 そこに、長命種とそうでない人族との差がある――と言ってしまえば納得せざるを得ないが、その程度の知識を、ルーミルというエルフに魔法を教わっていたアダンが知らないわけもない。

「いくら長命のエルフ族の魔法使いでも、魔法の中では難しい部類に入る雷系統の魔法で、さらには描くことを本来の発動法とするために元から無詠唱には向いていない魔法陣の、上級魔法を無詠唱で発動、なんて……まぁ、正直僕でもまだ出来ない芸当ですからね! アダン長が驚くのも、無理ないです」

 そう苦笑しつつ語ったルーミルの言葉は、実に的を得ていた。

 信じがたい現実を目の当たりにしてうなるアダンに、あいもかわらずにこにこと微笑むイズレンディア。

 深い興味心の果ての結末は、ルーミルの苦笑であった。

 幻想的な舞踏会は、まだまだ続く。

 空に浮かぶ太陽は、すでに頂点に差しかかろうとしていた――。



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