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4 精霊光輝

 



 一騒動を終えたその次の日の朝。

 誰よりも早く目覚め、朝日を浴びるために自室の窓を開いた従者の者たちは、揃って顔に驚愕を浮かべた。

 朝一番の陽光が照らしたばかりの王城周辺には、ふわふわと所在なさげに浮かぶ、何十もの下級精霊たちが集まっていたのだ。




「――それで、これは一体どういうことなのでしょうか?」

 玉座の間にて、集めた重職の者および王城魔法使いたちを見回した後、最終的にその氷の視線を向けた先へ問ったクロスの声は、酷く優しげであった。

 あまりにも優しすぎて、逆に首を縮める者が続発する中、数多の精霊たちに囲まれて嬉しそうに語り合っていたイズレンディアとルーミルが顔を上げる。フェアラスも側で笑顔を振りまいているため、二人はただしく精霊たちに囲まれている状況のまま、どちらからとも無く小さな苦笑をこぼした。

 当初、目覚めた瞬間からたくさんの隣人たちに囲まれていた二人は、後で合流した際お互いに笑い合うほど似た喜びを示した。

 エルフ族にとって、植物と同じく隣人である精霊たちが側に在ることは、生来よりとても嬉しいことである。ゆえに、イズレンディアにとってはいつぞやの巨大魔石確認時以来、ルーミルにとってはフェアラスとの再会時以来となる、非常に無邪気な笑みで精霊たちを迎えた。

 結果、その時点ではまだ王城の外にいた精霊たちまでもが一斉に彼らの元へと喜び勇んで集まってきたのは、最早彼らがエルフである点、どうしようもないことであった。

 一難去って、また一難、とはこのことである。大量の精霊たちの扱いなど、そもそも精霊自体を見る機会の少ない自分たちでは分かるはずもないと、エルフの二人に半ば丸投げした王城の面々の心境も、察するべきだろう。最も、結果的にはイズレンディアの言葉によって、現在もまだ増えつつある精霊たちのほとんどを再び王城の外にて待機させられたのは、不幸中の幸いであったが。

 ゆえに、落ち着いた今、クロスは問った。最早言外に隠すことさえせずに、直球で。

 すなわち、なぜ、精霊たちが集まってきたのか? と。

 対して、氷を溶かさんと声を発したのは、珍しくもルーミルではなく、イズレンディアの方であった。

「元々精霊たちは、より魔力がある所に居ようとする存在なのですよ」

 周りを下級精霊たちに囲まれつつも、普段と同じ程度に落ち着いた微笑みでそう紡がれた彼の言葉は、しかし人族である王城の面々には、今一つ理解が及ばない。

「……より魔力がある所、というのが巨大魔石をさしているのだとして、しかしそうであるならば、もっと以前から精霊たちが集まってきているべきなのでは?」

 困惑交じりにそう問いかけたセリオの言葉に、多くの王城魔法使いたちがうなずく。その様子に、自らの言葉が足りていなかったことを理解したイズレンディアが、あぁ、とこぼして言葉を続けた。

「正確には、より魔力の反応が強い場所――と言うべきですかね」

「魔力の……反応?」

「えぇ」

 魔法関連にはあまり詳しくないアーフェルが疑問を発するのに、イズレンディアは穏やかにうなずく。そうして出来た一拍の後、例えば、と続きが語られた。

「私たちエルフ族が、豊かな自然と多くの精霊たちが在る場所に住んでいることは、皆さんも知っていると思いますが……これは、ひとえに貴方がた人族と同じように、そういった場所が、植物と精霊を隣人とする我らエルフにとって、住みやすいからに他ならないのです」

 その言葉に、幾人かは当然のように、他の多くは納得したようにうなずくのを見やり、イズレンディアは微笑みを深めた。

「端的に言いますと、精霊たちもそれは同じなのです。精霊たちは、魔力が豊富な場所を自らが住む場所として好みます。同じ森でも、宙に漂う魔力が薄い森には、あまり精霊たちは居ません。――魔力が薄い場所に、総じて豊かな自然が無いというのは、自然に力を与える精霊たちが住みにくいことが一番の原因なんですよ」

 と、そこまで普段に無く饒舌に語った後、イズレンディアは何かに気づいたようにその深緑の瞳を瞬いた。次いでその中性的な美貌に浮かんだのは、いささか気恥ずかしそうな笑み。

「……すみません、少し話がずれてしまいました。えぇっと――そう。では、その自らが住みやすいと思う場所を探す時。貴方がた人族が、まずは近くに水がある場所を探してせせらぎに耳を傾けるように、精霊たちは自分たちが住みやすい場所を見つけるための目印として、魔力の反応を手がかりにするんです。そして、今回精霊たちが目印に使った反応というのが……」

「昨晩のフェアラス様のイタズラによって遠くまで飛んでいってしまった、魔力波なのですよね」

 そっと師が投げかけた視線の意味を、的確に受け取ったルーミルが後を継ぐ。その言葉に、わずかなどよめきが沸き起こった。

「……なるほど」

 少しくらいは予想していたが、といった風体でそっと顎に手をやり、そう言葉をこぼしながら思考するクロスへと不安げな視線が幾つか向く。――と、ここに来て納得顔のセリオが一つ、咳払いをした。

「!」

 それに揃って一瞬の間に姿勢を正すのは、流石は王に仕える者たち、と言ったところか。

 イズレンディアと精霊たちを除いた全員がすぐさま口をつぐみ背筋を伸ばしたところで、毅然とした雰囲気をまとい、セリオが口を開いた。

「原因は解明した。問題は、これからどうするか、だ」

 その言葉は、多色な下級精霊たちによって眩いばかりに煌く部屋の中とは思えないほど、その場に重く響いた。

 実際のところ、ルーミルという例外が存在してもなお人族の国であるこのシルベリア王国にとって、人型の他種族ならいざしらず、精霊たちが溢れているなどという現状は、まさに未曾有の大事件。国王たるセリオと共に、数々の難題を突破してきた重職の者たち、王城魔法使いたちが、深く沈黙するのも当然のこと。

 ……ただ、その重苦しさを吹き飛ばすような存在が、今この場に居ることを、誰もが失念していたこともまた、事実であった。

「――あぁ」

 長い沈黙が、イズレンディアの声によって破られる。何事かと多くの視線が向いた先では、実に楽しそうな顔で何かをエルフの二人へ語る、フェアラスの姿があった。

「まぁ、そうしたいですよね。精霊なら」

「フェアラス様……」

 納得しつつも苦笑気味なイズレンディアと、最早軽く頭を抱えているルーミル。この事態にいち早く不穏な気配を感じ取ったのは、やはりというべきか、クロスであった。

「何を、したいと仰っておいでなのですか?」

「ヒッ」

 とっておきの綺麗な笑顔に、どこからか悲鳴が上がる。頭を抱えたまま思わず固まったルーミルは、内心冷や汗を流した。ただ、悲しいかな。見事に氷の瞳に射抜かれているはずのフェアラスに、その恐怖は通じなかった。

 優しい緑の瞳がその冷たい視線を捉えるやいなや、フェアラスは実に無邪気に笑った。それは、あまりの邪気の無さに、逆にクロスのほうが笑みを崩してしまうほどに輝かしいもの。次いで緑の視線が移動した先は、その瞳とどこか似た、けれどそれよりも深い色をした、英知の瞳。

 視線を受けたイズレンディアは、小さく困ったように微笑んだ後、体ごと玉座の方へと向き直り、フェアラスの意志を告げた。

「フェアラスは、『せっかく皆集まったのだから、皆で楽しいことをしたい』――と」

 そこでイズレンディアが言葉を切るのと同時に、フェアラスがとある格好をとった。

 それは俗に、お願い、と紡がれる言葉と共に、成される格好だった。

「……お願いしています」

 一同が唖然とする中、イズレンディアは律儀にも最後まで言葉を紡いだ。

 下級精霊たちがくるくると回る沈黙の中、次いで起こったものは、軽い笑い声。

「――ふ、あははっ、なるほど!」

 声の持ち主は、玉座の主。セリオはそう軽やかに笑うと、次の瞬間には楽しげで、それでいて穏やかな表情で言葉を紡いだ。

「よくよく考えてみれば、このような事態はシルベリア王国としての今後の歴史でも、二度あるとは言い切れん事態――であるならば、精霊たちを歓迎してこそ、歴史に刻むに値する対応だろう」

「! セリオ陛下!!」

 思わぬ言葉に、驚き叫ぶルーミルへと、セリオは気高き紫の瞳をそっと向け、うなずいた。いまだ展開についていけていない者たちが大半の中、セリオはその声をよく通るようにと張り上げる。

「急なことなため略式とはなるが、我らがシルベリアへと訪れた客人たる精霊たちを歓迎して、この王城のダンスホールを開放する!」

「!?」

 驚愕の声が意味する、その真意とは、すなわち――

「――これより、精霊たちのための舞踏会を、開催する」

 フェアラスの願いを聞き届けたセリオの宣言に、もう一度驚愕の声が上がったのは、すぐのことだった。


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